「…久しぶりだね。ヴァージニア♪」


「そうね。ビアンカ…まさか、あなたがこんなボロアパートに住んでるなんて思わなかったわ(笑)」


「……ボロだけ余計じゃない?」


ムカつきながらも、ビアンカは親友であるヴァージニアを奥に通した。

いかにもビアンカらしい質素な…悪く言えば地味な佇まいの部屋だった。


「へえ…陽当たりもいいし…思ったよりいい所みたいね?」


「…どう致しまして。何か食べる…?」


おもむろにビアンカは、部屋の戸棚を物色し始めた。


「お構い無く…あたしは紅茶だけいただくわ…あら?」


その時、彼女は隣の部屋からガサゴソと音が聞こえてくるのに気付いた。


「…マルコはもうお帰りなの…?それとも、ミカエラが来てるのかしら…?」


「あっ…あれ?…ウサギを飼ってるの…凄く可愛いんだよ…」


「あ、あなたがウサギを?…どれどれ見せて…」


隣の部屋に行くと、小さな小屋の形をした柵の中で、真っ白い綿の塊の様な生き物が蠢いていた。


「きゃー♪かっ可愛い…」


「マトリョーシカって名前なの…」


「マト…?…あ、あなたのネーミングセンスには付いて行けそうもないかも…」


「…なんで?可愛いじゃない?」


そのマトリョーシカは、真っ白い綿の様な毛皮に、真っ赤な瞳を震わせながら2人を見詰め返していた。


「ハイスクール時代に校舎でウサギを飼ってたことがあるの。わたしの唯一の友達だったの。それを急に思い出して…」


「あら?あなたにもハイスクール時代なんてあったんだ…?」


「あったよ!?あんただってあったでしょ!?」


「まあね。最近、同窓会があったけど、誰もあたしだって気づかなかったわ…うふふ…」


「…でしょうね…」


そう言って、マトリョーシカを抱き上げるヴァージニアの紅い瞳とウサギの瞳を見比べるビアンカだった。


「お…美味しそう…(ジュルリ…)」


「Σ(゜ロ゜;ダ、ダメ!絶対、食べちゃらめぇええ!?」


睨み付けるヴァージニア。


「た…食べるわけないでしょ…」


「…だ、だって…あんたが言うとシャレになってないよっっ」


「あははははは♪それもそうね!(≧∇≦)」


その時、部屋の片隅で黒い物体が目にも止まらぬ速さで横切った。


「えっ…?」


「ネズミ!?」


「ビアンカ…あなた、ネズミまで飼ってるわけ?(笑)」


「か、飼ってない!!」


急いで立ち上がると、恐るべき俊敏さで箒を掴みネズミを追い回した。


「…なんて、逃げ足の早いっ…」


箪笥の隅に追いやられたネズミは、ビアンカのあまりの素早さに逃げ場を失った。

か細い鳴き声が哀れみを誘う。


見兼ねたヴァージニアが声をかける。


「…ちょっと…ビアンカ…およしなさいな…」


「なんでよ!?…最近、マトリョーシカの餌が無くなるから変だと思ってたんだ…台所の野菜もかじられてるし…こいつの仕業だったんだよ…」


「可哀想でしょ…」


「可哀想…?なんで?マトリョーシカにも被害が及ぶかも知れないでしょ!?」


「ウサギもネズミも、同じ仲間でしょ?…同じげっ歯類なのに…なんでネズミだけ撃退するの?」


「はっ…」


「あなたのやってる事は…あなたが“人間”にやられた事と同じではなくて…?」


箒を持ったまま、立ち竦むビアンカ。


怯えるネズミの姿に、かつて人間に迫害されていた頃の自分の姿を重ね合わせていた。


「ヴァージニア…わたし…」


「人間は勝手な生き物ね。ウサギは見掛けで可愛がるくせに…ネズミは害があるからって煙たがる…。あたしも同じ様な目に遭ったわ…あなただってそうでしょ…?」


「…ヴァージニア…」


箪笥の隅で怯えていたネズミは、そのまま2人の前を猛スピードで走り去って行った。


「…どうしたらいいの…ヴァージニア…?」


「あなたの気持ちだってわかるわ…でも、ビアンカには、あんな人間達と同じになって欲しくないの…」


マトリョーシカを渡すヴァージニア。

優しく包み込む様に抱くビアンカ。


「ごめんなさい…だって…わたしだって…この子を守りたかっただけだから…」


「わかってる。あたしはそんなビアンカの優しさが好きよ…」


「ヴァージニア…ありがとう…忘れかけてた大切な事を思い出させてくれて…」


「ふふ…どう致しまして…じゃあ、この子いただくわ♪(ジュルリ…)」


「そ、それは…らめぇええ!?」







【終】



初掲載2011-01-13