2017-5-1 20:45
【終章】『ビアンカとマトリョーシカ』
「…久しぶりだね。ヴァージニア♪」
「そうね。ビアンカ…まさか、あなたがこんなボロアパートに住んでるなんて思わなかったわ(笑)」
「……ボロだけ余計じゃない?」
ムカつきながらも、ビアンカは親友であるヴァージニアを奥に通した。
いかにもビアンカらしい質素な…悪く言えば地味な佇まいの部屋だった。
「へえ…陽当たりもいいし…思ったよりいい所みたいね?」
「…どう致しまして。何か食べる…?」
おもむろにビアンカは、部屋の戸棚を物色し始めた。
「お構い無く…あたしは紅茶だけいただくわ…あら?」
その時、彼女は隣の部屋からガサゴソと音が聞こえてくるのに気付いた。
「…マルコはもうお帰りなの…?それとも、ミカエラが来てるのかしら…?」
「あっ…あれ?…ウサギを飼ってるの…凄く可愛いんだよ…」
「あ、あなたがウサギを?…どれどれ見せて…」
隣の部屋に行くと、小さな小屋の形をした柵の中で、真っ白い綿の塊の様な生き物が蠢いていた。
「きゃー♪かっ可愛い…」
「マトリョーシカって名前なの…」
「マト…?…あ、あなたのネーミングセンスには付いて行けそうもないかも…」
「…なんで?可愛いじゃない?」
そのマトリョーシカは、真っ白い綿の様な毛皮に、真っ赤な瞳を震わせながら2人を見詰め返していた。
「ハイスクール時代に校舎でウサギを飼ってたことがあるの。わたしの唯一の友達だったの。それを急に思い出して…」
「あら?あなたにもハイスクール時代なんてあったんだ…?」
「あったよ!?あんただってあったでしょ!?」
「まあね。最近、同窓会があったけど、誰もあたしだって気づかなかったわ…うふふ…」
「…でしょうね…」
そう言って、マトリョーシカを抱き上げるヴァージニアの紅い瞳とウサギの瞳を見比べるビアンカだった。
「お…美味しそう…(ジュルリ…)」
「Σ(゜ロ゜;ダ、ダメ!絶対、食べちゃらめぇええ!?」
睨み付けるヴァージニア。
「た…食べるわけないでしょ…」
「…だ、だって…あんたが言うとシャレになってないよっっ」
「あははははは♪それもそうね!(≧∇≦)」
その時、部屋の片隅で黒い物体が目にも止まらぬ速さで横切った。
「えっ…?」
「ネズミ!?」
「ビアンカ…あなた、ネズミまで飼ってるわけ?(笑)」
「か、飼ってない!!」
急いで立ち上がると、恐るべき俊敏さで箒を掴みネズミを追い回した。
「…なんて、逃げ足の早いっ…」
箪笥の隅に追いやられたネズミは、ビアンカのあまりの素早さに逃げ場を失った。
か細い鳴き声が哀れみを誘う。
見兼ねたヴァージニアが声をかける。
「…ちょっと…ビアンカ…およしなさいな…」
「なんでよ!?…最近、マトリョーシカの餌が無くなるから変だと思ってたんだ…台所の野菜もかじられてるし…こいつの仕業だったんだよ…」
「可哀想でしょ…」
「可哀想…?なんで?マトリョーシカにも被害が及ぶかも知れないでしょ!?」
「ウサギもネズミも、同じ仲間でしょ?…同じげっ歯類なのに…なんでネズミだけ撃退するの?」
「はっ…」
「あなたのやってる事は…あなたが“人間”にやられた事と同じではなくて…?」
箒を持ったまま、立ち竦むビアンカ。
怯えるネズミの姿に、かつて人間に迫害されていた頃の自分の姿を重ね合わせていた。
「ヴァージニア…わたし…」
「人間は勝手な生き物ね。ウサギは見掛けで可愛がるくせに…ネズミは害があるからって煙たがる…。あたしも同じ様な目に遭ったわ…あなただってそうでしょ…?」
「…ヴァージニア…」
箪笥の隅で怯えていたネズミは、そのまま2人の前を猛スピードで走り去って行った。
「…どうしたらいいの…ヴァージニア…?」
「あなたの気持ちだってわかるわ…でも、ビアンカには、あんな人間達と同じになって欲しくないの…」
マトリョーシカを渡すヴァージニア。
優しく包み込む様に抱くビアンカ。
「ごめんなさい…だって…わたしだって…この子を守りたかっただけだから…」
「わかってる。あたしはそんなビアンカの優しさが好きよ…」
「ヴァージニア…ありがとう…忘れかけてた大切な事を思い出させてくれて…」
「ふふ…どう致しまして…じゃあ、この子いただくわ♪(ジュルリ…)」
「そ、それは…らめぇええ!?」
【終】
初掲載2011-01-13
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