生きなければならない。
どんなに失望しようと。
どんなに絶望しようと。
わたしはまだ、生きなければならない。
【Singing to Sky】
〜はじまりのうた・前〜
未だに何故自分がこんな状態にあるのかなど、これっぽっちも理解していない。
ただ、まずい状態であることだけはわかっていた。
今は、それで十分だった。
グルル…と言う低い唸り声がいくつも自分の周りを取り囲んでいる。
はじめは野良犬かと思ったが、どうやら、狼のようだった。
「(…犬じゃなくて、狼。)」
動物園くらいでしか見たことがないぞ、などととりとめのない、今の状況にはあまりにも不釣り合いなことを考える。
狼たちは、自分に襲いかかってくる気満々であると言うのに、だ。
「…ふぅん…」
わたしを、食べようって言うのか。
ギラギラと、狼たちの瞳が揺らめく。
獲物を狙う、獣の気迫。
平和に生きている子供に向けられるには不似合いな、それ。
純然たる生に対する渇望からくる―――強烈なまでの、殺意。
だが、それを正面から受けてなお――――退くつもりなど、なかった。
「…弱肉強食、だっけ。」
強いものが喰らい、弱いものが喰らわれる。
それは紛れもない自然の摂理だ。
故に世界は連鎖し、循環し、廻る。
自分が、子供らしくないことを考えていることぐらい、わかっている。
だが、それすらどうでもいいことだ。
「お前たちを喰らうつもりなどないけれど」
喰らわれるわけにはいかなかった。
「――――こんな程度のことで」
わたしはまだ―――――
微動だにしないことに焦れたのか、一匹が大口を開け飛びかかってくる。
「…っ!」
とっさに左腕を体の前に掲げて防御する。
喉笛に喰らいつかれれば終わりだと、本能的な直感でなぜかわかっていた。
いわゆる、“肉を切らせて骨を断つ”。
左腕から嫌な音が、した。
「…っこの程度のことでっ!!」
喰らいついたままの狼の鼻っ面に向かって、渾身の力を込めて思い切り拳を叩き込む。
「死ねるかぁっ!!」
容赦なく入った拳によって地面に叩きつけられた狼はギャンッ!という短い悲鳴をあげた。
「…はぁっ!」
左腕は激痛が走り、悲鳴をあげているのがわかるが、あえてそのまま見ないフリをして起き上がりかけていた狼の腹部を蹴り飛ばす。
見事に命中し、宙を舞ったその狼の体は、見事に群れの中心付近に落ちた。
「死ぬわけには、いかないんだ…!」
失せろ、とだけ込めて、狼たちを見据える。
動物、というのは、人間などより余程聡い。
感情を読み取るのだ。
怯えや恐怖、諦めといった、負の感情は、特に。
それは、獲物へつけ入る隙となるからだ。
だが、逆に、こちらが強者であることを知らしめてやれば、歯向かうことはない。
静かに見つめあっていたが、しばらくして、狼たちは去っていった。
「――――あ、」
それを見届けた瞬間、急に、身体から力が抜けて。
その場に崩れた。
――――血を、失いすぎたのだ。
噛まれた左腕は真っ赤に染まり、地面は赤黒いシミが広がっていた。
「…あー………」
人体って、三分の一血液が流れ出ると死んじゃうんじゃなかっただろうか。
本当にそうだったらこれ結構ヤバイな、などと他人事のように思う。
さっき狼と対峙していたときの必死さが嘘のように冷静だった。
―――――だって、死ぬこと自体は怖くないんだ。
どうせ人はいつか死ぬ。
それが遅いか早いかの違いだけだ。
だから、死ぬのは怖くなかった。
わたしが、思っているのは、
悲しませたくない。
泣かせたくない。
―――それだけだ。
「―――ひめ。」
小さく――――本当に声にならないくらい小さく、呟いた。
自分よりも小さな、心優しいあの子は、きっと泣く。
それだけは、イヤだった。
「死ねない、よなぁ…」
だって、あの日誓ったのだ。
――――救われたあの日、小さな君を、護るって。
「―――…ちひろ」
どうせなら、君のために死にたかった――――
そこで、わたしの意識は闇に呑まれて、消えた。
*****
言っときますが、ヒロインはこれでも10才です。
いや、マジで。
…重たい子ですんません。