あんなにも生きてるのに



戦争が終わって半世紀以上経つ。
平和な世の中になったよと、オレのじいさんは、緑茶を啜りながらよくこぼしていた。
じいさんは戦時中、兵士としてかり出され、何とか島というところで流れ弾に当たり、運良く帰還する事が出来たらしい。
例え膝といえども銃弾が貫通しているのだから、運は良くねぇだろ。
じいさんは、しわしわの顔をオレに向けると、その戦いでの生存者はほとんどいなかったと暗い顔をしながら言った。
わしは運が良い。良かったんじゃ・・・。
何度も自分に言い聞かせるように言葉を吐いていた。

数年後、じいさんは持病の発作で亡くなった。

生きるという意味が本当によくわかっていないオレは、じいさんの話を聞いてもピンとこなかった。
戦争の話は遠い昔の絵空事のようで現実味が無く、架空の物語を聞かせられているようだった。

人の命が面白いぐらい簡単に消えていき、
ただ、生きるという行為が難しかった時代。

それだけだ。オレがわかったのはそれだけ。

でも、生きるのが難しいというのは、現代でも戦争という物理的な障害の形を変えて存在する。