さらさらと滑る髪に差し入れた指先が彼の体温を伝えてきて、それはちりちりと、まるで火傷しそうな程に熱いと感じた。


――あと10秒で 世界が終わる そんな瞬間が もしも来たら――


いつもの事だ。自分の恋心(そう、これはもう恋としか言えないものだ)を意地の悪い笑顔や冗談や、そういうものに包んで隠して。
様々な方法で彼をからかう自分にいちいち返ってくる反応を楽しんでいた、はずだった。

「そんなに怒らないでくれ、鋼の。私が君を構うのは、君が好きだからに決まってるじゃないか」

何が彼の琴線に触れたのか。そう言うとそれまでの元気が嘘のように、彼は突然黙りこんで俯いてしまった。
いつもなら。うざい気持ち悪い死ね、ぐらい言われてもおかしくないところだ。右が飛んでこなかっただけ今日は運がいい。
ついに本気で切れた、といったところか。しかしここで狼狽えてしまっては私の沽券に関わる。
どうすれば私が襤褸を出さずに彼の機嫌を直せるかなど、国家錬金術師であり国軍大佐であるこの私の頭脳を以てすれば容易い事である。
しかし恋と言う名の魔物は、そういった勘を悉く鈍らせる事に長けていて。
まずは落ち着こうと彼の表情を窺うと、まるで涙を堪えるかのようにぎゅっと閉じられたその目元は赤く染まっていた。
泣く程嫌だったのか、怒っているのか、どちらとも言えない。とにかく今以上に嫌われる事だけは遠慮願いたく、ここは素直に謝ろうと思った矢先。

「あんたは、あんたはなんで…そういうこと俺に言うの」

普段の彼からは想像できない、蚊の鳴くような小さなふるえる声でそう呟いた、その姿に私は。
…これはいけない、理性だとか、余裕だとか、諸々今日はクローゼットに忘れてきたようだ。伸ばす手を止められる手立ては無かった。

もしかしたらあと10秒で世界は終わってしまうかも知れないのに、君の体温も感触もそのシャンプーの匂いすら知らないままに終わるなんて。

脅えさせないよう、なるべくやさしく、と思いながらふわりと頭に掌を辿り着かせると、彼はびくりと肩を揺らした。
いつもならそんな事をすれば小柄な体躯(それすらも愛おしい)を馬鹿にしているのかと喚き散らされるところだ。
なのになぜか今日は大人しくて、うすく開かれた瞳は戸惑いに揺れていた。

頭に置いた掌をそっと髪に差し入れると、想像よりも幾分か高い体温が指先を焦がすような感覚。
また閉じられた瞼には、まるで揃えられたようにきちんと並ぶ睫毛が震えて。しかしこの様子は、決して拒否ではないそれだと確信した。
耳の後ろを通り抜け、そして首筋へと指を滑らせながらゆっくり顔を近づけて、このまま、このまま…

あと、10秒で。


話題:二次創作文