真っ白な雪が輝く。
それは美しく儚い。限りなく広がりその光景が虚偽のように。全ての罪を浄化してくれるように清らかで。
鐘の音が響く、この白銀の地に佇み、君の手をとる。
どれだけの時をこの氷点下のように冷たい心が待ったか、君は知っている?
ずっとずっとお前を想っていた。心から。とても。ずっと待っていた。
優姫があの頃のように戻るのを。やっと掴んだその手をもう離さない。
過去の罪は全てこの白銀の鐘の音が溶かすだろう。それでも駄目ならば、その罪は俺が引き受ける。
「その長い髪、どうにかしろ」
「あ…確かに」
再会の鐘の音は美しい。白いドレスの彼女の長い黒髪。真っ白のタキシード姿の自分。それは、この地に溶け込むように。
「切ってよ。零…」
「………」
肌身離さない護身のナイフで丁寧に黒い髪を切る。あの頃の優姫に還って欲しい。
小刻みに震えるその指先をただ彼女は優しくとり温めてくれた。…それがどれだけ心を温かくしたかわからない。
あの頃の俺たち。
変わらない、瞳。
白い世界に二人の影が映える。
白銀に鳴り響く鐘の音君と誓う約束。
「…行こう」
「うん」長かった日々に終止符を打つように、二人は寄り添い、誓った。
『もう二度と離れない』
fin
覚えてる?あの日の空の色。
優姫は夜空を彩る月に涙した。唇が、身体が、すべて君を覚えている。
忘れられるはずがない。あなただけを欲してる。どんなにお兄さまの血を抗っても満たされない。
「もう見る事はできないよなー…」
月は美しい。それは知ってる。でもあの日二人で見た、空。茜空の美しさを忘れられない。
嘘だった。もう一度会いたい。
『もう二度とお兄さまを離さない』
誓った約束はすぐに脆く崩壊する。お兄さま…ごめんなさい…
一筋の雫が頬を濡らす。あの日、あたしは自分の本当の気持ちを知った。
けれどそれはあたしがヴァンパイアであるという事実で脆く崩れた。
ヴァンパイアでなければ…一緒にいれた。
「…ぜろ…ス…キ」
ガタン
ハッと後ろを見ると枢が腕を組みながら立っていた。優姫は口を抑える。枢は壁に身を預けながら、優姫を見つめた。
「お兄さま…」
今の言葉を聞かれた?平然とする枢に優姫は近づいていった。お兄さまの事は誰よりも知っている。
罰は受ける覚悟だった。
続く
「お母様、いつもありがとう」
枢は樹里にカーネーションをあげた。樹里は枢を抱きしめた。ギュっと。
「枢大好き!ありがとう」
またギュっと抱きしめた樹里に枢は頬を染めた。優姫もてくてくやって来て、樹里にプレゼント。
「お母様、優姫もプレゼント」
優姫は外に出られない。だから折り紙でカーネーションを作った。にこりと笑う優姫に樹里は枢を抱いたまま抱きしめた。
「優姫も枢もありがとう。お母様は幸せよ。ありがとうね」
こんな何気ないことを喜び、お母様は笑う。それはすごい幸せなんだ。
ふと樹里は悠を探す。いつもならすぐに彼が一番に樹里にプレゼントするはずなのに、今日はない。
「………」
少し悲しい。樹里はふと二人の我が子を見る。不思議そうに見つめた二人に微笑して、悠のいない室内を見渡した。
なんて寂しいんだろう
ガチッ…
「樹里…」
悠は抱え切れない薔薇の花束を抱えて入ってきた。
「いつもいつもありがとう」
「はる…か」
私はこの人のこの笑顔が見たかった。枢や優姫の花束と、悠が持ってきた抱え切れない花束が。
私の胸に溢れて、1つの雫となる。それは1つでなくなって、止まらなくなった。
嬉しい。ありがとう。
悠に抱きしめられて、撫でられた。枢と優姫はお互いに見合いながらニコニコしていた。
…こんな1日があってもいい。幸せが私たちを包んだ。
そんな玖蘭家の母の日。
fin
『こんにちは』
彼女は笑顔でそう言った。血薔薇銃を握り締めながら俺はその笑顔を凝視した。藍堂はその様子に止めにかかる。
「おい、錐生!」
「うせろ!」
藍堂が振り返ると小さなヴァンパイアは舌をだし、まるで悪意なしに見つめてた。
「ちぇ、ばれちゃった」
「分身でも粉々にするぞっ」
「こわい〜」
苦笑いしながら、幼児の罪なき笑顔で消えた。優姫はがくっと倒れた。藍堂は焦りと不安でただ本人を呼ぶ。
「黒主優姫!」
零は見かねて優姫を片手で抱き抱えた。端的に藍堂に言う。
「少し横になれるところに…」
「錐生…」
肩に乗っけられ、懐かしい匂いが立ち込める。欲しかった血の匂い。優姫は夢を浮遊している錯覚に陥った。
下を見て横を見て…ようやく今の状況がわかった。零…
ナツカシイニオイ
無意識に零にスリスリしてしまう身体。この温もりにずっとずっとずっと…待ち焦がれてた。
刺青さえ愛しおしく、血色のよい首筋があたしを呼ぶ。
――コノ人ノ血ガ欲シイ―――お兄様、ごめんなさい…
この人の血がただただ…欲しくて、愛しいの。好きなの。大好きなの。ダメとわかっている。でも…
ペロっ…
刃を突き立てやすい場所をなぞるように舐めた。零の味。
「………」
「………」
零の瞳と優姫の瞳は交差した。零はゆっくり口を開く。
「気が変わって命拾いしたなっ…」
見つめ会う。真っ直ぐ、真っ直ぐ。
「あの…もう大丈夫…下ろして」
「…立てるなら」
零に会えた喜びはつかの間。窓から覗く一匹のコウモリは二人を見ていた。零の顔に一歩たじろき、優姫は苦笑いした。
「あたしってば、全然変わらない。おっちょこちょい…」
ガシャーーーン
窓ガラスは粉砕し、何かに追われるように優姫は窓から降りた。藍堂は慌てて窓ガラスの割れた音で来た。
零は今まで肩に乗っていた優姫の温もりをなぞる。一時の気の迷いに振り回されることはない。
…大丈夫。俺の敵はヴァンパイア。あいつはヴァンパイア……自身に言い聞かすしかない。自分を抑えるために。
「…違う…あいつは敵だっ…しっかりしろっ…」
渇きが喉を覆う。あいつのニオイに俺は何を考えていたんだ。違う、あれは憎き純血種、玖闌の姫…
違う、この気持ちは嘘だ。嘘だっ
あいつが好きなんて違う。あいつは敵、敵だ。
零は息を切らした――。
fin