*まとめ*





 そして時は過ぎ、戦はついに始まった。地鳴りのような地響きを立てて迫り来る敵の軍勢を迎え撃つは、数百の攘夷の軍。
 こんな見晴らしのいい平原での迎撃などさすがに地球の猿は愚かだと、ある天人は馬鹿にしただろう。こんな少数でよくも正面から突っ込んでくるものだと、ある幕軍の侍は鼻で笑っただろう。


 そんな建前をも凌駕する戦働きを見せる侍達によって、次の瞬間には討ち取られているとも知らずに。




 「き、貴様っ……高杉晋助!」

 驚きで目を剥く天人の間合いに一気に飛び込み、高杉はその胸元に深々と刀を突き立てる。次の瞬間には一気に引き抜き、後方から迫った敵の喉笛をも切り裂いた。返り血を浴びる暇もない速度の剣技に、周りの天人達がどめよくのが分かる。
 分かるが、それでは高杉を止める事はできない。


「……チッ」

 一刀で斬り伏せたかとばかり思っていたのに、さっき斬った敵の天人がまだしぶとく剣を合わせてくるのを、眼前の白刃でガチャリと受け止める。白刃が閃いて火花の散る、まさに命を賭けたギリギリの攻防。
 だけど刀同士で押し合う刹那に、ふとあの夜の銀時の行為を思い出し、高杉は次の瞬間には思いっきり敵の足を払っていた。

 果たして、図体ばかりが大きな巨体の天人には足払いの効果は抜群だったらしく、ギャアァァァと雄叫びじみた悲鳴を上げてすっ転んだところをすかさず心臓を突き刺して仕留める。そして今度こそ絶命したのを見届けるなり、高杉は踵を返して駆けた。

 銀時との喧嘩で学んだ兵法をここで用いるとは、しかもそれで命を救われるとは癪だが、仕方あるまい。往往にして、図体や武器に頼っている天人共などは侍の剣技の前では木偶の坊に等しい。だが力ではもちろんこちらの分が悪い。

 ならばその巨体から見ても細かくは扱えないであろう、足元の弱さを狙うのだ。弱きをまず挫く、そして即座に仕留める。銀時なら確実にやっていることだ。だからこそ、あの晩の銀時も高杉目掛けて仕掛けてきたのだ。

 それは少し前の高杉なら眉をひそめた戦法だが(侍の沽券に関わると)、そして桂などは今も是とはしないだろうが、そんな侍の美学などとは到底縁遠い銀時の、その闘いにおけるセンスは計り知れぬものがあった。天賦の才とはこういうことを言うのだと、その闘いぶりを見るにつけ、さすがの高杉だとて感服せざるを得ないのだ。

 まるで本能で察知しているかのような、敵の動きを読む間合いの取り方。腕のみならず足をも使い、時には敵の脇差を奪い抜き、それを敵の喉笛に突き立て、なおかつ横合いから来た別の敵の顔面にはグーパンでも叩き込む。
その上で、はて肝心の銀時自身の刀はどこに……と見れば、もう一人の敵の腹に深々と突き刺さっていたりする。

 いったいいつの間に、などという質問は無粋である。白夜叉の前では、そんな質問なんて何の意味もなさないからだ。

そうして敵の腹に入っていた己の刀を鮮烈な血飛沫と共に引き抜き、また別方向から来た新手に斬りかかっていく、そんな戦働きが出来るのは銀時くらいのものだろう。

 だからこそ、多大なる畏怖と少しの蔑みを込めて言われるのだ。白夜叉と。

 だからガキの頃は言われていたのだ、“あれ”はバケモノの子なのだと。




 しかしだからこそ、高杉もそんな銀時から学ぶことは多かった。さっきもそうだ。あり得ぬ事だが、万に一つもあり得ないのだが、銀時とのあの殴り合いがなければ、そして銀時の戦法から学ばなければ、さっきの巨体の天人に力で競り負けていたやもしれぬ。

 もしそうなれば、あとは死が待つのみだ。戦場での負けは即座に死を意味する。そうなればもう新八には会えない。

 もう一生、この気持ちを伝えることもできなくなる。
 自分が新八に抱いている、この気持ちを。



 ふっと脳裏をかすめた少年の顔をふるふるっと頭を振って自力で追い払い、高杉は刀を握った右手に力を込めた。  
 足はまだ戦乱の最中をひた走っている。次の敵を探して、一人でも多くを殺すために。


(……まだだ。まだ足りねえ。雨が降る前に、俺が一人でも多くの敵を片付けねェと)

 頬に薄く飛んだ血飛沫を、黒い陣羽織の袖裾で拭った。
 戦場を駆けながら空を見上げれば、もう随分と近い位置に雲が垂れ込めているのが分かる。雨が降り出すのは時間の問題だった。

 だけど、この空の下には確実に新八が居る。新八が居るということは、近くには白夜叉の姿もある。桂や坂本も、各々の場所で敵を薙ぎ払っているだろう。


皆、同じ空の下で。












 ポツポツと頬に当たるもの、それが雨だということに新八はすぐ気が付いた。気付くなり顔を上げて、近くに居る銀時の姿を探す。


「銀さんっ!雨!雨が降ってきました!」


 見渡す視線の先では、銀時が今まさに敵の天人と交戦中だ。敵の刀の切っ先を避け、避けたと同時にわき腹に己の刀を突き立てる。そして敵がたたらを踏んだ瞬間を狙い澄まし、首を一刀で跳ねた。
 グパッとおかしな音がして、次には血の雨がどうっと降る。首を走る太い頚動脈を斬られたのだから、大量の出血は免れない。その首を失ってなお、まだ立っている姿勢の天人の身体が滑稽だった。


 全てが一瞬、まばたきの合間の出来事だ。だからやっと新八が目を背けた時には、もうあらかた勝負はついていた。


「……おー。ほんとだ。雨降ってきたな、マジに」

 どうっと地に倒れ臥す天人の身体を軽い仕草でひょいと跨いで、銀時は新八に倣って空を見上げる。その声には、今し方まで命の獲り合いに明け暮れていた若武者の緊張はない。むしろ飄々とした、いつも通りの銀時の声だった。

 顔に浴びた血の雨を洗い流すように、ふるふるっと首を振る仕草はどこかの野良犬にも似ていた。

「う、うん。これが後退の合図……ですよね?」

 既に血染めにも等しい白い戦装束に身を包む銀時を、新八がおずおずと見上げる。いつも所々が血塗れだったり、裾がほつれて破れていたりはするが、今日の様相はいよいよひどい。もはや白夜叉とも言えない、だってもう衣装どころか髪の毛先すら白ではない。

 今日の銀時の闘い方ときたら、鬼気迫ると言うよりは、いっそ常軌を逸していると言った方が近い。まるで何かの鬱憤を晴らすかのようにバッサバッサと斬り捨て、何かのイライラを解消すべく大いに暴れ回り、斬って斬って斬りまくり……を延々と繰り返しているのだ。それこそ疲れ知らずの体力馬鹿と呼ぶにふさわしい勢いで。

 そしてそんな銀時の側に常にいたせいか、今日の新八はほぼ敵を斬っていなかった(銀さんっ)。


「おう。一旦下がるか、後ろの山裾に」

 新八に聞かれて、銀時は軽く頷く。周りを見れば、他の志士の面々もどやどやと山に分け入っていくのが見えた。皆が本格的に一旦は本陣に下がる構えを見せている。
 もちろんそれは見せかけだけなのだが。

「高杉さんも桂さんも、坂本さんも居ますかね?」
「山に入ったらどっかで会うんじゃねーの?……ま、高杉には会いたくねーけどさ」

 不安げな新八の声に生返事で答えて、銀時は新八の手を取った。ぐいっと引いて、さらに後方を目指す。

「行こうぜ新八。遅れんなよ」
「あ、ハイ!待って銀さん!」

 ぱたぱたと頬を叩く雨がいよいよ本降りになってきた頃には、二人の足取りは既に山裾に向かい始めていた。




 雨が降ったと同時に何故か撤退し始めた攘夷の軍を見て、幕軍はいよいよ勝機は我らにありと確信したらしい。攘夷軍の根城である山城に逃げ込むかとでも思ったか、敵はそのまま残党狩りをする勢いでドドドと山に大挙して入ってきた。
 つまりは高杉の考え通り、敵の軍勢はまんまとこちらの陣地に誘い込まれてきたのである。


 こうなればもう勝機があると、既に勝ちは我らに傾いていると、戦の最中なのに奢りたかぶってしまったところが敵軍の運の尽きだ。幕軍のスマート連中はただでさえ慣れぬ山の地形に足を取られ、役所仕事で戦にやってきた連中は平原よりずっとぬかるみやすくなっている泥土に手間取る。

 その隙を縫った攘夷の芋侍達による反撃は凄まじかった。ある者は樹上から敵に槍の嵐を見舞い、またある者は雨で増水した川に敵を突き落とし、はたまた木の陰から奇襲をかけては敵に断末魔の悲鳴をあげさせ、また斜面に潜んでいた志士は敵にタックルをかまして谷へと地獄送りにし……と、

 え、もうこれ戦?戦っつーか喧嘩?自然の中でやってるプロレス?

という疑問の声でも上がりそうな、まさに場は混乱の極みにあった。しかし混乱は大いにあれど、徐々に、だけれど確実に戦況はひっくり返りつつあったのだ。



 それも、攘夷勢に優位な方向に。