2017-4-15 12:07
フフ、残業が何サ。俺はそんなものには負けないぜ(誰)
というわけでされ天第2話です。
そろそろ竜人の最新話書かないといけないので次の更新はしばらく先かな?
ところで昨夜気がついたのですが、アルファポリスの近況ボードってコメントがついても通知されないんですね……いや私が見逃していただけ?
おかげで昨日ようやく2ヶ月前くらいにいただいたコメントに気がつきました。せっかくのお祝いコメントだったのに申し訳ない……次からは気をつけます。。
なお今回はグロ注意。
竜の咆吼が虚空を衝いた。
ゴウッと音を立て、空気が喉奥へと吸い込まれる。赤い胸が膨れ上がり、明滅し、直後、逆流した呼気は紫紺の炎へと姿を変える。
闇が紫色に照らされて、男どもの悲鳴が散った。炎が一直線に走り、下草や灌木を瞬く間に燃え上がらせる。
「く、くそっ、怯むな! こいつの首を取れば千
金貨だ! 一生遊んで暮らせるぞ……!」
愚かしいニンゲンども。やつらが足元で何か喚いている。卑しく、矮小で、浅慮な輩め。そんな梢のごとき
刀剣で我を斬れると思うたか。
竜は後肢で立ち上がりながら、喉を鳴らして獰猛に笑った。今宵最初の食事を邪魔されたのは腹立たしいが、見方を変えればやつらはわざわざ喰われるために群をなして現れたとも言える。
そう考えれば殊勝なやつらだ。己の頭部ほどしかない小さき者どもを見下ろして、竜は力強く羽ばたいた。四枚の翼が起こす突風が彼らを怯ませる――今だ。
腹の底から吼え、わずか浮き上がった
巨体を滑空させた。狙いを定めた一人に猛然と迫り、逃げる間も与えず噛み砕く。
見事な血の花が咲き、
男の体がバラバラになった。肥え太った胴だけが竜の食道を転げ落ち、落下した頭部の傍に下半身が倒れ込む。――ああ、美味い。
もっと。もっとだ。最初の男の叫びによってわらわらと現れたご馳走の群を、竜は上空から見下ろした。もはやあんな痩せぎすで喰うところもないヒトの子などどうでもいい。まずはこやつらから喰らってやる。
竜の赤眼が炯々と光り、再び炎が大地を焼いた。逃げ遅れた者が悲鳴を上げて滑稽な舞踏を踊り、助かった者たちも総じて震え上がっている。
だが蛮勇を奮い起こした一人が、眦を決して矢を射かけてきた。それに鼓舞されたらしい数名もパラパラと矢を放ってきたが、散漫な上に弦の引きが甘い。
『くだらん真似を』
魔族の言葉で吐き捨て、竜は敢えて矢の雨の中へ突っ込んだ。心配しなくとも自慢の鱗はそう簡単にヒトの矢を通したりはしないし、翼膜を貫かれたとて多少ならば問題ない。
何しろ
魔物の傷は、ヒトの血肉を貪ればたちまちにして癒えるのだ。竜は躊躇わずに弓持ちの集団の中へ突っ込んだ。ズドン、と大地が震え、逃げ遅れた一人が脚の下で肉塊になる。
更に蜘蛛の子を散らしたように逃げる男どもを、竜の長い尾が追った。勢い良く左右に振り抜かれた尾は数人を吹き飛ばし、中でも特に運の悪い者が先端の刺先に貫かれる。
「ぐぇ、ぐぽっ……」と呻きながら血を吐いたそいつは、それでもなお逃れようともがいていた。だから竜は勢い良く尾を振り上げ、先端に刺さっていたヒトの体を放り投げる。狙いは的確で、それは寸分の狂いもなく竜の頭上に降ってきた。絶望した男の顔を口で受け止め、噛み砕く。
再び肉片の雨が降り、ついにニンゲンどもは恐慌を来した。彼らは我勝ちに森の奥へと逃げ始め、負傷し助けを求める仲間の声をも振り切っていく。
『フン、他愛もない』
こうなればあとは簡単だった。竜は高く首をもたげ、ニンゲンどもの行く手に
紫炎を吐いた。
おかげでやつらは逃げ道を塞がれ、灼熱の壁を前に右往左往している。あとはそれを後ろから順に喰らってゆけばいいのだ。
追い込み漁が始まった。逃げ惑うニンゲンどもを、次から次へ襲っていく。
丸呑み、咀嚼、踊り食い。「やめてくれ!」と誰かが泣き喚いているが、そんな言葉で腹が膨れるのなら魔物だって苦労しない。
――けれどそうした阿鼻叫喚の惨状の中。
その男は一人、叢の陰に身を潜めていた。地に腹這いになり、細かい枝葉の間から、紫炎に照らされる森を見ていた。
生きながら邪竜に喰らわれてゆく仲間たちの絶叫が聞こえるが、構わない。心拍数と一緒に弾みそうになる呼吸をどうにか抑える。――ダメだ。興奮するな。冷静に。
あの邪竜の噂は聞いている。いや、魔物が人間を喰らうとき、その容姿や言動で獲物を見分けたりしないように、人間も魔物の見分けはつかない。だからあの竜が討ち取れば千金貨≠ニ触れの出ている邪竜と同じ個体かは分からない。
だが少なくとも
同じ魔種だ。首を取って然るべきところへ持ってゆけば、一生金に困ることなく生きてゆける。
盗賊団の仲間は、男がそんな輝かしい未来を手に入れるための尊い犠牲だった――悪いな、お前ら。だがこの千載一遇の好機を逃す手はない。恨むなら俺ほど賢く生まれつかなかった己の星を恨んでくれ。
男は先程からそうしてじっと戦況を窺っていた。戦況、というか、仲間が一方的に竜に踏み潰されたり炙られたり喰われたりしているだけでもはや戦いとも呼べない何かだが、この際何だっていい。
肝心なのは仲間たちが次々と竜に喰われてくれるおかげで、現在森には血の臭いが充満しているということだ。それは殺戮と略奪を日常としてきた男でさえ吐き気を催すほどの臭気だったが、同時に唯一の味方でもある。何せこの異臭は竜の鼻をも塞ぎ、男の存在を隠してくれるだろう。
おまけにあの邪竜は今、逃げ場を失った阿呆どもを貪り食うのに夢中だ。獣は空腹を満たしたあとが最も無防備になる。
男はそのときを待った。紫炎がもたらす暑さと激しい嘔気に耐えながら、ひたすらに待った。待った。待った。
そして、好機は訪れた。
気が遠くなるほど長い時間――いや、実際にはわずか一刻(一時間)足らずの出来事――森に響き渡っていた仲間たちの悲鳴が止む。はっとして耳を澄ませど、聞こえてくるのは
死人のそれに似た呻きだけ。
竜はバリボリと骨を噛み砕く音を立てながら、その呻きの主まで律儀に喰った。ここからだとよく見えないが、あちこちに喰い零しがあるのだろうか。
戦いが一段落すると、あとは餌を撒かれた鳥のように地面をあちこち啄み始めた。時折怖気が走るような歓喜の声を上げ、尻尾を振り回したりしている。
今だ、と、男は思った。
長時間耐えに耐えてようやく掴んだ最大の好機。立ち上がり、腰を屈め、物陰から物陰へ、足音を殺して近づいていく。
やがて
ここからなら届く、と確信できる地点まで忍び寄ると、男は大きく深呼吸した。革の手套を嵌めた右手がパリッと音を立てる。
男は無神論者だった。
けれど今だけは味方してくれよ神様、と呟いて、冷や汗伝う頬に無理矢理笑みを捩り込む。
「――我、天神シャマイムに跪き乞い願う。
汝が眷族
雷神を呼び越し、祝福受けし我が右手に、魔を祓う力与え給え――」
男の祈りに応え、右手がじわりと熱を帯びた。
甲に刻まれた稲妻型の紋章が、紫色に煌めき出す。
その光が淡く手套の間から漏れ出すのを見て取って、男は笑みを深くした。
雷刻。
無神論者の男にはまったく似つかわしくないが、それは天に
在す神の力の欠片――すなわち『
神刻』と呼ばれる、神の存在の証明だ。
「いくぜ……!」
男の精神は今、恐怖を飛び越え、狂態の域に入っていた。目を見開き、全身を戦慄かせ、しかし口にはやはり笑みがある。
狙いを定めた。敵はあれだけ巨大なのだ。万が一にも外れるということはあるまい。だがそうして己を励ました直後、男ははっと息を飲む。
「……!!」
竜が、長い首をもたげた。
次いで迷わずこちらを向いた。
闇の中で赤い
眼が光る。
どっと汗が噴き出した。竜はこちらに気づいた。気づかれた――来る。
四枚の翼を地について、邪竜が吼えた。
そのおぞましい咆吼に戦慄し、縮み上がり、されど男は、
「ら、
雷槍……!!」
動転しながら、それでもとっさに神の力の名を唱えた。
右手から青い稲妻が弾け、矢のように夜を引き裂いていく。
神は無神論者に味方した。
木々の間をジグザグに駆けた
雷が竜の頭に直撃し、そして、爆ぜた。
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神術を発動させる際、徳の少ない者はその分長い祈唱を唱えなければなりません。でないと神刻が反応してくれないという。逆に神に見初められた者は、術名だけでも発動します。言霊の神サファの力は偉大なり。