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5 VSライバル戦?

 ファイアのまさかのM宣言で黙り込んだ雫は、トキワまで黙々と野生のポケモンを倒して行った。ポケセンに到着してもまだ無言の雫をボールにしまい、ぐったり気味のヒトカゲと共にジョーイさんに預ける。
 戻ってきたボールから勝手に飛び出した雫は、極めて真面目な顔でファイアを見上げ、すぐさま口を開いた。あの表情、極めて嫌な予感しかしない。

「言ってくれればいつでも踏むから」
「雫……その命、神に返しなさい」

 某平成ライダー(妖怪ボタンむしり)のキメ台詞を言つと、雫がびくっとした。

「ちょ、そこまで!? 献上するボタンむしり取ってくるのでそれでご勘弁ください妖怪ボタンむしりさま!」
「それはいいからボールに戻れ」

 今にも近場の人へ襲いかかりそうな雫。咄嗟に足払いしたがさっと避けられてしまう。

「あ、あぶなー! 今のはひどいよ碧さん!」
「夢だから良いのよ」

 夢なんだから非常識な事したって大丈夫。
 ふと、私の夢の登場人物である雫も同じなんだろうと気付いた。すなわち『夢を見てる状態だと理解してる』って設定。性格はそのままなのにいつもよりムチャな面が強いのはそのせいだろう。
 そんなのを放置したらまずい。間違ってもボタンをむしりに行かないようにボールに戻しとこ。

 どしゅう、サッ
 イラッ☆

 ボールから出た赤い光線を、雫はさっとよけた。

「今イラッ☆とした?」
「わかってんなら戻りなさいよ」
 どしゅう、サッ
「だが断る!」
 ばっ、だだだだだ
「おいこら雫!」
「追いかけよう」

 走り出した雫を追って私たちもポケセンを飛び出すと、トキワの西側へ走り去る甲羅が見えた。
 街はすごく狭いからすぐ郊外へ出られる。先に草むらへ突っ込んだ雫は、出てきた野生のポケモンを体当たりで弾き飛ばしながら突き進んで行く。あいつが何かにタックルする姿なんざライブ会場でしか見た事がないよ。

「あの子、なんか野生化してない……?」
「なに言ってるの? アオイの手持ちでしょ?」
「いや、野生味あふれる行動だと伝えたかったんであってな?」
「野生味……? シズクはたくさん喋るし、すごく人間っぽいと思うよ」
「ああ……うん……そうなんだけど、違くてさ」
「?」
「いや、まあ人間っぽいね」
「だよね」

 私はニュアンスの違いを伝えるのを諦めた。なんとなくわかってたけど、ファイアって天ボケだわ。
 草むらを抜けて曲がり角を曲がると、人の背ほどもある段差から雫が勢いよく飛び立つところだった。見事な飛び膝蹴りの姿勢が勇ましい。

「アイキャンフラーイ!」
「うわ!?」
「オルァ!!」
 げし! どさ、がこんっこんこん……

 あー、なんかやらかした。しかも悲鳴に聞き覚えあるし。
 慌てても無駄だと、スピードを緩め、段差の上にしゃがんで見下ろす。
 巻き舌を披露した雫は下にいたグリーンを蹴りつけて転ばせ、自分は殻にこもって無事に着地(?)したらしい。やり過ぎだって注意したのに、まったくもう。
 ファイアは段差からひらりと身軽に飛び降りてグリーンに駆け寄った。

「いてて……」
「大丈夫?」
「あったりまえだろ、怪我なんかねえよ。それよりリーフ、アレお前のダメガメだろ! ちゃんとしつけておけよ!!」
 ひょこ、ぴょん
「ダメガメとは聞き捨てならん! あたしはただ民家から盗みだされた物をそっと自分の鞄に入れレベル上げのために草むらでポケモン狩りをして屍の山を築き上げ何度もリーグに挑戦し四天王から金を巻き上げるポケモンの主人公に従うしがない下僕! つまりあたしの罪は碧の罪!」
「そんなワケねーだろ、お前の罪を数えろ」
「すみません、カウントとか無理なくらいあると思います」

 引っ込めていた首と手足を出すなりやおら立ち上がり、一息に人でなしなセリフを言い切ったアホへ冷静に突っ込みを入れる。と、雫の勢いに圧倒されていたグリーンが息を吹き返した。

「なんなんだよ、お前!」

 あ、そのセリフはだめだ。
 そう思った時にはすでに遅く、キラキラと目を輝かせた雫がばっとよくわからないポーズを決めた。きっとロケット団のポーズなんだろうけど、記憶が遠すぎて合ってるかわからない。
 私は手に持ちっぱなしになっていたボールを雫に向けた。

「なんだかんだと聞かれたら! 答えてあげるが世のなさ」
 どしゅう、サッ
「今のタイミングで邪魔するとは、さすがドS」
「うっさいわ、突っ込み待ちだろうから突っ込んでやったのよ、感謝なさい。つうかさっさと戻りなさい、アンタがいると話がこんがらがるのよ」
 どしゅう、サッ
「カオスを呼び込む事こそあたしの存在意義!」
「……ファイア」
「なに?」
「お前のポケモン、少しは強くなったかよ?」

 呆然と眺めていたグリーンはなにかを諦める目になって、そして雫から目をそらすとファイアに勝負を挑んだ。
 そんなライバル対決とは別に白熱していく、私たちのボール戻し合戦。

 どしゅう、サッ
「ロケット団なんか目にならないほど世界を混乱させてやるわ!!」
 どしゅう、サッ
「うーわー、厨二病ー」
「すみません、さすがにそんな残念な子を見る目されると心が痛みます」
 どしゅう、サッ、どしゅう、サッ、どしゅう、サッ……

 何度やっても戻らない雫に苛立ちが積もる。

「はやく戻れやダメガメ」
「はぁ、はぁ、ふ、ふふ、ちょうど体が暖まってきたトコロよ。まだまだ今から……」

 赤い光線を避け続けて息を切らしながらも全く戦意を失わない様子。しつっこい雫に本気でイラッ☆とする。腹立つわぁ、浦島太郎の亀みたいにリンチでフルボッコにしてやろうか、などと考え始めたとき、ライバル対決の方は決着を迎えた。グリーンの勝ち誇った声に気付いた雫がそちらに目をやる。よそに気を取られて隙だらけだ。
 ふっ、どうやら私らの膠着かつ不毛なバトルにも決着のときが来たようね。

「ヒトカゲ!」
「やっぱ俺って天才?」
「バカなことしてる間にファイ」
 どしゅう

 ファイアに気を取られた雫はあっさりボールに戻すことができた。私は架空の汗を拭う。一歩たりとも動いてないけど、かなり消耗したわ。主に精神を。

「はー、ようやく戻せたわ」
「……リーフ」
「なによ、グリーン」
「いや……うん……うん、お前らいいコンビだと思うよ」
「アオイとシズクって仲良しだよね」
「ああ、うん……そうだな」

 あ、なんかグリーンにシンパシーを感じる。ファイアってずれてるよね。

 ぼんっ
「ふんもっふ!」

 謎のかけ声と共に雫が出てきた。

「チッ、ガムテでぐるぐる巻きにしてやればよかった」
「やめて、本気でやめて。ボールの中って暇なのよ。せめて暇つぶしに本とか持たせてからにして」
「本持たせたら閉じ込めていいんだな?」
「うっ……ヤダって」
「言わせねーよ?」
「碧さん、目が怖いです。じゃ、じゃあ、1時間に1度、トイレ行かせてください」
「言質とーった☆」
「碧さんの秘められしドS開眼しすぎだろjk……」
 がくっ

 リアルでorzになってる雫に、グリーンが若干憐れみを含んだ視線を向けた。

「うう……碧が現実よりドSなのもファイアたんとヒトカゲちゃんが負けたのもあたしがいまいち碧に逆らいきれないのも全部全部グリーンのせいだ!!」
「なっ」
「勝負を申し込む!」
 ずびしぃっ!
「た、ただの私怨だろ!しかもお門違いの」
「お門違い? バカなこと言わないで。あたしが殴りたいからアナタを殴る、ただそれだけのシンプルなコトよ」
「だからそれがお門違いの私怨だって言ってるんだよ」
「問答無用! おらおらおらあ!」
 たたたたた、だんっ、ひゅんっ

 走り出した雫がひときわ強く地面を蹴りつけると、ありえない勢いで、まるでロケットのように斜めに飛んで行った。
 明後日の方向に行ったから良かったものの、あたってたら危なかったと思うんだけど!

 ぼさっ
「な……」
 ぎぎぎぎぎ……

 グリーンは色を無くした顔で、油の切れた機械みたいにぎこちなく振り返る。その視線の先には失速して草むらに落ちた雫。の、驚いた顔。

「……今のはごめん。予想外。あたしもびびったわ」
「ば、バッキャロー! 俺が一番びびったわ!」
「だよねー、ごめんねー」

 雫は苦笑いしながら軽く頭を下げた。

「お前、全然悪いと思ってないだろう」
「思ってるって、ごめんなさい」
「ふぅん? 本当に思ってるならそれなりの態度があるだろう?」
「……当たったらごめんね?」

 大人しくしていた雫が唐突に水の奔流を吐き出した。元々当たるような軌道ではなかったけれど、素晴らしい反射神経を見せたグリーンは一滴も濡れず回避したようだった。

「やっぱり謝る気なんて」
「すぐ調子に乗る生意気な子供は嫌いよ。とりあえず泣かす。教育的指導する」

 歪んだ表情で詰ろうとしたグリーンを、雫は無表情に遮って喧嘩の宣言をした。


前話 予想外でした by雫

4 予想外でした by雫

 マサラタウンからトキワシティへ続く平和な1番道路を驀進するゼニガメは、ひょっこり顔を出した野生のコラッタに向かって叫んだ。

「どらあ! 食らえ必殺のエターナルフォースハイドロポンプ!」
「らっ!?」
 どはばばばばば!

 雫の口から吐き出されたハイドロポンプで景気よくコラッタが吹っ飛んでいく。
 雫は強いのだから経験地はヒトカゲにあげたほうが良いと最初は譲っていたのだけれど、先刻ポッポにやられて瀕死間際になってしまったのでポケモンセンターまで休憩だ。最初のポケモンって、普通はこうよね。

「すごいね」

 無表情ながらファイアが感嘆すると、素早く戻ってきた雫が犬みたいにぶんぶん尻尾を振った。明らかに気に入ってる。

「ファイアたんが誉めてくれるならおねーさん何回でもドロポン撃つわ! とりあえずご褒美に抱っこして下さい!」
 ひょい

 ハイテンションなまま欲望に忠実なことをほざいた変態をファイアは抱き上げた。
 要望が通ると思ってなかったのだろう。雫は呆気にとられて固まったが、我に返ると迷いなくファイアにしがみついた。

 くんかくんかくんかすはすはぎゅっぎゅっ
「…… …… ……」
「…… …… ……」
「しあわせすぎてこわい」
 すりすりむにむに
「だまれ、くされショタコンが!」

 小学生男子の匂いを嗅ぎほおずりして頬や二の腕の触り心地を堪能するド変態をつまみ上げて放り投げる。

「碧さん碧さん、さすがに今のはどうかな」

 甲羅にこもりながら生い茂る草むらに落ちた変態は、まったく堪えた様子なく喋りながら歩いて戻ってきた。

「あたしがゼニガメだったから甲羅にこもって事なきを得たけども、人を放り投げるとか危ないと思うのよ」
「ちっ」
「舌打ち!?」
「頭か小指ぶつけて痛い目見ればよかったのに……」
「やめてくれませんか、その本気っぽい目をやめてくれませんか」

 へたれお馬鹿な変態は放置してファイアに向き直る。

「ファイア、あれはあんまり構わなくていいのよ。図に乗ってセクハラしかけてくるから、何か要求されたら蹴りつけてやるのが正しい対処法よ」
「ひでえよ、流石にその言い方はひでえよ」
「だまれクソムシが」
「く、クソムシ、だと!? 夢の中の碧さんてばいつもよりドSで、わたくしは涙を禁じ得ません」
「アンタだっていつもより自分を解放してるじゃない。まるで酔っ払ってる時みたい」
「…… …… …… 碧さん」
「だまれクソガメ」
「速攻で拒否るなよ、聞けよ、割と真面目な話だから」
「…… …… ……」
「…… …… ……」
「……話したら?」

 数秒見つめ合っても不振な様子はない。どうやら本当にまじめな話らしいので促した。

「なんかね、夢の中なのに碧がすっげー碧なんだけど」
「奇遇ね、雫も歪みない雫だわ」

 夢を見てる自覚がある私は当然として、目の前の雫まで完璧にいつも通りってのはなかなか凄い事なんじゃないかしら。夢の中って友人の姿をしていても、中身が完璧に投影される事はほぼないと思う。

「夢なのに不思議だよ」
「いつも通りすぎて起きた時に現実と混同しちゃいそう」
「ほんとね」

 性格も遣り取りも本当にいつも通りで、姿が違うことを除けば現実と変わりがない。つか人間姿の私はまだしも、ポケモンになってる雫はもっと慌てるべきよね。

「こんな夢見るなんて、最近一緒に居すぎたのが原因かなあ。教祖様のデビュー決まってから、ウチらなんかしら理由つけては集まってたじゃん」
「そんな中お前はポケモンにはまったとか言って布教し始めたワケだが」
「まさか軽い気持ちで布教して本当に購入者が出るとは、あんなに広まるとは思わなんだ……」

 ライブ仲間の間でにわかにポケモンブームが来ている。ライブ前にDS出してハウス内で通信してるもんだから、ゲーム好きの教祖さまがなんのソフトやってるのかとトーク中に聞いてくるくらいには、ポケモン人口が増えていた。

「まあでも、そのおかげでファイアたんに会えるなら……踏みつけられても本望です!」
「……踏みつけてほしいの?」

 無表情に首を傾げたファイアに、ドSファイアたんktkrー! と叫んで身悶える雫。

「キモイからやめて」
「おま、だって碧、おま、もう、ファイアたんになら何されても良いですいや寧ろして欲しい」

 KI ☆ MO ☆ I
 まじきめぇ。今だかつてないほどスルー力を試されていると感じるわ。

「……くっ……殴りつけたい……これがスルー検定1級の難問か」
「ごめん碧さん、ほんとごめんね。でもこのほとばしる熱いパトスは自分でも止められないの魂からの叫びなのもえええええ!!」
「…… …… …… そうですか」

 殴りたいって言ったけど、訂正。触れたくないです。
 思わず心理的距離を取るために敬語になってしまった上に生暖かく見守る姿勢に入った私などお構いなしで、雫はとどまることを知らない。本当に縛って海にぽいしちゃおうかしら……。

 ばっ、ごろん
「さあファイアたん踏んで下さい!!」
「えっと……じゃあ」
「いいから、ファイアも付き合ってやんなくていいから」

 でーんと仰向けに寝転がった雫をファイアが恐る恐る踏もうとしたところでストップをかけた。いくら人気がないからって外でSMプレイ始めんな。
 てゆーか、私の中の雫像どうなってんの。このキモさ含めて凄くしっくりくるのが複雑なトコロだわ。

「ええと、じゃあ」
 ひょいっ
「え?」

 抱き上げられた雫が腕の中で、目をまんまるにしてきょとんとファイアを見上げる。くっ、中身はショタコン変態だと言うのに、不覚にも可愛いと思ってしまった……! ゼニガメが可愛いのがいけないんだ。

「踏むのは抵抗あるから、抱っこでいい?」
「……ピュアすぎてもうお姉さん顔上げられません。変なコトゆってごめんね」

 頭を下げた雫にファイアは首を振った。

「ううん、シズクのそういうとこ、おもしろくて好き」
「ファイアさん天使ですか。それともあたしの心がヨコシマなだけでしょうか」
「確実にお前がヨゴレってだけだよ」
「ですよねー」
「……僕」
「ん?」

 ようやく落ち着いた雫にファイアが告げた。

「踏むより踏まれる方が好きなんだ」
「…… …… ……」

 雫を黙らせるとは、ファイア、恐ろしい子……!


次話 VSライバル戦?
前話 グリーン(´・ω・`)カワイソス
▼追記

3 グリーン(´・ω・`)カワイソス

 私たちがいったん着替えに戻った間に、研究所は扉も含めて綺麗に修復されていた。さすが夢、なんでもアリなのね。
 仕切り直ししたオーキド博士はグリーンとファイア(レッドじゃないのよ)となぜか私にまでポケモンを託そうと決めたらしい。ここで一つ気になったのは、雫が研究所のゼニガメだってもう博士も気付いてると思うんだけど、そこは言及されなかったってこと。なんていうか、夢らしく理不尽がまかり通っている風だ。
 その滅茶苦茶に助けられて、雫は研究材料にされるのを免れた。ち、つまんねーの。ってちがう、やっぱ夢って滅茶苦茶ね。

「さあ、ファイアとリーフ、先に選びなさい」
「はい」
「はあ……」
「あ、ずりい! 俺にもくれよ」
「いいなあ、私もポケモン欲しーい」

 テーブルの上で唇を尖らせて羨ましそうに私たちを見る雫。それをグリーンが奇異の目で見やった。

「お前、ポケモンだろ」
「見た目はポケモン、頭脳は人間、その名はポケモン不思議のダンジョン!」
「はぁ?」
「えー? ポケダン知らないのぉー? キャハ☆ダッサーイ今時ポケダン知らないで許されるのは赤ちゃんまでだよねー」

 理解しがたいものを見た。そんな表情をしたグリーンは、雫から距離をとりつつ至って平成な表情で、私に顔を寄せるとこっそりと耳打ちしてきた。

「……リーフ、お前アレにニックネームつけるほど気に入ってるなら連れてってやれば?」
「その心は?」
「仲良しなら連れてってやれよ、喜ぶんじゃないか」

 建前は崩さず、けれどそこはかとなく必死さがにじむ表情。あんな変わり者連れてくのはイヤなのね。

「はあ、まあいいけど」

 気心知れてる雫なら旅の連れにしても楽だし、攻撃の破壊力は振り切れてるけど強い方が安心だし、何より。

「他のポケモンは雫以上におかしいかもしんないしね」

 この言葉を聞いたグリーンの表情は
 Σ( ゜Д ゜)!!
 こんな感じだった。うふふ。

「今のナシ! 今のナシだリーフ」
「……なにを焦ってるのかね、グリーン少年。ほい、碧」

 私たちが内緒話をしている間に雫は自分のモンスターボールを取ってきて私に手渡してきた。

「あら、ありがと」
「待てって言ったのに!」
「なあに? もしやグリーン少年は私と行きたかったの?」
「え、いや …… …… ……」
「むかつく」
 げしっ
「イテェ!」

 顔を引きつらせて固まってしまったグリーンのすねに、雫の跳び蹴りが決まった。短い足で良くやるわ。
 我関せずとばかりに淡々とボールを選んだファイアは、無表情にヒトカゲと見つめ合っていた。見た目はいたって普通だけど中身はどうなのかしら。

「じーさん、コレ本当にゼニガメかよ!?」
「ゼニガメ以外の何に見えると言うんじゃ」
「ふふん、この高貴なるアテクシのオーラにビビってるようね」
「じーさん絶対騙されてるって、こんな気持ち悪いゼニガメいないって」
「気持ち悪い!? 気持ち悪いのはアンタのファイアたんへのストーカー具合でしょ!! ライバルだからって行く先々に現れるなんてストーカーだわ!!」
「な、なにいってんだ……?」

 ゲームの話をされてもグリーンは分からないみたいだ。当然っちゃ当然だね。可哀想ににぽかんとしちゃってる。

「雫、いい加減にしなよ。困らせるんじゃないの」
「アイアイ・マム! んだばまずはヒトカゲを戦闘不能にして経験値いただきやしょーぜ」
「ひっ!?」

 いっひっひと芝居がかった調子で笑うと、標的にされたヒトカゲはびくーっと首をすくめた。どうやら中身も普通らしい。

「虐待はやめなさい」
「はーい」
 ひしっ
「ひっとぉ〜!」
「……よしよし」
「……萌だわ」
「きしょい」

 怯えて抱きついたヒトカゲをファイアが撫でる。それをにやにや眺める雫の気持ち悪さったらない。
 グリーンは私たちなど目に入ってないくらい、緊張の面もちで最後に残ったボールを放る。緑の体に植物の球根を背負ったフシギダネが現れた。

「……」
「だねふしゃー」
「……ほっ」

 普通のポケモンみたいだ。ちょっとだけ羨ましい。グリーンはあからさまにほっとして肩から力を抜いた。

「いやんメグさんボイスだかんわいいー!」
「ふしゃっ!?」
「だああ、近付くんじゃねえ!」

 アニメ仕様なフシギダネに雫が目を輝かせて突撃するが、さっとグリーンが身を呈してかばう。勇気があるのか無謀なのか。

「ああん? お前ごときが私のダネさんに対する愛を止められると思ってるの? このサンドパン頭が!」
「さっ!?」
「どかないとそのウィッグみたいなサンドパン頭の毛を剥ぎ取って防具の素材にしちゃうわよ!」

 そりゃモンハンだ。

「ゲーム違うから」
「っリーフ! お前のポケモンだろ、どうにかしろよ」

 そうね、雫を放っておくと話が脱線しまくるし、黙らせるのは無理でも動きを封じるくらいはしないとね。

「はいよー」
 くいっ
「ひゃ?」
 ころん

 がちんがちんと歯を鳴らし、両手と片足を上げた荒ぶる鷹のポーズでグリーンを威嚇していた雫の首根っこを引っ張ると、ころんと仰向けに転がってじたばたし始めた。

「わああああ、碧さん、起き上がれないんですけど!」
「これでいい?」
「あ、ああ……いい、のか?」
 びったんばったん
「ヘルプです! まじヘルプです!」

 まあるい甲羅のゼニガメは仰向けになると、手足はほぼ床に付かない。唯一使える尻尾で起き上がろうともがいても上手く行かず、その場で回転するだけだ。
 なんかちょっと面白い。

「うふふ、面白い」
「ちょ、おま、ひどいよ、碧さんてば笑ってないでヘルプ! 床すっごいすべるんだって、起こしてー」
 ごりごりごり
「…… …… ……」

 グリーンはしばし無言で、回り続ける雫を見つめた後、さっと視線を逸らしファイアに向き直った。見なかった事にするつもりらしい。

「ファイア」
「なに?」
「せっかくポケモン貰ったんだ、お前、ちょっと俺の相手してみろよ」

 ぐるんぐるんと、そのうちブレイクダンスできるようになるんじゃないかって勢いで回転する雫は放っておいて、ライバル対決の観戦と洒落込む。
 ヒトカゲとフシギダネは雫と違い、体当たりや鳴き声といういたって普通の技しか使わない。すごく原始的な体当たり合戦が展開され、フシギダネが急所にあててグリーンの勝利で幕を閉じた。

 きゅきゅきゅきゅ
「ん? …… …… ……」

 ごりごりごりからきゅきゅきゅに変わった音の出所、床で回転する雫を見れば、扇風機の羽のように高速回転していた。早すぎて逆にゆっくり見える、と言う現象が起きている。ブレイクダンスどころの話ではない回転数だ。

「しず……」
 ぱぁん! ごっ
「なんだ!?」
 ばしん!

 声をかけようとしたら、雫がベイブレードみたいに射出されていった。で、気付いたらフシギダネがひっくり返ってて、雫も部屋の隅でひっくり返っていた。動けたのにまたひっくり返ってるなんて、なんてまぬけかしら。ちょっと笑っちゃいそう。
 雫を見つめて呆然とするグリーンは放っておいて駆け寄る。

「雫!」
「グリーン、フシギダネ」
「え? あ、うわあああ、フシギダネー!?」

 ファイアの指摘でようやくのびたフシギダネに気付いたグリーンは悲痛な叫びを上げた。

「なに今の!?」
「う、ごめ……はきそう……」
「横向け。嘔吐物が詰まって窒息死するから」
「うぃ……」

 以外にも重症(?)だったのか、内心笑ってすまーん。
 ぷるぷる震える雫の頭を支えて横を向かせてやる。しばらくうなっていたが結局は吐かなかった。

「大丈夫?」
「うん、もう平気っぽい。常日頃からハコでモッシュして鍛えてるのが効いたね」

 至極どうでもいい事を言って、すっかり通常運転だ。

「なにすんだよ、お前!」
「ごめんなさい」
「!!?」

 素直に謝った雫にグリーンは目を見開いて、がばっとフシギダネに抱き付いた。

「なに企んでやがる」
「失礼な。悪いことしたと思ったから謝ったんでしょ、そんなこともわからないの?」
「だーかーらっ! その態度のどこが謝ってるんだよ」
「私が謝ったのはフシギダネにだけ。あんたには謝ってない」
「〜〜〜〜っ! いくぞフシギダネ!」

 グリーンはボールにフシギダネを仕舞い、肩を震わせ足を踏み鳴らしながら研究所を出て行く。雫が人の神経逆撫ですんのはいつもの事なんだけどさー。

「しーずーくーぅ」
「う! はい、なんでしょう」
「わかってるでしょ、あんたやりすぎ。相手は子供なんだから、少しは優しくしなさいよ」
「ですよねー。いくら夢と言えど、子供相手にやりすぎました」

 視線を逸らして雫はぽりぽりと頬をかいた。


次話 予想外でした by雫
前話 ×雫 ○間欠泉
▼追記

2 ×雫 ○間欠泉

 雫はグリーンを流血させておきながら「夢だからノープロブレム! 細かい事は気にすんな!」と叫んで、唐突に私を担ぐと走り出した。

「っきゃあああああああ!!」
「ふんぬああああマッスル行進曲ううううう」

 ワケの分からない事を叫びながら物凄いスピードで狭いマサラタウンを横切り、草むらへと飛び込もうとした瞬間。

「待ちなさい! ポケモンなしでは……んん? そりゃワシのゼニガメ!? 泥棒じゃー!!」
「え、ちがいます!」
「フッ、泥棒なのはオイラの方さ。碧は頂いていくぜっ!!」
「悪乗りするな!」

 雫の上から降りてぱしんと頭を叩く。実のところ、チビなゼニガメからは降りようと思えばすぐ降りられた。ただあまりにスピードが出ていたから、降りようとして下手に足を地面に着けたらバランスを崩して転んでしまうと思ってやらなかっただけだ。生憎、暴走自転車から飛び降りる様な蛮勇は持ち合わせが無い。

「碧、わかってるだろうな? 私の頭を叩く、すなわち脳細胞の死滅は下ネタ乱舞へのプレリュードだと言うことを!」
「だまらっしゃい、縛って海に沈めるわよ」
「すみません、さすがに死にそうなのでやめて下さい。ただ一つ気になることが……」
「沈めるっつってんだろーが」

 まだ何か言いたそうにしながらも雫は黙った。どうせロクでもないことしか言わないだろうからこれでいい。

「ワシのゼニガメが喋っとる」
「じーさんのゼニガメじゃないから。あたしはあたしのものだから」
「なに? 君はよそから来たのかね」
「おうさ」

 偉そうにふんぞり返りながら雫が頷く。さっきおもっくそ研究所のボールから出てきたのに、そんなこと言って大丈夫なのかしら。

「遠いところからはるばる海を越え野を越え山を越え次元の壁を越えてやってきた、通りすがりの仮面ライダーさ」
「仮面らいだー? よくわからんがすごい発見じゃ!」
 ひょい
「え、ちょ、」
 がしっ
「博士?」

 少年のように無邪気に顔を輝かせたオーキド博士は雫を右小脇に抱え、私の右手をがっしり掴んで研究所へ歩き出した。

「い、いやだー! やめろ人さらいー! 改造されてリアル仮面ライダーになるのは嫌だー! いやライダーならまだしもただの怪人になっちゃうよねあたしすでにモンスターだし! たーすけてぇー!!」
「落ち着いて雫!」

 さっきの勢いはどうした!
 オーキド博士はぎゃわぎゃわ騒ぐ私たちなんて全然気にせずにぐんぐん研究所へ戻ってく。びったんばったん横腹を殴られてもびくともしない。もしかしたらオーキド博士、人間のフリをしてるけど実は怪人なのかしら、なんて考えてしまった。平成仮面ライダーの見すぎかなあ。

 ばき、ばたーん!
「うえ!?」
「ひええ……」

 両手が塞がっていたオーキド博士は迷わず扉を蹴破って、ダイナミックに入室した。

「お帰りなさい、博士! 上機嫌ですね」
「新たな発見があったのでのう! さっそく研究を始めるぞい」
「はい!」

 扉破壊を上機嫌の一言で済ませた研究員はきらきらした目で博士を見つめ、奥へ向かうとなにやら謎のマシンを起動した。

「い、イヤーアアアア!! まじで改造される!? 助けろそこの紫大好きグリーン少年!!」
「あ、お前はさっきのゼニガメ!!」
「さっきはごみんに! さあ許せそしてお前んちのヤバいじーさんから助けろ!」
「意味わかんねーよ! あと全然謝る気ねーだろ!」
「なにをうっ! こんなに下手に真摯に謝罪してるのがわからないとはテメーの目は節穴か!」

 完全に混乱してるだろ、雫。なにをうって、久々に聞いたぞ。見てたら逆に落ち着いて来たわ。

「博士、雫に、ゼニガメになにをするんです?」
「なに、ちょっとした実験じゃよ」
 ばちっ、しゅぼっ
「あ」

 小脇に暴れる雫を抱えたまま、振り返って快活に笑った博士の後ろ。助手が準備していた大きな機械から火花が上がり、続いて火をふいた。

「電圧間違えたかな?」
「助手くん、そろそろ君にもなれてもらわんと」
「すみません、博士……」
「の、のんきに喋ってる場合かああ! アホ師弟!!」
「も、燃えてる! 燃えてるから! 避難して!!」

 博士の手を引いて逃げようとしたら、博士の小脇から抜け出した雫がしゅたっと床に飛び降りて、機材の近くに居たせいで白衣の端に燃え移ってしまった助手に、ってイヤアアアア燃えてるううううう!!

 ドドドドドッ、ばしゃー
「ぎゃっ」
 どん!
 つるーん
「ひえっ!?」

 頬を膨らませた雫が口から水を吐いた。さすがゼニガメ! と誉めてやりたいのだけど、水鉄砲とは思えない水の奔流が直撃した助手は壁に激突して気絶、雫も反動でひっくり返って床を滑り、

 どん!
「っっっいってえー!!」

 グリーンのすねにぶつかっていた。そしてひっくり返った拍子に天井に向かって水を打ち上げ、跳ね返った水で私たちもびしょ濡れになってしまった。
 びー、びー、とマシンが点滅してすぐにランプが消える。蛍光灯がばちばちと嫌な音をたてる。
 室内は一瞬の内に大惨事になった。

「……雫さんや」
「う……はい、なんでしょう」

 グリーンの足元でひっくり返ったまま、呆然としていた雫がびくりと身をすくませ、私を見上げる。本人も予想外だったんでしょ、それは分かるんだけどさあ……はあ。

「お前、今日から間欠泉に改名なさい」
「返すお言葉もございません」

 ばちん! とひときわ大きな音をたてて蛍光灯の明かりが消えた。
▼追記

1 夢の中なう

 ぱちっと目を開けると、そこはよく見知った私の部屋だった。夢だった。洗濯機で洗われる夢を見てたのだ。
 はあ、それにしてもリアルな夢だった。いったいどこからどこまでが現実で夢だったか思い出せない。……デビューは夢じゃないよね? あとで雫に聞いてみようか。

 なんだか疲れてしまって、怠惰にもごろりと寝返りを打つ。枕に耳をつけると誰かが階段を上がってくる音が聞こえた。
 その音に違和感を覚える。安アパートの鉄の階段のカンカンカン、と言う音じゃないのだ。トントントンと、そう、まるで実家でお母さんが朝起こしに来る時のような。
 がちゃりとドアが開いて私は飛び起きた。一人暮らしの私の部屋に私以外がいたら間違いなく侵入者だ!(断定できてしまう悲哀よ……)

「おはよ、リーフ。いい朝だよ」

 声をかけられてびくっと肩を跳ねさせた私などお構いなしに、小学生くらいの茶髪の少年が無表情に告げる。

「ほら、寝ぼけてないで起きて」
「あんた誰よ?」

 少年は口を閉じ、しばし私を見つめてから首を傾げた。

「ヘンなリーフ」
「リーフって、私はリーフなんて名前じゃ……」
「ごめん、アオイ。今日からはアオイって呼べって言ってたっけ。今更ニックネームで呼べだなんて、リーフは面倒な事考えるよな」

 アオイ。碧は私のライブネーム。ライブ会場だけで通じるあだ名だが、日本人である私の本名はリーフなんて横文字くさい名前じゃない。
 っていうかこの子供はなんなんだ?

「まあいいや、リーフ……じゃなくて、アオイ。早く準備してよ。オーキド博士のとこに行かなきゃいけないんだから」
「……オーキド博士?」
「僕らに用事だって」

 オーキド博士って名前には聞き覚えがある。小学生の頃夢中だったゲームやアニメで何度も目にした、ポケモンの登場人物だ。
 私は唐突に理解した。これは夢の続きで、雫が最近ポケモンにはまったと言って、よく話を聞かされていたからこんな夢を見ているのだろう。
 ――なら楽しもう。夢の中で夢と自覚するなんて、めったにないもの。

「アオイ、起きてる?」
「うん、ちょっとボーっとしてただけ」
「そう。二度寝しないでよ」
「わかってる」

 二度寝なんてもったいないことするもんですか。
 下で待ってると言い残し、少年は部屋を出て行った。パジャマのまま出かけたくないのでクローゼットを開ける。そこには金太郎飴のようにずらりと同じ服がならんでいた。

「水色と赤の組み合わせとか、なんというビビットカラー」

 カラフルな組み合わせに目が遠くなるが、服はそれしかないようだ。あとブラもスポブラしかない。
 仕方なくそれらを着込む途中で気付いたんだけど、どうやら私は別人になってるみたいだ。鏡がないからまだ確定じゃないけど、お情け程度にあったくびれがストーンと見事な幼児体型になってて、髪はブリーチで死んだ白金でなく綺麗な亜麻色なことからの推測。髪の色はさっきの少年と同じ色に見えるなあ。

 部屋を出ると見慣れない家の中だった。実家でも友人の家でもない。
 夢とわかってても、初めての場所は落ち着かない。背後に慣れた自分の部屋があるから、余計に非日常的で違和感がある。警戒心から辺りを伺ってゆっくり階段を降りていると、階下からさっきの少年が顔を出した。

「早く、アオイ」
「わかってるってば」

 洗面所の鏡に写った私は、案の定別人になっていた。そして顔の造形は少年と瓜二つだった。性別違いの双子という設定なんだろうか。
 顔を洗って、なぜかあった愛用の化粧水と乳液をつけてから居間に向かう。一階の広いリビングでは、黒髪の穏やかそうな女性がテレビを見ていた。

「母さん、行ってくる」
「気を付けて行ってらっしゃい、2人とも」
「はーい、行ってきまーす」

 ふむ、あの人がお母さんなワケね。ってことは少年は私の兄弟なのかしら。
 どっちなのか聞こうとして言葉に詰まってしまった。まず少年の名前を知らないからどう呼びかけたらいいかわからない。

 手を引かれるまま外に出ると、そこはなんとも寂しく、奇妙な場所だった。なにせ建物が3つしかない。
 1つは今出てきた家、そのお隣さんに民家がもう一軒、ラストはコンクリのビルみたいな外観の1階建て。
 少年に手を引かれるままビルっぽい建物に入る。書棚で仕切られた手前側に白衣の人が1人、奥に重力無視でつむじ行方不明なウニ頭が見えた。
 黒いシャツを着た茶髪の後ろ姿に首を傾げてしまう。あれはたぶんライバルだと思うんだけど……私の記憶じゃ紫のシャツを着ているんだけどな。ああ、そういえば目の前の主人公らしき少年も記憶とは違うような……。

「グリーン」

 弟もしくは兄の呼びかけにグリーン少年が振り向いた。片眉と口の端を器用に上げて、小馬鹿にした表情をする。

「なんだ、ファイアにリーフじゃないかァ」
 ぼんっ
「オーキドのじーさんならい」
 びたーん!

 机の上に3つ並んだモンスターボールの1つが開き、現れたゼニガメがグリーンの後頭部を急襲した。勢いよく正面から転んだグリーンの背中をぎゅむっと踏みつけ、ゼニガメがこちらに向かって走ってくる。

「ファイアたんだあああああ!」
「っその声、雫!?」
「うえ?」

 アニメ声全開で叫びながらファイアに飛び付こうとしたゼニガメが急停止して私を見上げる。

「……もしや碧?」
「そう、私よ。雫は……」
「なん、なんだそのポケモン!? なんで喋ってるんだ!?」

 ガバッと起き上がったグリーンが勢いよく、雫らしいゼニガメを背後から持ち上げた。むっと顔をしかめたゼニガメが勢い良くしっぽをふって、グリーンの顔面にしっぽビンタが炸裂する。

 びったーん!
「グリーン、大丈夫?」
「な、なにしやがるんだコイツ!」
「セクハラよ! 女の子を許可なく持ち上げるなんて最低!」

 ああ、このアグレッシヴさ、間違いなく雫だ。

「ポケモンに女もなにも」
 がぶっ
「イッテェー!」
 がつん!
「雫!」

 噛まれたグリーンが手を振り払い、雫が床に叩きつけられる。とっさに手足と首を甲羅に引っ込めて丸まった雫を抱き上げると、そっと顔を覗かせた。

「大丈夫!?」
「へーき。さすが亀の子だわ。しかし女なのにかわか」
 がつんっ

 みなまで言わせず雫を落とした。真っ昼間から下ネタなんてなに考えてるのよ。

「なにすんのよー」
「お前少しはダメージ受けるべきなのよ」
「これ以上ぶつけて脳細胞が死滅したら、今以上に下ネタ連発するようになるよ?」
「そうじゃなくても連発じゃん」
「わかってるネ☆ つー!」

 かーって言ってよーと騒ぐ雫は無視して振り返る。指から血をだらだら垂らすグリーンをファイアが手当していた。

「流血してるじゃない! 大丈夫?」
「はん、バカにすんなよ。そんな弱々しいポケモンの攻撃きくわけないだろ」
「もう一回噛んでやろうか」

 がっちがっちと雫が歯を鳴らして見せるとグリーンの顔が引きつった。

「やりすぎだっつの」
 ぱこん!
「いたっ」

 頭を叩くと軽そうな音がした。まったく、怪我させるなんて何考えてるのよ。


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