それはある日のことだった。

「理事長、休んでいて下さい!」

優姫は見るに見かね肩をかす。理事長は39℃の高熱があるにも関わらず、仕事をしようとしていた。

「ありがとう、優姫。大丈夫だよ」

いつもの笑顔を見せた理事長はマスク姿で理事長室に向かおうとしていた。


「お義父さん!」

優姫の"オトウサン"と言う言葉は彼の耳には届かなかった。


****

ふと目覚めた理事長の頭には冷えぴたが貼られていた。氷枕で頭がヒヤヒヤする鈍い感覚に目覚めた。


「起きたぞ、優姫」

零が理事長の視界に入ってきた。

「き…錐…生くん?」

眼鏡を外された理事長には少し視界がボヤけていたようだ。

「理事長がぶっ倒れて優姫が心配してますよ」

理事長は立ち上がろうとするが、零が血薔薇銃を向けた。

「起き上がったらぶちのめす…」

観念したようにハハっと笑う理事長に銃を翳す零。


「恐いな、相変わらずー…それに僕には効かないよそれぇ」

零は観念した理事長を見て銃をしまう。バタバタと廊下を走る足音が聞こえた。
「理事長!」

「…優姫…。心配かけてごめんね」勢いよく入ってきた優姫に、今できる満面の笑顔を向けた。でもまだ不安そうな顔に理事長はいつものテンションで話そうとする。


「錐生くんも、優姫も大丈夫だからさ。授業に出なさい。風紀の仕事もあるよね?」
優姫は氷水を理事長を持ったまま。まだ不安気に揺れる瞳。本当に。本当に。僕の娘と息子は優しいんだから。


「今日は理事長の面倒を見るって夜刈先生に言ったんで大丈夫ですよ」


優姫は水を理事長に差し出す。それを受け取り、潤んだ理事長の瞳。

二人は知らない。

理事長が絶対に涙は見せないと『あの日』に誓ったことを。

「ありがとう。錐生くんもありがとう」

零は立ち上がり横目で理事長を見る。

「お粥くらいなら作ってやってもいいケド…」

そう言って零はキッチンに向かった。理事長と優姫はクスッと零が居なくなるやいなや笑った。

「錐生くん、本当に素直じゃないね」

理事長は笑う。その笑顔に安心したように優姫も笑みを溢した。


「零は優しいのに不器用だから…。ちなみに理事長を運んでくれたのも零なんですよ?」その言葉を聞いてまた微笑を溢した理事長は優姫に『少し寝るよ』と言った。優姫は邪魔してはならないと部屋を静かに出ていった。

理事長は優姫が出ていったのを背中越しに感じながら声なき涙を流した。涙は幾度となく溢れた。荒々しく手で拭っても溢れる。誓いは二人の優しさで脆く崩れてしまったようだ。


二人は理事長の涙を知らない。

これはある日のこと。


fin