ハヤトを背負って獣道を戻る途中、タンカを背負った救急隊員たちに会って俺はお役御免となった。気を失ったままのハヤトは救急車に乗せられ、ついでだからとご厚意で、付き添いと言う名目の元に俺も乗せて貰った。
 町と町を繋ぐ道は草むらと段差ばかりで、平坦な道を走ろうとすれば右に左に曲がりくねっている。車が走ることを想定したとは思えない作りだ。しかし救急車は障害をものともせずにキキョウシティへ着いた。滑るような、高級車でアスファルトの道路を走るような乗り心地に、どんな技術が使われてるのか気になったが、聞けるような状況ではなかったのでまたの機会にお預けだ。
 なんて余裕をかましていられるのは全員が無事だったからに他ならない。ハヤトは入院になったけど数日で退院できるらしいし、キキョウジムのお弟子さんが付いているから大丈夫だろう。ポケモンたちは言うに及ばす、早々に体調を回復している。

 病院の外。自販機もあるちょっとした広場のベンチに腰掛け、ミネラルウォーター片手にほっと一息つく。ずーっと水分を取ってなかった体に、水は染み入るようでこの上なく美味く感じられる。それはポケモンも同じようで、チコリータとイーブイも一心不乱に水を飲んで(舐めて?)いた。
 肌寒い風に西の空を見上げれば日は落ち始めて、空は薄い水色になり始めていた。簡易だが取り調べを受けたから、それなりに時間を食っていたんだろう。直に見事な夕焼けが見られそうなほど晴れているが、そこから日が落ちるのはあっと言う間だ。暗くなる前にポケモンセンターに向かいたい。
 今日はすごく疲れた。気が抜けたからか、足が重たい。

 何とはなしにポケギアで時刻を確認しようとしたら、ゴロウからの着信履歴で埋まっていて脱力。メッセージも満杯で、メールまで来てる。
 急ぎの用事か? だとしても無駄使いすんなよな、と怒り任せに電話をかけ直すと、速攻でゴロウが出て、開口一番「繋がったー!」と叫んだ。耳元でうっせーよ!

「うっさっ! 叫ぶなよ」
『死んだかと思ったんだぞ!無事なんだな!?』

 んー? なに? なんかあったの? いや、俺はありまくったけど。

「無事だけど、なんかあったのか」
『留守電聞いてないのかよ! お前がキキョウシティに向かったあと、あのあたり立ち入り禁止になって、大変だったんだぞ!』
「まじ?」
『まじだよ。ポケギアかからなくなるし、かかったと思ったら留守電になるし、心配したんだからな!』
「そりゃ悪いことしたな。元気だよ。お前らは?」
『こっちは大丈夫』
「じゃあ切るわ」
『え、ちょっ――』

 気にせず通話を終わらせる。無事ならいいよ。話すこともうないよ。チコリータたちが水分補給し終わったのを見計らって、水飲み皿を片付けて立ち上がる。疲労も酷いが、なにより昼飯食いそびれたせいで腹ペコだ。

「よし、飯食いにいくかー」
「ちっこ!」
「ぶいー!」
「リョウくん」
「はい? あれ、君は……」
「久し振りね。覚えてるかしら」

 自分の名を呼ばれて振り向けば、見覚えのある顔にぶち当たった。
 気の強そうな顔つきの、ポケモンレンジャーの少女。出会った日には茶髪だったが、今は鮮やかな水色の髪が目を引いた。
 うーん、人違いじゃないよ、な?

「覚えてますとも。ヨシノシティではお世話になりました」
「あら、ご丁寧にどうも。私だってよく解ったわね」

 この世界で最初に出会った、俺を助けてくれた人はにっこり笑った。ちょっと自信がなかったこと、ばれてないよな?

「そりゃあもう、お姉さんには助けて頂いたんですから。あの時は本当に助かりました」
「どういたしまして。ちょっと時間を貰ってもいいかしら?」
「ぶいっ?」

 大人しくお姉さんを見上げていたイーブイが目を見開き、そわそわしだした。その様子に触発されたのか、チコリータも落ち着きを無くして、俺とお姉さんの間で視線をきょろきょろと彷徨わせる。多分チコリータには「時間を貰う」の意味が解らず、イーブイには解ってしまったんだろう。昼飯を食いっぱぐれたまま夕方を迎えていた俺たちの、ご飯の時間がまた伸びそうになった事が。

「悪いけど後にして貰えないかな」
「もう夕方なのに何か用事?」
「俺たち昼飯食いっぱぐれててさ」
「なるほど」

 イーブイの様子に気付いていたのか、お姉さんはあっさりと納得してくれた。

「んー、じゃあ歩きながらじゃ駄目かしら」
「俺は構わないよ。お前たちもいいだろ?」

 一応2匹にも聞いてみると、頷くなりさっさと歩き出した。その背中には飯はよ! と書いてあるように見える。お姉さんが微笑ましそうに笑った。
 冷えた風がイーブイの首周りの長い毛をなびかせる。日中は散歩にちょうど良い気温だが、夕方にさしかかればまだまだ冷え込む。
 チコリータはボールに戻してある。ジョウトでは連れ歩きキャンペーンをやっているから、ほとんどの場所にポケモンを伴って入れる。けれどそれは1匹が上限だ。ドラクエみたいにたくさん連れ歩けても楽しそうなもんだけどなー。

「悪いね、歩きながらなんて落ち着かないだろ」
「いいえ、突然押しかけてごめんなさいね」
「気にしないで。連絡先知らないんだから、しょうがないですよ」
「そうね」

 しばし無言が落ちる。言葉を探すように視線を彷徨わせるお姉さんを横目に、ポケギアをいじって病院からポケモンセンターへの地図を確認する。

「ポケモンレンジャーの仕事は知ってるわよね」

 幾分声量を落とされた声が気になり、道の確認を後回しにして顔をあげる。周囲をはばかるような話だったのだろうか。空きっ腹を押してでもちゃんと腰を据えて聞くべきだったろうか。

「今日のこと、お礼を言うわ。有り難う」
「今日の?」
「私達も森にいたのよ」

 なんと。ハヤトだけじゃなかったのか!

「……私たちは足を引っ張ってしまって」

 抜けた主語は"ハヤトの"だろう。お姉さんがレンジャーなことと昼間のことを合わせて考えると、なんとなく想像が出来た。たぶんだけど、あそこでポケモンが危機にあった。それはジムリーダーのハヤトと協力体制を敷くような規模だった。
 たぶんだけど、お姉さんはこの地方のポケモンレンジャーではない。何故なら手持ち、つうかモンスターボールを持っている様子がないからだ。ゲーム本家の、道端にいるトレーナーとしてのレンジャーなら手持ちを持っているが、派生作品のポケモンレンジャーでは現地のポケモンの力を借りて問題を解決する。
 それを加味すれば、あの時エンカウントしなかったのは、作為的に森周辺のポケモンが遠ざけられていたんじゃないだろうか。もしくはファイヤーやロケット団を見かけて、自分たちの身の危険に、森のポケモン達は自ら逃げ出したとか。
 まあでも、ロケット団と遭遇したあたり作為的に遠ざけられていた様に思う。しっかし、人為的にポケモンを広範囲に渡って遠ざけるってできるのかな?

「あの時、あのあたりは立ち入り禁止になってて、ポケギアもモバイルも通信が使えなくて。誰にも連絡できない状態で……。あなたが見つけてくれなきゃ、危なかったと思う。だから有り難う」
「いや、偶然だから気にしないで。助かって良かったな」

 すべて偶然の産物だ。
 立ち入り禁止になっていたなんて俺は知らず、探検気分で森に踏み入り、ロケット団には1人しか会わず、気を失っただけで済んだ。運が良かっただけだ。
 俺はそのくらいにしか思わなかったけど、お姉さんは違うみたいで、横目で窺った横顔は沈んでいる。仕事で失敗、しかも他人を危険に晒したこと、後悔してるんだろうか。

「お姉さんたちが頑張ったから、神様がちょっとだけ手助けしてくれた。そうなんじゃない?」
「え?」
「仕事頑張ってるんでしょ? そういう人のところって、幸運も悪運も舞い込みやすいと思う。ちょっと聞くけどさ、お姉さんたちも必死に応戦してたんだろ?」
「え、ええ。できる限り注意は引き付けてたけど……」

 俺が1人としか遭遇しなかったのは、お姉さんたちの頑張った結果だったわけだ。

「お姉さんたちが頑張ってくれたから、俺は森に入ることができた。もし何人にも会ってたら、きっと俺、進むの諦めてたよ」

 つうか殺される危険もあったわけで。うん、お姉さんたちががっちり仕事してくれて命拾いしたな。

「だから、みんなが助かったのは、お姉さんたちが頑張った結果だよ」

 あらやだお姉さんてばこんなトコで目ぇ潤ませちゃって。やっぱ歩きながらする話じゃなかったな!

「ほい、ティッシュ」
「ありがと」

 ずびーずびーと、なるべく静かに、何回かにわけて鼻をかんだお姉さんへ、ごみ袋用のビニール袋を差し出す。放り込んでから顔を上げて、男のクセに準備良いわね、と笑った。

「お姉さんみたいな子を慰める時は必須ですから。いてっ」

 ばしっと叩かれた背中がじんじんする。力強いな!

「生意気! ……有り難う。私、もう行くわね」
「おー。気を付けていってらっしゃーい」
「あなたもあまり無茶しないのよ。夜の外出も控えなさいな」
「あー、はい」

 ぴっと人差し指を立てて注意してきた。少し面食らって歯切れの悪い返事をすると、呆れたような顔をされて、弁解する間もなく諭された。

「危ない目に会いたくなかったら気を付けるの。ちゃんと自衛しないと大変なことになるの、よぉくわかるでしょ?」
「はい、わかりました」
「わかったならいいわ。じゃあまたね」

 若干相互の認識にずれがあったと思うが、まあ危ないことに首を突っ込むつもりはなかったので頷く。少しだけ目を赤くしたまま、お姉さんは肩で風を切るように去っていった。堂々と歩く背中はキャリアウーマンみたいで格好良い。
 ぼんやり見送っていると、いつの間にか隣に並んでいたイーブイが足に体当たりをかましてきた。

「ぶいーっ」
「おわわ、危ないよ。なに?」
「ぶーい」
「ああ、早くってことか。はいはい」

 走り出したイーブイを追って、少し迷子になったのはご愛嬌だ。

「お前に釣られて走っちゃったけど、ここどこよ?」
「ぶいー」
「あ、こら! 良い匂いするからって民家に侵入すんな! ほら、抱っこしてやるからもうちょい我慢しろ」
「ぶーぅ」
「ぶーじゃない。元はと言えば、お前が適当に走るから……」
「ぶーぅ」
「お前……尻尾でぺしぺしすんのやめろよ」

 ぺしぺしと不満そうな尻尾に叩かれながら、俺はポケモンセンターを探してしばらくさまよったのだった。


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