記憶A (エイラーニャ)

部屋の外が騒がしい気がしてサーニャの意識は眠りから浮上した。
どうしたんだろう?
様子を見に行かなくちゃと思いながらも、まだ睡眠が充分でない身体はこれでもかと眠りを薦めてくる。
エイラがくれた枕に顔を擦り付けて、緩慢にムクリと起き上がるとやっと持ち上がった目蓋を励ましながらベッドを降りた。さっき眠る前に、エイラに言われて自分で畳んだシャツを羽織る。はたと、全部着替えていては時間が掛かる事に気付いて、取り敢えず上下の下着にシャツを着た何とも中途半端な格好ではあったがそのまま扉へ向かう。
部屋の外ではハルトマン、芳佳、リーネの声がしている。
会話の内容までは判らないが、聞こえてくる声の雰囲気から、何か切迫したものを感じ取ってサーニャは少し気を張り直した。
ネウロイの襲撃だろうか?
襲撃予定日は明後日のはずだし、とにかく状況だけでも教えてもらって必要ならば着替えよう。
ドアノブに手を掛け押し開く。
「あ」
扉を開ける瞬間、誰かが声を発した。
「え」
サーニャの押し開けた扉から何かが部屋の中に倒れてくる。
人!?
咄嗟に両手を出して抱き止めた。扉脇の壁に凭れていたのか上半身だけ部屋の中に入る様にして倒れてきたその身体は、サーニャに背を向けているがサーニャにはそれが誰かすぐに判った。空色の軍服、白い肌、金に輝く長い銀髪。
「エイラ!」
直ぐに横からエーリカとリーネが手を貸してエイラとサーニャを支える。
「エイラ!どうしたの!?エイラ!」
突然の出来事に気が動転してサーニャはエイラの身体を揺すった。
「揺らしちゃダメ!サーニャちゃんっ」
芳佳が慌てて叫ぶ。
「あ」
サーニャは、はっとして手を止める。エイラはグッタリとサーニャに体重を預けたまま動かない。
「とにかくエイラをベッドに」
「は、はい」
ハルトマンの指示で、先程迄自分が使っていたベッドへエイラの身体を横たえる、ハルトマンもリーネも手を貸してくれた。
「エイラ…」
サーニャはやっとエイラの顔を見ることが出来た、顔が真っ青だ。身体は冷たいのに汗で前髪が額に張り付いている。
「エイラさ〜ん?聞こえますか〜?」
芳佳がエイラの耳元で呼び掛けているが、返事はない。それでも芳佳は諦めずに「ちょっと診ますよ〜?」と、出来る限りの明るい大きな声で話しかけながらエイラの軍服を開いていく。
襟元やベルトといった身体を締め付ける物を緩め、手で影を作って瞳孔の反応を確認し、腕を取って脈拍を測る、淀みないその手つきは、家が診療所である芳佳が小さな頃から祖母や母を手伝うことによって自然と身に付けたものだった。
「サーニャちゃん…」
芳佳の邪魔にならない様にと、少し離れた場所でエイラの様子を見守るサーニャに、リーネが話しかける。
「エイラさんはきっと大丈夫だよ!」
きっと芳佳ちゃんが何とかしてくれる。
口には出さなかったがリーネはそう信じて処置を続ける芳佳の背中を見つめた。
サーニャはリーネの言葉に頷いたが、祈るように胸の前で組んだ手を解くことは出来なかった。
バタバタと数人の足音がして、いつまにか居なくなっていたハルトマンがミーナと美緒、それに他の501の仲間もみんな連れて部屋に戻ってきた。
ミ「エイラさんの様子はどうなの!?宮藤さん」
美「一体どうした!エイラに何があった!?」
バ「宮藤!無事か!?」
ハ「トゥルーデ。宮藤じゃなくてエイラが倒れたの!」
ル「うじゅ〜!よく分かんないけど、頑張れエイラ〜!!」
シャ「マジかよ!しっかりしろエイラ!!」
ぺ「どうしたんですの!?貴女らしくなくってよ!」

『静かにしてくださーい!!』

部屋に雪崩れ込んできた全員が一斉に喋り出したので一時騒然としたのを芳佳が一喝する。
「す、すみません。でもエイラさんは今病人なので」
「エイラ、病気なの?」
病人という言葉に反応してサーニャが芳佳に問い掛ける。エイラを心配して今にも泣き出しそうな様子のサーニャをこれ以上心配させないように芳佳は慎重に言葉を選んだ。
「詳しいことはお医者さんにきちんと見てもらわないと解らないけど、今は特別目立った症状もないし、安静にしていれば大丈夫だよ。」
芳佳はなるべく明るい声でサーニャにエイラの服を出してエイラの着替えを手伝ってくれるようにお願いした。それから、他のメンバーも各々で動き出す。
リーネは氷とタオルの用意、バルクホルンとシャーリーはエイラを医務室に運ぶための担架の準備、ペリーヌは医務室の医師に今から病人を運ぶことを伝えに走る。
またも、いつの間にかハルトマンは部屋から居なくなっていて、ルッキーニを連れて何処かへ行ったようだ。
芳佳は仲間達がエイラのためにと奔走するなか、さりげなくミーナと美緒の側に寄ると「あとで報告したいことがあります。」と早口で伝えた。ミーナと美緒は一瞬目配せすると「落ち着いたら司令室へ。」とミーナが告げた。

エイラが意識を取り戻したのは大分日も傾いた夕方になってからだった。

暑い…。

エイラは身体にまとわりつくような暑さを感じてうっすらと瞼を開いた。

「ぅ、ゴホッ」
息苦しさを感じて大きく息を吸い込んだ拍子に咳き込んだ。横向きに転がろうとして自分の身体に何重にも布団が掛けられているのに気付く。

頭が痛イ…

少し頭を動かすとガンガンと激しく痛んだ。

あつい…、とにかく布団を退かさないと…。

エイラは痛む頭を出来るだけ動かさない様に、手足を使って慎重に掛け布団を一枚ずつ除けていく。
何故だか鉛のように重い手足で四苦八苦しながら漸く身体の左側を布団の中から解放することに成功した。

「はぁ、はぁ」

右半身は左側の布団も重なったせいで重みも暑さも増したが、左半身を外気に晒しただけで大分気分は違った。

窓が空いているのだろうか、夕刻になって冷えて来た春風がカタカタと窓枠を鳴らし室内に吹き込んだ。
エイラは風に顔を撫でられるのを心地好く感じて「はぁー」と息をつく。

カチャリ。

部屋の扉が開いて誰かが入って来た。エイラは反射的に扉を確認するが実際に扉があったのはエイラの視線とは違う方向だった。

あれ?ここ…どこダ?

部屋に入って来たのはサーニャだった。湯を張った洗面器にタオルと着替えを抱えていた。
サーニャはエイラが目覚めているのを見て「エイラ!」と弾んだ声を上げたが、ここが医務室であることに気が付いて他に誰も居なかったが一応、声のトーンを下げる。
「サー…ニャ?」
微妙にボヤける視界にサーニャの姿を捉える。
せっかくサーニャが来てくれたから起き上がりたいのに腹筋に全く力が入らない。
ベッドの側まで来たサーニャは近くの台に持ってきたものを置くと、エイラの顔を覗き込んだ。
「具合はどう?」

え、具合って?

聞き返そうとして再度咳き込んだ。サーニャは心配そうに「大丈夫?エイラ」と手で身体を擦ってくれる。
「ゴホッ、も、もう大丈夫ダ」
サーニャの助けを借りて身体を起こすと頭がグラグラして目眩がした。
換気の為に開けてあった窓を閉めて、サーニャはカーテンを引く。外にはオレンジ色の太陽がまだ半分顔を覗かせていたが、反対側の空には既に星の輝きがちらほらと確認できた。

「エイラ、汗拭かせてね」
「えっ」
サーニャは驚くエイラに構わずエイラのパジャマの釦を外し始めた。
「ぅひあ!?じっ、自分で出来るカラ!!自分でやりマス!!」
エイラは熱で真っ赤な顔に更に熱を集めながら慌ててサーニャの手から身を引いて逃れるが支えを失った身体は耐えきれずにもんどりうってベッドに倒れた。
「あう」
情けない声を上げて仰向けでベッドに倒れたエイラにサーニャが呆れたように溜め息を落とす。
「エイラ」
「ハ…ハイ」
サーニャの有無を言わさぬ眼力と冷やかな声にエイラは思わず敬語で答えた。エイラの身体が熱から来る寒気とは違う悪寒で震える。
「おとなしく、汗を拭かせて」
「うぅ」
「ユーティライネン少尉?」
「お、お願いシマス。リトヴャク中尉…」
普段は階級など持ち出さないサーニャだが、モジモジとして中々言うことを聞いてくれないエイラについ立場を持ち出してしまった。内心では「ゴメンね、エイラ」と謝りながらも強硬な態度を崩さずに、倒れたままのエイラのパジャマの釦を上から外していく。
エイラはサーニャに世話をされるのが余程情けないのか、それとも服を脱がされるのが恥ずかしいのか、両脇に下ろした手でシーツを握りしめている。
そんな様子のエイラを見ているとサーニャもエイラに何だか悪いコトをしている気になってきた。サーニャはドキドキする自分の妙な胸の鼓動を感じて、釦に掛けた指先が震えてしまう。
すっかり前を開くとエイラに手を貸しながら上体を起こさせるとパジャマを肩から落とし、腕を袖から抜く。
「寒っ」
エイラは急に体表の温度が下がった気がして、ぶるりと身体を震わせる。
「汗を沢山かいたのよ。その方が早く治るってお医者様が言ってたわ。」
サーニャはお湯につけたタオルを固く絞るとエイラの背中を拭きながらエイラに状況の説明をしてくれた。
朝食を食べに来ない自分を心配して様子を見に来た芳佳とリーネが、部屋の前で壁に寄りかかったまま動かないわたしを発見した。芳佳がわたしに「エイラさん、具合でも悪いんですか?」と声を掛けているといつも通り遅くに起き出してきたハルトマンが通り掛かって二人に合流。ハルトマンが「エイラどうしたの〜?」と、わたしの肩を叩いた拍子にわたしの身体が傾いて、丁度サーニャが開けた扉の中に倒れたらしい…。

「エイラ?」
サーニャが新しいパジャマの釦を留めながら「どうしたの?」と下から覗き込んでくる。
「あ、ちょっと考え事ヲ」
「大丈夫?熱があるんだから、あまり考え事は良くないわ」
サーニャはすっかり上のパジャマを着替えさせると、躊躇なく下のパジャマに手を掛けた。
「わっ、ちょ!サーニャ!此方は自分でっ」
「エイラ!」
「あうぅっ」
エイラは結局成す術もなくサーニャに身を委ねるしか無かった。サーニャは女の子同士なんだし、こんな時くらい気にしなくてもいいのにと、再びぎゅっと瞼を閉じて恥ずかしさに耐える準備をするエイラを見た。
エイラに聞こえないように小さく溜め息をつく、「じっとしててね」と前置きして持ってきておいたバスタオルをエイラの腰から膝くらいに二つ織りにして描けるとその下に手を入れてパジャマの下だけをエイラの脚から引き抜いた。
「あ」
素肌に触れるバスタオルの感触にエイラは安心したのか、ほっとしたような声を漏らしてサーニャの気遣いに感謝した。こんな明るい部屋の中でサーニャに大事な部分を見られたら恥ずかしさで死んでしまうとエイラは思った。

「熱くない?」
「う、うん。気持ちイイ」
「エイラ」
「ん?なんダ?」
「拭きづらいから、もう少し脚開いて」
「へ」
気付けばかなり内股に力を込めていた、確かにこれではサーニャが拭きづらいだろうと思うが中々力が緩められない。
「サ、サーニャ…やっぱり自「なに?」
サーニャはとても良い笑顔なのに、この威圧感はなんだろう…
「スミマセン」
脚の力を何とか緩めるとサーニャがタオルを持った手で割り入って来た。
「サササ「優しくするから大人しくして」
一瞬、情事の最中の様なやり取りだとエイラは思った。
サーニャは脚の付け根からゆっくりとタオルを膝まで滑らせる。汗のベタつきが拭いとられて暖かな蒸気が肌に残る、その暖かさも直ぐに蒸発して肌が生まれ変わった様な清涼感が訪れる。エイラは温かなタオルの心地好さに眠気を覚えて、うつらうつらとし始めた。
「眠っていてもいいわ」
ご飯の時に起こすから、と付け加えてサーニャはエイラに微笑みかけた。
「サーニャ…」
「なぁに?エイラ」
「その色々…アリガトウ」
「大事な友達なんだから当たり前よ。気にしないで、エイラ」
「友達」という響きになんとなく凹まされるエイラ。
エイラのそんな気持ちは気付かずにサーニャは、エイラが大変な今こそ、普段エイラに守ってもらっているお返しをしようと心に決めていた。
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サーニャイラ?B

何処をどう走って来たのか分からない。いつのまにか基地の建物の裏まで来ていた、サーニャは肩で息をしながら誰も居ないことに少しほっとして手で涙を拭った。
此処には外灯も無かったが今夜は満月だ、あたりは昼間の太陽が作る生命に溢れた明るさとは違う、やけにシルエットを強調させるようなモノクロの明るさに包まれている。一歩足を踏み出すと揺らした草むらからバッタが飛んで何処かへ消えた。
サーニャは建物の壁がちょうどベンチの様に出っ張った場所を見つけると、壁に背を預けてそこへ座り込む。
「………」
合わせた膝に両肘をついて手のひらで顔を覆う。

エイラ……

唇を重ねたあと、部屋を飛び出す前に、一瞬だけ見えたエイラの表情。チャコールグレイの瞳が見開かれて酷く驚いていた、重ねた唇は何か言おうとしていたのか僅かに動いて、結局エイラの反応が怖くなって逃げ出してしまった。

エイラは「好きな人としなくちゃダメだ」と言っていた。

エイラはキスをしたい人がいるのかな…。

ズキリと胸に痛みが走る。

眼を固く閉じて、くしゃっと前髪を握った。自分の指に髪が引っ張られて少し痛い。でも、そうして居ないとまた泣いてしまいそうだった。
頭の中をグルグルとエイラにぶつけた言葉が回る。

『エイラの馬鹿!!』
『嫌なら嫌ってちゃんと言って!』

エイラを責めてどうするの。

『エイラはいつも他の人には触るのに、わたしに触ってくれないもの!』

嫉妬?…違う。
わたしがエイラに触れてもいい理由にしたかっただけ…

『わたしが嫌いだからなの!?だからエイラに触るのもダメなの!?』

エイラがわたしを嫌いなんて、そんなことは多分無い。むしろ好いていてくれていると思う。
いつだってエイラはわたしを気にかけてくれる、今夜だって一緒に過ごそうと言ってくれたのはエイラだ。
結局、わたしが駄目にしてしまったけれど…

一陣の風が、ザァッと通りすぎた。
生温い風が草むらを揺らし、夏独特の濃い土の匂いが舞い上がる。

はっとして、顔を上げる。

雨季の間にすっかり伸びた毛足の長い青草の絨毯の中に、満点の星と大きな満月を背にしてその人は居た。
白金に輝く巨大な満月を、丁度真ん中から割ったようにして立つ細身のシルエット。エイラはゆっくりとこちらへ歩いてくる。まるで地面を滑るようにユラリとした動き。

「……、」

「エイラ」と発したはずの声は言葉に成らずに、掠れた息が漏れた。

辺りが途端に静かになった気がする、騒がしいほどだった虫の音も海風に揺れる草の葉音も聞こえない。
キンと耳鳴りがしそうな程の静寂に支配されて、逃げ出したいのに身体を動かすことも出来ない。
エイラは緩慢な動作で、一歩、また一歩とゆっくり間を詰めてくる。
「エ、イ、ラ…」
やっと紡ぐことの出来た言葉は酷く掠れた、頭の中がズンとするような緊張がサーニャを襲う。
月を背負ったエイラの顔は、ぽっかりとその部分だけ穴が空いてしまったかのように真っ黒で何も見えない。

どうして此処にいるって分かったの?

どうして何も喋ってくれないの?

エイラは歩みを止めた。もう2、3歩でサーニャに手が届きそうな距離。サーニャは相変わらず穴が空いてしまったかのように暗いエイラの顔を見つめていた。

どうして…エイラにキスをしちゃいけないの?

エイラは「好きな人としなくちゃダメだ」と言っていた。

わたし…、わたしはエイラが好きなのに。

エイラはわたしを好きじゃないのかな?

ただ好きなだけじゃ駄目なのかな…

わたしの『好き』じゃ駄目なのかな?

エイラは誰かとキスをしたこと、あるのかな…

息が苦しい。胸がつかえて嗚咽が漏れる、熱い感触が頬を滑って自分が泣いていることに気が付く。

エイラ!

名前を叫んで、
その身体に腕を回して、
力一杯抱きついて、
そして抱き締めて欲しい。

泣いて困らせてごめんなさい。

勝手にキスしてごめんなさい。

逃げ出してごめんなさい。

サーニャはぐるぐると巡りだした思考に気持ちが追い付けずに目眩がするような気がした。
声で想いが伝えられないなら、せめて触れて伝えようとエイラに手を伸ばす。が、エイラは一瞬揺らめくと後退し始める。近づいて来たときと同じにユラリユラリと地面を滑るような動きで離れて行ってしまう。

何処に行くの?
行かないでエイラ!
置いていかないで!!

嫌っ!!

「いやっ!エイラ!」
「サーニャ!!」
突然身体が抱き締められて、急速に音と声を取り戻す。再び繰り返して名前が呼ばれる、聞き間違える筈のない優しい声。自分の頭を抱える腕と胸は水色の軍服に包まれている。
「サーニャ、大丈夫か?」
「…エイラ?」
「泣かないでくれヨ、サーニャ。」
「え、あ」
エイラの困ったときの顔に覗き込まれてサーニャは慌てて涙を拭った。
「なかなか見付けられなくてゴメンナ。」
「え」
「こういう時、サーニャみたいに探知能力があると便利だよナ」
エイラはポンポンとわたしの頭を優しく叩いて、隣に腰掛けた。

「エイラ…いつ此処に来たの?」
「え、たった今だケド」
「……」
「どうかしたのカ?」

夢…。
エイラから聞いた話だと、エイラが此処に着いたとき、わたしは壁に寄りかかる様にして眠って居たらしい。エイラが近くに寄ると、突然わたしは泣きながら叫び始めた。何度もエイラの名前を。身悶えて石の台から落ちそうになったわたしを、エイラが慌てて抱き止めた。

まるで何でもない事の様に状況を説明し終わると、エイラは頭の後ろに両手をやって星空を見上げた。
月明かりに照らされたその横顔はあまりにも綺麗でサーニャは暫し見とれる。
ウィッチは魔力や使い魔の関係で容姿の整った者が多い。
サーニャは思う。例え世界中のウィッチが揃ってもエイラに敵うほど美しい魔女は居ない。

「…探してくれたの?」
「あ、当たり前ダロ」
「……」
「サーニャ?」
エイラは手を下ろしてサーニャに向き直る。
サーニャは此方を向くようにしているが顔を俯けている。
「…ごめんなさい」
「え」
「キスして、ごめんなさい」
「あ、いや。あの」
エイラは何と言ったものかと頬を掻く。
「あのね、エイラ」
「なんダ?」
「エイラが好き」
「へ…」
「エイラが好きなの」
サーニャは胸の前で小さな拳を握りしめた。
「エイラは…好きな人、いるの?」
俯いていた顔を上げてエイラの顔を見る。エイラはこの上なく真っ赤な顔をして、泣きそうなのに嬉しそうな複雑な表情だった。
「エイラ?」
「ほ、ほんとうカ?」
「?」
「サーニャは、その…わたしが、その、すすす好きなの、カ?」
サーニャはエイラを見つめたままコクリと頷く。今更ながらに、凄いことを言ってしまった気がしてサーニャも顔に熱を集めた。
暫し見詰め合う。
「……」
「……」
沈黙の中、エイラが動く。
右手をサーニャの頬に添えて顔を近付けて耳元に囁く。
「…キスしてもいいカ?」
サーニャは一瞬驚いたような表情になって、そして笑った。コクリと頷く。
もう一度、至近距離で見詰め合う、吐息が絡む。
「わたしもサーニャが好きダ」
お互いにゆっくり顔を近付けて唇を重ねた。
ただ触れ合わせただけなのに、エイラは腰が砕けてしまいそうに身体が痺れる。
一度離れたそれは再び重なる、エイラの唇がサーニャの感触を確かめるように動く、サーニャは「ん」と小さく吐息を漏らす。下唇を前歯で甘く噛まれたかと思うと上唇を柔らかく吸われた。顔の角度を変えながら何度も口付けられてサーニャは上手く息継ぎが出来ずエイラの肩を僅かに押し返した。
「ぁ、ぅ、ゴメン。つい」
「ううん、いいの」
エイラは心配になる、サーニャにがっついてるって思われちゃったかナ。
「エイラ」
「なんダ?」
「エイラはキスをしたの、これが初めてじゃないんでしょ?」
「うぇ!?」
「慣れてる感じがしたから…」
「そそそんな事ないゾ!」
エイラは焦って否定したが、その焦り具合が更に怪しい。
「嘘」
「う、いや、その…」
サーニャに下から覗き込まれて、言葉に詰まる。
「ゴメン…」
「謝らなくていいのよ、エイラ。」
「でも…」
「ただエイラの事を知りたかっただけだから。」
サーニャは随分長く腰掛けていた石の台から立ち上がるとエイラに手を差し出した。
「部屋に戻ろ、エイラ」
「そ、そうダナ」
エイラもサーニャの手を取り立ち上がると、手を繋いだまま並んで歩き出す。
「サーニャ」
「なぁに?」
「その……、サーニャはキスしたの初めてカ?」
「うん」
「そ、そうか」
シャカシャカと音を立てる草むらを抜けて、基地の表に出ると外灯の明かりに照らされて、月光のモノクロ世界から多彩な色が舞い戻った。少し前を行くようにサーニャの手を引いて歩くエイラの耳が赤い、頬も紅潮して僅かに上がっている。エイラは顔が弛んでしまうのを我慢出来ずに困っていた。
「エイラ」
「ど、どうしタ?サーニャ」
「何か嬉しそう」
「へ?あ、うん。そうダナ」
エイラは顔を見られないように背けながらサーニャの手を握る手にそっと力を込めた。サーニャも同じように握り返す。
「サーニャ」
「なぁに?」
「どうしよウ」
「エイラ?」
「幸せ過ぎて倒れそうダ」
エイラは照れて頬を掻きながらサーニャに振り向く、見ればサーニャも自分と同じような表情をしていた。
「わたしも、エイラ」
「う、うん」
「エイラ」
「なんダ?」
「これからも宜しくね」
「こ、此方こそなんダナ!」
二人は微笑み合うと基地の中へと戻って行った。
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