約二時間半後、バスは目的地に到着した。
ここはS駅。様々な公共機関、店等が集合する都心最大級の駅。
バス停と乗車券の販売店もあるので、郊外からの観光客が利用することは少なくない。
早朝ゆえか、出発から一時間程で眠っていた黒神以外の五人は、眠い目をこすりながらバスを降りた。
ちなみに、その寝顔すら車内の空気を変化させていたことを、五人は知らない。
黒神はそんな人間たちを、寝ている振りをしながらただ観察していた。楽しかったようである。

「あっという間だったな」
「寝てましたしね。さて、早速ですが電車移動です!」

欠伸をかみ殺したαは、キリっと表情を変えて両手を上げた。

「S駅の行路は複雑ですが、そこは遠慮なく神の力を駆使して道のりを把握してますのでご安心を!」
「堂々と反則宣言か!」
「まぁルールがある訳じゃねぇが」
「それじゃあこちらです!着いて来て下さいね!」

どこから出したのか「神様ご一行」と書かれた旗を高々と掲げて歩き始めたαを全力でMZDと六と九が止めながら、六人の道中はようやく本番となったのだった。


最初の目的地は、年配の男女に人気の寺。
計画の段階で黒神が異議を申し立てた場所である。
「もっと若者の街に行きてぇ」とのことだったが、「最近は若い人も行くんだよ!」とαの力説と、他六兄弟の感触が良好だったので、決定した。
――駅を出て少々歩くと、あまりに有名な寺の門が見えて来た。

「……円堂がいるのか?」
「それは某サッカーゲームの学校だ、読み方が違うぞ黒」

大きな提灯に書かれた文字に、黒神が首を傾げながら言う。
違うのか……と何故か残念そうである。

「あれが風雷神門ですね!」
「詳しいな、アルファ」
「調べましたからねっ!あの提灯は、ニホンの有名な技術者が提供したんだそうですね!」
「それは知らなかったな……百年近く焼失したままだったらしいのは聞いたことがあるぞ」
「ニホンの建造物は良く燃えますねー、お城とか」
「……その言い方は、語弊がある……」

六人で並んで山門を眺めていると、提灯よりも六人を撮影する一般人が多かった。
芸能人である六は慣れっこで、撮られることにさほど拒否反応をしないのだが、写真を残されてはまずい、貭がいる。
いつもなら慌ててαが止めに行くところだが、今回はその心配は無い。

「今回だけ特別に、写真や映像に貭が写らないようにしてもらいました」
「真隣に交番あるぞ」
「記憶にも残らないようにした。あれも人間の脳に記録される映像みたいなものだからな!」
「……お前神だったんだな」
「ろ、六ちゃん酷い……」

「九、あれ、人力車乗りたい」「参拝終わって時間があったらな」という黒神と九の会話を聞きながら、六人は提灯の横を通り、敷地内へ向かう。

「見て見て貭、提灯の裏側!ドラゴンだよ!龍!」
「おお……」
「あーちゃんはこの龍の由来、知ってる?」
「……知りません……」
「そ、そんなに落ち込まなくていいんだけどな……。えーと、あのな、龍の刻印があるのはこの寺だけじゃなくて、色んなところにあるんだ。火事にならないように、っていう祈願なんだぜ」
「燃えたんじゃねぇの?」
「重箱の隅をつつくな黒」
「この提灯が寄贈されてからは火事が起きてないから、いいんだば」

まだまだ正月ムードで、宝物殿までの直線の道のりには、屋台と商店街が並んでいた。
門の両側にある風神雷神像と、その裏側の天竜金竜像についてαが頑張って説明していたが、黒神と九は出店に夢中で聞いていなかったのは内緒である。

一行は本堂に向かうべく、二列で進んで行くことにした。
所々でそれぞれが「サムライ!カタナ!ニンジャ!」とか、「人形焼きやべぇ絶対後で買う」とか、「ウル●ラマンすっごい飛んでるんだけど」とか、色々楽しんでいる間に宝物殿を過ぎ、門の後ろにある大きな草鞋に「でけぇ」と口々に感想を漏らし、あっという間に本堂へ到着する。
少し離れた所には五重塔があり、「京都?」と黒神が更に首を傾げた。
そして、参拝。

「ここ、神社と同じ参拝方法じゃだめなんですよね」
「なにそれ面倒」
「面倒とか言うな、作法だぞ」
「寺はお賽銭入れて、願い事する。以上」
「簡単だな」
「お線香があれば刺さないといけませんね」
「……語弊がある……線香は、焚くんだ……」

というわけで全員手前に戻り、線香を購入した。
煙を浴びると悪い所が良くなるんですよ、というαの言葉に、六が無言でMZDの下半身と頭に煙を送っていたのが九のツボに入っていたのはともかく、無事参拝を終える。
戻ろうという中で、本堂の中の入り口付近でαがお守りを購入し、貭に渡していた。

「…………」
「……どうした、九」
「いや……ちょっと待ってろ」

そう言って九が小走りに窓口に向かっていくのを見て、欲しかったのか、とだけ、思った。
――さて、帰る道で人形焼き(お土産)や模造刀(本物があるのに)やきびだんごを購入して、一同は一つ目の目的地を攻略した。
途中のきびだんごの購入で、歩きながら食べては行けないため、六人で店の横で並んで食べていた時にカメラのシャッター音が多方面から聞こえていたが、自分たちが撮られていることに気付いたのはMZDと黒神と六で、あとの三人は気にしてすらいなかった。

「それでは次の目的地に向かいましょー」
「次は……あれか。見えてるな」

六の言葉に全員が、日本で一番高い塔を見上げた。
青空にその姿はかすむこと無く、天に突き刺さるようにそびえ立っている。

「……でかいわ」
「でけぇわ。九が小さく見える」
「いや、オレよりでかくても人間なら皆小さくみえるわこれは」
「おっきいね貭!今こんなにおっきいのに、近くに行ったらすごいよね!」
「……そうだな……」
「で、あーちゃん時間大丈夫?」
「えっ、あっ、おう!?ほわぁぁぁぁ!」

一人発狂しかけているαに貭が少し身体を跳ねさせて驚く。
予定より若干遅れていることに気付いたαは、慌ててスケジュールを再確認する。

「すすすすすすすみません!五分遅れてます!」
「五分だけだろ?」
「しかも次の移動方法、人力車だろ?」
「焦る必要ないんじゃないか?」
「うわぁぁん優しい!でも、あの、こちらですぅぅぅぅぅ」

半泣きで案内するαに、貭以外の全員が苦笑するのだった。


二番目の目的地、スカイツリー。
ここに至るまでの人力車移動については、それぞれに色々とあるので、割愛する。

観光が可能になってからしばらく経つというのに、人ごみの数は中々減っていない。
黒神が若干嫌そうな顔をしたが、九が人形焼きを一つ渡すと、眉間のしわが一つ減った。

「こちら、展望台に行く予定です」
「チケットあんのか?次の入場時間15時になってるぞ」
「うう、そうなんです……あの五分の遅れで予定の時間を越えてしまいました……」
「あー、なるほど。だから焦ってたのか」

納得した一行だったが、αは納得していないようだった。

「うう、ごめんなさいすみません……あの、説得、してきますから、交渉を、その」
「さり気なく神の力に頼ろうとしてるだろ」
「だ、だって」
「そりゃあだめだば。旅はこういう事態も楽しむもんだぜ。予定通り進むなんてことは、ねぇと思え」

旅侍、侍の旅人である六に言われると、なんだか有り難味が違う。
おお、と九が感嘆し、αに至っては小さく拍手。
持論を言っただけだったのだが、照れ臭くなって、六は顔を少し背けた。
「さすが永遠の旅人、六!」とMZDが囃し立てたので、刀の鞘で殴りつけたのは照れ隠しだろう、多分。

「無理に上る必要も無いだろうな。今回は下で買い物でも良いんじゃね?」
「オレ様たち、空から景色見るとか日常茶飯事だしな」
「それお前らだけだからな。オレたち人間だから無理だからな。……ま、とにかく今回は良いだろ。正直、買い物も目的の一つだ!」

にか、と笑いかける九に、αの緩い涙腺が全力で緩みまくり、だばぁ、と涙が流れた。
泣くなよ!公共の場で泣くなよ!と慌てる九、そして貭がαを宥める。

「泣くんじゃねぇよ貧弱、さっさと買い物行くぞ」
「ありがどうぅぅぅぅ」
「じゃ、そういうことで。別行動でいいだろ、あーちゃん」
「あ、は、はいっ!えと、集合は十三時に、この場所でお願いします!」

言いながらスタスタと歩いて行ってしまう黒神を「おい待てって!」と九が追いかける。
MZDは六の背中を押して急かし、六は、焦んなって、とまんざらでもない様子で歩いて行く。

「……ばらばらだな……」
「え?」
「全員……ばらばらなのに……何故だろうな、……」
「……楽しい?」
「……そう」

こく、と小さく頷いて、マフラーで顔を隠すように埋める。
もふりと鼻まで隠したその姿に、自然とときめきを感じたが、抱き締めたい気持ちを抑え、貭の手を握った。

「やっぱり、好きだよ、貭!」

会話として、と言うよりは一世一代の告白のような声量で叫び、周囲の視線を独り占め。
常に無表情の貭も、さすがにぎょっとしたらしく、寒さのせいではない顔の火照りにさらに赤みが増した。
視線も気にせず一心に貭を見つめるα。
珍しく動揺した貭は、恐る恐ると言った具合に、とてつもない小声で、「己れも」とだけ、返事をする。

記憶に残らないカップルに、一部始終を目撃した一般人は全員、その場でこの言葉を贈った。
「爆発しろ」。



続く。