「エステル」
そう呼んだだけなのに、ほんとうに嬉しそうな顔するから。こっちが恥ずかしくなる、顔が熱い。
「リタ!リタもオアシスに行くんです?」
エステルの方が少し先を歩いていたのを振り返り止まって、私が並んだら再び歩き出した。
 今居る街は強く太陽が照りつける砂漠の入り口にある街、マンタイク。街に着いてからは、夜に宿屋に集合することにして、みんな思い思いに街を歩いたり、買い物をしたりしている。
リタは一人で街の北側にあるオアシスへ行こうとして自分と同じ方向へ歩くエステルの後ろ姿を見つけて声を掛けた。

 リタは顔だけ横を向いて背筋をしゃんと伸ばして隣を歩くエステルを見た。熱い気候でも着崩すことなく身に纏う、いつもの甲冑を思わせるような白いジャケットが強い日差しを反射して白く光って居るように見える。そういえば、エステルが使うあの治癒術の術式もこんな風に白く光ってたっけとリタは思った。視線を上げて横顔をみた。まず目を引くのは彼女の性格を表すような優しい桃色の髪、肩より少し上で切り揃えられて歩く度にふわふわと揺れている。今は穏やかな光を湛えた瞳も、いざという時には強い意思の力を感じさせることをリタは知っている。
「…リタ?あの…、そんなに見られると恥ずかしいです。」
少し頬を赤くして、はにかむようにして微笑むエステルの声に、リタははっとして「あ、ごめん」とだけ言って前を見た。エステルはまだ何か言いたそうだったが、リタが少し歩く歩調を早めたので何も言わずに自分も歩くのを早めた。再び横に並んだときリタの顔が赤いのを見つけてエステルはなんだか胸の奥がきゅうと締め付けられるような感覚を覚えた。白い砂が足元でサクサクと音をたてている、一年中砂漠からの黄砂が吹くこの街はどこを歩いてもこの砂の音がする。
 オアシスに着くと、リタは履いていた茶色い柔らかそうな素材で出来た靴を、踵を擦り合わせる様にしてぐいぐいと脱ぎ、まとめて右手に持つ。そして、エステルを振り返り一度目を合わせてから、右の方に視線をやって、「エステルも」と言ってエステルに向かって左手を伸ばした。
「あ、はいっ」
エステルは差し出されたリタの手に一瞬考えて、ぱっと嬉しそうな表情でリタの手を右手で握って自分の白い靴を脱いだ。リタはエステルの、まだ慣れない自分とは違う体温を左手に感じながら、自分と違い手を使って綺麗に靴を脱ぐエステルの動きを見ていた。
「お待たせしました。」
と言ったのを聞いて、エステルが顔を上げる前にまた右の方へ向き直した。
「うん」
短く返事を返してエステルの手を引いて歩き出した。エステルはリタが手を繋いだままにしているのに驚いて、そして嬉しくなった。 オアシスの縁に沿って歩く、二人の足首より少し下辺りを冷たく心地よい水が二人を中心に円形の波紋を作っては消え、作っては消えた。
リタはまた隣の、なんだかいつもよりも少しうきうきとしている様子のエステルを見た。
 旅の始まりに、彼女は私と友達になりたいと言った。
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