御題!
初恋の人
罪な人
はぐらかされる
この三文+誰でも、でいただきました。
誰でものお言葉に甘えまして、慶次くんで。
罪な人と言えば慶次くん。
プレイボーイの中でも一番タチ悪いよなぁ…と思ったり。
なまじ陽気で人が良いだけに余計に悪いですよね。
だって許さざるを得ないし。ああほんと、罪な人。
教えていただいた曲をかけながら書いてみたんですが、あの疾走感というか…なんというかむつかしくてほとんど生かせませんでした。
悔しいのであの曲をテーマにリベンジするかもです。
鑓さん、御題をどうもありがとうございました!
(例のぶつはまだ手にできていません…だって、どこにもなかったの(涙)
(許婚はひらがなで書けばいいなずけ、なんですが。Wordで赤いぴろぴろ出てきてリラっとしたのでいいなづけ、と書きました。だけどこいつ、いいなづけじゃ変換しないんですよね。まったくリラっとさせてくれるぜ。あの赤いぴろぴろは、一体どういう基準で出てくるんでしょうね?)
「慶次!待ちなさい、慶次!」
館のどこかで松さまのお声が致します。
わたくしは縫い物の手を止めて顔を上げます。ゆくゆくは局として前田家を取り仕切るべく、今は奥殿や松さまの下で日々女中としての修行を積んでおるしがない武家女の端くれにございますが、幸いにも特に松さまに可愛がられて日々を過ごしております。
松さまはまさに文武両道、良妻賢母の鏡にございます。女子の身でありながら大変にお強く、殿と共に戦場へと赴いては勝ちを収めてお戻りになられる女武者でもあります。
「こら、慶次!いいかげんに、」
また松さまの声が致します。砂煙も見えます。
この辺りが、その、松さまの見習っても良いところなのかどうなのか分からぬところなのですが。
この戦乱の世。男だ女だと言う前に、強いものが戦わねばならぬということなのでしょうか。
現に殿と松さまは、お子こそまだ成されてはおりませんけれど大変に睦まじくていらっしゃるではありませぬか。そうですね、殿がお気になさらないのでしたら、わたくしごときがとやかく言うことでもないのかもしれませぬが。
それにつけましても、松さま。お裾が翻るのもそのままというのは、わたくし少々問題ではと思いまする。
松さまが、淑女の名を返上召されるのも厭わずに先ほどから追いかけていらっしゃるお方。
風来坊と呼ばれているお方にございます。
前田の卑しからぬご身分でございますのに、むさくるしい身形で諸国を風のように渡り歩き、また風のようにふらりとお戻りになられては発ってしまわれるお方なのです。
「うっわ!危ねっ!」
つむじ風のように、わたくしが縫い物を広げた部屋へと舞い込んでいらっしゃったのは慶次さまでございます。
わたくしは将来、下にも置かれぬ前田家の局になる女でございます。これ位出来なくてどうします。
にっこり微笑んで慶次さまを襖の奥へと隠すと、良く躾けられた獣たちを従えた松さまに申し上げるのです。
「慶次がこちらへ。」
「いいえ松さま。表の池の方へとお回りになったようでございますよ。」
松さまとてお分かりなのですよ。でもこれはもはや慶次さまがお戻りになられた時の儀式のようなものですから、松さまもこれ以上はなさりません。
それに、今日の夕餉は松さまが慶次さまのために腕によりをかけた大変な馳走になさるはずですもの。今頃から支度せねば間に合いませぬ。
「わたくしもこれを終えたらすぐに厨へ参ります。」
「…よい女中におなりよ、あなた。」
「恐れ入ります。」
にっこり微笑んで松さまのお背中が角を曲がったのを見届けると、奥の間から慶次さまが顔を出されました。
未だ旅の埃も落とさぬままで、「部屋を汚しちまうな。」と縁側へ腰を降ろされました。
部屋へと湯を取っておいてようございました。
「湯殿の支度には今しばらく。」
そう言ってお湯のみをお出ししますと、慶次さまはちょっと不服そうにそれを手にしてぐいと煽られました。
「その前に言うこと、あるだろ?」
知りませぬ。知りませぬ。お好きに諸国を練り歩かれて、館へはほんのお気まぐれにお戻りになるだけ。そんなお方、いくら慶次さまと言えど知りませぬ。
「ようご無事にお戻り下さいました。」
そんなこと、言えやしませんけれど。
慶次さまは正しいはずのわたくしの応えにもまだ不服そうでいらして、「他にないのかい?」と仰いです。
知りませぬ。知りませぬ。
「まぁ。不出来なわたくしには分かりかねまする。教えて下さいませ。」
街の娘たちは、何と言って慶次さまを喜ばせるのです?
「…別に、いいんだけどさ。」
良いなら仰いますな。
館から出ることもなく、ろくに殿方と関わったこともないわたくしには、学びようもありませんのに。
「このたびはどちらへ?」
胸のお守り、外すのを忘れておいでですよ。
「うん。奥州に。あっちは俺が行った頃もう紅葉になってたよ。」
「さようでございますか。」
慶次さまはこちらをちらりとご覧になりましたが、何も言わずに「うん。」と頷いただけでした。
いつものように、それでそれでと目を輝かせぬわたくしを不思議に思っていらっしゃるのやも知れませぬ。
「えーとさ、あのさ、」
「なんでございましょう。湯殿の支度には今しばらく。」
「いや、風呂は別に良いんだけど。」
「それは女共が困りまする。館中を掃除して回らねばならぬでしょう。」
慶次さまのお側を離れると、部屋に放ってあったやりかけの縫い物を柳行李に押し込んで、辺りを片付けていきます。
確かに慶次さまからご覧になれば狭い世界を生きているわたくしですけれど、こんなわたくしとて、いつまでも物の分からぬ女子のままではないのですよ。
慶次さまはそんなわたくしをじっと見詰めて、いったん部屋へ上がろうと腰をお浮かせになりましたけれど、わたくしがちらりと視線をやると思い留まられたようで縁側で口を開かれました。
「…怒ってる、のかい?」
「なんのことやら。」
知りませぬ、知りませぬ。
人には散々、恋だ愛だと声高に説かれるくせに、ご自分のこととなるとひらりと踵を返してしまわれて。
そのお胸に巣喰う初恋のお人。憎く想う女子はわたくし一人でもないくせに。
ほんに、罪なお方でございまする。
こうして帰りを待ちわびて、焦がれて焦がれてその身すら焼き尽くして、それでもまだ焦がれて、そんな女子を日ノ本中、いったい何人おつくりのことやら。
「ごめん。ごめん、な。」
…それでも、ぎゅっと抱きしめられれば簡単に絆されてしまうわたくしは、本当に駄目な女子の代表のよう。
本当は、松さまのように毅然としていたいのです。
だからこそ、己の両足でこの場に立っていたいからこそ、許婚という立場を捨てんとしてまでも、こうして局修行に励んでいるというのに。
「良いのです、慶次さま。あなたさまの成さんとしていらっしゃること、無学なわたくしには理解出来る筈もありませんもの。」
慶次さまには、何か高尚な、崇高な、理念とやらがあるのです。
それが何だか知りませんが、分かりませんが、わたくしにとってはどうでも良いのですが、それに真っ直ぐな慶次さまをお慕いしているのです。
多少のことに目も瞑れなくて、何が女中でしょう、何が局修行でしょう。
なにが、いいなづけ、でしょう。
例え別に正室をお迎えになろうと、わたくしの一生はこの慶次さまに。
例え慶次さまに娶られずとも、わたくしの一生はこの家と共にあるのです。
「全部片付いたら、きっと夫婦になろう。約束する。」
ぜんぶ、かたづいたら。
それは政のことでしょうか、それとも初恋のお人のことでしょうか。
いずれにしろ、そんな日は永遠に来ないでしょう。
来たとすれば、それはあなたさまが何かを偽って迎えた作り物。
戦のない世なんて、今までに一度だって、ありはしなかったのですから。
駄目な女子のわたくしは、嘘でも構わないとさえ思うのです。
あなたの腕の中、たとえ何人の女子がこの腕の強さを知っていようと。この一瞬だけはわたくしのもの。
「良いのですよ、慶次さま。愛い拗ね方も知らぬ、わたくしが悪いのです。」
そっとお背中へと腕を回して、旅の汚れにまみれた慶次さまを抱きしめます。
広いお背中。
あとで流して差し上げよう。
ああ、でも。それでも。慶次さま。
あなたさまに教えていただかなくては、わたくしは学びようがないのですよ。
どうぞあなたが、どうぞお側で、いくらでもわたくしを愛い女子にして下さいませ。
慶次さまが教えて下さるのなら、わたくしはいくらでも愛い女子でいられるのです。
【教育願い】
BGM【なし】 なし
そうだ、奥州土産があるんだった!