デスノートのLと彼女のお話。
というよりLの彼女とヴェルディアナ夫人のお話。
大切にしたいモノや家畜の名前を呼ぶ際には、正しくLadyと付けましょう。
フランス風にMadamでも良いけれど。
そうするとより高潔な魂がおりてきて宿ってくれるから良いんですよ。
彼女の破片を、残骸を見た瞬間、私は唐突に悟った。たぶん、この人とは永遠に分かり合えないのだと。
「あ、すみません。」
小さな言葉は、私の愛でていた彼女だったものの破片のように、私の胸に突き刺さった。わざとじゃない、わざとじゃない、絶対にわざとではない。それは分かる。理解出来る断言出来る。だけど私の心は彼女と同じで大小さまざまに砕けてしまった。この人への恋とか、愛とか、信頼とか、友情とか、ぜんぶぜんぶぜんぶ。
この砕けてしまったものは、私がとっても大事にしていたものだ。愛でていた、愛していたと言っても過言じゃない。私が荒んでいるときに、たとえば試験勉強してるときとか就職が上手くいかないときとか、そういうときに私の心を和ませてくれた大事な人生のパートナー。名前だってある。描かれている猫の絵一匹一匹にまである。中を満たすものは何だって良いのだけど、唇に触れる厚ぼったい、ちょっと野暮なくらいの口当たりがとても気に入っていて、描かれている柄も愛嬌があって、とにかく私は彼女を愛していた。モノ以上に大事に思っていた。人生のパートナーだったのだ。連れ合いだったのだ。
確かにどんなものや関係にも終わりは来るだろう。だけどこうであって良かったハズは無かったのだ。彼女との始まり、つまり少女の私が店頭で彼女を見初めた時のように、終わりもまた彼女と私の2人きりで儀式のように済ませなければならなかったのだ。私が苦しいとき、辛いとき、荒んでいるとき、中に満たした液体と共に私にそっと寄り添ってくれていた彼女。キスした回数だって、彼女がズバ抜けている。目の前のどうしようもないこの人とは比べ物にならない。
彼女は、私とこの人との間で無残に砕けている。これはもう彼女であって彼女ではない。ただの不要な廃棄物だ。
私は彼女を容易にこのような姿にしたこの人を許せない。この人は彼女と私のことを知っているはずなのに。さっきの適当な謝罪といい、今の飄々とした表情といい、もう絶対に許せない。
それで私は唐突に悟ったのだ。この人と私は、永遠に理解しあえることもないんだろうと。
何遍話したところでこの人には彼女への私の想いなど最も小さい破片ほども伝わらないのだろう。彼は受験勉強でヒーヒー言ったこともないのだろうし、就職活動で泣くほど悔しいめに合ったこともない。こんな入れ物は入れ物に過ぎず、それ自体どころか絵柄の一つ一つにまで名前を付けるなんて馬鹿げてるし、そもそもそんなことすら思いつきもしないのだろう。どこぞのブランド物とか、そういう世間的な価値ならまだしも、彼女は今は潰れて跡形も無く眼鏡屋さんになってしまった雑貨屋で買った量産品なのだ。千五百七十五円だったのだ。そんな彼女をこんな風に愛している私を愚かだと思っている。そしてあの人も、私を理解出来ないのだ。
でも私が一番許せないのはそんなことじゃない。理解出来ないなりに理解しようとしてくれる気持ち、分からないなりに謝罪しようとする気持ちが一切無いのが一番許せない。そしてそんな彼とは、例え彼女のことがなかったとしても、遅かれ早かれ決別の時が来ただろう。彼女の破壊は、彼女が最後に私に遺してくれた教示だったのかも知れない。そんな都合良く考えて良いのかは、まだ分からないけど。
「この人が砕ければ良かった。あなたが死ぬこと無かった。」
へたり込んで血が流れ出ることも厭わず破片を愛撫する私は、この人の目にはどう映ってるんだろう。でもそんなこともうどうでも良い。私が考えるべきことは一つだけ。如何にこの人をスムーズにこの空間から追いやり、そして二度と会わないようにするかだ。
「指から血が出てますが…、」
「砕けないなら出て行って。もう二度と私の前に現れないで。」
BGM【蜘蛛の糸】中島美嘉
その人は、私の知り得ない世界で生きていました。
その人と付き合って三年、彼女に関して理解出来たことはそれだけだけでした。