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焼け野が原

明確な意思を持って触れてくる時のそれとは違う指の動きに、ああまた寝惚けているなと思った。


――だから抱いて ちゃんと抱いて この体に残るように 強い力で――


自分がじゃない、背後から自分を抱きすくめたまま、未だ眠りの中に居るのであろう恋人が。
眠ってしまう前にしていた色々と、今のこれと、同じ行為のはずなのにまるで別人にされているかのようで。
むしろ別人にするようにされているのかも知れない。今迄に彼が自分以外の人にも触れてきた事は知っている。
こうして彼と関係を持った今でも…それは咎められるものではない。彼を縛る権利なんて、自分には持ち得ない。

今、彼がまどろみの中で抱いている相手が誰かなんて、わからない、わかりたくもない、けれど。
唇を滑る彼の指に、声無くその動きだけで名前を呼ぶと、涙がひとすじ落ちて指を濡らした。

「…は、がねの…?」

落ちた涙の道筋を逆さに辿って拭われながら、まだ寝起きの声で呼ばれたのはそれでもちゃんと自分の銘で。

「…寝てたんじゃ、なかったの」
「寝ていたよ、でも君が泣いているから」
「ん、欠伸しただけ」

背を向けていたのが幸いした、今はとても見せられる顔はしていないだろう。
このまま誤魔化してしまえばいい。こんな気持ち、彼には知られたくない。
涙を拭ったその指で髪をかき分けられて項に落とされるくちづけに、漸くいつもの触れ方だと思った。
せめてこうしている間だけはどうか、彼がちゃんと自分だけを見て、抱いてくれますように。

…なんて、身勝手なんだろう。誰にも言わない、言えない願いは、それでも思うぐらいは赦されるといいのだけれど。


話題:二次創作文
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君がくれた日

あの日この手が掴んだものは、彼にとっても自分にとっても確かに“希望”で。


――思い出せ この手が 失っていたものを 君に出会ってから僕は…――


「ここに来るのも久しぶりだな、特に君は」

澄みきった青空をバックに、なびく金髪が眩しい。普段はまとめられているそれが自由に舞う姿に思わず目を細める。

「ええ、わたしは…そうですね、エドワード君に初めて会った時以来ですから」

久しぶりの休暇をこの街で過ごしたい、と彼女が言い出したのはとても意外に思えた。
事の発端はあのロックベルの女主人の、まるで近所の住人を誘うかのような夕食への招待だったのだが。

「それにしても…残念でしたね、エドワード君。また、」
「いいんだ、あれはああいう生き物だからね。でもせめて、首輪でも付けておけば良かったかな」

他愛ない冗談にくすくすと笑う彼女は、普段見る姿とはうってかわってすっかり女性のそれだ。
服装や髪型でこんなにも変わるものか…いや、この土地の持つ空気もあるのだろう。

「しかし…本当にいい所で育ったんだな、あの兄弟は」

見渡す限りのみどりに空の青。この景色の中を、心地よい風に吹かれ走ってゆく彼の姿が容易に浮かぶ。


自分は彼女を送ってきただけで、仕事を残してきたからすぐに戻らないと、と言うその口を紅茶と菓子で封じられ、可愛い可愛い恋人の弟の、それはもう可愛い可愛いおねだりに無理矢理椅子に縛り付けられた。

「だって、兄さんもたいさもちっとも帰ってきてくれないじゃない。久しぶりなんだから少しぐらい、ね」

全く誰に似たのやら…「いいでしょ?ちゅうい?」と、彼女にまで可愛いくおねだりをする始末。
普段なら厳しく私のスケジュール管理をする彼女も、オフだからかそれともおねだりに負けてか、苦笑しながらしばらくの滞在を許してくれた。
身体を取り戻したばかりのアルフォンスは、まだ魂が身体に馴染まないのか、動作も覚束無くほぼ室内で過ごしている。
そんな彼のためにと持ってきた数冊の本と中央の菓子店の土産には大層喜んでいたが、やはり兄の不在に浮かない顔だった。

「兄さん、このあいだ連絡があった時に、たいさとちゅういが来るって伝えたんだけど…」

俯く彼の髪を優しく撫でて気にするな、と伝えて椅子から立ち上がる。

「もう行っちゃうの?」
「ああ、済まないね。ちゅういを宜しく頼むよ」

違う階級になった今でも、彼は私たちの事を“たいさとちゅうい”と呼んでくれている。
当時の呼び名に思い入れがあるようで、もうすっかり渾名になってしまった。
彼の声で呼ばれるその言葉は、もう階級を指すそれではなく感じるから不思議なものだ。

「いってらっしゃい。またいつでも“帰って”きてね」
「ああ…いってきます」

ここが帰るべき場所だと、こんな自分にも帰る場所があると、そう言うかのように送り出してくれる彼の存在が本当に有難い。
一人で駅に向かう道すがら、ふいに口を突いて出たメロディは何の歌だったろうか。


ああ、これは…彼が――エドワードが、よく歌っていたラブソングだ。


話題:二次創作文
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カプチーノ

なあ、俺はいつになったらあんたに追い付けるのかな?


――口の悪さや強がりは“精一杯"の証拠だって――


「次は、どこへ?」

旅立ちの前、いつものように挨拶に寄った執務室でローテーブル越しにマグカップを渡される。

「あ、ありがと。リゼンブールからまだ国境寄りの村。ファルマン准尉の紹介で、珍しい書物を集めてる学者に会える事になって」
「ほう、それは」
「でもとにかく本当に凄い量らしくってさ、その中から必要な文献を探すのにどんだけかかるか」

そこで言葉を切ると、まだ熱いマグカップに火傷しないよう注意深く口を付けた。
ほろ苦いけれど体の芯にじんわりと染みる心地好い温度に、今はまだ春とは名ばかりだな、と思う。

「じゃあ…次に戻ってこられる時にはもう夏になっているかも知れないな」
「え!?あ…そ、だな」

驚いて思わず目を上げると、向かいのソファで自分のカップに口を付けながら軽く目を伏せている大佐が目に入って、あわてて自分も視線を落とした。
マグカップの中でミルクの泡がぷつぷつと潰れて、より淡い色へと変化してゆくカプチーノ。

「その頃までには君もね、もう少し大人になってくれていると有難いのだが」
「なっ…もう子供じゃねーよ!」
「行く先々で騒動を起こされていたのでは私の出世にも響くからね」

くすくすと笑うその様子に、いつもの自分をからかう冗談だったと気付いて悔しくなる。
少佐相当の地位が与えられた国家錬金術師でも、周囲はやはりまだ子供としての扱いで。
悪気はないどころかむしろ好意的な意味でのその扱いを、甘受してしまう事もある。
それでもこういう暮らしをしている以上、一人前の大人として接して欲しい。
そんな自分の気持ちを、いつも誰よりも汲んでくれているのは――

「な、俺は、大人に…あんたに、」
「うん?どうしたね」

またそうやって大人の顔をして。俺には到底追いつく事ができないんだって思い知らされる。

「そぉーだなぁー、次に会う頃には大人になってるかも知んねーな!」
「それは見物だな」
「大佐の身長なんか追い越してさ、そしたら交替な、大佐が下!」
「楽しみにしていよう」

大人びたふりで言う冗談だって、からかうことなく受け流してくれて。
でもやっぱり少しだけ恥ずかしくて声が震えてしまったんじゃないかなんて心配になる。

「待っているから」
「え?なに、俺様が上になるのを?」
「ゆっくりでいい、焦らずに大人になりなさい。私はいつでもここにいるから」

冬に咲くその花が散ってしまっても。この先にどれだけの人と関わって行ったとしても。
真っ直ぐに俺を見つめてくるその視線は優しくて。けれど、さっきまでのそれとは違う色で。

「うん、待ってて。行ってきます」


話題:二次創作文
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100 MAGIC WORDS

もう我慢も限界だ、今日言おう、絶対言おう、言ったからってどうなるわけでもないけど!


――シミュレーションなら完璧 心の準備 とっくにもう――


「や、鋼の…どうした、難しい顔をして」

いつもの執務室、いつものようにノックもしないですべり込む。と、迎える上司もいつも通り。
デスクに山積みの書類なんかには目もくれず、むしろ背を向けて熱心に窓枠を指でなぞる作業に没頭していた。つまりは…サボりだ。

「なにやってんだよ…さっき中尉に会ったら今日の大佐はお忙しいかも知れないわね、なんて言ってたぜ?」

この空間のあまりの緊張感の無さに、難しいと形容されたそれまでの表情を崩すと、ソファに深く腰掛けた。
大佐も窓から離れると隣に腰を下ろし、顔を覗き込んで話しかけてくる。

「退屈だったからね、気分転換だよ。根を詰めているばかりでは捗らないし、それに窓の外を眺めているといい事もある」
「いい事?なんだよ?」
「君とアルフォンスがやって来るのが見えたよ。久しぶりだね、おかえり」

そう言って幼くさえ見える顔で微笑んだ。本当にこの人は、いつだってどうしてか俺の欲しい言葉や表情をくれるんだ。
だからこんなの…本当に卑怯なんだ、俺が恋に落ちたとしたってしょうがないじゃないか!

「ほらまた…そんなに眉間に皺を寄せるんじゃないよ、癖になるだろう?」

また難しい顔をしていたらしい俺の眉間を、まるで猫にするみたいにゆるゆると指で撫でる。
本当に猫かなにかをあやしている程度のつもりなのかも知れない。でも俺はれっきとした人間で、しかも思春期で。
こういうちょっとしたスキンシップやなんかを過剰に意識したってしょうがないように出来ているのはわかってるはずだろ?

「あんたさ、こういうの…もしかしてわざとやってる?」

そう言うと、優しく細められていた目が見開かれて、きゅうっと瞳孔が縮まった。
なんて綺麗な瞳だろう。ああ、むしろこいつが猫だよな、しなやかで美しい、黒猫。

「それは…一体どういう意味かな、エドワード」

眉間から離れた指が左右のそれで組まれると、そこに顎を乗せてまた目を細めこちらを伺ってくる。

(って言うか、今、エドワード、って…!)
ただでさえ発する言葉のひとつひとつに翻弄されるばかりなのに、呼ばれ慣れないファーストネームで呼びかけられて。
もう、本当に限界だ。このままじゃ心臓が口から飛び出してしまうんじゃないかと思うほど鼓動が早い。
でもそれを悟られるのは俺のプライドが許さない。俺だって男だ、こんな時に余裕のひとつも見せられなくてどうするよ?
だから…俺はこいつみたいなやわらかい表情で、こいつみたいなあまい声で、そっとささやくように。

「なぁ、大佐。俺、あんたの事…


話題:二次創作文
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君の好きなとこ

濃い目に落としたコーヒー、
硝煙とガンオイル、
インクに含まれる松脂、
洗濯糊とリネンウォーター、
白檀のオーデパルファム、
たまに吸う甘いフィルタのきつい煙草、
深い琥珀色のバーボン、
それにどうしてか甘く感じる汗、


――君の好きなところなんて 数えきれないほどあるのに――


俯いて真剣に考えていたら下から覗き込まれて、驚いた拍子に息を吸い込んだ喉からひゅっと笛のような音が鳴る。

「さっきから何を考え込んでいるんだ?変な顔をして」
「え、あ、う…そんな変な顔してたぁ?」

誤魔化すように両頬を押さえながら、くしゃっと表情を崩して笑う。
怪訝そうな顔で、それでも抱き締めてくる大佐の胸にされるがままに顔を埋めると、大好きな匂いに包まれた。
離れている間に忘れないように、いつでも思い出せるように、胸いっぱいに吸い込んでおく。
…旅先でうっかりこの匂いを思い出すと、それはそれでちょっと大変な事にもなるのだけれど。

「なぁ、あんたってなんでこんなさ、」

話し掛けるとゆるゆると背中を滑っていた手が止まる。

「いい匂いすんの…?」

言うんじゃなかった…多分真っ赤になってしまってるのだろう、顔がとても熱い。
それでも抱き締められている状態なら見られる事はないと油断していたら、唐突に引き剥がされて上を向かされた。
と、そこにはきっとさっきの俺よりもずっと変な顔をしているであろう大佐がいて。

「いい匂い?私が?」

よくわからないと言うように暫く考え込んでいる様子だったが、しかし唐突にぱっと明るい表情になった。

「…そうかっ!うん…いい匂いか、ありがとうありがとう」

そう言うとさっき以上にぎゅうぎゅうと抱き締めてきた。ありがとう?意味がわからない。
そりゃあオヤジ臭いって言われるよりはいいに決まってるだろうけど、それにしたって。

「…さっきさぁ、あんたのいい匂いの構成成分を考えてて」
「構成成分、ね、ふふ」
「笑うなって。そんであんたの香水とか、煙草とか酒とか、そういう匂いかと思ったんだけど、」
「それ以外の何かが重要、なのだろう?」
「えっ」

考えていた事を言い当てられて、赤くなっている場合じゃなくなった。言い当てられると言う事は、それが何か解っていると言う事で。

「それ以外って、なんだよ?」
「君もね、いい匂いがするよ。石鹸と、機械鎧のオイルと、よく食べているキャンディと、紅茶と、図書館と、日だまりと、汗と、精液と、」
「それは言わなくてもいいだろ…っつうか、いい匂いじゃないし!」

こういう質問には決まってすぐに答えようとしない恋人が、頭やら背中やら好き勝手に撫で回してくる。

「でも君だけの匂いだよ。ねぇ、エドワード、離れている間に忘れないように、覚えさせてくれるかい?」

首筋に擦り寄ってくると触れる髪が、耳を撫でる囁きの吐息が、くすぐったくて身を捩る。

「なぁ、なんなんだよ、それ以外って」
「さてね、いつか自分で気付くから、それまでのお楽しみ」
「なん、だよそれ…」

俺は不貞腐れたけど、でも大好きな匂いに包まれている今は、少しだけ好きにさせてやってもいいかなんて、甘い考えになってしまう。
なにより、自分と同じ事を考えていた恋人が愛しくて。そっと瞼を俯せると、背中に回した腕で軽く抱き締めてやった。


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