死神




ケイタにとっては2回目のゲームの2日目の朝も、スクランブルから始まった。
だが何故か、パートナーであるアオシが見当たらない。

「あれ…?」

ケイタがキョロキョロと周囲を見回すと、少し離れたところにアオシの姿を見つけた。
アオシはケータイを片手に口を動かしていて、誰かと電話をしているようだ。

「それで、あの件はどうなったんです?…あ、もう来たんですか」

「アオシ、誰と電話してんだ‥?」

「スクランブル……エリア封鎖…じゃあ、制限時間は‥」

アオシが誰かと話している断片的な言葉は、全く意味が分からない。
スキャンでもしてみるか?…とついケイタは悪い誘惑に駆られた。
もしかしたら昨日アオシをスキャンできたことについても分かるかも知れない、と自分に都合の良い理屈を考えながら。

「悪ぃな」

アオシをスキャンすると、昨日と同じく「…………」と無言の思考が見えた。
それと同時にまた映像がケイタに流れ込む。



あそこは宇田川町。
四人でよく行った場所だ。
あの奥にはCATの壁グラがあって、そこで………。

ポトリ、と小さな音がする。

仰向けに横たわるケイタの腹の上に、参加者バッジが落とされた。
そこで映像が途切れ、ケイタの意識は暗転する。



「何で俺、宇田川町で倒れてんだ?…てかあれ、アオシの思考なのか?」

さっぱり分かんねー、とケイタは痛む頭を擦る。
宇田川町で倒れた記憶なんてない。
覚えていない。

「おい、まさか…」

ケイタの頭に、あることが閃いた。
だが、ケイタの思考を遮るように着メロが鳴り響く。
電話が終わったらしいアオシが振り向いた。

「ミッションですか?」

「…あぁ、そーみたいだな」

「ねぇケイタさん、提案があるんです」

メールボックスを開こうとしたケイタの指が止まった。
ミッション、無視しちゃいましょうよ。
アオシはニヤニヤと笑いながらそう言った。

「何言ってんだよ!ミッション解かなきゃ消滅だぞ!?」

「どうしても行きたい所があるんです。ミッションは他の参加者に任せておきましょう」

「んなことできるか!俺は絶対ゲームに勝たなきゃならねーんだよ!!」

「…随分必死なんですね」

あからさまに焦るケイタを見て、アオシはきょとんとした表情をした。
アオシの表情の変化に気を留めずにケイタは続ける。

「このゲーム、アミの命がかかってるんだ」

その言葉を聞き、アオシの眉がピクリとつり上がった。





2日前。
ケイタの一回目のゲームが終了した直後。

「ここ、どこだ?」

「…っここ、」

眩しい光に包まれ、二人は一瞬で首都高からどこかへ移動した。
だが、それがどこなのかケイタには分からない。

「アミとケイタか?」

「サラ!!」

一人で何勝手に動いたワケ?
ねぇ、どこに行ってたの?
アミが口を開くよりも早く、誰かが口を開いた。
三人ではない誰かが。

「話は一旦そこまでにしてくれるかな。生き返ってから続きを話しても構わないから」

そこに現れたのは死神のゲームの指揮者、セドだった。
セドはニヤリと嫌な笑みで三人に笑いかける。

「とりあえずおめでとう、君たちはゲームの勝者だ。楽しかったかい?」

「テメーは…」

「勝者である君たちの今後はコンポーザーの採択で決まるんだ。まず、今回生き返ることのできる人数は…一人」

その言葉で、三人の表情は暗いものとなった。
誰だ?
嘘だろ?
どうして?
まるで疑心暗鬼に陥ったように、疑問は一気に心に広がる。

「これはコンポーザーが決定した事項。どんな事情でも覆ることはないよ」

「…別に構わねぇ」

サラは小声で言うと、セドへ向かって一歩踏み出す。

「俺は生き返らない。お前、見た感じ死神だろ?…俺を死神にしてくれ」

「…良いよ、面白いじゃないか。是非とも歓迎するよ」

「ちょ、サラ‥っ」

セドの言葉と共に、サラの背中に死神の証とも言える翼が生える。
そして、すぐにサラの姿は掻き消えた。

「涙のお別れはまだ続くよ。今回の審査で生き返るのは立花阿実ちゃん、君だ」

「ぁ‥私、」

「…じゃあ、余った俺は?」

「生き返りたいなら、またゲームに参加すれば良い。もう疲れたなら消滅しても良い。‥勿論、さっきの子みたいに死神になっても良いよ」

セドの言葉を聞いて、ケイタは小さく溜め息を吐いた。
それから、どこかすっきりしたような表情でアミに笑顔を向ける。

「丁度いーんじゃね?依存心で悩んでたんだし、良いチャンスだろ。依存しねーためのリハビリだよ、リハビリ」

「でもケイタ…」

「お前がRGで待ってるなら、少しは張り合いあるだろ」


「…ありがとケイタ。私が待ちくたびれる前に、ちゃんと帰ってきてよ?」


アミの体は白い光に包まれ、上空に浮かび上がるように消えた。
その様子を見届けると、ケイタはセドに向き直る。

「君はどうする?もう一度ゲームに参加するかい?」

「ああ」

「なら次のゲームを始める前に、徴収したエントリー料である“記憶”を返却しないと」

セドがケイタに向かって手をかざすと、ケイタの頭に激痛が走った。
頭に流れ込んでくる記憶にフラフラしながら、ケイタはある違和感に気付いた。

「おいテメー…俺の記憶、全部返せよ!」

「ん?」



「死に際の記憶がねーんだよ!」


宇田川町。
四人でよく遊びに行った場所。
あの日は現地集合だったから、少し早めに行って壁グラを眺めてた。

アイツら遅ぇな…。

壁グラ前で待ちぼうけしているところで、ケイタの記憶は途切れていた。
その後の記憶は、ゲームの1日目の記憶へと続いている。

「…面白い話だね。でも、俺はあくまでエントリー料として預かった分は全部返したよ」

「でも、」

「つまり、君の中には元から死に際の記憶がなかった‥ってことだよ」

ケイタは言葉に詰まった。
セドの言葉はそのままの意味で、訊いても明確な答えは返ってこないだろうから。

「さて、じゃあ次のゲームの話をしようか。君の新しいエントリー料は…」

「また記憶か?」

「もう徴収してあるよ」

セドは意味深にニヤリと唇を歪ませた。
ケイタの表情に疑問や焦りが浮かび出すまで間を置いてから、ようやく言葉を続ける。


「立花阿実ちゃん。彼女が君のエントリー料だ」





ケイタの話を聞いていたアオシは渋い表情をしていた。
まるで何かを考え込んでいるように。

「俺がアミを巻き込んだんだ。だから、アミのためにも絶対勝たなきゃならねー」

「…そうですか」

「は?「そうですか」ってなんだよ!アミがかかってんだぞ!?」

「ケイタさん、アミさんのことが好きだったんですね」

ケイタが耳まで真っ赤に染まるのを見て、アオシは笑う。
そして、仕方ないですね…と呟いた。

「とりあえずミッションを片付けたら、その後は私の自由時間にする。これならどうです?…一つ貸しですけど」

「‥‥仕方ねーな」

交渉成立ですね、とアオシは少し嬉しそうにメールボックスを開いた。