「誰がやったの…?」


ビアンカが、目を離した隙に、机の上の給食のスープの中に虫を入れた奴が居たらしい。


刹那、教室中が静まり返った。
スープの中の虫は、今だに触手を蠢かしている。


青いブレザーの制服に蒼い肌のビアンカは、一際目立つ。

その彼女が凛とした声を上げ、教室中の生徒達を睨み返してる。


再び、何事もなかった様に喧騒が始まる。

注目は一瞬だけ。

まるで、彼女などそこに存在しないかの様に各々がお喋りを始めた。

ビアンカも、怒った顔を見せたのはわずかで、すぐにポーカーフェイスに戻り、立ち上がる。


そして、そのまま教室を出て行った。



校舎裏の花壇。

その傍らにウサギ小屋があった。

ビアンカは、そのウサギの姿を見ながら、ただ独りで泣いていた。

涙を流しながら、彼女は、ふと気付いた。


「赤い眼…」

ビアンカも、ウサギも同じ様な真っ赤な色。


「わたしと同じだね…」


「きっとウサギも泣き虫なんだろな……」


影がさした。
その声に振り向くと、一人の男子生徒が立っている。

「ケイン…」

涙を見せまいと、必死で頬を拭う。

「よおっ…何やってんだよ。こんなとこで…」


その男子生徒は、茶髪に茶色がかった瞳、少し不良っぽい雰囲気だが、割とイケメン。

ビアンカの幼なじみ、ケインだった。


「あ…あんたこそ、何しに来たの…?」


「別に…」

おもむろにタバコを取り出すと、火を着けプカブカと吸いはじめる。

その煙を、さも欝陶しいかの様に手で扇ぐビアンカ。


二人の間に、気まずい沈黙が続いた。


「…また泣いてただろ?」
言いながら、煙を吐き出す。


「な…泣いてなんかないよ……」

ふて腐れるように、そっぽを向くビアンカ。


「…他人がお前をどう思っていようが、あんまり気にすんなよ…」

ポツリ一言呟く様に吐き捨てると、ケインはその場をそそくさと立ち去って行った。


「えっ………?」

ウサギを抱きしめながら、ケインの後ろ姿を追う。


再び教室に戻ると、彼女の机が定位置になく、窓際にゴミ箱とともに積んであった。

見ると、机の板には稚拙な絵柄で、スーパーマンの様なヒーローがツノを生やした悪魔みたいな女を殴りつけている漫画の絵が描かれていた。

そのヒーローの吹き出しに
「やったぞ!悪魔を倒した!」
と、あった。


伏し目がちな瞳で、それを見遣る。


「あ、悪魔じゃない…」


どこからか、クスクスと彼女を嘲笑する声が聞こえてくる。


「ふふふ……」


「あはは…魔女が何か言ってる……」


「悪魔の子のくせに、なんで人間の学校にいるんだよ?」



その声達は、直接頭に響いてくる気がした。

押し上げる感情を抑え、涙を堪えながら、必死で耳を塞ぐ。


「あんなの生きてたってしょうがないだろ…」


「ふふふ…あはは…」



午後の授業は体育。

バスケットだった。

しかし、ロッカーにビアンカの体育着が見つからない。

呆然と立ちすくんでいると、クラスメイトの女子の一人が声をかけてきた。

「どうしたの?ビアンカ…授業始まっちゃうよ?」


「わたしの体育着がないの……」


「ああ、だったら、あたしの貸したげる…今日、風邪っぽいから見学しようと思って…」

彼女は、おもむろにロッカーから自分の着替えを出して、ビアンカに渡した。


「あ…ありがとう!」


満面の笑みを浮かべ、それを受け取った。


授業の試合が始まり、何か妙な違和感を覚えた。

どうも、さっきから自分を見てみんなが笑っている気がする。

そして、シュートのボールがやたらと自分に集中する。

堪らず、抜け出しトイレで着ていた体育着を脱いで確かめてみた。


それの背中には、マジックで「わたしは悪魔よ。みんな、わたしを殺しに来て」と書かれていた。

「…酷い…」


その服をゴミ箱に投げ捨てると、ビアンカはそのまま学校から飛び出した。





「お帰りなさい」


母のマリアが笑顔で迎えるが、ビアンカは無言のまま鞄と服を投げ、そのままシャワールームに飛び込んだ。

裸になり、自らの蒼い裸体を見て、嘲笑する。

「ふふ…悪魔だ…あはは……」

自らを卑下しながら、口では笑い、嗚咽を漏らす。


「わたしが…わたしが何をしたの……??なんで……みんな、わたしを除け者にするの……」


マリアが台所で夕飯の仕度をしていると、ビアンカの居る風呂場からガラスの割れるような音が響いた。


「ビアンカ!?どうしたの……!?」


母が駆け付けて見ると、そこには粉々に砕け散った鏡と、両手を血まみれにしたビアンカが立っていた。


「ビアンカ…大丈夫!?」


「ママ…ママ!なんで、わたしを産んだの…!?」


血まみれの手で、母に掴み寄る。


母マリアは、暴れる娘を宥めるので精一杯だった。

「ママ…わたしは悪魔の子なんでしょ?だから、クラスの皆がわたしを疎外するんだ…こんな…こんな蒼い皮膚に…ツノまで生えてる…どうして、わたしだけこんな姿なの?」


「あなたは人間よ。悪魔なんかじゃない…」


「嘘だ!!?」


マリアは、泣きわめく娘を静かに抱きしめた。


「あなたはママの子よ。わたしがお腹を痛めて産んだ、大事な大事な可愛い娘ですもの…」


「ママ……」


マリアの抱擁で、ビアンカの心の闇は少しは晴れた気がした。


しかし、あの忌まわしい出来事が起きるのは、一週間後のことだった。







《続く》



ビアンカは、幼い頃より、いじめられっ子でした。そして、ミカエラやヴァージニア達も。

彼女等は、それぞれが違う人生を歩みながら、やがて一つの縁で出会うことになります。


読者の方で、いじめに遭った方は居ますか?

自分は、イジメらしいイジメはなかったですが、いじめられっ子に味方して「村八分」状態になった事は何度かあります。



この物語は、綺麗事を抜きに“虐げられた者達”の「復讐」と「前進」

そして、過去の自分たちへのレクイエム…


初掲載2010-01-31