細波(漣から改名)の佐助くんサイド。
もっと色々入れたかったのに、やたらに長くなってしまったので断念。
追記が長すぎる!とエムブロに文句を言われ、なんでやねん!全角10000文字いってないだろーが!と逆ギレしそうになったエルシーですが、書式のせいだったのね…反省。
今回はちゃんと自分でhtmlいぢいぢしてるから簡潔極まりないわよ(笑
この2人はなんだかんだとありながら、きっと結婚とかしちゃって幸せに暮らすと思います。
そうであって欲しいな。
この勢いでgod wordsの半兵衛サイドも書きたいのだけれど、あれは名前変換がないと書けないものなぁ…。
諦めよう。
久しぶりに創作意欲がめらんめらんなので、ここらで一発、長編を更新したい…。
したいのだけど…うん。
エルシー
俺が見た最初の場面は、燃え盛る炎の中の場面だった。
館が崩れ、炎は暴れ、轟音の中にいたはずだったのに、俺の記憶の中にはひいさまの声しかない。
泣きながら、振り絞るように、あまりに場違いな、可憐でうつくしい、声。
目が覚めて一番に思ったことは、もう二度とあの人に会えないんだということだった。
涙が次から次へと溢れて止まらなくて、まだ小さかった俺には記憶の半分も理解出来なかったけど、ただただ後悔と悲しみが繰り返し押し寄せて来たのを覚えている。
もう一度ひいさまに会いたい。
もう二度と会えはしない。
そう、思ってたのに。
ひいさまは、俺が望んだとおりの無邪気な顔で笑っていた。
時代を超えて、張り付いて離れなかった憂いなんてカケラもなく。
俺は相反する想いを、触って抱きしめたいという想いと、何も思い出さないでそのままでいて欲しいという想いとを抱えて、毎日毎日もう気が狂いそうだった。
きっとこれは罰なのだ。
本当はひいさまを想うことすら許されないのに。
だけど、それでも。
ひいさまと俺の話をしよう。
俺がひいさまに出会ったのは、武田に仕える前の最後の仕事の時だった。
ひいさまは、分厚い歴史の教科書にも名前だけしか出てこないような、本当に小さな国の姫様だった。
俺はその国をある目的で落とす為に下男として城に何ヶ月も潜伏していたんだけど、もちろんひいさまとまともに口を利けるような身分じゃなかったから話すどころか姿を見たことすらなかった。
話に聞くにはとても華奢で琴と歌が上手な、無邪気な姫様だということだった。
数ヶ月後に暗殺予定の、一国の主ながら流れを見る目もなく、ただ城主の息子だからという理由だけで殿様になったどうしようもない男のひとり娘。
そんな前振りがあれば、無邪気という言葉もイマイチ好意的に受け取ることはできないものだ。
つまり頭の足りない馬鹿女だろうというのが俺の伝え聞き時点での印象だった。
姿を初めて見たのは、月の明るい晩のことだった。
思えば、ひいさまとの思い出は全部夜だった。
その時既に周辺の国々は不穏な動きを隠しもしなくなっていて、館の中にも不安がまるで流行病のように伝染しはじめていた。
こうなってしまえば簡単なものだ。謀反人を焚き付けさえすれば城を一つ落とすことなんて簡単に出来る。
ひいさまの姿を見た後の印象は、なんというか、最初は姫様と気づかなかったくらい。
地味で古い夜着をまとって、髪こそ結ってはいなかったけど、どう見ても新参の女中がせいぜいだった。
唯一ひいさまを姫らしくしている長くて艶やかな髪を両手で押さえて床に這い蹲って、縁側から頭だけ縁の下に突っ込んでいた。
俺はちょっと忍装束に着替えて仕事の真っ最中だったから声をかけるなんて出来なかったんだけど、何してんだあいつ、くらいには思ったよ。何か落としたのかな、って。
ひいさまは何か独り言を言っているようだったけど、俺のいた場所(この時俺は、のちにひいさまがこの館で一番好きだと話してくれた大楠の上に登っていた)からは何を言っているかは聞こえなかった。
あの時ひいさまは、いったい何を言っていたのか。
今になって、とても気になる。
初めて言葉を交わしたのも、月の綺麗な夜だった。
その館はわりと標高の高い場所にあったから、雲さえかからなければ季節問わずいつでも月が綺麗だった。
俺はふと、この間のひいさまのことが気になって様子を見に行った。
それはもちろんひいさまに一目惚れとかそんな甘美なものではなくて、あの床下にいったい何があるのかそれとも何もないのか、それが気になっていたからだ。
裏から庭の方へ回ると、いきなり目の前に泥だらけになったひいさまが這い蹲って現れた。
俺は柄にもなく驚いて、上擦った声で思わず尋ねてしまった。
「う、わ。どうしたんですか。」
「…何奴。名は。」
ひいさまの両手には、子猫と子猫だったものが四匹。
「さすけ、と申します。」
前もって用意してあったのか、縁側に置かれた籠の中へ子猫を入れながらひいさまは抜かりなく問うた。
「聞かぬ名。」
夜着に付いた泥を払い、髪の乱れを直すひいさまからは、この殺伐とした城には不釣り合いなほど軽やかな香りが漂ってきた。
「はい、城へは二月ほど前に上げていただいたばかりなので…。」
初めてひいさまを目の当たりにしての印象は、そんなにバカそうじゃないな、といったところだった。
小さな体で、慌ててを装って伏せる俺を精一杯見下して、厳つい喋り方をして。
「姫さまのご座所とも知りませんで…ご無礼をどうぞ、」「お前、」
俺の謝罪を遮るようにしてひいさまは厳しい声を出した。
喋り方と同じで全然似合わない。ひいさまにはもっとこう、
「なぜわらわが姫と知っておるのじゃ?」
うわ、やっちった。と思った。
まさかこの国を中から籠絡するために他国に命ぜられてやってきた忍ですからこの城のことは隅々まで調査済みです、なんて言えるわけもない。
なんと言って予想外に頭の切れる姫の質問を切り抜けようか考えていると、ひいさまはまた「よい。」と言った。
「そのようなことはもうどうでもよいのだな。それよりお前、ねこに明るいか。」
どうでも良いのかよ!と突っ込みたくなったけど、ひいさまの質問がつい気になって頭を下げたままでちょっと首をひねった。
「面を上げよ、佐助とやら。見よこのねこ。このように小さきゆえ、まだ乳しか口に出来ぬであろうか。親ねこはどうしたのであろう。」
ひいさまは矢次に疑問を口にするともう冷たくなった二匹の猫をそれぞれ綺麗な白い手ぬぐいに包んだ。
生きている二匹も相当に弱っていて、鳴き声も微かなものだった。
「少し前からねこの鳴き声がしておったのだがな、数日前から様子がおかしくなった。親猫が戻らなくなったのだな。」
「どこかで死んだんですね。」
思わず言ってしまった言葉に、ひいさまはしばらく間を置いてから応えた。
「…そうであろうか。仔らを捨てたのではないか?」
「獣は人のように高等な思考も下等な思考も持ちません。仔を孕めば無事に生むことを、生めば育て上げることしか考えません。」
ひいさまは箸より重いものを持ったことがなさそうな白い指先で生きている猫を撫でた。
「そうか。」
あっさりとした、でもどこか甘い声だった。
「俺は猫を育てたことがないので分かりませんが、これくらいの大きさになっていれば擦り潰して湯で伸ばしてやれば食べるかもしれません。」
「そうか。」
今度は少し嬉しそうな声だった。
このとき俺は本当の意味で初めてひいさまに会ったのかもしれない。
ひいさまの必死の介抱のおかげか、猫たちは奇跡的に回復した。
「名をな、付けたのじゃ。」
「なんとお付けになったんですか。」
「みいとよつじゃ。」
無邪気に答えるひいさまは膝の上の籠の中で絡まり合うようにして眠る猫を見つめながら言った。
ひいさまと俺の真夜中の逢瀬は、あの日から既に何回か繰り返されていた。
正直、これはやってはいけないことだった。
別に上から禁止されていたわけではないけど、道具に過ぎない忍にとって、やる必要のないこと以外は全てやってはいけないことだ。
余計な感情が湧けばそれこそ厄介な問題になってしまう。
だけど俺は、月明かりを浴びて猫のように目を光らせるひいさまに会いに行くのをその時既に止められなくなっていた。
「四匹兄弟であったからな。兄さま姉さまを忘れぬように付けたのじゃ。」
ひいさまと俺は本当に色々な話をした。
ひいさまは外の世界のことを聞きたがって、俺は主に語り手だった。
無邪気に話を聞いて楽しそうに笑うひいさまが、きっと本当のひいさまだ。
この人に猜疑心は似合わない。
不安と重圧に苛まれて虚勢を張る姿はもっと似合わない。
だけど、まさにその元凶である俺には何も出来ない。
当時の姫としては当たり前だったけど、ひいさまは海も見たことがなければこの山に囲まれた土地を出たことすらなかった。
「まるで檻のようじゃ。せっかく立派な足が揃っておるというのに、出歩くことさえままならぬ。」
城から出たことがないからそんなことが言えるんだ。
明日食べることが出来るかどうかさえ分からない暮らしをしているものが大勢いることなんて、姫と呼ばれて大勢の人間にかしずかれて猫なんかを可愛がっている女に何が分かる。
だけど俺は、なぜかそう思ってひいさまを非難することが出来なかった。
その豪華な檻の中に閉じこめられた女の気持ちを理解することは出来ない、そう思った。
幸せってなんだろう、なんて。
忍として生まれ忍として生きるものには絶対に答えられない疑問が浮かんでは消えていった。
「のう佐助。」
「は。」
ひいさまはちょっと微笑むと、大楠にもたれ掛かって目を閉じた。
「それでもわらわはこの城が好きじゃ。ここしか知らぬのだから当然かも知れぬがの。」
「は。」
「部屋の柱も、庭も、池も、この大楠は一番。もちろん人もじゃ。」
「は。」
今から思えば、ひいさまは知っていた、んだと思う。
だからこうして、俺を考え直させるためにこんなことを。
だけど俺は、浅はかな俺は、そのときそのことに気付けなかった。
「そなたにも好きなものがあろう?守りたいと、そう思うであろう?」
俺は返事が出来なかった。
「たとえ何も出来なくとも、何かしたいと思うのじゃ。無駄な足掻きと分かっておっても。」
ひいさまはいつの間にか目を開いて、俺のことをじっと見つめていた。
「理屈に合わずとも、それを考えてしまうのが人というものじゃ。」
それが下等でもの、とひいさまは今度は似合わない笑みを浮かべた。
初雪が降った、次の日の晩のことだ。
俺はこの日の為にやって来た仲間と、こちらへ寝返らせた謀反人たちと共に城主を斬り、謀反人たちも始末して、城に火を付けた。
使用人たちは逃げ仰せたのと火に巻かれたのと半々だった。
城主の息子たちは皆殺し、そして俺は最後の的であるひいさまの元へと向かった。
ひいさまは自分の寝所で、いつも猫たちが寝台として使っていた籠を膝に乗せてじっとしていた。
もう煙がそこまで迫っていた。
「ひいさま。」
「佐助か。」
ひいさまは驚いた様子も見せないで血塗れの俺を真っ直ぐ見据えた。
「一族は皆殺したよ。ひいさまで最後だ。」
「そうか。」
いつも通りのそうか、だった。
似合わない、似合わない。ひいさまには似合わない。
「何か言い残すことある?」
「誰がために。」
「…まぁそれもそうだね。」
ひいさまは手を口元にやって、ごほごほとせきこんだ。
ああ、早く殺してしまいたい。
もう嫌だ。ひいさまと、この女と接していると感情が溢れて止まらなくなる。嫌だ、嫌だ。
殺して、何も喋らなくなれば。この気持ちも終わるだろう。
「銀山は嘘ぞ。」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
銀山。それは、この取るに足らない小国を落とす最大の目的だった。
戦乱の世を勝ち抜いていくには将も兵も大切だが、それは先立つものがあっての話。
俺の雇い主は、以前から真しやかに囁かれていたこの国にあるという銀山の話を聞きつけて俺たちに仕事を依頼してきたのだ。
「祖父上が流した嘘じゃ。おおかた大国と対等に渡り歩くための嘘であっただろうが、それでまさか国が滅びようとはの。」
ひいさまは口元を隠したままでくすくす笑った。
似合わない。ひいさまには、もっと、もっと、
「掘ってみれば分かること。金銀どころか、砂鉄一粒出はせぬであろうよ。」
強い光の元ではじめてまともに見たひいさまの顔は、想像していたものよりも少し若かった。
「…なんだよ、知ってたの。」
知っていて、それで、なんで、俺に、俺を、なんで、なんで、どうして、なんで、
「どこかでみいとよつを見かけたら餌を恵んでやってくれの。」
ひいさまは俺の質問には答えずに、籠を抱きながらそう言った。
「親猫は俺が殺したんだ。」
俺は、まともにものが考えられなくなっていた。
何もかもがバカらしくなって、虚しくて、悔しかった。
ひいさままでもが、無性に憎く思えた。
さっさと殺したい、殺してやりたい、殺してしまいたい。
「ちょっと仕掛けをするのに獣の皮が必要でね、手近にいたから殺して皮を剥がせてもらったよ。」
「……そうか。」
それまで真っ直ぐ俺に向けられていた視線が、初めて揺らいだ。
途方に暮れた迷子みたいな、今にも泣き出しそうな表情。
時を越えて平成の世にまで、焼き付いて離れなかった顔。
違う、違う。
あんたにこんな顔は似合わない。
あんたは笑っていなくちゃいけないのに。
なんの憂いもなく、笑っていて、欲しいのに。
影に縛られた俺には何も出来ない。
「…ねぇどういうつもり?」
そんなのは、ひいさまの台詞だろう。
だけど俺は、そのとき本当に何かに怯えているとしか思えないほどにムシャクシャしていて、八つ当たりみたいにひいさまに言った。
「どうでもいいって、そういう意味だったの?殺されるって知ってて、だからどうでもよかったってわけ?」
ひいさまにはどうにもできないこと、しかも殺す本人が、何を言ってるんだろうと自分でも思った。
だけど苛立ちが止まらなくて、口は回り続ける。
「俺が忍だってことも知ってたの?知っててあんな馬鹿みたいにへらへら笑ったりして、ひいさま、あんた、」
「…言えば止まったか。止められたか。」
ああ、苛苛する。
「そうではあるまい。わらわとて考えた。じゃがの、最初から、これが定めだったのじゃ。」
定め、定めってなんだよ。
馬鹿にすんな、馬鹿言うな。
「のう。さ、すけ。」
ひいさまの体がぐらりと揺れて、火の粉で焦げ始めた板の間へと倒れ込んだ。
「ひいさま!」
ひいさまが隠していた口元は、炎よりも真っ赤な血で染まっていた。
「刃物で死ぬのは、怖い。死ぬのは、こわいものじゃ。」
「ひいさま、毒を…何を飲んだんだ!」
駆け寄った俺を手で制して、ひいさまは言った。
「もう行け。」
ひいさまは、泣いていた。
「わらわたちの城を滅ぼした、おまえをゆるすことはできない。逝くときは…ひとりがいい。」
俺は立ち上がれなかった。
その場にへたり込んで、だけど触れることも出来なくて、ただ苦しそうにもがいて血を吐くひいさまを見詰めていた。
「…ひい、さま、」
ひいさまは泣きながら、俺に微笑んだ。
「それでも、おまえも、すきで あったよ」
ああ、嫌だ。
嫌だ、嫌だ、嫌だ。
早く終わりにしてしまいたい。
もうたくさんだ。さっさと、死ねばいい。
「ひいさま、」
俺が伸ばした手を払いのけて、ひいさまは目を閉じた。
「ひいさま、ひいさま、」
触ってはいけない。
こんな汚れた手で、この綺麗な人に触ってはいけない。
「いけ」
それがひいさまの最期の言葉だった。
俺がひいさまの最期の願いを守れたかどうかは分からない。
ひいさまが息絶えるのが先だったか、俺が燃え盛る城を後にするのが先だったか、今になってしまっては確かめる術はないからだ。
ひいさまが死ねば、この溢れて止まらない感情にもケリが付くと思っていた。
だけど、それは間違いだった。
真田の旦那に仕えて、忍頭まで務めた俺だったけど、自分の最期に想ったことはひいさまのことだった。ひいさまの途方にくれた迷子みたいな顔だった。
後悔と悲しみを重ねて、とうとう生まれ変わってまでこの想いを振り切ることは出来なかった。
「…さすけ。」
ああ、ひいさまの声だ。
ひいさまの温もりだ。
ひいさまの髪だ、ひいさまのにおいだ。
いけない、いけないと頭の片隅でまともな俺が叫ぶのが聞えたけど、もう止められなかった。
抱きしめたひいさまは、やわらかくてあたたかくて、俺は知らないうちに泣いていた。
「あ、あの、ごめんね。いきなり名前で呼んだりしちゃって。だけど、なんか…、」
慌てて目元を拭いながら、俺の腕の中で「猿飛くん、大丈夫?」と言うひいさま。
このまま、何も思い出さないままで俺の隣で笑っていて欲しい、なんて。
都合が良すぎるだろうか。
「俺の方こそごめんね。いきなり変なこと言ったりして。驚いたよね。」
腕の力を緩めると、ひいさまはさっと距離を取って、だけど花が綻ぶみたいなとびっきりの笑顔を見せてくれた。
「えへ、ちょっとね。でも平気。わけもなく弱っちゃうときとか、誰にでもあるよ!」
ああ、それだけで、俺は。
「…うん、ありがとう。」
許されなくても構わないんだ。
この世で、この人を、望んでも良いだろうか。
俺の願いはただひとつ。
ひいさまに笑っていて欲しいんです。今度こそ。
そしてできれば、俺の隣で。
「お詫びと言ったらなんだけどさ、今度2人でデートしない?」
【月波】
BGM【汚れなき悪意】 ALI PROJECT
「いいけど、猿飛くん。彼女いるんじゃなかったっけ?」
「(なんで知ってるの)………あはー、先週別れたんだ。」
「…。」
「…ほんとだよ?」
「…。(絶対嘘だ)」