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『灰塗れの空』

僕は愛というものが大嫌いだった。
子は愛を受けて育つらしいが、少なくとも僕は愛を受けた覚えはない。愛を知らない者が愛を与えられるわけもなく、僕は愛を知らないで成長した。
両親は僕に触れた事がない。オムツを替えるのも、風呂に入れるのも、寝かしつけるのも、僕は見知らぬおばさんにされてきた。両親は僕を見捨てている。それが僕が小学生に上がった頃に出した結論だった。
「今考えれば、両親とも完全能力化現象者だったんですよ。そう考えると、『よく産まれられた』とも思えますけど、仮定として、ある程度空気中に存在する空気やマナに触れる必要がある――と考えれば、あり得なくもなさそうですね」
「今その両親は?」
「『消えました』」
「それは……蒸発と言う意味で?」
「皆まで言いませんよ」
そうして僕はまた運転に戻る。赤信号は青に変わった。もう、話すこともない。僕にあるのはこれしかない。これ以外に特筆する事なんて持ち合わせてはいないのだ。厚みのある人生なんて送らなかったし、小説にでもしたら小学校までで内容が完結してしまうだろう。だから、僕は口を噤んだ。と、そこに着信音が鳴り響く。
「あ、失礼」
「どうぞ」
桃葵が携帯を開き、誰かと話す。口調や会話の内容から推測するに水月さんかな。
「すみません。メンバーを一人回収したいんですけど」
「解りました。場所を教えて下さい」
彼女が言った場所は市内で有名な進学校だった。少し通り過ぎていたので、遠回りになるな。
ハンドルを切り、少し細めの道に入る。
「事務所の人って結構いるんですか?」
沈黙に耐えきれなくて、取り敢えず口を開く。
「いえ、四人です。今から迎えに行くのが最後ですよ」
「少数精鋭なんですね」
「予算がないだけです」
軽く笑って言う。
うーむ、普通に話せるものだな。拳銃を突きつけられてても、意外と平常だ。まぁ、見た感じセーフティ掛かってるし、気にする程でもないのか。
「あぁ、どんな子なんです?あの学院に入る位なんだから、相当優秀なんですよね?」
「――うーん」
「え?」
「優秀……はい、確かにまぁ優秀なんですけど」
「頭と能力、どちらが優秀なんでしょうね」
「頭ですかね」
頭で入学したのか。随分と頭が良いんだな。
と、そんな話をしているうちに学院の前に到着した。
「どの子です?」
「あ、私が行きます」ピックアップだけなら平気かと、壁沿いに車を止める。あ、やべ僕出られねぇ。後ろに暴漢いるのに。
「では、行ってきます」
「その必要はないぜ」
いつの間に――そう口が動く前に、振り向いた僕の目の前に、ジャンケンで言う『チョキ』が突きつけられていた。ぴったりと、目の位置に。
「とーきねーちゃんが来るって聞いてたけど、誰だお前。この車はミツキのだぞ」
「借りたんだよ」
「そうか。で、お前誰だ」
「僕は――燈藤 赤紫。新人中立屋だよ」
「あぁ、お前がか」
少年は指を下ろす。
そうしてやっと、僕は少年を見る事が出来た。左右で微妙に違う眼。少し長い気がする髪。茶色いけど……多分地毛だろ。身長は座っているからなんとも言えないけど、あまり高いとは言えないんじゃないだろうか。
「ジロジロ見てんじゃねー。早く家に行くぞ」
「事務所じゃなくて?」
「だから家だろ?」
桃葵の視線が突き刺さる。成る程。察せとな。
「了解。早いところ帰るとしよう」
一日と経たずもう慣れ始めた左ハンドルを回して、車は静かに発進した。

「お帰り。初仕事はどうだったかな」
車を停め、改めて男を背負い、事務所に入った途端、水月さんが聞いてきた。手には珈琲の入ったマグカップ。さっきは特筆しなかったけれど、水月さんはスーツだから妙に似合う。
「まぁ、問題はありませんでしたよ。道は解っていましたし」
「それは良かった」
「ミツキー。俺にも珈琲くれ」
「はいはい」
水月さんはカップをデスクに置き、キッチンに向かう。珈琲とはマセた子供だと思ったのも束の間、少年は年相応の子供らしくソファに飛び込んだ。……ん、しかしあの少年いくつだ?
「はい、双葉」
「さんきゅー」
「双葉君ですか」
「双葉、自己紹介してなかったんですか?」
「おー、そう言えば眼潰ししようとしてたから忘れたな」
悪びれもせず、双葉君はソファに座り直して水月さんの煎れた珈琲を飲む。
「僕は緑木 双葉だ。よろしくな」
「燈藤 赤紫。よろしく」
こうしてりゃぁ、可愛らしげな子供なんだけどな。口調は生意気だけど。
「これで、全員集合だな」
むくりと起きあがった君鳥さんが言う。……この五人で、全員なのか。中立屋としては最小レベルだ。
「さて、新人が入ったわけだからここのテーマを再確認しようか」
僕は取り敢えず背負っていた男を脇に下ろす。そう言えば凄く重かった。
「俺達が何故これだけ少ないか。その説明だ」
君鳥さんは目の前に置いてあった珈琲を一気に飲む。あ、双葉君が切れた。ペチペチ殴ってはいるものの、暖簾に腕押し、糠に釘、水に平手と全くの無意味っぷりだった。
「俺達は、各分野において最強である事をメインに集められた」
物理攻撃、完全能力、多角的能力、洗脳能力、能力全般。そう君鳥さんは言った。物理攻撃と能力全般の担当は解ったが、残り三つが三人にどう対応するかは解らなかった。
「ま、中立するにしたって実力が伴わなきゃな」
「君鳥さん。そんなに、最強である事に拘る意味はあるんですか?解決だけなら、利便性だけでも」
「必要なんだよ。最強がな」
きっぱりと、君鳥さんは言い切った。それは吐き捨てる様でもあったし、決まりきった事を説明するようでもあった。
「何かをする為には力が必要だ。何かをなす為には力が必要だ。何かを得る為には力が必要だ。何かを知る為には力が必要だ。何かを解す為には力が必要だ。何かを助く為には力が必要だ。何かを救う為には力が必要だ」
歌うように、しかし力強く彼女は言う。それは、鬼気迫ると言っても良かったかもしれない。僕も過去は語りたくないけれど、彼女にもなにかあったのだろうか。
「まぁ、そう言う訳だ。みんな相違ないな」
「もち!」
「えぇ」
「勿論」
三人が三者三様に返事をした。そうして、四人が一斉に僕を見る。
「――解りました」
そう言うと君鳥さんは満足気に頷き、深々とソファに座り直した。
「ま、取り敢えず、まずは今回の一連の事件からだわな」
「一連?」
「赤紫と桃葵のだよ」
「あの、私は確かに襲われましたが、彼も何か?」
「あぁ、パイロ系の能力者に襲われてな」
「能力者……ですか。しかし、私は無能力者ですよ?」
「どうやら、」そこで水月さんが割って入る。
「最近能力者と人間側で対立が顕著になっているらしく、能力者は『人間狩り』、人間は『レジスト』と銘打って、お互いに戦争紛いの事をしているみたいですね」
「戦争ねぇ」
「でも、見た目じゃ能力者か非能力者は判断不可ですよね?」
「それがなぁ」
「出来てしまうらしいです」
二人はそう言って眼鏡の様な……と言うか、眼鏡を取り出した。
そして、それをかける。君鳥さんは異様に似合わなかった。
「これ、最近話題の能力者チェッカー。知ってるか、能力者って無意識にマナを空気中に発散してるんだぜ」成る程、確かにあの坊ちゃんも眼鏡してたな。……あれ、桃葵を襲った奴はつけてないよな?
「因みにコンタクト型もある」
補足ありがとうございます。
「で、これをばらまいている奴がいるんだわ」
「……でも、能力者にも人間にもばらまいてるんですよね?それ意味あるんですか?」
「バランスがぶっ壊れたんだよ」
君鳥さんは眼鏡を外し、握りつぶした。この人本当に女性らしくないな。
「今まで人間と能力者がお互いに不可侵だったのは、お互いがお互いをどちらか把握出来なかったからだ」
「内部構造は一緒ですしね」
「だが、こいつの所為でバランスは滅茶苦茶だ。能力者は遊び感覚で人間を殺しやがるし、仲間殺されて黙ってられる程、人間も自分らを下卑ちゃいねぇ」
成る程。どうやら周りの方々は仲間意識が強いらしい。自分が襲われない様に逃げるんじゃなくて、迎撃しちゃうのか。パワフルだなぁ。人間。
「取り敢えず、出元を潰す予定なんだわ」
いきなりでかく出たなぁ。中立屋って言うのは遊撃部隊ってわけじゃぁないだろ。
一通り聞き終わって、僕は改めてソファに座る。なんで立ちっぱなしだったんだろ。同じように桃葵も座る。僕の前には力水が置かれた。大好きだなぁ力水。
「差し当たって、赤紫君」
「なんですか改まって」
「特訓だ」
「――あぁ、やるんですか。マジで」
「能力者は銃を使わない。これは基本だ。何故かと言うと、能力者は人間が嫌いだから。人間にも作れる程度の兵器は肌にあわねーんだよ」
つまり、能力者の体術に負けなければ僕に負ける要素はない。つまり僕がケアする必要があるのは……「[アウター・コマンド]だ」