「マサ!」
大きな声で、俺を後ろから呼び止めたのは、一十木だった。その一十木は意気揚々と俺の元まで駆け寄ってくる。その後ろから、音也!廊下は走らないようにと前から言ってるでしょう!と一ノ瀬の声が聞こえる。振り返ったときは陰に隠れて見えなかったが、どうやら一ノ瀬もいるらしい。
「どうした?」
「はいこれ!俺とトキヤから。」
差し出された手のひらぐらいの箱をみつめて、そういえば今日は己の誕生日だったことを思い出す。
「誕生日、おめでとうございます。気に入っていただけるといいのですが。」
いつの間にかこちらに来ていた一ノ瀬と目が合い、微笑まれる。
「いくつになっても祝ってもらえるのは嬉しいことだな。ありがとう。」
一十木からプレゼントを受け取り二人に礼を告げると、自分の自然に頬が緩むのがわかった。
「どういたしまして。ってトキヤ!時間やばい!!」
「あなたが早く起きないからでしょう!すみません、急ぐので失礼しますね。」
来た時と同様に慌ただしく二人が去っていく。あのふたりは変わらないなと思いながら、もらったプレゼントを持っていたカバンにしまいこみ、テレビ局に向かった。
あのあとテレビ局の控え室で四ノ宮と来栖からもプレゼントをもらい、仕事を終えた俺は、神宮寺の部屋へと向かう。いつの間にかお互いの予定が会うときは、一日一食は共に食べることが暗黙のルールとなっており、本日も例に漏れずここで夕食を取るつもりだ。
とはいえ、自分の誕生日だから特別何かあるわけでもない。奴から誕生日について全く触れられていないので、いつも通りでいいのだろうと思う。誕生日を祝われることを期待しないわけでもなかったが、なくても別に構わない。
「さて、作るか。」
材料を広げて、包丁を手に取った。
調理を初めて1時間ぐらい経った頃だろうか、だいたい出来上がったところでチャイムがなり部屋の鍵が開く音がした。
「ただいま。」
「ああ、おかえり。」
つまみ食いをしようとする手をはたきながらする、このやり取りも嫌いじゃない。作られていない笑顔を見るのが、好きなのかもしれない。こっちに来たついでに手伝えと言えば、なんだかんだと文句は言ってもやるし、そう悪くないと思う。
食事は、というか食事のあともいつも通りだった。食べて片付けて、並んでテレビを見て。そうしている合間にあっという間に時計の針は23時55分を指していた。もうあと5分で今日が終わる。期待していないと自分に言い聞かせたものの、何もないのはやはり寂しい。しかし、自分からいうのもおかしな話だ。
「神宮寺、今日はもう帰る。」
もう今日は部屋に帰って寝てしまおうと立ち上がる。どうせ今日一十木たちにプレゼントをもらうまで忘れていたのだから、明日になれば気にもしない。
「もう行くのかい?あとちょっとなんだし見ていけば?」
テレビに写っているドラマはちょうど山場を迎えている。それは数ヶ月前に撮った俺たちが主役の特別ドラマで、見ずとも結末は知っているが、断ってはいけないような雰囲気を感じて、俺はその場に座り直した。
隣では神宮寺が、このドラマについて話をしているがその内容はほとんど耳に入って来ず、時計の秒針が回るカチカチという音を音をぼんやりと聞いていた。
「全く。お前は人の話きいてないでしょ。」
「すまない。」
「まぁいいけどさ。別に。」
秒針が周り23時59分をさす。あと1分で今日が終わる。
「あ、そうそう。」
いかにも今思い出したとでも言うようにな声で、いやらしく笑ってやつは切り出した。
「誕生日おめでとう、真斗。」
「……ああ。」
それだけ返すのに精一杯だった。
「あれ、待ってたんじゃなかったの?そわそわ時計なんかじっと見てたし。」
にやにやと笑いながらこちらを覗き込んでくる態度に、沸騰するような熱が湧き上がってくる。
「そんなことはない!俺はもう帰る。」
立ち上がって、カバンをつかみとって玄関へ向かう。たった一言をこんなにも喜んでる自分が恥ずかしくて、いてもたってもいられない。
「また明日ね。」
後ろから声がかかる。逃がしてくれるのならば逃げてしまおう。俺は返事もせずに、奴の部屋から逃げ出した。
それから、部屋に戻ってくると、部屋のドアノブに袋がぶら下がっていた。中には小さな箱とメッセージカード。
「馬鹿者め。」
メッセージカードを広げて、内容を確認しながら部屋の中に入る。それからポケットから携帯を取り出して慣れた手つきで、電話番号を呼び出す。
伝えなければならないことがあるから、早く出ろと思いながら、その電話がつながるのを待った。