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3 ヒビキと一緒

 
 風呂に入った直後に速攻寝落ちた翌朝、俺は筋肉痛に苦しんでいた。動く度に足と腕と尻が痛い。ハヤトを背負って獣道を歩いたのが相当きてたらしい。大人の体だったらあのくらい平気だったのによう……。
 詮無いことを考えながら荷物を抱えなおす。

「っしょっと……」

 筋肉痛の俺は部屋の掃除を免除された代わりに、同室のやつらの洗濯物を抱えてランドリーへと向かっていた。しっかしこれが結構重労働で、俺の筋肉痛はクライマックスを迎えていたりする。いてぇー。

 ポケモンセンターの無料宿泊施設は、青少年の家に似たシステムで運営されている。もしくは学生寮みたいな感じだ。
 部屋にキッチンなんかないし、バストイレも共同で、毎朝掃除の時間がある。シーツなんかの備品の洗濯は雇いの人がやってくれるけど、洗濯場に運ぶまでは宿泊者の仕事だ。シャンプーなんかはあるけど、バスタオルは持ち込みだし、服とか洗いたいものがある時はランドリーへ行って自分でやることになる。ランドリーは無料だからトレーナーはほぼ全員利用していて、いつ行っても混んでるのが困った所だ。
 22時を過ぎると使えなくなるし。

 だから大型の洗濯乾燥機が並ぶランドリーでは、シェアが当たり前になっている。知らない者同士で、例え空きがあろうとも一つの洗濯乾燥機に限界まで放り込み、次の人のためを考えて洗濯するのだ。
 さすがに女の子は女の子同士でしかシェアしないけどな。
 で、同室に泊まるとやはりそこで話が纏まるわけで。それはいいんだが、短パン小僧と虫取り少年、溜め込み過ぎだろ。俺やヒビキの2倍はあるぞ。軽装のくせにさぁ……あとパンツためるなよ! 一週間ぶんくらいあるとかさすがに汚えよ。お兄さん引くわあ。

 ちょうど空いていた洗濯乾燥機に片っ端から放り込む。満杯を少し越えてるけど、ちょっとくらいなら平気だろ。
洗剤と柔軟剤をセットして……ほい、あとは1時間待つだけだ。飯食いに行こう。
 部屋に戻ると虫取り少年たちは既に居なかった。

「あれ、ヒビキだけ? つうかもう掃除終わったんだ?」
「うん。食堂で席取りしてくれてるよ」
「そうか。連絡係りご苦労さん」
「どう致しまして」

 ランドリー行ってから15分くらいしかたってないっつうに。うっすら埃残ってんじゃん。まー、小学校の掃除の時間を思い出せば納得の時間ではある。

「うし、行くぞー」
「ひのー!」
「ぶーい!」
「ちっこ」

 ヒビキの頭上にポッポを残し、3匹が嬉しそうに飛び出して行く。特にヒノアラシとイーブイは早く早くと急かすように、振り向きながらも先へ先へと進んで行く。ヒノアラシも食いしん坊だったのか。

「僕たちねー、バイキングにするんだ! リョウくんは?」
「俺は和食A」

 言いながらぴっと食券を取り出して見せる。定食の食券は前日の21時までに買っておくと、少しだけ安くなる上に9時までは絶対確保されるので、のんびりしたい人や混雑を避けたい人にはお勧めだ。

「準備万端だね」
「食券買うのに並んで受け取りでもう一回並ぶの、朝からだとめんどくて」
「……賢い。僕も買っておけば良かった」

 どうやら手間を考えていなかったようで、ヒビキは真顔で言った。

「いや、夜の内に並ぶか朝並ぶかの違いだし、そんな深く考えなくてもいいんじゃね?」
「そうだよね。うーん、でもやっぱ朝から並ぶより夜の方が良かったなー。朝とか、なんかだるい」

 ヒビキには穏やかながら元気なイメージを抱いていたので、意外な発言に軽く吹き出した。

「だるいって、ヒビキくんもそんなこと言うんだ」
「え? 言うよ。僕めんどくさがりだもん」
「そうは見えないけど。洗濯だって溜めてないし」
「それはさ、溜めた方が面倒だから。旅に出る前、母さんが1人で何でもできるようにしなさいって家事を任せてきたんだけど、洗濯でも何でも溜めるとすっごい面倒になるんだもん」

 その時のことを思い出したらしく、ヒビキは思いっ切り顔を顰めた。わかるわ、俺も独り暮らし長いからすげーわかる。

「洗い物はこびり付くし、大量の洗濯物は畳むのに時間かかるし、たまった埃ははたきかけても雑巾で何度も拭かなきゃ綺麗にならないし?」
「そう! そうなんだよー! 任されてわかったけど、僕、母さんに頭上がらないよ」

 ヒビキの話しぶりからするに、ヒビキ母は本当に全部を息子に任せ、失敗から学ばせたようだ。そこまでしてくれる母親って凄いと思うし、失敗からちゃんと学ぶヒビキも偉いと思う。

「いいお母さんだな。ヒビキもいい息子だし」
「えへへ、ありがとう」

 はにかむヒビキは幸せそうだった。良い子に育った理由、少しだけわかった気がするよ。





 朝食の時の話の流れで、俺とヒビキはキキョウシティを散策することになった。と言うのもヒビキがジム以外オールスルーしてた事が判明して、俺が案内することになったのだ。
 始めて訪れた場所の案内とかおかしいだろ、という突っ込みは誰からも入らなかった。一晩同室で過ごしただけだと言うのに、少年たちにはすっかり変わり者と認定されていたようだ。
 なんつうか、子供の世界って結構厳しいよな……。

「――この近くだとアルフの遺跡で岩砕きすると欠片が手に入るわけ」
「へえー。見かけたらとにかく砕きまくってやればいいんだね」

 岩からたまにポケモンが飛び出してくる事とハートの鱗の事は言わなかった。あんまり教えすぎて冒険心を砕いちゃ可哀想だし(というのは建て前で反応が楽しみなだけだ)、ハートの鱗についてはやや廃人向けだ。初心者のヒビキに説明すると支障があるかもしれない。
 ハートの鱗っつうのはは、ポケモンの技の制約を緩和してくれる。ポケモンは4つしか技を覚えられないので、新しい技を覚えるには今までの技を忘れる必要がある。忘れてしまった技を思い出すにはハートの鱗が必要ってわけだ。
 一度忘れたら二度と思い出せないはずの技を思い出させてくれる便利なアイテムだけど、忘れた技も後で思い出せるから取り敢えず新しい技を覚えさせて試そう、なんて考えてしまったら、この世界では確実に詰む。つうかそれで詰みかけたのは俺です。ゲームだったからリセットしてなんとかなったけどなー。

「片っ端からやってやれ。たしか欠片一つにつき、木の実3種詰め合わせで各5個づつくらいくれるはずだし、コガネまで行けばフラワーショップでプランター買えるから増やせるようになるよ」
「コガネかあ……ワカバに居た時はすっごく遠いって思ってたけど、ヒワダを越えたら着いちゃうんだよね」
「だな」
「なんかどきどきする! 都会すぎて迷ったらどうしよう」
「いいじゃん、そのまま探検すれば」
「それもそっか。わくわくするね、ヒノノ!」
「ひのー! ひののー」
「ちーこちこ、ちっこ」

 石畳を踏みしめながらきょろきょろしていたヒノアラシが楽しそうに同意して、チコリータに向かって何かを話す。チコリータも楽しそうに受け答えをしている。こう言うやり取りは昨晩からよく交わされていた。
 やはり同じ研究所にいたせいか、2匹は気安くじゃれついて良く話す。気の強いところのあるチコリータに、ヒビキと同じく気性の穏やかなヒノアラシは合っているようで、2匹の仲はすごく良さそうだった。

「可愛いね」
「ああ。なんか、2匹とも電池で動いてそうだよね」
「ぶっ! あっははは、僕も同じ事考えてた! ぬいぐるみみたいだよね」

 トイプードルとかティーカッププードルとかと一緒で、まるで愛らしいぬいぐるみみたいな容姿のポケモンがちまちま動くところを見ているとそう思ってしまう。
 実際のところは俺らよりずーっと逞しくて強い生き物なんだけどな。

「ひのー?」
「ちっこ?」

 何がつぼったのか爆笑するヒビキを、2匹が不思議そうに見上げた。

「何でもないよ。ただヒノノとワカナが可愛いって話」
「ひっの」
「ちこー!」
「痛っ」

 照れたらしいヒノアラシの背から、ぽんっと炎が噴出される。と同時に俺は足をチコリータの頭の葉っぱに叩かれていた。褒めたのに。

「ワカナ、可愛いって言われるの嫌か? 痛いっ」

 無言で叩かれた。それを見ていたヒビキはまた隣で吹き出した。

「ぶっくく、り、りょうくんって、以外と天然だね」
「え? そう? 割とわかりやすい天然だと思うけど」
「あははははは! 自覚あるの!? あははははは!」

 いや、だってたまに言われるからさ……少し天ボケな部分があるの、自分でも知ってはいるわけよ。他人から見た時、どんな所がボケてみえるかはわからないけども。

「ヒビキ先輩にゃ負けるけどなー」
「えー? そうかな。僕、そんなに天然ボケじゃないと思うけど」
「知ってるか? 本当に天然ボケの人ってそう言うんだぞ。酔っ払いが酔ってないって言うのと同じだな」
「えっ、まじで? じゃあ僕天然ボケ! 天然ボケです! ……やっぱやだ」

 天然ボケを否定するために慌てて天然ボケ宣言をかますヒビキは間違いなく天然ボケだろう。笑わずにはいられない。
 しかもやだってなんだよ。素直すぎて面白いぞ。

「ヒビキくんはそのままでいいと思うよ」
「えー」
「そんな不満そうにされても、どうにもなんないから」
「えー」

 1度目は心底不満そうに、次はふざけて不満を装ったヒビキは、すぐに相好を崩した。

「まあいいや。嫌われるわけじゃないもんね」
「そうそう。ヒビキの天然っぷりは素直な証拠だから美徳だよ」
「ありがとー」
「ひのっ」

 何故かヒノアラシがチコリータに叩かれていた。

「どうしたんだろ?」
「八つ当たりでしょ?」
「八つ当たりって、何かあったか?」
「ん? うんー。ほら、リョウくんが僕を褒めたから」
「え、それってもしかして……痛い! 痛いワカナさん!」

 嫉妬してんの!? と言おうとしたらめっちゃ足を叩かれた。痛いよ、地味に痛いんだって。図星だったらしくいつもより力が籠もってて痛い。

「あははははは。幸せの痛みだねー」
「ひのー」
「痛い痛い、そんな叩くなって。ヒビキくんも煽るようなこと言わないでくれよ」
「あはははは」

 笑ってないで助けてください。あとドMみたいに言わないでくれ!


次話 カルチャーショック、ホウエン
閑話 性格補正と努力値の話
前話 ポケセンは修学旅行気分

2 ポケセンは修学旅行気分

 
 毎年この時期、ヨシノ・キキョウ・ヒワダのポケモンセンターの無料宿泊施設は、春に旅立った新人トレーナーで混み合っているのが通例だそうだ。
 だからキキョウシティの宿泊施設も、2段ベッドが2個づつ設置された狭い部屋に相部屋で泊まるのが普通だ。広い和室だと10人くらいが布団を並べて修学旅行状態になっている。

 食事を済ませて割り当てられた部屋に向かった俺たちは、驚いた事にも見知った顔を見つけた。

「失礼しまーす……あれ、ヒビキくん?」
「あー、リョウくんだ!」
「なに、お前らも知り合い?」

 うん、そうだよ。とベッドに腰掛けたヒビキが答えると、正面に腰掛けた短パン小僧と虫取り少年がよかったな、とはしゃぐように笑った。トレーナーたちに釣られるように、ヒノアラシ、ポッポ、コンパンにビードルがどこか嬉しそうな顔をする。コクーンだけは表情を伺えなかったけど。

「ここまで来るの早かったねー。もう追い付かれちゃった。ジムは行った?」
「いや、今日着いたばっかだから。ヒビキは?」

 隠しきれない喜びの笑顔を浮かべてヒビキがバックを漁る。手のひらサイズのケースを開くと、そこには翼を模したウイングバッジが納められていた。
 ヒビキとヒノアラシとポッポは得意そうに胸を張り、イーブイがおめでとうとでも言うように鳴いて、チコリータはぽかんと2人を見つめていた。バッジの意味がわからないのかな?

「おー、おめでとう!」
「えへへ、有り難うー」
「早いなあ、すごいよ。ヒノアラシだけで突破したの?」
「ううん。ポッポも頑張ってくれたよ。でも、ごめんな」

 肩に止まっているポッポの首をかいてやるヒビキは苦笑いだ。瀕死にしちゃったのだろうか。

「相手はジムリだろ。しゃーないよ。――ヒビキは下段使うのか?」
「うん。上だと落ちちゃいそうだから」
「あはは、よっぽど寝相悪くなきゃ落ちないって」

 下段のベッドに荷物があるのを見て問えば、なんとも可愛い答え。俺は笑いながら短い梯子を半分ほど昇り、自分の荷物を上段に置いて、中から風呂セットを取り出した。

「来たばっかで悪いけど、風呂行ってくる」
「え? もうそんな時間?」
「いや、まだ20分はあるけど」

 ヒビキと虫取り少年のやりとりに、自分が知らない決まりがあることに気付いた。

「なに? 風呂の時間って決まってるの?」
「ん? うん、そうだよ。泊まる人が多いから、部屋ごとに入れる時間決まってるんだ」
「へええ、知らなかった。教えてくれて有り難うな」
「えへへ、どう致しまして。リョウくんも一緒に話そうよ」
「んー、じゃ、お言葉に甘えて」

 本当に修学旅行のようだ。なんか懐かしくて楽しくなっちゃうな。
 鞄から予備のバスタオルを取り出しヒビキの隣に敷く。外で寝転んだり(つうか倒されたんだけどさ)森を探索したから汚さないようにと考えてだ。
 その上に腰をおろすと、イーブイが膝に飛び乗ってきて喉を鳴らした。未だ床にいるチコリータを手招いて、近付いたところを抱き上げて俺の隣に下ろした。その際、嫌がるように叩かれたのは言うまでもないだろう。お兄さんはちょっと寂しいです、ワカナさん……。
 柔らかなバスタオルの上に乗ったチコリータへ、ヒビキの膝の上からヒノアラシが首を伸ばして挨拶するように鳴いた。嬉しそうにチコリータが答えてイーブイも鳴くと、ポッポやコンパンたちも短く鳴いた。それぞれ挨拶をしたらしい。

「挨拶できたか?」
「ぶいー」
「そうか、偉いぞ」

 こう、和気あいあいとした雰囲気は凄く好きだ。猫の集会だとかドッグランを駆け回る犬たちとか、見てるだけで和む。
 初対面でもきちんと挨拶を交わせるよい子たちを褒めるつもりで撫でると、案の定チコリータには叩かれた。いつか届くといいね、俺の愛情。

「……お前、ポケモン大好きクラブ?」
「え?」
「あはははは、確かに見えるかも」
「マジで言ってる?」

 虫取り少年の言葉に笑ったヒビキは、ちょっとだけ、とまた笑った。えええええ……あれと一緒にされるの嫌なんだけど!

「別に語ったりしないから安心していいよ」
「あ、うん」

 やべえ、なんか引かれてる? 自分とポケモンのやりとりを反芻しながら何が悪かったか考えていると、ヒビキがいいと思うよ、と切り出した。

「ポケモン好きだからそんな風にするんでしょ」
「え、ああ、うん? そんな風って?」

 撫でるのは普通じゃね? 叩かれても構うのが普通じゃなかったってこと? もしかして、チコリータは心底俺を嫌がってるように見えるんだろうか?
 いやいや、でもほら、俺のこと心配してくれるし木イチゴもくれたし、たまには普通に撫でさせてくれる時もあるし、そんな、大嫌いとか……ない、と……信じたい気持ちで一杯です……。
 あっという間にネガティブな方へ加速していく思考。それにストップをかけてくれたのはヒビキだった。

「悪いわけじゃないと思うよ? タオル敷くの」
「へっ? ……あー、これはポケモンのためじゃなくて、ヒビキの布団汚さないようにって。俺たち結構汚れてるからさ」

 部屋に入るなり風呂へ行こうとしたのもそこに起因している。一応、宿泊施設の玄関でチコリータたちの足は拭いてやったけど、人様のベッドに乗っかる格好じゃないかな、と思って。

「そうだったの? ありがとー」
「……細けぇ……」
「うっ。細かいのはわかってるよ! 性分なんだから仕方ないだろ」
「しょうぶんて?」
「性格のこと」

 少年たちの飾らない言葉がちょーっとだけ心に刺さった。これがジェネレーションギャップか?

「いいじゃん。僕はリョウくんのそういうとこ好きだよ?」
「ありがとう。ハグしてキスしてやりたい気分だよ。悪魔のキッス」
「あ、それはいいや。死にそう」
「そう嫌がられると、ほんとにぶちかましたくなるな」
「え、じゃあしていいよ」

 逃げられると追いたくなる。なら逃げなければいいんだ! そんな単純な思考のヒビキに笑ってしまう。可愛いね。

「おっしゃわかった! 存分に味わえ!」
「ええ!? やるの? わー、やめて、死んじゃうー!」

 慰めてくれるヒビキに大丈夫だと言う気持ちを込めてふざけて返せば、打てば鳴るような答えが返ってくる。からかわれてもヒビキは楽しそうに笑った。無邪気だなー。

「お前ら仲良すぎだろ」
「兄弟、とか?」

 呆れたような突っ込みと、自分でも半信半疑に思ってるような口調の問いに面食らってしまう。

「いや、会ったの3日前だけど」
「マジで!?」
「うん、ワカバタウンで会ったんだよね」
「ね」

 小首を傾げて同意を求めてきたヒビキに、同じ様に俺も首を傾げてやると嬉しそうに笑った。やっぱ子犬っぽいなあ。


 しかし たんぱんこぞうと むしとりしょうねんは ひいている!


 そんなテロップが頭に浮かぶような沈黙に耐えられず、今度は俺から問いかけた。

「兄弟っぽいか?」
「うーん……」
「ブラコンぽい」
「それだ!」
「まじでか」

 こくこく頷かれて、またもや俺は自分の行動を反芻してみる。んー、じゃれ合う範囲としては普通だと思うんだけど。本気でキスとかハグとか言ってるわけじゃないし。

「僕は嬉しいけど」
「ん?」
「兄弟とか年の近い友達が居なかったから、嬉しいよ」
「……ヒビキくんは本当に良い子だなあ」
「もっと誉めていいよ?」
「よーしよしよしわしゃしゃしゃしゃ」
「あはははは! ポケモン扱いじゃん!」

 ヒビキの頭をクシャクシャに撫で回すとけらけらと笑い声をあげた。いつの間にかうとうとしていたヒノアラシとチコリータがびくっとして辺りを見回す中、イーブイは爆睡している。

「ほんと仲いいな」
「……恋人みてぇ……」
「こいびとぉ!? 今のは聞き捨てならない!」
「僕、女の子がいい」

 ゲイ疑惑は全力で否定させて貰う。つうかこんくらいで疑ってたら社会人の飲み会なんぞ行ってられんわ。

「俺も女の子がいい。柔らかくて良い匂いがして、優しいし」
「すけべっ!」
「すけべがいるぞっ!」
「わー、リョウくん、さすが年上……」

 この夜、俺はエロス男爵の爵位を賜ることになった。10歳児のエロの基準とかもう遙か彼方だもの、えろえろでも仕方ないじゃねーか!


次話 ヒビキと一緒
前話 夕焼けのキキョウシティ

1 夕焼けのキキョウシティ

 
 ハヤトを背負って獣道を戻る途中、タンカを背負った救急隊員たちに会って俺はお役御免となった。気を失ったままのハヤトは救急車に乗せられ、ついでだからとご厚意で、付き添いと言う名目の元に俺も乗せて貰った。
 町と町を繋ぐ道は草むらと段差ばかりで、平坦な道を走ろうとすれば右に左に曲がりくねっている。車が走ることを想定したとは思えない作りだ。しかし救急車は障害をものともせずにキキョウシティへ着いた。滑るような、高級車でアスファルトの道路を走るような乗り心地に、どんな技術が使われてるのか気になったが、聞けるような状況ではなかったのでまたの機会にお預けだ。
 なんて余裕をかましていられるのは全員が無事だったからに他ならない。ハヤトは入院になったけど数日で退院できるらしいし、キキョウジムのお弟子さんが付いているから大丈夫だろう。ポケモンたちは言うに及ばす、早々に体調を回復している。

 病院の外。自販機もあるちょっとした広場のベンチに腰掛け、ミネラルウォーター片手にほっと一息つく。ずーっと水分を取ってなかった体に、水は染み入るようでこの上なく美味く感じられる。それはポケモンも同じようで、チコリータとイーブイも一心不乱に水を飲んで(舐めて?)いた。
 肌寒い風に西の空を見上げれば日は落ち始めて、空は薄い水色になり始めていた。簡易だが取り調べを受けたから、それなりに時間を食っていたんだろう。直に見事な夕焼けが見られそうなほど晴れているが、そこから日が落ちるのはあっと言う間だ。暗くなる前にポケモンセンターに向かいたい。
 今日はすごく疲れた。気が抜けたからか、足が重たい。

 何とはなしにポケギアで時刻を確認しようとしたら、ゴロウからの着信履歴で埋まっていて脱力。メッセージも満杯で、メールまで来てる。
 急ぎの用事か? だとしても無駄使いすんなよな、と怒り任せに電話をかけ直すと、速攻でゴロウが出て、開口一番「繋がったー!」と叫んだ。耳元でうっせーよ!

「うっさっ! 叫ぶなよ」
『死んだかと思ったんだぞ!無事なんだな!?』

 んー? なに? なんかあったの? いや、俺はありまくったけど。

「無事だけど、なんかあったのか」
『留守電聞いてないのかよ! お前がキキョウシティに向かったあと、あのあたり立ち入り禁止になって、大変だったんだぞ!』
「まじ?」
『まじだよ。ポケギアかからなくなるし、かかったと思ったら留守電になるし、心配したんだからな!』
「そりゃ悪いことしたな。元気だよ。お前らは?」
『こっちは大丈夫』
「じゃあ切るわ」
『え、ちょっ――』

 気にせず通話を終わらせる。無事ならいいよ。話すこともうないよ。チコリータたちが水分補給し終わったのを見計らって、水飲み皿を片付けて立ち上がる。疲労も酷いが、なにより昼飯食いそびれたせいで腹ペコだ。

「よし、飯食いにいくかー」
「ちっこ!」
「ぶいー!」
「リョウくん」
「はい? あれ、君は……」
「久し振りね。覚えてるかしら」

 自分の名を呼ばれて振り向けば、見覚えのある顔にぶち当たった。
 気の強そうな顔つきの、ポケモンレンジャーの少女。出会った日には茶髪だったが、今は鮮やかな水色の髪が目を引いた。
 うーん、人違いじゃないよ、な?

「覚えてますとも。ヨシノシティではお世話になりました」
「あら、ご丁寧にどうも。私だってよく解ったわね」

 この世界で最初に出会った、俺を助けてくれた人はにっこり笑った。ちょっと自信がなかったこと、ばれてないよな?

「そりゃあもう、お姉さんには助けて頂いたんですから。あの時は本当に助かりました」
「どういたしまして。ちょっと時間を貰ってもいいかしら?」
「ぶいっ?」

 大人しくお姉さんを見上げていたイーブイが目を見開き、そわそわしだした。その様子に触発されたのか、チコリータも落ち着きを無くして、俺とお姉さんの間で視線をきょろきょろと彷徨わせる。多分チコリータには「時間を貰う」の意味が解らず、イーブイには解ってしまったんだろう。昼飯を食いっぱぐれたまま夕方を迎えていた俺たちの、ご飯の時間がまた伸びそうになった事が。

「悪いけど後にして貰えないかな」
「もう夕方なのに何か用事?」
「俺たち昼飯食いっぱぐれててさ」
「なるほど」

 イーブイの様子に気付いていたのか、お姉さんはあっさりと納得してくれた。

「んー、じゃあ歩きながらじゃ駄目かしら」
「俺は構わないよ。お前たちもいいだろ?」

 一応2匹にも聞いてみると、頷くなりさっさと歩き出した。その背中には飯はよ! と書いてあるように見える。お姉さんが微笑ましそうに笑った。
 冷えた風がイーブイの首周りの長い毛をなびかせる。日中は散歩にちょうど良い気温だが、夕方にさしかかればまだまだ冷え込む。
 チコリータはボールに戻してある。ジョウトでは連れ歩きキャンペーンをやっているから、ほとんどの場所にポケモンを伴って入れる。けれどそれは1匹が上限だ。ドラクエみたいにたくさん連れ歩けても楽しそうなもんだけどなー。

「悪いね、歩きながらなんて落ち着かないだろ」
「いいえ、突然押しかけてごめんなさいね」
「気にしないで。連絡先知らないんだから、しょうがないですよ」
「そうね」

 しばし無言が落ちる。言葉を探すように視線を彷徨わせるお姉さんを横目に、ポケギアをいじって病院からポケモンセンターへの地図を確認する。

「ポケモンレンジャーの仕事は知ってるわよね」

 幾分声量を落とされた声が気になり、道の確認を後回しにして顔をあげる。周囲をはばかるような話だったのだろうか。空きっ腹を押してでもちゃんと腰を据えて聞くべきだったろうか。

「今日のこと、お礼を言うわ。有り難う」
「今日の?」
「私達も森にいたのよ」

 なんと。ハヤトだけじゃなかったのか!

「……私たちは足を引っ張ってしまって」

 抜けた主語は"ハヤトの"だろう。お姉さんがレンジャーなことと昼間のことを合わせて考えると、なんとなく想像が出来た。たぶんだけど、あそこでポケモンが危機にあった。それはジムリーダーのハヤトと協力体制を敷くような規模だった。
 たぶんだけど、お姉さんはこの地方のポケモンレンジャーではない。何故なら手持ち、つうかモンスターボールを持っている様子がないからだ。ゲーム本家の、道端にいるトレーナーとしてのレンジャーなら手持ちを持っているが、派生作品のポケモンレンジャーでは現地のポケモンの力を借りて問題を解決する。
 それを加味すれば、あの時エンカウントしなかったのは、作為的に森周辺のポケモンが遠ざけられていたんじゃないだろうか。もしくはファイヤーやロケット団を見かけて、自分たちの身の危険に、森のポケモン達は自ら逃げ出したとか。
 まあでも、ロケット団と遭遇したあたり作為的に遠ざけられていた様に思う。しっかし、人為的にポケモンを広範囲に渡って遠ざけるってできるのかな?

「あの時、あのあたりは立ち入り禁止になってて、ポケギアもモバイルも通信が使えなくて。誰にも連絡できない状態で……。あなたが見つけてくれなきゃ、危なかったと思う。だから有り難う」
「いや、偶然だから気にしないで。助かって良かったな」

 すべて偶然の産物だ。
 立ち入り禁止になっていたなんて俺は知らず、探検気分で森に踏み入り、ロケット団には1人しか会わず、気を失っただけで済んだ。運が良かっただけだ。
 俺はそのくらいにしか思わなかったけど、お姉さんは違うみたいで、横目で窺った横顔は沈んでいる。仕事で失敗、しかも他人を危険に晒したこと、後悔してるんだろうか。

「お姉さんたちが頑張ったから、神様がちょっとだけ手助けしてくれた。そうなんじゃない?」
「え?」
「仕事頑張ってるんでしょ? そういう人のところって、幸運も悪運も舞い込みやすいと思う。ちょっと聞くけどさ、お姉さんたちも必死に応戦してたんだろ?」
「え、ええ。できる限り注意は引き付けてたけど……」

 俺が1人としか遭遇しなかったのは、お姉さんたちの頑張った結果だったわけだ。

「お姉さんたちが頑張ってくれたから、俺は森に入ることができた。もし何人にも会ってたら、きっと俺、進むの諦めてたよ」

 つうか殺される危険もあったわけで。うん、お姉さんたちががっちり仕事してくれて命拾いしたな。

「だから、みんなが助かったのは、お姉さんたちが頑張った結果だよ」

 あらやだお姉さんてばこんなトコで目ぇ潤ませちゃって。やっぱ歩きながらする話じゃなかったな!

「ほい、ティッシュ」
「ありがと」

 ずびーずびーと、なるべく静かに、何回かにわけて鼻をかんだお姉さんへ、ごみ袋用のビニール袋を差し出す。放り込んでから顔を上げて、男のクセに準備良いわね、と笑った。

「お姉さんみたいな子を慰める時は必須ですから。いてっ」

 ばしっと叩かれた背中がじんじんする。力強いな!

「生意気! ……有り難う。私、もう行くわね」
「おー。気を付けていってらっしゃーい」
「あなたもあまり無茶しないのよ。夜の外出も控えなさいな」
「あー、はい」

 ぴっと人差し指を立てて注意してきた。少し面食らって歯切れの悪い返事をすると、呆れたような顔をされて、弁解する間もなく諭された。

「危ない目に会いたくなかったら気を付けるの。ちゃんと自衛しないと大変なことになるの、よぉくわかるでしょ?」
「はい、わかりました」
「わかったならいいわ。じゃあまたね」

 若干相互の認識にずれがあったと思うが、まあ危ないことに首を突っ込むつもりはなかったので頷く。少しだけ目を赤くしたまま、お姉さんは肩で風を切るように去っていった。堂々と歩く背中はキャリアウーマンみたいで格好良い。
 ぼんやり見送っていると、いつの間にか隣に並んでいたイーブイが足に体当たりをかましてきた。

「ぶいーっ」
「おわわ、危ないよ。なに?」
「ぶーい」
「ああ、早くってことか。はいはい」

 走り出したイーブイを追って、少し迷子になったのはご愛嬌だ。

「お前に釣られて走っちゃったけど、ここどこよ?」
「ぶいー」
「あ、こら! 良い匂いするからって民家に侵入すんな! ほら、抱っこしてやるからもうちょい我慢しろ」
「ぶーぅ」
「ぶーじゃない。元はと言えば、お前が適当に走るから……」
「ぶーぅ」
「お前……尻尾でぺしぺしすんのやめろよ」

 ぺしぺしと不満そうな尻尾に叩かれながら、俺はポケモンセンターを探してしばらくさまよったのだった。


次話 ポケセンは修学旅行気分
前話 寄り道の結果





* * * * *



次から2話はヒビキ祭りです。
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