洞窟にランニングシューズの足音が反響して、音に釣られたらしい野生のイシツブテが姿を現した。レッドが指さすとピカチュウが飛び出して行く。
「ボルテッカー」
「ぴっかー!」
ぱりり、と頬の真っ赤な電気袋から電気を放出し、それを全身に纏ったピカチュウが突っ込んでゆく。ばかん! と、破裂でもすんじゃないかって勢いでイシツブテが飛ばされた。
ああ、なんかごめんな、イシツブテ。俺が供述拒否したばかりに最強のトレーナーの相手なんかさせて……。
チコリータと俺は全てをレベル差で薙ぎ倒してゆくレッドたちの背中を、遠い目で眺めながらただひたすら追っていた。立ち止まるのはトレーナーから賞金を巻き上げる時ぐらいだが、水辺に当たるとカメックスの背中に乗るので、それが小休止になって息をきらすことはなかった。
チャンピオン越えたらすげー金持ちのはずなのに、数百円の賞金を貰ってく姿にカツアゲって言葉が浮かんでしょうがない。ほらまだ持ってるんだろジャンプしてみろよ小銭の音がしたぜ、みたいな。
迷いなくばく進していたレッドが振り返ったのは、洞窟の奥にいた怪獣マニアを倒した後だった。
「どうしました?」
少しだけ口を開いたまま固まってしまったレッドは、しばらく遠い目で虚空を見つめた末、端的に告げた。
「どこ?」
………………どこって。
「もしや、迷子ですか」
案の定、かっくんと頷きやがった。お前、ヒビキと同類かレッドおおおお! 迷いなく進んでくからわかってるとばっかり。俺を道連れに迷子とか勘弁しろよ。
「ちょっと待ってください」
返事を待たずにカバンの大事な物ポケットを漁る。ヒビキが使わなかった繋がりの洞窟の地図を譲って貰ってたのだ。つうか山男に返す予定なんだけど、それまで使ったってバチは当たらないだろ。ヒビキを助ける心優しい山男の事だ、許してくれるさ。
「君たち、謎のポケモンを探しに来たんじゃなかったのか」
「俺はヒワダに向かうだけです。すみませんが、現在置ってわかりますか?」
レッドは知らん。
怪獣マニアは差し出した地図の左下を指差した。入り口が右上、出口が右下だからちょっと寄り道した事になるが、ピカチュウが一撃必殺でガンガン進んでくれたから予想外に早く出られそうだ。
と言ってもまた俺は洞窟戻ってくるけどね。レッドのせいでトレーナーから賞金巻き上げそびれてるからな。
「じゃああっちが出口ですね。有り難うございます」
「どういたしまして」
顔を上げ、地図で確認した現在地と怪獣マニアの後ろにある湖と謎のポケモンで思い出した。
「ああ、この湖を渡ったら……」
ラプラスが居る場所に行ける。そう言いそうになって口を噤んだら、怪獣マニアは顔を輝かせて説明してくれた。
「なんだ、やっぱり興味あるんじゃないか! そう、あの先に地下へ続く階段があって、週に1度だけ現れるポケモンがいるんだ」
狙ったワケじゃないが今日は金曜日、週に一回ラプラスが現れる日だ。
「いつもなら声が聞こえるんだけど、今朝の地震で崩落に巻き込まれたみたいで、ぱったりやんでるんだ」
「崩落って、救助は?」
「実は今朝早くからちょうどポケモン捜索隊が取材に来てて、今も救出作業中だよ。元ポケモンレンジャーも居るし安心だ」
ポケモン捜索隊って、確かラジオ番組のヤツだよな。赤いギャラドス探したりする番組。
「ラジオ番組の捜索隊が救出ですか? 警察に連絡は?」
「それがどうも通信機器が使えなくてねえ。捜索隊の人がヒワダに向かったらしいけど、まだ来ないんだよね」
不意にキキョウの森でのことが頭をよぎった。考えすぎかな。でも通信機器が使えないって偶然だろうか?
地震にも違和感がある。早朝の出来事だとエリートトレーナーは言っていたから、俺は寝ていて気付かなかったのかと思った。しかし洞窟近くのポケセンに泊まっていたのに、崩落が起こる程の地震に気付かないなんて事があるんだろうか?
「地震が起こったの、何時頃かわかります?」
「6時くらいだったと聞いてるよ」
ポケセンの起床時間はだいたい6時半から7時だ。早起きのヤツなら6時に起きてるのも居るし、眠りの浅い時間帯でもあるから地震があれば誰か気付くだろう。それに震度4なんてそこそこでかいし、通行に問題ないとは言え崩落があったなら朝食の時に話題になりそうなものだ。
ああでもポケモンが地震起こしたら、局地的な地震と崩落もおかしくはないのかもしれない。……そんな強いポケモン、この辺りに生息してないよな。ファイヤーみたいにゲームとは違う動きをしてるヤツもいるけど、通信障害の事を考えると人災っぽい。
となればとにかくラプラスの安否が気になる。ポケギアを見れば時刻は9時半を回ったところだ。
「救出作業は進んでるんでしょうか」
「うーん、波乗りできないから確かめる術がないんだよね」
「行く?」
「いいんですか?」
「心配」
「ぴっか!」
表情が変わらないからわからなかったが、心配はレッドも同じだったらしい。湖に近付いてモンスターボールを放り投ると大きなカメックスが現れて、そのごついフォルムに怪獣マニアが歓声を上げた。
レッドはカメックスに乗るだけだと言うのにチコリータを抱え上げて、俺たちは少し首を傾げてしまった。
「ちぃ?」
「レッドさん?」
「掴まって」
「あ、はい。ってうわあっ!!?」
言うなりしゃがむ間もなくカメックスが勢いよく泳ぎだした。落ちかけた俺の腕をはっしと掴み、難なく引っ張り戻す。
さっきのカタコトは、急いでくから落ちないように“掴まって”と伝えたかったんだな。チコリータを抱えたのも振り落とさないためだろう。ホンット言葉足らずな子だ。
「有り難うございます。もう放して貰って大丈夫ですよ」
なんて言っておきながらカメックスが停止した時にもレッドに助けて貰った。波乗りしなれてない上にスピードが出ていたからよろけたんであって、運動神経が悪いワケじゃない。と、レッドの腕から冷たい視線を飛ばしてきたチコリータに言い訳したかったが、情けなさに変わりはないのでやめた。
ピカチュウに先導され、レッド、カメックス、俺、チコリータの順に並び細い階段を降りる。地下1階は長細く続く湖にささやかな足場があるだけだ。そこにヘルメットにヘッドライト、ツナギにトレッキングシューズと絵に描いたような洞窟探検装備の男がいた。
「やあ、こんにちは。悪いけど今洞窟は崩落の危険があって、僕たちが封鎖してるんだ」
ウツギ博士のような柔和な面差しで、申し訳無さそうに笑う人当たりの良い男。その背後の湖には、手持ちらしきドククラゲが居る。捜索隊の人だろう。
むっつり押し黙ってしまった無口レッドに代わり俺が進み出る。
「こんにちは、お疲れ様です。ポケモンが巻き込まれたと聞きいて、何か手助けは出来ないかと来たんですが、救出は進んでいますか?」
「ああ、僕の仲間たちが助けている。子供は心配しなくて大丈夫、大人に任せておきなさい。さ、ここはまだ崩落の恐れがあるから、君たちは上に戻って」
まだ終わってないのか。俺は役立たずだけど、レッドたちなら協力できると思うんだよなー。
「崩落の危険があるみたいですけど、どうします?」
「する」
「協力したいって事でいいですか?」
かっくんと肯定を受けて向き直ると、捜索隊のお兄さんは困ったように眉尻を下げていた。
「気持ちは嬉しいが、君たちを危険な目にあわせられない」
「俺は足手まといかもしれませんが、レッドさんは強いですし」
レッドを見て目を見張り驚いた様子を見せた事に、内心で苦笑した。思わぬところで有名人に会うとどう反応したらいいかわからなくて、思考停止しちゃうよな。
「レッドさんをご存知ですか?」
「あ、ああ……本物の、伝説のトレーナー?」
でんせつ!!?
最強のトレーナーだとは思ってたけど、伝説とまで言われてるのかよ!?
「伝説ですか?」
「……普通の、トレーナー」
「ぴかぴー」
思わずアホみたいな質問をしたら首を振りながら否定し、ピカチュウは耳を後ろに寝かせて苦笑にしか見えない顔をした。伝説って言われるの嫌なのかな?
「普通のレッドさんだそうです。本人に違いないですけど」
「ぴっか」
「ほんもの……」
頷いたピカチュウとレッドの顔を交互に見やって呆然と呟きを漏らす。お兄さんよ、そろそろ再起動したっていいんでないかい。
「崩落と地震、局地的だったんですよね?」
「えっ?」
「俺、洞窟近くのポケセンに泊まってたのに、洞窟に来るまで地震も崩落も知りませんでした。だから、洞窟内だけで起こった災害なんじゃないかと、ポケモンが起こしたんじゃないか思ったんです」
「あ、ああ、……どうだろうね、僕らはそんなポケモン見てないけど」
「そうですか。……地震を使えるポケモンなら、そこそこ強いですよね。もしもの時、レッドさんは心強いと思いますよ」
ゲームだと地震の技マシン貴重だ。そんでもって、確か自力で地震を覚えるポケモンの習得レベルは軒並み30を越していたと思う。もしまだこの辺りにいるなら危ない。
だから倍以上のレベルのポケモンを、トレーナーの手持ちとしては最高レベルばかりが揃ってる事を思えばこれ以上ないくらい心強いだろう。
救助だって、普通のラジオスタッフが頑張ってるなら最強トレーナーが手伝った方がいいと思うんだけど、お兄さんはぎこちなく首を振った。
「しかし、子供を危険な目には……」
「子供でも、手持ちポケモンの強さには関係ないでしょう。レッドさん、崩落の危険があるみたいですけど、回避する自信は?」
「ある」
「だそうです。どうでしょう、俺はともかくレッドさんだけでも」
「……わかった。連絡するから待ってくれ」
トランシーバーらしきものを取り出したお兄さんは、難なく連絡を取った。通信機器全部が使えないってワケじゃないんだなあ。
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