こんなに近くで(エイラver)A

 結局、エイラの視界が自由になったの長い長い時間が経ったあとで、「ちょっとまって」とか、「やっぱり待ってクレ」とか言い合って、やっと顔を見合わせてみたら、お互いに同じような表情をしていたから二人して噴出してしまった。


 サーニャ、ほら。
 サーニャは一人じゃないヨ。
 いつでもサーニャと一緒にいるヨ。

 
 昨日はサーニャの誕生日。遠く遠く離れてしまったサーニャの大切な家族から、サーニャの無事を願ったピアノがラジオの電波に乗って届いた。

 お父様、お母様。サーニャは、ここに居ます。

 月に向かって上昇した片翼の天使は、嬉しそうに、そして涙を零して夜空を舞った。
 ラジオからピアノの音が届いたとき、宮藤が奇跡だと言った、わたしは奇跡は起こらないから奇跡なんだと言った。今日はサーニャの誕生日だから、サーニャのことを大切に思っている人が居ればこんなことだって起こるんだ、と。
 サーニャ良かったナ、本当に良かったナ。サーニャが大好きなお父さんも、お母さんも、同じようにサーニャが大好きで、サーニャの無事を信じてイル。
 いつか、必ずまた会えるヨ。お互いがそう信じていれば必ず会えるって、宮藤も言っていたダロ。わたしも手伝うからサ、一緒にサーニャの両親を探しに行こウ。そして、サーニャは家族と幸せに暮らすんダ。もう寂しくて泣くこともないんダ。そしたら、わたしも嬉しいカラ…


 だからさ、サーニャ。
 サーニャがもし、良かったら、わたしも傍に居ていいカナ?
 
 オラーシャはスオムスよりも寒いカナ?

 なんて言ったら、「エイラ、気が早い」と釘を刺されてしまったけれど、その後すぐに「嬉しい」なんて言われてしまったから、顔のにやにやが止まらなくて困った。

 サーニャと一緒にいたいんダ。
 サーニャの力になりたいんダ。
 だから、頼ってくれていいんダヨ。
 わたしが、必ず守るカラ・・・

 サーニャのことが大好きだカラ。
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こんなに近くで(エイラver)@

まえがき

こんにちは!ぶんたろうです(^O^)/
クリスタルケイさんの「こんなに近くで」に感動(涙)・・・
歌詞の素晴らしさに心を打たれて、「こんなに近くで」をテーマにエイラーニャSSを書きます!
曲を聴いたことがある方も、聴いたことが無い方も楽しめるような内容を目指します。
どうぞお付き合いください。


 昨夜は疲れたナ・・・。

 隣りで丸まって眠るサーニャを起こさないように、エイラは小さく溜息をついた。
「・・・ん」
 サーニャはエイラに寄り添うように身動きする、エイラの右腕に自分の左腕を絡めて安心したのか、ムニャムニャと口を動かした。フワフワのサーニャの銀髪が肩を擽る、エイラは仰向けのまま首だけ横に向けてサーニャの寝顔を見た。

 サーニャ、疲れてるよナ。あんなことがあったんダ・・・

 ネウロイの声ってあんななのか、夜の静かな大気を揺るがしたネウロイの歌声。とてもサーニャと同じ曲を歌っているとは思えない、空に響き渡ったおぞましい声。
 歌うネウロイの狙いはサーニャだった。
 
 逃げて!!

 わたしと宮藤置いて急上昇をかけたサーニャに、雲の中からネウロイの放った赤いビームが迫る。

「く・・・っ」
 エイラは奥歯をギリッと噛み締めた。

 どうして一人で戦おうとしたんダ。
 一人でどうするつもりだったんダ・・・。
 どうして、わたしを頼ってくれなかったんダ。

 あの時、ネウロイのビームがサーニャの左のストライカーを吹き飛ばした時、あと少しビームがずれていたらサーニャは・・・

 あの時は、雲の中に隠れて高速で迫るネウロイを倒すのに必死だった。逃げる時間は無かったし、うまく退避できたって、またサーニャを狙って現れるに決まっていたんだ。こいつを倒せば、サーニャは一人じゃないと証明できる気がした。宮藤がシールドで守ってくれて、わたしが撃って、そしてサーニャも宮藤の銃でコアを打ち砕いた。

 サーニャ、ほら。
 サーニャは一人じゃないヨ。
 いつでもサーニャと一緒にいるヨ。

 伝えたいことを言葉には出来なかっタ。

 昨日はサーニャの誕生日。遠く遠く離れてしまったサーニャの大切な家族から、サーニャの無事を願ったピアノがラジオの電波に乗って届いた。

 お父様、お母様。サーニャは、ここに居ます。

 月に向かって上昇した片翼の天使は、嬉しそうに、そして涙を零して夜空を舞った。
 ラジオからピアノの音が届いたとき、宮藤が奇跡だと言った、わたしは奇跡は起こらないから奇跡なんだと言った。今日はサーニャの誕生日だから、サーニャのことを大切に思っている人が居ればこんなことだって起こるんだ、と。
 サーニャ良かったナ、本当に良かったナ。サーニャが大好きなお父さんも、お母さんも、同じようにサーニャが大好きで、サーニャの無事を信じてイル。
 いつか、必ずまた会えるヨ。お互いがそう信じていれば必ず会えるって、宮藤も言っていたダロ。わたしも手伝うからサ、一緒にサーニャの両親を探しに行こウ。そして、サーニャは家族と幸せに暮らすんダ。もう寂しくて泣くこともないんダ。そしたら、わたしも嬉しいカラ・・・。

 窓を覆う暗幕の隙間から、太陽の白く細い光が部屋の中へ入りこんでいた。日の光が苦手な彼女に、直接光が当たらないようにと、左腕を伸ばして暗幕を引っ張る。
「エ、イ・・・ラ」
「・・・サーニャ?」
 起こしちゃったカ?と心配になるが、どうやら寝言のようだった。夢でも見ているのだろうか?サーニャの口角は僅かに上がって見える。安心しきった無防備な寝顔はきっといい夢を見ている証拠だ。
「・・・・。」

 なんだかドキドキしてきたナ・・・。

 薄暗い部屋の中には、サーニャの小さな寝息と、自分の鼓動だけが響く。
「ん」
 サーニャが短く声を漏らしてエイラの身体に擦り寄った。抱きしめている腕を更にぎゅうと抱いて、エイラの脚に細くて白いサーニャの脚が絡む。

 はわわっ・・・

 触れ合う素肌から、サーニャの体温が伝わってきて、エイラはカチンと固る。 頬に掛かるサーニャの吐息に、温かな体温と、押し付けられた柔らかな肌に、顔が熱くなるのを自覚してエイラは焦った。

 サ、サーニャ・・・、これじゃ眠れないゾ!

「えい、ら・・」
「!」
 舌足らずな声で再び名前が紡がれる。その響きはエイラの心臓を直接叩いた。
「っ・・・」
 エイラはゆっくりと、ゆっくりとサーニャの方に顔を向ける。普段では考えられないほどの近さ、サーニャの前髪と自分の前髪が混じる感触、鼻先が触れ合いそうなほどの距離に視界がぼやけた。
「サーニャ」
 喉の奥で掠れて消えた、彼女の名前を呼ぶ声は、眠る彼女に届くことも無く。それが何だか滑稽に思えてエイラはその端正な顔を歪めた。
 こんなに近くにいるのに、こんなにサーニャを思っているのに、掠れて消えた声のように、この思いは一つも伝えられない。

 いつもサーニャと一緒にいるヨ。
 サーニャと一緒にいたいんダ。
 サーニャの力になりたいんダ。
 だから、頼ってくれていいんだヨ。
 わたしが、必ず守るカラ・・・

 そっと、そぉっと左の掌でサーニャの頬に触れた。ふにふにとして暖かい、ムニャと動いた唇に自然と視線が引き寄せられた。
 どきん、とエイラの心臓が鳴る。

 サーニャ・・・

 エイラは胸の鼓動に突き動かされて、サーニャに顔を寄せた。唇にサーニャの吐息が掛かる、額が僅かに触れ合った。あと、少し。ほんのちょっと身じろいだら、二人の唇が重なる距離でエイラは止まった。
「こんなの・・・おかしいよナ」
 零れた小さな呟きは、自分の心にずっしりと蓋を落とした。

 そばに居ると言ったくせに、
 サーニャを守ると誓っておいて、
 それを自分で壊すつもりカ?

 安心しきって眠るサーニャを起こさないように、そっと身体を離してベットに起き上がった。身体が震えた、温もりから離れて寒いわけじゃない。勝手に流れ出した涙が、噛み殺した嗚咽が、エイラの身体を震わせる。

 なに泣いてるんダ、馬鹿!
 自分が何をしようとしたのか分かっているのカ?
 わたしがサーニャを傷つけたら、誰がサーニャを守るっていうんダ・・・

「えいら・・・?」
 ぎくりっ。
 呂律が怪しいが、意思を持ったサーニャの声に、彼女が起きたことをエイラは確信した。鼓動が不穏な音を立てる、いつから起きていたんだろうか?と。
「・・・眠れないの?エイラ?」
 サーニャは視線を彷徨わせ、上半身を起こしているエイラを見つけて、自分ものろのろと身体を起こした。エイラは振り向かない。泣いていたのだ、振り向けない。サーニャは目を擦りながらこちらを見ている、今涙を拭ったら夜目の利くサーニャには、その動きだけで泣いていたことがバレてしまう。
「なにか・・・あったの?」
 何も答えないわたしを心配してくれたのだろう、背中にそっとサーニャの手が触れた。不自然に身体が強張ってしまったことを彼女は気付いてしまっただろうか。
「エイラ?」
 サーニャの雰囲気からすると、たった今起きたばかりで何も気付いていないように思えた。
「・・・なにも、ないヨ。サーニャ」
「・・・」
 なんとか普通の声を絞り出した、これなら上手く喋れそうだナ。
「サーニャこそ、どうしたんダ?」
「・・・」
「サーニャ?」
 エイラはサーニャが黙っている理由がわからなかった、背中越しだからサーニャの表情は見えない。
 ふ、と背中に重みが掛かる。サーニャはエイラの背中に寄りかかるように自分の身体を預けた。エイラの右肩に右手で触れて、ゆっくりと腕を撫で下り、肘を掠めて、エイラのすべらかな手の甲まで辿り着くとギュウとその手を握り締めた。
「嘘・・・」
「え」
 肩のすぐ後ろで囁かれたサーニャの言葉。握り締められた手が熱い。
「何も無いなんて、嘘。」
「・・・サ、サーニャ。わたしは」
「いい匂い」
「へ?」
 戸惑うエイラに構わず、サーニャは左腕をエイラの首に回すと、鼻先をエイラの髪に埋めた。
「ササササーニャッ」
「なぁに、エイラ?」
 エイラの背中に負ぶさるような形で、額をエイラの頬に押し当てて、少し強引に首筋に触れたサーニャの柔らかな唇の感触に、エイラの静まりかけていた欲が再び疼き出す。
「ちょ、ちょっと、ごめんっ!は、離れてくれ、サーニャッ」
 背中に押し付けられている柔らかな感触に理性がグラグラと揺さぶられて、エイラは慌ててサーニャから離れようとする。
「離れちゃだめ、エイラ。」
「だめって・・・、でも」
「でも、なぁに?」
 柔らかな響きのサーニャの声は、その印象とは裏腹にわたしの思考をことごとく封じた。
「・・・」
「・・・」
 沈黙が降りる。サーニャは握っていたエイラの手を離すと、その手でエイラの顔を振り向かせる。エイラの肩越しに、サーニャとエイラの瞳が合った。
「サーニャ・・・」
 ついに泣いていた顔を見られてしまった、きっと酷い顔に違いない。
 わたしは急に体中の力が抜けてしまって、後ろにいるサーニャに体重を預けた。サーニャはエイラの身体を支えながら、少し移動してエイラの頭を膝に乗せた。
 サーニャは何も言わなかった。
 どうして泣いていたの?とか、なにがあったの?とか聞かれると思ったのに。サーニャはただ、わたしの頬に涙で張り付いていた髪を指先で横へ流すと、いよいよ全て見られてしまったわたしの顔をまじまじと眺めた。わたしからは逆さまに見える、サーニャの穏かな微笑みにまた泣きたくなった。
「ごめんね。エイラ」
「・・・?」
 エイラの髪を撫で付けていた掌が、涙の後の残る頬を撫でた。
「ホントはね・・・」
 頬を撫でたサーニャの小さな右手はゆっくりとエイラの視界を塞いだ。
「サーニャ?」
「・・・ホントは」
 ぐっとサーニャの身体が前に屈んだのが分かった、そして唇に触れた柔らかな感触。これは・・・?
「・・・っ」
 触れたものが僅かに動いて、それがサーニャの唇だと理解した。
 ただ軽く触れ合わせただけのキスは、それ以上の行為を知らないかのように、只々重ねた唇からお互いの温もりだけを伝え合った。

「ずっと、待ってたの・・・」
「うん」
「ずっと、ホントは・・・」
「うん」
「エイラに触れたかったの」
「うん、わたしもダ。なぁ、サーニャ」
「なぁに?」
「これ、とってくれないカ?」
 エイラはいまだに視界を覆うサーニャの手に触れた。
「だめ・・・」
「どうして?」
「・・・だめなの」
「なんで?」
「だって・・・どんな顔すればいいか、わからないの」

 それは・・・、そうダナ。
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記憶C (エイラーニャ)

 コンコンと扉がノックされる音で目が覚めた。部屋の外から「サーニャ、起きてる〜?」と声が聞こえる。ハルトマン中尉の声だ。「はい」と返事を返すと扉が少し開いてハルトマンが顔を覗かせた。サーニャが目を擦りながらベットの上に身体を起こしているのを見て「起こしちゃったかな」と苦笑いする。部屋に入ってもいいかと聞かれてサーニャはコクリと頷いた。一見、接点の無いように見える二人だがハルトマンとサーニャは意外とよく話をする仲だ。よく話をするといっても話をするのはハルトマンで、サーニャは相槌を打ったり、聞かれたことに答えたりしているだけのことが多かった。
「あの・・・どうしたんですか?」
「ん〜?たまたま部屋の前を通りかかったからさ。さーにゃん起きてたらサウナにでも一緒に行こうかなって思ってね。」
 ハルトマンがあまりサウナを得意としないことをサーニャは知っていた、今の発言でハルトマンが自分を心配して様子を見に来てくれたのだとサーニャは気付く。
「あの、ハルトマンさん。」
「なんだい?」
「その・・いつも、・・・ありがとうございます。」
「あははっ!どうしたの急に?」
 ハルトマンは明るく笑って見せたが、サーニャは口を閉ざして俯いてしまう。
「なにかあったの?」
 サーニャに並んでベッドに腰を下ろすと、ハルトマンは落ち着いた口調で問いかけた。
 ベッドがギシッと軋んだ音を立てる。
 サーニャは黙ったまま俯き続けている。ハルトマンはサーニャの言葉の先を促すことはせずに、身体の後ろについた両手に体重を預けて、ベッド脇に垂らした脚をぷらぷらと揺らした。視線はサーニャではなく部屋の中に向けられている。
 しばらくの沈黙の後、サーニャが小さな声で話し出した。
「わたしは、助けてもらってばかりなんです。」
「そう?」
「…ハルトマンさんにも、エイラにも…いつも助けてもらっているのに、わたしは…」
 そう言ってサーニャは再び俯き、黙り込んでしまった。ハルトマンは揺らしていた足を止めて、サーニャの顔を覗きこんだ、ふわりと頬を擽ってきた柔らかな銀髪の間に、今にも零れそうなほど涙を溜めた翡翠色の瞳を見つける。
「サーァーニャ!」
 間延びした呼び方をしながらハルトマンはサーニャに抱きついて、そのままの勢いでベットへサーニャを押し倒した。突然の出来事にサーニャから「きゃ」と短い悲鳴が上がる。
 ベッドのスプリングが弾んで、ギシギシと悲鳴を上げる。
 サーニャの顔の両脇に手をついて距離をとったハルトマンは、いつもの幼い顔つきとは違って、大人びた表情をしていた。サーニャは一瞬、ハルトマンが知らない人のように思えて、その顔から目が離せなくなる。
 数秒、薄い青の視線と翡翠の視線が絡み合う。
「サーニャがさ。嬉しいとね、わたしも嬉しいから、それでいいんだよ。」
「・・・」
「だから、そんなこと考えなくて大丈夫だよ。」
「・・・でも」
 サーニャの横に転がったハルトマンは両腕を回して、ほぼ平らな自分の胸にサーニャの頭を抱えた。
「サーニャはエイラが嬉しいと、自分も嬉しくなるでしょ?」
「…はい。」
「ね?エイラだってそうだよ。サーニャが大切だから、サーニャの力になりたいんだ。」
「…」
「もちろん、サーニャの気持ちも嬉しいよ」
 サーニャの柔らかな銀髪を左の掌で撫でてやりながら、小さな子供を相手に、童話を聞かせているかのような穏やかな口調で、ハルトマンは言葉を紡いでいく。
「それにね。サーニャだってちゃんと助けてくれているよ。」
「・・・・」
「エイラもわたしも、みんなもね。サーニャの歌もピアノも好きなんだ。」
「でも「おなじだよ」
 それは、ハルトマンさんやエイラのしてくれていることとは違う、と言おうとしたサーニャの言葉を、ハルトマンが珍しく少し強引に遮った。
「おなじなんだよ。」
 ハルトマンは呟くかのようにもう一度繰り返すと、仰向けに転がった。
「なんだか眠たくなっちゃった。」
「え?」
「一緒に寝ようよ、サーニャ」
「あ、あの・・訓練があるんじゃ・・・」
 そう、夜間哨戒明けのサーニャには就寝時間でも、ハルトマンは午前の訓練に参加していなければいけない時間だった。サーニャの問いかけに「う〜ん」と唸って、ハルトマンはまた転がってサーニャに向き直った。その表情はまるで、悪戯を思いついた子供のようだとサーニャは思った。
「もともと寝坊して遅刻してたんだ、今頃トゥルーデがカンカンになってる。だから、ここで匿ってよサーニャ」
 ハルトマンの無邪気な笑顔につられてサーニャも微笑んだ。「起きたら、サウナに行こ〜よ」と言い終わると同時くらいに、ハルトマンは小さく寝息を立て始めた。そんな様子に、「もう寝ちゃった・・・」とサーニャはあっけに取られたが、サーニャはベッドに起き上がると、足元の方に畳んであった毛布を引き上げてハルトマンの身体を包んだ。
 サーニャは考える、ハルトマンが言っていることは、少し変ではなかっただろうか?
 そもそも、今朝はエイラを除く全員がブリーフィングに参加していたのだ、当然ハルトマンもその場に居た。坂本さんは病院へ行って、ミーナ体長は司令室で仕事。午前の訓練に参加するのはバルクホルンさん、シャーリーさん、ルッキーニちゃん、ペリーヌさん、リーネさん、芳佳ちゃん、それからハルトマンさん。でも、ハルトマンさんはここへ来た。心配してきてくれたことは嬉しいけれど、一体どうやって一緒に居たはずのバルクホルンさんを掻い潜ってここへ来たのだろう・・・?あの軍紀には厳しいバルクホルンさんのこと、目の前にいる遅刻、寝坊の常習者のハルトマンさんをみすみす見逃したりするだろうか?
 
 窓からサラサラとした風がふわりと入り込み、眠るハルトマンの前髪を攫う。ぴょこんと跳ねてしまった柔らかな金髪が、あどけない寝顔をよりいっそう無防備に見せた。
 天使のような寝顔とは、こうゆう風な顔のことを言うのだろうとサーニャは思った。こうしていると、人の寝顔をじっくり見たことなどなかったことに気づく。夜間哨戒から帰ってきたとき、いつもエイラの寝顔を見るけど、じっと見つめたことはなかった。なんせ、わたしは寝ぼけているし、そうでないときでも寝ぼけたフリをしていなければならないのだ、そうしなければエイラのベッドで眠る理由がなくなってしまう。
 サーニャは悩んだ。果たして、寝ぼけている人は、先にベッドで眠る人の顔をじっくり見たりするものだろうか・・・、ううん、やっぱりそれは無い。と、結論はすぐに出た。だって、ホントに寝ぼけてエイラのベッドに潜り込んだ時も、目が覚めて初めてエイラのベッドだ。と、認識するのだ。例え無意識に眠るエイラの顔を見つめたところで覚えていないんじゃ意味がない。
 サーニャは小さく息をつくと「寝ボケと寝顔」について考えるのをやめた。さっきから考え事ばかりしているなと思う、ころんと仰向けにベッドに転がり、段々と重くなってきた瞼を閉じた。隣りに感じる、ハルトマンの穏かな気配に、不思議な安心感をサーニャは感じていた。エイラが倒れてから、一人で眠ることが淋しくて、中々寝付けなかったベッド。空いていたスペースを久しぶりに埋めたのは、エイラではなかったけれど・・・。
 もしかしたら、ハルトマンさんは只一緒に眠るために、ここまで来てくれたのだろうかと思い至って、サーニャはハルトマンの方を向くようにシーツの上を転がった。
 考えすぎだろうか、でも、、この人ならありえるかもしれない。いつも、いつも掴みどころが無く、それでいて人への気配りを怠らない人。他人から一歩引いたようなスタンスは、エイラと少し似ていると思う。
「ありがとうございます、ハルトマンさん」
 掠れて消えそうな小さな声で、サーニャはすやすやと眠るハルトマンにお礼を言う。

 しばらくして、ぱっちりと目を開いた金髪の天使は、横で丸まって眠るお姫様を確認した。ハルトマンは自分に掛けられていた毛布を、そっとサーニャに掛けてやる。
「・・・・・・おやすみ、サーニャ」
 ハルトマンは眠ってなどいなかった。サーニャが思ったとおり、ハルトマンは只サーニャと一緒に眠りに来たのだ。しかし、少し語弊がある。正しくは、サーニャを寝かしつける役に選ばれたのだ。
 

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記憶B (エイラーニャ)

「どういうことですか!?」
 朝のブリーフィングルームに声が響く。その場には病床に臥せっているエイラ以外、501の全員が召集されていた。皆、珍しく声を大きくした人物を見つめている、一番後ろの席で机に手をついて立ち上がったのはサーニャ・V・リトヴャク中尉だ。
 艶のあるストレートの赤髪を背に流し、カールスラントの軍服をきっちりと着こなしたミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ中佐が、朝の挨拶もそこそこに連絡事項として切り出した。
「エイラさんは本日より面会謝絶になりました。」
 
「それなりの理由があるんだろう、サーニャも落ち着いて座れ。」
 軍人的な口調でそう言ったのは、一番前の席で腕組みしているゲルトルート・バルクホルン大尉だ。サーニャは「すみません」と小さな声で謝罪して席に着く、サーニャだけでなくその場に居た全員が何も言わなくても、エイラの面会謝絶については納得できなかった。ミーナもみんなが仲間を大切に思う気持ちはよく理解していたし、それを妨げるような事は言いたくないが、これは既に決定事項だった。
「みんなも知っているとおりエイラさんは高熱により、一昨日から街の病院に入院しています。今朝早くに、病院の医師からエイラさんの病状について連絡がありました。」
 そこで言葉を切るとミーナは一度自分の横に立つ坂本美緒少佐を見た。まるで厳しい体育教師のように木刀を両手で床に突き立て、白い扶桑皇国の軍服を着てしっかりと胸を張って立つ姿は、大変凛々しい。ミーナと目が合うとコクリと小さく頷き、コホンと一つ咳払いをした。
「ここからは私が話そう。」
 ミーナは言いにくいことを伝える為に、美緒に背中を押してもらいたかったのだが、美緒が代わりに話すと言ったことに対して少し驚いたような視線を美緒に送った。美緒は口の動きだけでミーナに「いいから」と伝えると、一歩前に出た。
「病院の医師からの連絡に寄ると、昨日の夜にエイラの容態が急変したんだ。」
 容態の急変と言う言葉の重みに、ブリーフィングルーム内の空気もグッと重みが増した。ミーナは美緒の言葉を聞きながら全員の顔を見渡す、みな緊張した表情をしているが、とくにサーニャは顔色が真っ青だ、そうじゃなくても今朝は夜間哨戒のあと睡眠を取らずに直接ブリーフィングに参加してもらったのだ、大丈夫だろうかと心配になる。
「エイラは高熱がずっと続いていたんだが、それが昨夜、突然熱が下がったんだそうだ。」
「ええ!?」
シャーロット・E・イェーガー大尉が少し癖のあるオレンジ色の髪を揺らして机に身を乗り出した。
「何だ?シャーリー」
「だって、入院中に体調の急変て言われたらさ!」
「まぁ、普通は悪いほうに考えちゃうよね」
 シャーリーに同意したのは金髪を短く切りそろえたエーリカ・ハルトマン中尉だ。いつもは寝坊の常習犯だが今朝は特に大事な連絡があるからとミーナに頼まれていたバルクホルンに無理やり叩き起こされてきた。
「でも、それなら面会できない理由がわかりませんわ。」
 上品な口調で発言するのはペリーヌ・クロステルマン中尉、金髪を眉の辺りで切りそろえ、掛けたメガネが彼女の生真面目さを表している。
「そのことなんだが。実は高すぎた熱が原因で脳に影響があったそうでな、記憶の混乱と多少だが欠落もあるそうだ。」
 美緒は至って落ち着いた様子で説明を続ける。
「何日も眠っていたんだ。混乱はともかくとして、記憶の欠落とは?」
 バルクホルンが怪訝な顔で発言した。
「ふむ。詳しいことは、これから私が病院に行って直接担当医の話を聞いてくるまで待って欲しい。」
「あの。それで、面会できない理由と言うのは・・・」
小さく手を挙げて質問したのはリネット・ビショップ軍曹。柔らかな茶髪を一つにまとめて、普段おとなしく話を聞いているだけのことが多い彼女が発言したのは、彼女の後ろの席で不安げに小さく震えるサーニャを気遣ってのことだった。
「人の記憶というのは大変複雑なものらしくてな、エイラ自身が落ち着くまでは我々が会いに行くと、かえってエイラが混乱する恐れがあるからだそうだ。」
美緒は一瞬、このブリーフィングが始まってから一言も発していない芳佳を見た、ルッキーニも発言していないがシャーリーの膝を枕にして机に隠れるようにして眠っているので除外される。
芳佳は美緒の視線を受けて浮かない表情ではあったが、小さく頷いた。実は面会謝絶については病院の担当医から言われたわけではなく芳佳の進言によるものだった。
芳佳はエイラが倒れたときの初診で、過去に実家の診療所でエイラの症状と似た患者が居たことを思い出したのだ。エイラと同じように前触れもなく突然倒れたと診療所に運び込まれた。
 その患者は男性だったが、高熱が何日も続いたあと、なんと記憶の約半分を失ってしまっていたのだ。目指していた夢も、家族との思い出も、大切な人のことも分からなくなってしまったのだ。
 その時、芳佳が見た男性を見舞いに来る家族や友人、そして男性と婚約を交わしていた女性の悲痛な面持ちや涙が当時幼かった芳佳の心に強く残っていた。
 エイラが倒れた夜に、ミーナと美緒が待つ司令室へと訪れた芳佳は、ミーナにその事を伝えたのだ。エイラの容態が過去に見たその男性患者の様子と酷似していること、万が一、エイラが同じように記憶を失うことがあったら、暫くは面会などは控えた方がエイラにとってもみんなにとっても良いように思うことを。
 美緒が言ったように、ひとの記憶とは複雑でいまだに解明されていない部分の方が多い。無くしたと思っていた記憶を突然思い出すこともあれば、ほんの少しの衝撃で記憶全てを失うこともある。どうしたら最善なのかは本当は医者にもわからないのだ。
 ミーナと美緒は芳佳の話を聞いたあと、芳佳の言ったように暫くはエイラの面会を控える事に決定した。面会の必要があればミーナか美緒のどちらかが行くようにしようと。
 この決定は、ウィッチの魔法力が本人の精神状態によるものが大きい事も考慮してのことだった。もし、大切な仲間に自分のことを忘れられたらどうだろう?ネウロイから大切なものを守る為に命を掛けて一緒に戦ってきた仲間なのだ。顔を見た途端に「初めまして。どちら様ですか?」なんて言われたら、どれほどのショックを受けるものか想像がつかない。
 そして、ミーナと美緒の心配は特にサーニャの事だった。普段からエイラとサーニャは、付かず離れず行動を共にしている。殊更、夜間哨戒の多いサーニャに関しては、他の仲間との交流が少ない分、エイラへの依存が強く見られた。エイラが倒れた日から、街の病院に入院するまでの間には、1週間ほどの期間があったが、サーニャは空き時間の全てを医務室に通ってエイラの看病をしていた。多少強引だったが、ハルトマンがロマーニャの街に詳しいルッキーとともに買い物へ出て、入手してきたという怪しげな睡眠薬をサーニャの食事に混ぜて無理矢理眠らせなければ、エイラの次に倒れていたのはサーニャに違いなかった。

 ブリーフィングが終わるとすぐに美緒は街へと出発した。美緒を乗せた黒い軍用車が街へと続く道へ消えていくのを、サーニャは自室の窓から見送っていた。
 サーニャはエイラの脳への後遺症についても心配していたが、それよりもエイラの熱が下がったことにひとまず安堵していた。

 エイラに会いたい。

 熱が何日も下がらなかったときは、このままエイラが死んでしまったらどうしようかと医務室の外で泣いたこともあった。熱は下がったのだ、とにかくエイラは生きているのだ。本当に良かった。

 サーニャはルームメイトの居ない部屋をぐるりと見渡した。エイラがこの部屋から担架で運ばれていってから、もう10日が経つ。それなのにこの部屋にはまだエイラの優しい空気が残っていた。目を閉じれば、独特のスオムス訛りで「サーニャ」と呼ぶ声が聞こえるようだ。ベットに倒れこんで壁側の方のスペースを半分空けるように転がる、そこはエイラの眠る場所だ。いつもエイラは壁に寄って姿勢よく眠っている。以前、一人部屋だったときから彼女がそうして眠っていた理由。私が入る為のスペースを空けておいてくれていたのだと、やっと気づいたのはブリタニア地方開放の少し前だった。
 エイラは気づいているだろうか、始めは寝ぼけて入ってしまったエイラのベット、今では寝ぼけたフリをして眠ることを。彼女が何も言わずに空けておいてくれるその半分のスペースに、なにも気がつかないフリをして甘えている私はきっとズルイ。
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