濃い目に落としたコーヒー、
硝煙とガンオイル、
インクに含まれる松脂、
洗濯糊とリネンウォーター、
白檀のオーデパルファム、
たまに吸う甘いフィルタのきつい煙草、
深い琥珀色のバーボン、
それにどうしてか甘く感じる汗、


――君の好きなところなんて 数えきれないほどあるのに――


俯いて真剣に考えていたら下から覗き込まれて、驚いた拍子に息を吸い込んだ喉からひゅっと笛のような音が鳴る。

「さっきから何を考え込んでいるんだ?変な顔をして」
「え、あ、う…そんな変な顔してたぁ?」

誤魔化すように両頬を押さえながら、くしゃっと表情を崩して笑う。
怪訝そうな顔で、それでも抱き締めてくる大佐の胸にされるがままに顔を埋めると、大好きな匂いに包まれた。
離れている間に忘れないように、いつでも思い出せるように、胸いっぱいに吸い込んでおく。
…旅先でうっかりこの匂いを思い出すと、それはそれでちょっと大変な事にもなるのだけれど。

「なぁ、あんたってなんでこんなさ、」

話し掛けるとゆるゆると背中を滑っていた手が止まる。

「いい匂いすんの…?」

言うんじゃなかった…多分真っ赤になってしまってるのだろう、顔がとても熱い。
それでも抱き締められている状態なら見られる事はないと油断していたら、唐突に引き剥がされて上を向かされた。
と、そこにはきっとさっきの俺よりもずっと変な顔をしているであろう大佐がいて。

「いい匂い?私が?」

よくわからないと言うように暫く考え込んでいる様子だったが、しかし唐突にぱっと明るい表情になった。

「…そうかっ!うん…いい匂いか、ありがとうありがとう」

そう言うとさっき以上にぎゅうぎゅうと抱き締めてきた。ありがとう?意味がわからない。
そりゃあオヤジ臭いって言われるよりはいいに決まってるだろうけど、それにしたって。

「…さっきさぁ、あんたのいい匂いの構成成分を考えてて」
「構成成分、ね、ふふ」
「笑うなって。そんであんたの香水とか、煙草とか酒とか、そういう匂いかと思ったんだけど、」
「それ以外の何かが重要、なのだろう?」
「えっ」

考えていた事を言い当てられて、赤くなっている場合じゃなくなった。言い当てられると言う事は、それが何か解っていると言う事で。

「それ以外って、なんだよ?」
「君もね、いい匂いがするよ。石鹸と、機械鎧のオイルと、よく食べているキャンディと、紅茶と、図書館と、日だまりと、汗と、精液と、」
「それは言わなくてもいいだろ…っつうか、いい匂いじゃないし!」

こういう質問には決まってすぐに答えようとしない恋人が、頭やら背中やら好き勝手に撫で回してくる。

「でも君だけの匂いだよ。ねぇ、エドワード、離れている間に忘れないように、覚えさせてくれるかい?」

首筋に擦り寄ってくると触れる髪が、耳を撫でる囁きの吐息が、くすぐったくて身を捩る。

「なぁ、なんなんだよ、それ以外って」
「さてね、いつか自分で気付くから、それまでのお楽しみ」
「なん、だよそれ…」

俺は不貞腐れたけど、でも大好きな匂いに包まれている今は、少しだけ好きにさせてやってもいいかなんて、甘い考えになってしまう。
なにより、自分と同じ事を考えていた恋人が愛しくて。そっと瞼を俯せると、背中に回した腕で軽く抱き締めてやった。


話題:二次創作文