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ゆうがお最終話


「・・・ロナルド・L・マレットの素粒子タイムマシーンの話しを覚えているかい?」


覚えている。

確かブラックホールの話しだった。


「コネチカット大で行われた実験。・・・・僕はそこの研究員だった」

有馬が僕とは逆方向に一歩足を進めた。

「・・・僕は宇宙工学や天体観測、ブラックホールについて研究していたから、コネチカット大に研究員として助力して欲しいと頼まれた。それは、とても興味深い実験だったから、僕も喜んで研究員として加わった」

また、一歩僕から遠ざかる。

「実験の日。機械を操作した時、予想外の事故が起こった。あまりにも膨大なエネルギーが出力されてしまい、その重すぎる質量が空間を歪ませて内爆発を起こした。研究員を巻き込んで。おそらく、空間が堪えられなかったのだろう。過去にものを飛ばすにはそれ程のエネルギーがいるんだ」

また、一歩僕から遠ざかった。

ゆっくりと僕から離れて行ってしまう。

有馬の背中が遠かった。


「・・・僕はこの時代に飛ばされてしまったけど、他の研究員がどうなったかはわからない。気づいたら僕はこの時代にいて、体が縮んでいた。多分、過去に飛ぶとき粒子が削られてしまったせいだと思う。
過去へ飛んだ時に僕の一部は散ってしまった。謂わば代価といったところだろうか。
・・・僕は12歳の有馬夕顔として街中を彷徨っているところを警察に保護された。
・・・ふふ、本当に驚いたよ。その有馬夕顔という少年は僕にそっくりだったから・・・」

背中をむいているので表情はわからないが、何処か切ないような哀しいような響きを持つ声だった。

僕は、告白のような吐露に、信じられないような映画のワンシーンを見ているかのような、呆然と有馬の話しを聞いていた。

今自分が耳にしているのは本当なのだろうか。

耳を疑う内容だった。


「・・・・信じられないという気持ちはわかるよ。もし、僕が君なら笑っていただろう空想話しだ。それこそ妄想壁だと思われても仕方ない。
・・・・だって証拠を見せようにも見せられないんだからね。僕が過去にやってきたのは偶発的な事故なのだから」

自嘲気味に喋る有馬。

・・・そうか。

やっとわかった。

有馬の無表情な顔に時折翳る寂しそうな顔。

誰にもわかってもらえない孤独が、有馬を深く傷つけていたのだ。

どんな刃物よりも鋭利で怜悧な刃で、何度も何度も切りつけられ、治癒されないうちに何度も抉り取られて。

有馬は、この5年間どれだけの血を流し続けたのだろう。

誰にも気づいて貰えず、只静かに泥濘の中で流し続けて。

もがく事も出来ず、泣き叫ぶことも出来ずにじっと自分を押し殺して。


たとえ世紀の法螺吹き野朗だろうが、希代の嘘つき野朗だろうが、僕は有馬を信じようと思う。

僕は有馬になら騙されても構わない。

だって有馬が大切なことには変わらないだろう?


「・・・有馬、僕は信じるよ。君の言う事全部。僕は信じる。君が言うのなら信じる」

たとえ嘘でも妄想でも。



「・・・・何も言わないでって言ったのに君は・・・・。やはり、君は不可解だ」

有馬の歩みが本棚の行き止まりで止まった。

「・・・有馬・・・・」

「・・・君は最初から不可解だった。僕の予想を遥かに上回る。・・・そして僕の欲しい言葉を必ずくれるんだ・・・・」

有馬がこちらに顔を向けた。

「・・・・最近、体の調子が悪いんだ。おそらく僕の体はもう、持たないだろう・・・。体が元居た時代に押し戻されようとしている。僕はこの時代にとってはイレギュラーな存在だからね」

僕の見間違いだろうか。
有馬の体が朽ち果てたかのように、消えかかっている。

先ほどの薄倖に見えたというのは気のせいではないのだろうか。


「・・・・有馬、ねぇ、有馬」

「・・・僕は有馬じゃない。僕の本当の名は吉崎裕也って言うんだ」


吉崎裕也。

「・・・・この時代は僕にとって最悪な所でしかなかった。でも、もし、この時代で遣り残した事と言えば・・・・君と共にこの時代で生きることだろうか」

あの日見た笑顔。
笑うことに慣れていない不器用な笑顔だった。

有馬は、本棚の角の向こうへと消えた。

僕は慌てて有馬の方に駆け出した。

「・・・・僕は、君のことが・・・」

「有馬っ!」


本棚の角を曲がるとそこには誰もいなかった。

暗くしんと静まり返った空間があるだけだった。

有馬はその日からいなくなった。






それから間も無く、山の中で彼は見つかった。


彼の体は、虫や獣に食い荒らされ、白骨と化していた。


不思議なことにその死体は5年前に亡くなっていたらしい。


有馬の母親はおかしくなり、精神病院の自室で首を括って自殺した。



あれから30年が経った。

あの後、コネチカット大のことや、吉崎裕也という人物を探し回ったのだが、結局のところわからなかった。

5年前に亡くなっていた有馬夕顔の死は事件性はなく、崖から足を滑らしたのだろうという事で片付けられた。




僕は、ぽっかりと空いた穴を埋められずに大人になってしまった。


今は、妻と一人娘を養う為にサラリーマンとして働いている。

日々をくだらなく過ごし、どうしようもなく退屈な大人に僕はなっていた。



日本の法律では、20歳からが成人だと認められているが、果たして大人とは年齢だけで決められるものなのだろうか。

僕は、おそらく大人になりきれなかった大人なんだと思う。

周りには背伸びして見せているけれど、結局のところ未完成のままで止まってしまっている。

大切なものを失くしたあの日のまま。

僕はきっといつまで経っても大人にはなれないのだろう。



「あなた、ご飯早く食べて下さいね」

「ああ」


妻が忙しそうに言った。

僕はネクタイを緩めるとリビングにあるソファーに腰を下ろした。

反抗期の娘は自室で友人と携帯電話で喋っているのだろう。

二階から少女特有の甲高い笑い声が聞こえてくる。


ここ数十年で大分インターネットが復旧した。

僕の高校の頃と今の子では時代が大きく変わってきている。


時間の流れとは早く切ないものだ。

ソファーの前のテレビには今はやりの芸人が賑やかしく場を盛り上げさせていた。


もしかしたらきっと、あの頃の思い出は夢だったのかもしれない。

時が経つにつれ風化し、寂れていく記憶は、僕をそう納得させようとしていた。


『ニュースです』

バラエティ番組からニュースに切り替わる。
僕は、うつらうつらしながら聞いていた。

娘は電話が終わったのかどたどたと階段を下りて、冷蔵庫からりんごジュースを取り出していた。


『今日未明・・・・にあるコネチカット大学で建物が爆発する事故が起きました』


コネチカット大・・・?

何処かで聞いたことのある名前だった。


「お母さーん、明日学校の子と遊びに行ってもいい?」

娘が妻に話しかける声がした。


『死者は30人をのぼり・・・』


爆発?

事故?

何か大事なことを思い出しそうな・・・。


“コネチカット大学で・・・僕は研究者だったんだ”

いつしかの僕の好きだった声が頭を過ぎる。

抑揚のある低くゆっくりめの声。


『事故の原因は、実験をしていたらしく・・・』


“実験で・・・予想外な事故が起きて・・・・”



『その中には日本人の研究者もいたみたいで』


“僕は有馬夕顔じゃない。・・・僕の本当の名は・・・”


今まで錆付いてた記憶が鮮明に思い出される。

ああ、どうして。どうして。


『・・・吉崎裕也さん(27)の遺体が瓦礫の中から発見されました』


テレビの画面には少し大人びてはいるけど、僕の知っている懐かしい顔が写っていた。



“僕の本当の名は吉崎裕也って言うんだ”


「・・・・よ・・・」


吉崎、裕也・・・。


「・・・あ、・・・・そんな・・・本当に・・・」


有馬・・・いや、吉崎の言っていたことは本当だったのだ。

彼の言う事は正しかった。

彼は本当に未来人だったんだ。

僕は何処かでまだ疑っていたかもしれない。

そんな非現実的なことが現実で起こるわけがないって。

有り得るわけがないって。

僕は・・・、僕は・・・。


「・・・・めんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」

僕は滂沱の涙を流しながらひたすら謝った。

ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。

疑ってごめんなさい。

テレビの前で誤り続ける夫に気づいた妻は、わけもわからず呆然としていたが、こちらに駆けつけて僕の背中を擦ってくれた。


僕は、おそらく何か大切なものをやっとこさ思い出したのだ。

胸に空いた穴は塞がることはなく、ただ風が通りぬけるだけだけれど、きっとそれは大事なものだろうから。

僕は、これから先もその痛みと共に生きて行ける。



あの日、図書館で最期に見た吉崎の表情。

それは、無表情でも寂しそうでもなく紛れもない笑顔だったから。





おわり


夕顔は花言葉で罪って言うんだそうです


このお話は最初軽い気持ちで始まったやつでしてね、まさかこんなに長く続くとは思っていませんでした


なんか思春期特有のあの妙な距離感がある、でも近くに行きたいという友達関係を描きたかったんです


好きなんだけど、別に付き合いたいとかは思わなくて、ただ、側に入れればいいみたいなよくわからない気持ち。

思春期の頃って仲のいい友達に依存してしまって、そのこが別の子と喋っていたらすごく嫉妬してしまうことってありますよね

友達以上恋愛未満な感じでね

女の子だけでなく、男の子でもあると思うんですよそういう感情が

だいたいそんな感じで産まれた話ですこれ

あと、自己満足で書いた小説なので、読んでいる方のことは一切考えてませんでした

しゃあーせん

私が満足してしまってしゃあーせん

でも悔いはないんですしゃあーせん





ここまでめんどくさい愚物を読んで下さった方、本当にありがとうございます









ゆうがお5



「・・・・僕はね、宇宙を調べるのが昔から好きだったんだ」


有馬が語りだす。
モノローグを紡ぎだしているようなそんな口調で。


「不思議だと思わないか。人類には遠く及ばない遥か彼方の広大な空間に数え切れない星達があるんだ。それこそ、一生人類に解明出来ない謎が溢れている。届きそうで届かない空間。僕はそれを見つめているのが好きだったんだ。それこそ、食べることを忘れるほど」


有馬が本を戸棚に戻す。
そして、ここではないどこか遠く一点を見つめた。


「・・・・それにたとえ自分が滅びても、何万光年離れたところまで時間は違えど証を残すことが出来る。
自分がこの世にいたという証明を。・・・・僕には出来なかったことだ」


何かを思い出しているのだろう。
何処か泣きそうな、怒っているようなそんな表情だった。


「・・・有馬なら出来るよ。だって頭がいいんだし、この先京大でも行ってノーベル賞取って、田中さんみたいに全世界から賞賛されて、国民からは英雄みたいに尊敬されて。
・・・僕はテレビの取材に有馬の友人だって図々しく出演させて貰うんだ。それで、全世界に有馬はすっげー奴なんだって自慢してやる。僕の友達はすげーんだって。いいだろうって」


僕は何故か必死だった。
何か言わなければならないと必死だった。
有馬は、そんな僕の必死な話しを「君には語彙力が足りなさ過ぎる。国語辞典を読むべきだ」と言いやがった。
まじでこいつ殴りたい。


「・・・・しかし、君との仲を全世界に知らしめるのは悪くはない考えだ」

と、微かにだが微笑んだ。

僕は呆けてしまって、さっきまで憤っていたものがさざ波のように引いた。


「・・・出来れば僕も君の言う野望を実現してあげたい。だが、僕には無理そうだ」


違った。
苦笑だった。
笑顔には遠く及ばない笑い方だった。

あの日見せた笑顔とは似ても似つかぬ表情。



「・・・君は母親に会ったのだろう?」


ぎくりと心臓が鼓動を上げた。

嘘を吐こうにも有馬に全部見透かされている気がした。

無駄な徒労に終わるだろう。

それに動機がして、僕の体は正直だった。


「・・・・うん」

「・・・そうか」


終焉の終わりが見えようとしていた。


「・・・話しを全部聞いた後に、こんなことを言っても信じられないかもしれない。いや、最初から信じていなかったかもしれないが・・・・君にどうしても話したいことがあるんだ。・・・だから、黙って何も言わずに、僕の話しを聞いてくれないだろうか。最初で最期の君へのお願いだ」


お願い・・・。

僕は黙って頷いた。










ゆうがお4



きっと僕には何も出来ないんだと思う。

僕はスーパーマンでもなければ、正義のヒーローでもない。

毎日を平凡に生きるただの子供でしかないんだ。


無智で愚かな考えだけど、僕はそれでも有馬を救ってあげたい。

僕に出来ることは限られているけれど、その限られた中で有馬を孤独から開放してあげたい。


あの日みせた微かな笑顔。

あれはきっと有馬の一部を僕に見せてくれたんだと驕ってみては駄目だろうか。


なぁ、有馬。

君の心が知りたいよ。


しかし、それは鶴の恩返しと一緒で真実を知ってしまえば終わってしまう物語だということに愚かな僕はまだ気づかなかったのだ。





放課後、僕達は市民図書館に行った。

有馬が図書を返還したいと言ったからだ。

3階にある図書館までエレベーターで昇る。
ガラス窓の向こうは、夕焼けに染まる町並みが見えた。

有馬の横顔が夕焼け色に隠れてしまって、あまり表情が伺えなかった。


図書館は平日の夕方である為か、人はあまりいなかった。
閉館まであと30分で、司書の人が本の整理をしている。
有馬は本を返してくると、「ちょっと本を見ていってもいいかな」と奥の方に向かった。
僕も慌てて有馬の後を追った。

有馬はやはり宇宙の項目が並んでいる戸棚で止まった。

僕も数歩離れて止まった。

時が止まったかのような錯覚に陥る。

図書館はそんな不思議な感じがする空間だった。

しんとした闇が僕達を包んでいた。


「・・・君と初めて会話を交わした日を思い出すな」

有馬がおもむろに口を開いた。

「君は確かあの机で宇宙に関する本を読んでいた。そして僕が話しかけたんだ」

半年前のあの夏。
そう、あれから半年経ったのだ。

最初なんだこの変人はと思っていたが、いつの間にか有馬が隣にいることに何ら違和感はなくなっていて。
いつの間にか大切な友達に変わっていた。

世界は不思議だ。

天才の有馬と平凡な僕を引き合わせたのだから。

本来なら絶対交わることはなかった二人。

きっとあの日、クーラーが壊れていなかったら、有馬とこうして肩を並べて歩く事はなかったのだろう。


「・・・・有馬は僕が宇宙の本を読んでいたから話しかけたんだよな」

僕がそう言うと有馬は少し考えて、ぽつりと言葉を出した。


「・・・・事象で言うとそうかもしれないが、結論的に言うとそうではない」


でたよ。この簡単に言えばいいのに小難しく変換する喋り方。
頭のいい奴はなんでわざわざこんな話し方をするのだろうか。
自分の言いたい事を相手に伝える気はないのか。


「・・・・その、あれだ」

珍しく有馬が話すのを渋っている。

口をもごもごさせて言おうか言わないか迷っている。

まぁ、ほっとこうと有馬が喋りだすまで待っていると、ようやく決めたのか口を開いて

「君と話してみたいと思ったんだ」

と頬を若干赤くさせて言った。

恥ずかしくなるなら言わなければいいのに、でも、そんな有馬の言葉が嬉しいと思う自分がいて。
僕も有馬と同じに頬を赤くさせてしまった。

もし、有馬が女の子なら僕はきっと有馬のことを好きになっていたかもしれない。
しかし、有馬が女の子だったなら、きっとなんかめんどくさいだろうなと思ってしまって、でも、めちゃくちゃ可愛いんだろうなと有り得ないもしもの話しを想像して笑ってしまった。

有馬は、そんな僕を見て柔らかい眼を細めた。


閉館5分前の音楽が流れ出す。

辺りには誰もいない。

そろそろ出ないとやばいんじゃないかと有馬に視線を向けるが、有馬は至って冷静で、そして何故か薄倖に見えた。


物語の終わりが始まったのだと、ふと頭を過ぎった。






ゆうがお3


「・・・有馬ぼく・・・」

「君は何も感じなくてもいいんだ。これは僕の問題だから」


何か言わなくてはと思ったが、有馬に一蹴されてしまった。

有馬は微かに唇を綻ばせた。

「だから君がそんな顔を作らなくてもいい」

優しさが含まれた表情。
だが、それは幻かというほど一瞬で元の無表情に戻ってしまった。

あれは、もしかしたら有馬の笑顔だったかもしれない。

「不思議だな・・・」

有馬がぼそりと呟いたような気がした。

僕は歯がゆくて堪らなくて、有馬を思っているようで、結局僕は自分のことにしか頭が回っていなかった。

17歳の僕は只の無力な子供でしかなかった。








「あなた、夕顔のお友達・・・よね?」


帰宅途中に声を掛けられ振り向くと、中年の女性が立っていた。
買い物帰りなのだろう。
近所のスーパーのレジ袋が二つゆらゆらと揺れていた。


「私有馬夕顔の母親なんだけど、ちょっといいかしら?」

ハシバミ色の瞳が僕を捉えている。
僕の知っている色より少し澱んではいるが、成る程確かに僕が知っている色だ、と思った。
有馬の母親だと名乗る女性は、少し疲れているように見えた。


「あなたと一度会ってお話したかったの。ほら、夕顔と仲良くして貰っているし。あの子あんな感じだから友達がいなくて・・・。」


「・・・はぁ」

わかる気がする。
有馬はちょっと、いや大分?回りとは掛け離れた存在だから友達が作りにくかったのだろう。
顔も無表情だから愛想が悪いと勘違いされて、その上あの一本調子で喋るわけだから回りも敬遠して寄って来ないのだ。


「・・・その、こんなこと言うのはあれなんだけど・・・」

有馬の母親が歯切れの悪そうに口を結んでいる。

「・・・あなたも知っているかもしれないけど、あの子妄想壁があってね。自分は未来から来たって言い張っちゃって・・・」

僕もなんとなくわかってはいた。
でも、まさかこんな風に有馬の母親から伝えられるとは思っていなかった。
どこかで、僕は有馬が未来人だと信じたかったのかもしれない。
あるいはそうであって欲しいと願っていたかもしれない。


「精神科の先生は統合失調症っていう診断をだしたんだけど、あの子頑なに否定しちゃって・・・。でもね、昔はそんな虚言癖を言うような子じゃなかったの。・・・5年前に行方不明になったことがあるの。でも、その数週間後に戻って来てね。そしたらあんな風変わりしていたの。頭だってあんな賢くはなかったんだけど、何らかの影響で能の回転が速くなったんだろうって、お医者さんは稀にある事例ですよって言ってたんだけど・・・」

感情が入ってしまったのか涙混じりに話す有馬の母親に、僕はわけもわからなく呆然と聞いていた。

行方不明?
精神科?
統合失調症?

なんだよそれ。

なんなんだよ。

「でも、私すごい心配で。あの子がおかしくなってしまったと思っちゃって。
いろいろな病院で検査して貰ったんだけど、何処も異常はないって。
逆に良かったんじゃないかって言われて。
・・・でもね、私は、私は。
・・・頭はそんなに賢くなくていい。元気いっぱいに駆け回っていたあの頃の、昔のあの子が良かった・・・!」

どうして、どうして。
なんで実の母親がそんなことを言うのだろう。

妄想壁でも、虚言壁でも有馬は有馬なのに。

僕も有馬みたいに賢くはないが、どちらかというと阿呆だが、これだけはわかる。

僕は、たとえ世紀の法螺吹き野朗だろうが、希代の大嘘つき野朗だろうが僕は有馬を有馬として見ている。
なのに、何故この人は今の息子を見ないのだ。
何故認めようとしない。
何故肯定しようとしない。

この人は自分のことしか考えていないのだ。


有馬。有馬。有馬。

無表情だけど、時折見せる寂しそうな顔を思い出す。

無性に有馬に会いたくて堪らなかった。











ゆうがお2


話しかけてもこちらを一度も向かない有馬に苛立った僕は、ほっぺたを抓ってやった。

有馬は「いひゃい」とあまり痛くなさそうな顔をして、やっとこちらを向いたので僕は少し満足した。


「最近なんなの。ふわふわしちゃって。もしかして悩みごと?僕の頭では君の助けにならないだろうけど、一応話してみてよ」


有馬は、黙ったままで何も話そうとはしない。
数分が経過してだんだん眠たくなってきた僕は「やっぱり話したくなったら言って」と欠伸をしながら言えば、有馬は一瞬逡巡するような様子を見せた。

そして、決心をしたのか拳を握り締めると、とつとつと語りだした。


「前に僕は未来から来たって言ったのを覚えているだろうか」


「あー、あの川原で話していたやつね」


「君は、ロナルド・L・マレットの素粒子タイムマシーンというものを知っているかい?」


「はっ?ど、ドナルドマジック?」


「ロナルド・L・マレットの素粒子タイムマシーンというのは、コネチカット大学で行われた高出力レーザーを用いたタイムマシーンなんだが」


「えっ、そのまま話し続けるの?まじで?」


有馬はツッコミスペルが初期装備にすら備わってないので、僕のボケは大抵スルーだ。
なんだか切なく感じるときがある。


「複数の高出力レーザーをリング状に配置し回転させる事により、一方向性リング・レーザーによる弱い重力場を生じさせる事により、回転している中性子が結果として生じる重力場の周りに引かれると予測される「擬似的なブラックホールの外周」を形成させることにより、中性子が結果として生じる重力場を利用し素粒子をタイムスリップさせる実験なんだ」


なんとかブラックホールという言葉は拾えたが、あとは何言ってるのかわからなかった。
カツゼツが異様に良いことだけはわかるが。
俺なら3,4回ぐらい噛んでると思う。


「まぁ、簡単に言えば小さなブラックホールを作るということだ」

「小さなブラックホール?」

「そう、ブラックホール」

確か聞いたことがある。
ブラックホールを使えば、ワープが可能だと。
しかし、それはSFの世界だけの話しで、理論的には可能というレベルだ。


「だからこその実験だったんだ」

有馬の表情が暗くなったような気がした。


僕は、なんだか有馬が泣いているように見えた。

きっと有馬は僕の脳みそでは到底わかり得ない深い闇を抱え込んでいるのだろう。
頭が良すぎる人間は、普通の人間の倍物事を考え、理解してしまうのが極端に多い。
考えて考えて結局は考えてしまって。
心を蝕み苦しみ終には病ましてしまう。
僕達にとって些細なことでも有馬にとっては重大な事件の一つで。
計り知れない悲しみが彼を襲っているのだろう。

やはり、僕は凡夫な人間だから有馬の気持ちを全てわかりきることは出来ないんだと思う。
そう思ったら、自分は何故普通に生まれてきてしまったのだろうと哀しくなった。
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