『こんにちは』

彼女は笑顔でそう言った。血薔薇銃を握り締めながら俺はその笑顔を凝視した。藍堂はその様子に止めにかかる。


「おい、錐生!」
「うせろ!」

藍堂が振り返ると小さなヴァンパイアは舌をだし、まるで悪意なしに見つめてた。


「ちぇ、ばれちゃった」
「分身でも粉々にするぞっ」
「こわい〜」

苦笑いしながら、幼児の罪なき笑顔で消えた。優姫はがくっと倒れた。藍堂は焦りと不安でただ本人を呼ぶ。


「黒主優姫!」

零は見かねて優姫を片手で抱き抱えた。端的に藍堂に言う。


「少し横になれるところに…」
「錐生…」

肩に乗っけられ、懐かしい匂いが立ち込める。欲しかった血の匂い。優姫は夢を浮遊している錯覚に陥った。

下を見て横を見て…ようやく今の状況がわかった。零…

ナツカシイニオイ

無意識に零にスリスリしてしまう身体。この温もりにずっとずっとずっと…待ち焦がれてた。

刺青さえ愛しおしく、血色のよい首筋があたしを呼ぶ。

――コノ人ノ血ガ欲シイ―――お兄様、ごめんなさい…

この人の血がただただ…欲しくて、愛しいの。好きなの。大好きなの。ダメとわかっている。でも…



ペロっ…

刃を突き立てやすい場所をなぞるように舐めた。零の味。

「………」
「………」

零の瞳と優姫の瞳は交差した。零はゆっくり口を開く。

「気が変わって命拾いしたなっ…」

見つめ会う。真っ直ぐ、真っ直ぐ。


「あの…もう大丈夫…下ろして」
「…立てるなら」

零に会えた喜びはつかの間。窓から覗く一匹のコウモリは二人を見ていた。零の顔に一歩たじろき、優姫は苦笑いした。


「あたしってば、全然変わらない。おっちょこちょい…」


ガシャーーーン

窓ガラスは粉砕し、何かに追われるように優姫は窓から降りた。藍堂は慌てて窓ガラスの割れた音で来た。

零は今まで肩に乗っていた優姫の温もりをなぞる。一時の気の迷いに振り回されることはない。

…大丈夫。俺の敵はヴァンパイア。あいつはヴァンパイア……自身に言い聞かすしかない。自分を抑えるために。


「…違う…あいつは敵だっ…しっかりしろっ…」

渇きが喉を覆う。あいつのニオイに俺は何を考えていたんだ。違う、あれは憎き純血種、玖闌の姫…

違う、この気持ちは嘘だ。嘘だっ

あいつが好きなんて違う。あいつは敵、敵だ。

零は息を切らした――。

fin