まえがき

こんにちは!ぶんたろうです(^O^)/
クリスタルケイさんの「こんなに近くで」に感動(涙)・・・
歌詞の素晴らしさに心を打たれて、「こんなに近くで」をテーマにエイラーニャSSを書きます!
曲を聴いたことがある方も、聴いたことが無い方も楽しめるような内容を目指します。
どうぞお付き合いください。


 昨夜は疲れたナ・・・。

 隣りで丸まって眠るサーニャを起こさないように、エイラは小さく溜息をついた。
「・・・ん」
 サーニャはエイラに寄り添うように身動きする、エイラの右腕に自分の左腕を絡めて安心したのか、ムニャムニャと口を動かした。フワフワのサーニャの銀髪が肩を擽る、エイラは仰向けのまま首だけ横に向けてサーニャの寝顔を見た。

 サーニャ、疲れてるよナ。あんなことがあったんダ・・・

 ネウロイの声ってあんななのか、夜の静かな大気を揺るがしたネウロイの歌声。とてもサーニャと同じ曲を歌っているとは思えない、空に響き渡ったおぞましい声。
 歌うネウロイの狙いはサーニャだった。
 
 逃げて!!

 わたしと宮藤置いて急上昇をかけたサーニャに、雲の中からネウロイの放った赤いビームが迫る。

「く・・・っ」
 エイラは奥歯をギリッと噛み締めた。

 どうして一人で戦おうとしたんダ。
 一人でどうするつもりだったんダ・・・。
 どうして、わたしを頼ってくれなかったんダ。

 あの時、ネウロイのビームがサーニャの左のストライカーを吹き飛ばした時、あと少しビームがずれていたらサーニャは・・・

 あの時は、雲の中に隠れて高速で迫るネウロイを倒すのに必死だった。逃げる時間は無かったし、うまく退避できたって、またサーニャを狙って現れるに決まっていたんだ。こいつを倒せば、サーニャは一人じゃないと証明できる気がした。宮藤がシールドで守ってくれて、わたしが撃って、そしてサーニャも宮藤の銃でコアを打ち砕いた。

 サーニャ、ほら。
 サーニャは一人じゃないヨ。
 いつでもサーニャと一緒にいるヨ。

 伝えたいことを言葉には出来なかっタ。

 昨日はサーニャの誕生日。遠く遠く離れてしまったサーニャの大切な家族から、サーニャの無事を願ったピアノがラジオの電波に乗って届いた。

 お父様、お母様。サーニャは、ここに居ます。

 月に向かって上昇した片翼の天使は、嬉しそうに、そして涙を零して夜空を舞った。
 ラジオからピアノの音が届いたとき、宮藤が奇跡だと言った、わたしは奇跡は起こらないから奇跡なんだと言った。今日はサーニャの誕生日だから、サーニャのことを大切に思っている人が居ればこんなことだって起こるんだ、と。
 サーニャ良かったナ、本当に良かったナ。サーニャが大好きなお父さんも、お母さんも、同じようにサーニャが大好きで、サーニャの無事を信じてイル。
 いつか、必ずまた会えるヨ。お互いがそう信じていれば必ず会えるって、宮藤も言っていたダロ。わたしも手伝うからサ、一緒にサーニャの両親を探しに行こウ。そして、サーニャは家族と幸せに暮らすんダ。もう寂しくて泣くこともないんダ。そしたら、わたしも嬉しいカラ・・・。

 窓を覆う暗幕の隙間から、太陽の白く細い光が部屋の中へ入りこんでいた。日の光が苦手な彼女に、直接光が当たらないようにと、左腕を伸ばして暗幕を引っ張る。
「エ、イ・・・ラ」
「・・・サーニャ?」
 起こしちゃったカ?と心配になるが、どうやら寝言のようだった。夢でも見ているのだろうか?サーニャの口角は僅かに上がって見える。安心しきった無防備な寝顔はきっといい夢を見ている証拠だ。
「・・・・。」

 なんだかドキドキしてきたナ・・・。

 薄暗い部屋の中には、サーニャの小さな寝息と、自分の鼓動だけが響く。
「ん」
 サーニャが短く声を漏らしてエイラの身体に擦り寄った。抱きしめている腕を更にぎゅうと抱いて、エイラの脚に細くて白いサーニャの脚が絡む。

 はわわっ・・・

 触れ合う素肌から、サーニャの体温が伝わってきて、エイラはカチンと固る。 頬に掛かるサーニャの吐息に、温かな体温と、押し付けられた柔らかな肌に、顔が熱くなるのを自覚してエイラは焦った。

 サ、サーニャ・・・、これじゃ眠れないゾ!

「えい、ら・・」
「!」
 舌足らずな声で再び名前が紡がれる。その響きはエイラの心臓を直接叩いた。
「っ・・・」
 エイラはゆっくりと、ゆっくりとサーニャの方に顔を向ける。普段では考えられないほどの近さ、サーニャの前髪と自分の前髪が混じる感触、鼻先が触れ合いそうなほどの距離に視界がぼやけた。
「サーニャ」
 喉の奥で掠れて消えた、彼女の名前を呼ぶ声は、眠る彼女に届くことも無く。それが何だか滑稽に思えてエイラはその端正な顔を歪めた。
 こんなに近くにいるのに、こんなにサーニャを思っているのに、掠れて消えた声のように、この思いは一つも伝えられない。

 いつもサーニャと一緒にいるヨ。
 サーニャと一緒にいたいんダ。
 サーニャの力になりたいんダ。
 だから、頼ってくれていいんだヨ。
 わたしが、必ず守るカラ・・・

 そっと、そぉっと左の掌でサーニャの頬に触れた。ふにふにとして暖かい、ムニャと動いた唇に自然と視線が引き寄せられた。
 どきん、とエイラの心臓が鳴る。

 サーニャ・・・

 エイラは胸の鼓動に突き動かされて、サーニャに顔を寄せた。唇にサーニャの吐息が掛かる、額が僅かに触れ合った。あと、少し。ほんのちょっと身じろいだら、二人の唇が重なる距離でエイラは止まった。
「こんなの・・・おかしいよナ」
 零れた小さな呟きは、自分の心にずっしりと蓋を落とした。

 そばに居ると言ったくせに、
 サーニャを守ると誓っておいて、
 それを自分で壊すつもりカ?

 安心しきって眠るサーニャを起こさないように、そっと身体を離してベットに起き上がった。身体が震えた、温もりから離れて寒いわけじゃない。勝手に流れ出した涙が、噛み殺した嗚咽が、エイラの身体を震わせる。

 なに泣いてるんダ、馬鹿!
 自分が何をしようとしたのか分かっているのカ?
 わたしがサーニャを傷つけたら、誰がサーニャを守るっていうんダ・・・

「えいら・・・?」
 ぎくりっ。
 呂律が怪しいが、意思を持ったサーニャの声に、彼女が起きたことをエイラは確信した。鼓動が不穏な音を立てる、いつから起きていたんだろうか?と。
「・・・眠れないの?エイラ?」
 サーニャは視線を彷徨わせ、上半身を起こしているエイラを見つけて、自分ものろのろと身体を起こした。エイラは振り向かない。泣いていたのだ、振り向けない。サーニャは目を擦りながらこちらを見ている、今涙を拭ったら夜目の利くサーニャには、その動きだけで泣いていたことがバレてしまう。
「なにか・・・あったの?」
 何も答えないわたしを心配してくれたのだろう、背中にそっとサーニャの手が触れた。不自然に身体が強張ってしまったことを彼女は気付いてしまっただろうか。
「エイラ?」
 サーニャの雰囲気からすると、たった今起きたばかりで何も気付いていないように思えた。
「・・・なにも、ないヨ。サーニャ」
「・・・」
 なんとか普通の声を絞り出した、これなら上手く喋れそうだナ。
「サーニャこそ、どうしたんダ?」
「・・・」
「サーニャ?」
 エイラはサーニャが黙っている理由がわからなかった、背中越しだからサーニャの表情は見えない。
 ふ、と背中に重みが掛かる。サーニャはエイラの背中に寄りかかるように自分の身体を預けた。エイラの右肩に右手で触れて、ゆっくりと腕を撫で下り、肘を掠めて、エイラのすべらかな手の甲まで辿り着くとギュウとその手を握り締めた。
「嘘・・・」
「え」
 肩のすぐ後ろで囁かれたサーニャの言葉。握り締められた手が熱い。
「何も無いなんて、嘘。」
「・・・サ、サーニャ。わたしは」
「いい匂い」
「へ?」
 戸惑うエイラに構わず、サーニャは左腕をエイラの首に回すと、鼻先をエイラの髪に埋めた。
「ササササーニャッ」
「なぁに、エイラ?」
 エイラの背中に負ぶさるような形で、額をエイラの頬に押し当てて、少し強引に首筋に触れたサーニャの柔らかな唇の感触に、エイラの静まりかけていた欲が再び疼き出す。
「ちょ、ちょっと、ごめんっ!は、離れてくれ、サーニャッ」
 背中に押し付けられている柔らかな感触に理性がグラグラと揺さぶられて、エイラは慌ててサーニャから離れようとする。
「離れちゃだめ、エイラ。」
「だめって・・・、でも」
「でも、なぁに?」
 柔らかな響きのサーニャの声は、その印象とは裏腹にわたしの思考をことごとく封じた。
「・・・」
「・・・」
 沈黙が降りる。サーニャは握っていたエイラの手を離すと、その手でエイラの顔を振り向かせる。エイラの肩越しに、サーニャとエイラの瞳が合った。
「サーニャ・・・」
 ついに泣いていた顔を見られてしまった、きっと酷い顔に違いない。
 わたしは急に体中の力が抜けてしまって、後ろにいるサーニャに体重を預けた。サーニャはエイラの身体を支えながら、少し移動してエイラの頭を膝に乗せた。
 サーニャは何も言わなかった。
 どうして泣いていたの?とか、なにがあったの?とか聞かれると思ったのに。サーニャはただ、わたしの頬に涙で張り付いていた髪を指先で横へ流すと、いよいよ全て見られてしまったわたしの顔をまじまじと眺めた。わたしからは逆さまに見える、サーニャの穏かな微笑みにまた泣きたくなった。
「ごめんね。エイラ」
「・・・?」
 エイラの髪を撫で付けていた掌が、涙の後の残る頬を撫でた。
「ホントはね・・・」
 頬を撫でたサーニャの小さな右手はゆっくりとエイラの視界を塞いだ。
「サーニャ?」
「・・・ホントは」
 ぐっとサーニャの身体が前に屈んだのが分かった、そして唇に触れた柔らかな感触。これは・・・?
「・・・っ」
 触れたものが僅かに動いて、それがサーニャの唇だと理解した。
 ただ軽く触れ合わせただけのキスは、それ以上の行為を知らないかのように、只々重ねた唇からお互いの温もりだけを伝え合った。

「ずっと、待ってたの・・・」
「うん」
「ずっと、ホントは・・・」
「うん」
「エイラに触れたかったの」
「うん、わたしもダ。なぁ、サーニャ」
「なぁに?」
「これ、とってくれないカ?」
 エイラはいまだに視界を覆うサーニャの手に触れた。
「だめ・・・」
「どうして?」
「・・・だめなの」
「なんで?」
「だって・・・どんな顔すればいいか、わからないの」

 それは・・・、そうダナ。
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