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5 ハヤトが言う事には

 
 ハヤトの意識が回復したと連絡を受けて、俺は病院に向かった。話したい事があるそうだ。なんだろう、改めて事情聴取だったり、お説教かなぁ……。めんどい。
 院内の特定エリアはポケモンの連れ歩きが禁止されている。俺は1人廊下を進み、名札のない部屋の前で足を止めた。聞いていた部屋番号だ。スライドドアを軽くノックする。

「ご連絡頂いたリョウです」

 あ、しまった、子供らしくない口調だったかな。

「鍵は開いているよ。どうぞ」

 若いながら落ち着いた声に入室を勧められる。少しの緊張と共に入室すると、素っ気無い甚平姿でベットの上に座っているハヤトと、お弟子さんらしき青年が一人だけ居た。甚平は多分備品。まさか自前ではないだろう。

「失礼します。お加減は如何ですか?」
「だいぶいいよ。初めまして、俺はキキョウジムのジムリーダー、ハヤトだ。助けてくれて有り難う」

 ハヤトは病室にあっても精彩を欠かない溌剌とした笑顔で、弟子(仮)は控えめな笑顔と会釈で迎えてくれた。

「初めまして、新人トレーナーのリョウです。お口に合うかわかりませんが、どうぞ。――少しでも手助けできたなら良かったです」
「聞いてた通り礼儀正しい子だね。そう硬くならないで、座ってくれ」

 芸がないとは思いつつも、手土産のクッキー詰め合わせを渡す。受け取った弟子は、準備していたらしい急須と菓子箱を持って病室を出て行った。

「では、失礼して。敬語はどうかお気になさらず」
「そうかい」

 苦笑されても態度を崩すことは出来ない。入院患者ではあるが相手はジムリーダーとしてそこに居るはずだ。トレーナーとしての大先輩は年齢関係なく敬うのが当然だろう。

「君は大丈夫だったかい?」
「はい。ハヤトさん、お話と言うのは?」

 病み上がりの人に負担をかけたくない。とはいえ性急に話を促したのは事実だ。その事にだろう、少し目を丸くしたものの、ハヤトは気を悪くする風もなく切り出した。

「こんな格好で悪いが、君にこれを渡そうと思ってね」

 俺の死角からケースを取り出して中身を見せてくれる。それは昨夜ヒビキが見せてくれた物とまったく同じ、翼を象ったウィングバッジだった。

「あの、ジム戦してませんけど」
「なにもジム戦だけがジムバッジを得る道じゃない。街への功労者に送られる場合もあるんだよ」
「街への功労って、俺、ハヤトさんを見つけただけですよ」

 キキョウシティへは来たばかりだし、何かしたとしたらそれくらいだ。もっと言わせてもらえば大半は気絶していたワケで、とても功労者とは言えまい。
 俺が受け取らないと感じたのか、ハヤトは苦笑してバッジを引っ込める。

「不思議そうな顔だね。君は知らないだろうが、俺もピジョットもキキョウシティも君に救われたんだよ」
「はい?」
「今から説明しよう。聞いてくれるね?」

 是非とも納得のいく説明をしてほしい、と頷けばハヤトは話し出した。

「まずはロケット団の狙いから話そう。あいつらはカントーの伝説のポケモン、ファイヤーを狙っていた。知ってるかい? あのファイヤーは春を告げる渡り鳥なんだ」

 あー、どのバージョンかは忘れたけど、図鑑に春を告げる鳥だと書かれていたな。てっきり冬ごもりでもして春に顔出すのかと思っていたけど、渡り鳥なのか。カントーの伝説ポケモンなのにカントーにずっと居るんじゃないんだな。

「春になると南から北へ海を渡り、カントーへ行く。その通り道にキキョウシティがあって、あの森で最後の休憩を取ると、後はシロガネ山まで一気に飛んで行くんだ。あの森に着く頃には、いかに伝説ポケモンと言えど長旅の疲労が溜まっている。ロケット団はそこを狙って違法な捕獲を企んだ」

 へええ、なんか以外だな。HGSSのロケット団って悪事がマイルドと言うか、幹部からしてヤドンの尻尾を切り取るだけの仕事してたり(生きたままって言や残酷だけど、ヤドンは痛覚が鈍いし、しっぽはまた生えてくる事を思えばそう残虐でもないだろう)、行方不明のボスに迷子案内を出すためにラジオ局乗っ取りしかしてない。
 3年前にガラガラ乱獲して殺しまくってた組織とは思えないくらい小さな悪事なんだよなー。

「ただあのファイヤーは、今は野生だけど、一時期人間と共に居てね。とても強いんだ。レベルは70を越えてる」
「70越え? 野生で!?」

 ひええ、野生でそれって。ギラティナとかレックウザとか、ゲームで最高レベルを誇る伝説ポケモンより上じゃねえか!
 ノックの音に話を一時中断する。弟子が戻って来た。

「どうぞ」
「有り難うございます」

 菓子皿をサイドテーブルに置き、湯飲みを渡してくれた弟子は窓際のイスに戻る。今更だけどチョコとクッキーと湯飲みって。お土産の選択誤ったか。

「続きだ。あの時、一度は捕まってしまったファイヤーをなんとか解放できた。そのまま逃げてくれたから助かったけど、正直なところ危険な賭だったんだ。怒り任せに暴れられては、森に囲まれている上に木造住宅の多いキキョウシティは、あっと言う間に炎に囲まれていただろう」

 顔が引きつった。なにそれ怖い。ファイヤーさんてそんな強いの? 実はガメラなの?

「ハヤトさんはもしもの時を考慮して、町に俺たちジムトレーナーを残して行かれました。ポケモンレンジャーのお二方だけを連れてファイヤーの捕獲阻止に向かったのです」

 昨日会ったポケモンレンジャーのお姉さんたちと協力したんですね、わかります。

「けれど途中で分断されてしまってね。情けない話だが、ファイヤーを逃がしたところで力尽きてしまった」

 はぁ、なんか大変だったんだな。

「あの、いくつか疑問があるんですけど」
「なんだい?」
「立ち入り禁止は誰が指示したんですか?」
「指示したのは俺だけど、その前からロケット団が封鎖していたね」
「どんな風に立ち入り禁止を知らせたんですか?」
「街中はスピーカーで放送を入れて、道路は警察が見回って、俺たちも確認しながら進んだ」

 ゴロウと電話した時からずっと引っかかっていたんだけど、俺は全然立ち入り禁止になったことに気付いてなかった。おまけに封鎖だって? どうして俺はなにも知らなかったんだ?

「俺がロケット団員に会ったのは森に入ってからです。道路を歩いていても封鎖してるロケット団員には会いませんでした」
「それは……」

 ハヤトはお弟子さんを見たが、お弟子さんは首を振った。

「キキョウでもヨシノでも、警察の方はロケット団と接触していません。ロケット団の見張りと思われる姿が視認出来る街道へ近付いて、周りに人が居ないのを確認して街へ戻られたそうです」
「俺が封鎖していたロケット団に会ったのは、獣道に入るずっと手前だ。そこから獣道まで蹴散らして、ヨシノ側に潜んでるだろう奴らはレンジャーの1人に任せた」

 んー、じゃあ、ハヤトとレンジャーの急襲にロケット団は対応してて、さらにレンジャーの1人がヨシノ側を殲滅したから、俺は運良く会わなかったって事なのかな。タイミングが良すぎるような……って待てよ?

「ハヤトさん、その時、野生のポケモンって出現してましたか?」
「いや、途中からぱったり出なくなったな」
「俺も暗闇の洞窟まで、1時間くらい遭遇しませんでした」

 ハヤトが顔をしかめた。

「途中で休憩は?」
「してません」

 弟子改めジムトレーナーが立ち上がり、ベッドサイドの棚を漁った。そしてベッドに紙のタウンマップを広げる。
 覗き込むとそれがキキョウ・ヨシノ間の詳しい地図だとわかる。赤い×印を中心に道へはみ出るような青い円が広がり、更に4色の矢印があちこちに引いてある。矢印は所々で黒い×印とぶつかっていた。

「赤い×印はファイヤーがいた場所、黒い×印はロケット団と交戦になった場所、青い円は一時的にポケモンが全く出現しなくなった区域、並びに通信機器が使えなかった範囲。4色の矢印は俺たちがそれぞれ辿ったルートだ」

 矢印の横に、雑だけど名前の頭文字が書いてある。赤(ヒ)青(ハ)黄色(カ)の3本はキキョウから伸びる31番道路を通り、暗闇の洞窟のしばらく手前で黄色が別れ、ヨシノ側の森や草むらで交戦している。獣道に入った後に赤が別れて、黒い×印を引きつけるように森を転々としていく。
 ファイヤーの元に辿り着いているのは青と白の2色だ。白は俺だろう。(リ)と書いてあるし、白い矢印はヨシノから30番道路を通り、獣道の途中で黒い×と交錯し、そこに(敗)と書かれている。手持ちが全滅して、首絞められた場所だな。
 時間が書き込まれていないのでよくわからないが、俺の通ったルートにもかなり黒い×がある。ついでに黄色の矢印と一部交わっていた。
 すべてを回避ってすごくないか。

「この青い範囲は正確だと聞いている。君が青い範囲に入ってから暗闇の洞窟までは、子供の足でも30分ほどだ」
「いや、青い範囲の前からポケモンに会ってないはずです」

 最後に対戦したのは短パン小僧のアキラで、ヤツはヨシノの近くにいた。
 自分の記憶を頼りに、ゲームでのマップと目の前の地図を摺り合わせる。

「ここに緑ボングリの木がある民家がありませんか?」
「ああ、あるな」
「じゃあこの突き当たりがポケモン爺さんの家」
「そうだ」
「ここら辺にトレーナーがたむろしていて」
「ああ」
「ここに段差が、ヨシノから数えて……3つめ」
「ああ。一度しか通っていないのに、よく覚えているな」

 笑って誤魔化す。実際はゲームで何度も通ってるし、見下ろす俯瞰視点に慣れているから正確に当てられるんだけど、そんなことを言ったら俺まで入院になるだろう。無論ここではなく、ヨシノの精神科に。

「この3つめの段差のところでトレーナーと戦って、それからエンカウント無しです」
「自転車を持ってるのかい?」
「? いいえ」

 こんな序盤で持ってるわけがない。自転車は4つめのジムバッジがあるコガネシティでしか入手出来ない。ランニングシューズ様々だな。

「ここから、ここまで」

 ハヤトが短パン小僧のアキラが居た場所から暗闇の洞窟を指差す。

「歩きなら3時間ほどかかる」
「……え?」

 どくんと心臓が嫌な風に跳ねた。ハヤトと顔を見合わせるが、その目にふざけた色はない。
 本当に? 本当に言ってるのか? 俺の記憶がおかしいのかよ?

「時間を勘違いしたんじゃないか?」
「そんな、朝、ヨシノを出て……」

 必死に記憶を辿る。
 7時半ぐらいにポケセンを出て、ゴロウやアキラとバトルして雑談して、ポケギアは9時くらいだった。で、歩いて暗闇の洞窟の手前の草むらで、10時くらいだったんだよな。ファイヤーを見たのは、10時過ぎくらいだろう。それから森に入って、気絶させられて、ハヤトを見つけて病院に連絡しようとしたのが、15時。

「大丈夫か? 真っ青だが」
「……ええっと……」

 大丈夫なわけない。心臓がうるさくて仕方なかった。ああ、でも確かめないわけにはいかない。

「ファイヤーが逃げた時刻、わかりますか」
「はい、街から観察されたので。14時3分にカントーの方へ飛び立ちました」

 ……4時間もずれてる……。

「おい、リョウ。本当に大丈夫なのか?」

 まずいまずいまずい、なにこれ、記憶の混濁? 病院に戻らなきゃ行けないのか?

「リョウ?」
「……俺、記憶がおかしいみたいです」

 混乱しながらも4時間のずれを話す。隠しておける事じゃない。だってすでに事情聴取で俺は全て話してしまっているし、ゴロウやアキラに聞けば、俺が2人の前を通った時間はすぐにわかる。

「……この、青い範囲に君が時間を確認したと思われる草むらがある」

 俺が話し終えるとハヤトは少し考え込んでから切り出した。俺は話す気力をすっかり無くして、微かな吐き気を感じながら話に耳を傾ける。

「ポケギアの時計は電波時計だ。通信機器が使えなかったのだから、電波時計も阻害されて狂っていた可能性がある」
「……本当に?」
「ああ。だからそんな顔をするな」

 身を乗り出したハヤトが俺の肩を励ますように叩いた。

「警察の見回りにも偶然見落とされただけだろう」

 慰められてる。すげー慰められてる。ハヤトの顔には子供を慰める笑顔が浮かんでいた。
 非難勧告が出ていて、警察が見回りをしていて、偶然人を見落としたなんて不祥事になるんじゃないか? もしくは俺が侵入したってことで咎められるとか。なんにせよ、あの時あの場所に居た事も、俺の記憶も可笑しい。俺、なんでこんな事になってんだろう……。

「そんなに青ざめなくていい。君は正常だ」

 なんの確証もない慰めだと知っていても、その言葉にどうしようもなく安堵を覚えた。俺は、正常、だよな?


次話 室内ダンジョン マダツボミの塔
前話 カルチャーショック、ホウエン

4 カルチャーショック、ホウエン

 
 ウツギ博士から連絡が来た。俺にじゃない、ヒビキにだ。ヒビキがお使いの時に研究所へ持ち帰ったポケモンのタマゴ、それを持ち歩って欲しいとの事だ。トゲピーのタマゴイベントに他ならない。
 いきなりファイヤーやロケット団に遭遇するもんだから、ストーリーがずれてるんじゃないかと内心ヒヤヒヤしていたけど、ヒビキは順調みたいだ。
 もしかしたらヒビキに同行すればゲームと同じ進行をするのかもしれない。一緒に行こうなんて言ったらそれこそストーリーを変えてしまいそうだから言わないけど、たまに確認していこう。

「またね、ワカナ」
「ちこー」

 立ち止まりしゃがんで手を伸ばしたヒビキに、チコリータは気持ちよさそうに撫でられていた。

「……ヒビキくん相手だと大人しいな」
「あはは」
「ま、いいや。ヒノノ、またな」
「ひーにょー」
「……ワカナさん、俺の足踏んでますよ」

 ヒノアラシに手を振った俺の足にチコリータが前足を乗っけて来た。知らん顔してるけど、頭の葉がぴくりと動いた。嫉妬ですかー? 可愛いことしちゃって。
 指摘したらぶたれるから言わないでおくけど、懐いてきてくれてるようで嬉しいね。

「じゃ、ばいばーい」
「おー、またなー」
「ひのっ」
「ちっこー」

 キキョウジムのすぐ近く、フレンドリィショップの前でヒビキと別れた。タマゴは助手に持たせたからキキョウシティのフレンドリィショップで受け取って欲しい、と指定があったのだ。
 タマゴを見たい気もしたが、コンビニのように狭いフレンドリィショップで男3人顔を突き合わせるなんてむさくて寒い。

「さて、じゃあポケセンにもどろうか」
「ちこ」

 俺はとあるアイテムを回収しようとポケモンセンターへ引き返した。





 ポケモンセンターの地下、Wi-Fiルーム前。

「すみません、初めて利用する者ですが」
「はい! ではご説明させて頂きますね。こちらのパンフレットをご覧ください」

 俺は通信相手もいないくせに、はきはき喋るお姉さんから通信システムの説明を受けていた。カウンターに乗っけたチコリータは一緒になってカラフルなパンフレットを覗き込んでいるが、文字だらけのそれを理解できないようで、始終首を傾げていた。

「――それではこちらがリョウ様の友達手帳になります。いってらっしゃいませ!」
「有り難うございます。ワカナ、有り難うって」
「ちーちこっ」

 よし、友達手帳ゲット! 使う機会あるかはわからないけど、覚えてる限りアイテムは回収してこう。
 挨拶したチコリータにも微笑ましそうに手を振ってくれるお姉さんの横を通り過ぎてWi-Fiルームに入る。

「ちこっ!?」
「ん? びっくりしちゃったか? 大丈夫、あれも人だよ」
「ちー?」
「遠くから通信してる人の姿なんだよ。だから大丈夫」

 向こうが透けて見える半透明の人が部屋に沢山居るのを見てびっくりしたチコリータを宥めるため説明する。幽霊なんかじゃなくて全部ホログラムだそうだ。
 ホログラムの種類はもはや見慣れてきた虫取り少年や短パン小僧はもちろん、エリートトレーナーやスキンヘッズ、ジェントルマンなど大人の姿もあった(女の子は残念ながらいないみたいだ)。ついでに頭上にトレーナーの情報が出ていて、それを見る限りホログラムの見かけとトレーナーの年齢はあまり一致していないようだった。
 半透明のホログラムを使用している人はここではないポケモンセンターから通信しているはずの誰かで、透けてない生身の数名はこのキキョウシティから通信している奴らだ。
 それにしても結構人が多いな。壁際の案内係のお姉さんも他のやつに説明してて、ぼっちの俺はやることがない。

「座ろうか」
「ちこ」

 壁際に並ぶソファに身を沈める。ふかふかのそれに飛び乗ったチコリータはご満悦で踏みしめた。
 そのまま何をするでもなくぼんやりと寛いでいると、ホログラムの一つ、空手王っぽい胴着の人がこちらに向かってきた。ナイスガチムチ。

『待ち合わせかい?』
「いえ、使ったことないから説明だけ受けに……あなたは?」
『僕はジョウトに交換相手が居てくれたらな、と思って交流しに来たんだ。隣いいかい?』

 ホログラムと声はちぐはぐだった。逞しい兄貴から聞こえるのは、幼いほどに若い、まだ少年の声。
 頭上を見上げて人物の情報を確認すると、そこには「エリートトレーナーのユウキ」と称号と名前だけがあって、他の情報は伏せてあった。

「すみません、俺じゃお役に立てないかと思います」
『なんでだい?』
「俺、ポケモンを捕獲する気がないので」
『え? どういうことか聞いてもいいかな?』

 あれ、なんか逆に興味を引いてしまったか? 空手王はチコリータを挟んで隣の席に座ってしまった。
 んー、個人の事情話してもしょうがないし、適当にごまかすか。

「多くのポケモンを育てられるような財力がなくて。2匹が限界だから、捕獲も交換もする気はないんです」

 えっ、そんなに貧乏なの!? とびっくりしたらしいチコリータが見上げてくる。安心しろ、この場を適当に切り抜ける嘘だから。そこまで貧窮してないし飯をけちるつもりはないから。本当の事情話したくなくて、適当に言ったごまかしだ。

『ふぅん、大変なんだね』
「いえ、好きでトレーナーになりましたから」

 こっちは割と本音だったりする。子供の頃、本気でポケモントレーナーに憧れていたんだよな。不思議な生き物と冒険の旅に出て、最強のトレーナーになるなんて凄くわくわくしたし、ウインディとかギャロップとかカイリューとかラプラスとか、乗れたら楽しいだろうと思っていた。

『そうか。なんだか君には好感が持てるな』
「そうですか?」
『ポケモンのこと、ちゃんと考えてるんだね』
「あはは、自分の身の程を知ってるだけですよ」

 本当にポケモンの事を思うなら、俺はレンジャーになるか里親の元に行くべきだった。
 もし俺が元の世界へ帰る事になれば、その別れはポケモンたちを傷付けることになる。一緒に頑張ってくれた仲間を捨てる、そういう事になるのだから。

『お近付きの印にこれをどうぞ』
「へ? え? なに? なんで?」

 どぅ、どぅ、どぅ、どぅ、と例の音楽が流れて勝手に交換(?)が始まってしまった。マシンを使ったわけじゃないのに何故? と慌てる俺の手元に天井(?)から何かが降ってきた。が、咄嗟にキャッチなんかできるはずもなく、跳ねて床に落ちてしまう。

『あははははは』

 さもおかしいと笑う空手王を一旦放置して、転がって行ってしまった何かを拾う。それはパチンコ玉くらいの、金色に輝く玉だった。

「……うぇっ!?」
『あはははは! いい反応するね!』
「こ、これって」
『本物だよ』

 金の玉!? 換金アイテム(5000円也)じゃねーか!!

「いやいやいやむりむりむり。頂けませんから、こんな高価なもの」
『駆け出しだと高価に思えるよな。でも大丈夫、段々はした金に見えてくるから』

 その言葉に相手のトレーナー歴の長さを感じた。
 タウリンとかリゾチウムとか、ポケモンを育てる使い切りのアイテムは1つ9800円だ。そのくせ1匹につき20個くらい使う。だから新しく育成しようとなると、スゲー金がかかる。
 トレーナー歴が長くきちんと育成をしていればいるほど、金銭感覚麻痺してくるんだよな。

「エリートて言うか、廃人……」
『んー? なんだって?』
「なんでもありませんよー」

 空手王のごっつい顔で睨まれて反射的に顔が引きつる。中身は少年だと分かっていても、ガチムチに睨まれると身構えちまう。チコリータが呆れたようにため息をついた。仕方ないじゃん、怖いもんは怖い。

「それより、どうやって通信したんです?」
『道具の通信は部屋に居ればどこでもできるよ。ポケナビ……じゃないか。ジョウトだとポケギアだっけ? それにツールをインストールすれば出来るはず』

 返そうとポケギアを確認するが、それらしき項目はない。やっぱデータカード買ってインストールしなきゃだめか。

『余らせてるから持っていってよ』

 さらっと男前なこと言う相手に、あまり遠慮したら失礼な気がした。厚意は有り難く受け取るべきだろう。ふと、もしや相手は未来の金の玉おじさんかな、と思った。
 それにしても、友達手帳回収しに来ただけなのにスゲーもん入手しちまった。

「……じゃあ、有り難く頂いておきます。でも俺は誉めて貰えるような人間じゃ……」
『誰しも隠したいことの1つや2つ、持ってるものじゃないか?』

 なんか見透かされてる!? と固まった俺に、たたみかけるように金の玉少年は言った。

『やっぱりそうかー』

 かまかけたのかよ。

「……はぁー。お人がお悪い」
『あはは、悪い。新人らしくないから、ちょっかいかけたくなっちゃったんだ』

 悪びれもせずに笑う様子に、今更ながら変な人に捕まったと感じた。

『さて、ID交換しようか』
「えっ」
『別に邪魔にはならないだろ? 登録しとけよ』

 そうだけど、態度もだけど、最初と口調変わってない? なんかあんまり関わらない方が良い様な気がすんだけど。
 内心突っ込んだり面倒な予感にどう断ろうかと迷って居る間に、金の玉少年は部屋に何台も設置してあるゲーセンのゲーム機みたいな通信マシンに着席した。そこまでされてしまうと大した理由も無く頑なに断るのもどうだろうかと思い、手招きされるまま俺も席に着く。通帳みたいな友達手帳を機械に入れると、暫くして相手の情報が書き込まれて出てきた。

「へえ、フレンドリストってこんな風に……はぁー?」
『そうそう、その顔が見たかったんだよ』

 いつの間にか隣に立ち、にやーっと口角を上げて笑う空手王のホログラムと、フレンドリストの情報の間を視線が往復してしまう。
 非公開になっていた情報はフレンドリストに登録する事で開示されていた。ホウエン地方在住、12才、男。ついでに称号も変化していた。ホウエンリーグチャンピオン、ユウキ、と。

「……抹消しておきます」
『あ? いい度胸だな』
「むしろあなたを登録しておく方が度胸いりそう」
『意味わかんねーつーの。――あれ、2コ上だ』

 被っていた猫をかなぐり捨てたらしい金の玉少年、もといユウキは俺の情報を見て驚いていた。

『以外と年近かったか』
「いくつだと思ってたんですか」
『もっと上。16くらい』
「はぁ。俺も彼のユウキさんが変人だとは思いませんでした」
『変人って、失礼だな!』

 ユウキってのは確か、ポケモンシリーズの3作目、ルビー・サファイア・エメラルドの男主人公のデフォルトネームだったはずだ。姿は確認出来ないけど、たぶんその人に違いないだろう。
 話しながら通信マシンから離れ、再びソファーに腰掛ける。

「だってそうでしょ。こんなとこで油売ってないで仕事してください」
『いいんだよ、挑戦者こなきゃ仕事ないんだから。リーグの外じゃ俺、普通のトレーナーだもーん』

 もーんじゃねーよチャンピオン。人からかって遊んでる場合か。なんかこう、やることないのかよ!

「バトフロでも行けばいいのに」
『行ってるよ。ここへは全国図鑑完成のために来たんだ』
「ああ、なるほど。だったら友達紹介しましょうか」
『お前の友達?』
「はい。ヒビキって言って、ウツギ博士からヒノアラシを譲り受けて旅を始めた子です。図鑑を持っているから、交換に応じてくれると思いますよ」
『へえ、アンタは? チコリータは御三家の1匹だろ?』
「よくご存知で」
『そりゃあな。博士からポケモンを貰うって、今は一種のステータスだから』
「ステータス?」

 なんじゃそりゃ、と目を見張ってしまった。ステータスって、つまり自慢出来るような事って意味だよな?

『知らないで貰ったのかよ。あー、でも先入観ない方がいいか』

 勝手に1人で納得してからユウキは説明してくれた。

『カントー、ホウエンって立て続けに旅立ったばかりの子供がチャンピオンになっただろ? で、その子供はどちらも各地方の有名な博士から御三家の1匹を貰って旅立った。だから今の新人トレーナーにとって、博士から御三家を貰って旅立つのは憧れなんだ』
「なるほど」

 それもそうかと納得した。ポケモンシリーズは毎回その流れなもんだから、当たり前になりすぎててそれが傍目から見た時どういう風に映るかなんて考えてなかった。

『先入観のないお前みたいなのだから、博士も御三家渡したんだろ』

 微笑ましそうに笑われて微妙な気持ちになる。絶対に勘違いされてると思うんだけど、訂正するには「ゲームのポケモン世界では当たり前の事だったので云々〜」と身の上話をしなきゃいけない。つまり訂正は不可能ってことだ。

「ユウキさん、わかってますか? それって、博士からしたらあなたも俺みたいに思われてるかもしれないって」
『……あの博士なら有り得る……』

 せめてもの反撃の言葉だったが、お互い微妙な顔を突き合わせる事になっただけだった。


次話 ハヤトが言う事には
前話 ヒビキと一緒





* * * * *



道具の交換は部屋のどこからでも、ポケモンの交換はマシンを使わないと出来ないようになっています。生き物の遣り取りは慎重に、という方針と、マシンの台数の少なさからこうなっております。

追記
複数の方からご質問頂いたので少々説明を入れさせて頂きます。
この話でリョウが「手持ちを増やさない(意訳)」というようなことを言っておりますが、2匹だけで旅を続けるわけではございません。

リョウは野生の捕獲はしませんが、チコリータとイーブイを譲って頂いたように一方的に貰い受けることは致します。
それから作中で金銭的に2匹が限界と申しておりますが、これは嘘です。実際のところはそこまで財政が逼迫している訳ではなく、捕獲しないことへの言い訳です。

リョウには捕獲をしたくない理由があり、更に今の手持ちを手放す気もございません(従って交換には応じられません)。
しかしそれらの理由は出会って間もない人間に話すような物ではないので、ユウキに対してもっともらしい嘘をつきました。

図らずも読者さまを混乱させてしまい申し訳ありませんが、リョウは隠し事をしたり嘘を付くことを躊躇わない性格なのだ、とご理解下さると幸いです。
なお捕獲しない理由につきましては、後々作中で説明が入りますので、もう暫くお待ちください。

最後になりましたが、ご指摘有り難うございました! 分かりやすいよう、作中に少々説明を付けさせて頂きました。どうにも独りよがりな文になりがちなので、ご指摘頂けて助かりました。今度はわかりやすくなっている、と思います。思い込みかもしれません(倒)

3.5 閑話5、バトルの後

 
しつこくバトルの解説です。


* * * * *





 瀕死になった3体はもちろん傷付いたチコリータを回復するためにポケモンセンターへ向かったのは、塾を手伝っていると言う青年だった。おかげで俺たちは興奮覚めやらぬ非塾生に囲まれていた。
 って言うか囲まれて抜け出せない雰囲気だったから青年がパシりを買って出てくれたんだけど、余計なお世話だよ。居心地わりぃよ。


「知識の強さ、見せてくれるんじゃなかったっけー?」

 からかう調子で告げられた短パン小僧の言葉に、塾生♂♀コンビは顔を赤らめた。

「お前、何もしてないだろ」

 非塾生のキャンプボーイらしき少年がたしなめる。もっと言ってやってくれ。

「短気起こすなよ。知識の強さなら俺が見せただろ」
「は?」
「なあ、なんで俺が飛行タイプのポッポ相手に、効果が半減される葉っぱカッター出したかわかるか?」
「え、それはぁ……」
「体当たりより葉っぱカッターのが強いからですよね?」

 年長らしい塾生の1人が口を挟んできた。その通りだったので頷くと、塾生が説明を続ける。

「まず技には数値化された威力があります。パーセンテージで表されるので、技の威力が50だったら50%だと言う意味だと思ってください。なおこの数値は、攻撃力とイコールではありません。技を使うポケモンの攻撃力と技の威力、相手の防御力を計算した数値が、最終的な攻撃の威力になります。ここまではいいですね?」

 塾生は頷いたけど、非塾生はぽかんとしてるのが大半だ。まーいきなり威力とか計算とか言われてもわかんないよなあ。

「今から話す話は、おおよその攻撃力の話だから、なんとなくわかればいいよ。わからないなら説明入れるから。で、いいよな?」
「はい、助かります。僕はどうも噛み砕いて説明するのが得意ではないので」

 頭いいやつってそうなりがちだよな。難しい話でも難なく理解できるってのは、分かりやすく説明してもらう必要がないってことだから、どうも説明ベタになりがちだ。

「おおよその話だと思って聞いてください。体当たりの威力は35、葉っぱカッターの威力は55とされています。しかしチコリータは草タイプなので、体当たりは35のままですが葉っぱカッターは1.5倍され、おおよそ82の威力になります。先ほどの相手は飛行タイプのポッポなので威力が半減されますが、82の半分は41ですから、体当たりより葉っぱカッターの方がダメージを与えられます」
「わかったか? つまり、タイプ一致補正のおかげで、体当たりより葉っぱカッターの方が威力があるって話だ」

 まとめると一言で済むんだけど、答えだけ知っててもトレーナーとして成長はしないからな。簡単な説明は必要だろ。

「じゃあ苦手なタイプでもタイプ一致技出せばいいんだ」
「それは違う。葉っぱカッターと体当たりでは元々威力が段違いだからそうなるんだ。そうだな……例えば同じ威力のタイプ一致技とタイプ不一致技なら、タイプ一致だけど半減される技より、タイプ不一致でも半減されない技の方が威力がある」
「タイプ一致は1.5倍だけど苦手タイプじゃ半減されるから、本来の75%しか威力が出ないんだ。だから100%の威力を出せるタイプ不一致の方がいいんだよ」

 俺と他の塾生がフォローをいれると非塾生は理解できたようだった。

「さらに言うなら、葉っぱカッターは急所に入る確率が高い。普通は16回に1回とされてるけど、葉っぱカッターは8回に1回だ。絶対じゃないけど、勝率も少しは上がる」

 運頼みばかりは良くないけど、でもギャンブルみたいな運任せのバトルはロマンもある。命中率30の一撃必殺技が当たると楽しいんだよなー。どんな技が出るかわからない指を振るとかも楽しい。運ゲもたまにはいいもんだ。

「君は見事に引き当ててましたね」
「頑張ってくれたのはワカナだけどね」

 ゲームで急所にあたるのは、確率でありソフトが計算するものだった。でもこの世界では違うような気がする。例えば今回、急に目標を変えた後に葉っぱカッターを外したが、オタチが攻撃あとに隙を見せた時は当てた。そういうタイミングみたいなのも大事なんじゃないかな。調べてみようか。
 静かにしていたヒビキが顔を引きつらせ気味に言った。

「バトル中にそんなこと考えてたの!?」
「へ? いやいや、違う違う。事前に知ってたの。ワカナの技の威力とか、苦手タイプへのダメージの通り具合は把握してるんだよ」

 ゲームでも対人戦をする時に計算なんかしてる暇はない。だから苦手タイプなどで仮想敵を作り、自分の手持ちの技と効果と威力は把握しておくのは大事だ。
 まー想像通りになることなんかまずないけどな! 急所はランダムだし、技の威力も1回出すごとに微妙に上下する。要素はまだまだたくさんあるんだから。

「やはり実践は大事ですね。僕もあなたたちと手合わせしたくなりました。良かったらバトルしませんか?」
「俺はとりあえずワカナが戻ってから考えるよ」
「僕もパスー」
「では、今日は交流と言うことで、皆さんバトルしてみる、というのはどうでーす」

 塾生もトレーナー、ポケモンバトルが好きだ。実践を躊躇するやつなんか居るはずもなく、あっと言う間にそこここで路上バトルが展開され、声援と歓声が上がる。

「うー、うずうずする」
「ヒビキもバトル好きだなあ」
「当たり前だよ。だって楽しいでしょ?」

 ゲームでも十分楽しかったけど、実際はもっと手に汗握る。テレビ越しに格闘技を見るのと会場で観戦するみたいに、全然違うことだと思う。

「そうだな。応援行こうか?」
「うん!」

 肩にポッポを止まらせたヒビキと並んで近くのバトルに声援を送る。勝手にボールから出たイーブイも楽しげに歓声を上げた。さっきの塾生も短パン小僧も、みんな険悪さなんて忘れて応援をしている。昨日の敵は今日の友ってか。

「ね、僕らもバトルしようか」
「あっ! バトルで思い出した。俺、ヒビキくんに賞金渡し忘れてたんだよ!」
「え、そうだっけ?」

 ヒビキも忘れてたのは予想外でした。


次話 カルチャーショック、ホウエン
前話 閑話 実践





* * * * *



ひたすら解説が続いてすみません。お疲れ様でした!





追記
 こういう機械的な話は読み物として浮いてしまう、とご指摘頂いてもっともだと感じたので、作者から説明(というか意図というか言い訳)を入れさせて頂きますね。端的に言うと、ステータスの話は必要だと思ったので入れました。以上!


 ここから下は語りになってしまうので、詳しい理由を知りたい方だけどうぞ。


 作者側の思惑なのですが、折角ゲームの二次創作でじっくり書ける長編なのだから、機械的なシステムも取り入れよう、と決めていました。バトルもがっつりターン制を導入です。
 逆に言うと、生き生きとしたポケモンを描くだけなら、アニメやポケモンレンジャー・不思議のダンジョンの二次創作、整合性を考えないポケモンと暮らす日々みたいな短編の方が適している気がします。(とは言いましたが、これは自分が書く時に限ります。他の方の著作は設定があーだこーだ考えずに、作者さんが物語を通して何を表現したいか、気になる描写はなんの伏線か、と言う点に重きを置いて拝読しておりますので。また、自分の解釈に拘わるのも作中だけです。ポケモンは矛盾にも思える想像の余地が多くあり、いくらでも想像を膨らませる事が出来るのも魅力の一つだと思っております。ですので他の方のポケモンの世界観や、設定の解釈の仕方などを拝見するのも大好きです)

 それから、妙に機械的な話はモンスターボールの独自(と言っていいのかな)設定に関わってきます。
 拙作でのモンスターボールは、ポケモンがダメージを受けると縮む、その縮む際にいったんデータ化されるという性質を利用してボールにポケモンを拘束します。
 本来の大きさ→ダメージでピンチ→それ以上のダメージを避けるために隠れようとする(小さくなろうとする)→一旦データになる(この状態は無防備で外からの干渉を受け易く、逆に自分から外部に干渉する力はあまり無い)→圧縮される→縮んで実体化(小さい状態だがある程度まわりに干渉できる)という過程を経ています。とても電子でシステマチックで、でも生き物。人間とは全然違う生き物です。
 で、捕獲の時はボールが外部から働きかけて、縮むと言う本能を刺激し、データ化させ、それをボールが解析し、データをボールに書き込む事でボールに閉じ込めます。この時に種族やなんやが解析され、性格や個体値なども判明します。
 さらにボール越しにそのデータに干渉することで実体にも影響を及ぼすという設定です。デジモンちっくですね。

 これはポケモンセンターで一瞬で回復することや、初代でマサキがポケモンと混じったことからこういう設定にしました。怪我を治すというよりはデータの修復をするイメージです。が、やはりポケモンは生き物なので、死んだものを蘇らせたりはできません。干渉できる範囲はあまり広くありません。不思議な生き物です。
 この物体をデータとして圧縮する技術は広く応用され、パソコンに道具を預けることが出来たり、短距離ならば人間もワープできたり、自転車や何百個もの道具をしまうことのできる四次元鞄が売られているわけです。

 こういった設定はちょいちょい本編へ関わってきますが、その時に詳しい説明はしないと思います。ですのでこのような形で掲載させて頂きました。もしその時に疑問を感じれば、閑話を読み直して頂いて、ポケモンは生き物であると同時にシステム的な部分を持っていて、研究者などの人間はその事に気づいて利用している、と言う、その辺のご理解を得ようと、そういう魂胆でございます。
 説明を先行させましたのは、モンスターボールの話は研究者のウツギ博士、ステータスの話は塾が適当かな、これからジム戦もあるし……と思ったからだったのですが、現時点では無意味に思えますよね。筆力不足です。すみませんでした。

 一人称で時系列順に進めると決めておりますので、これからも無意味に思われる話もあると思います。ですから分からない事がありましたら遠慮なくお尋ねください。私からご説明させて頂くか、作中でフォローを入れさせて頂きます。ただ、今後の展開に関わる事もあると思うので、ぼかすあまりに上手く説明できない事もあると思います。その点、ご了承いただけますよう、お願い申し上げます。

 長々とすみませんでした。こんなところまでお読み下さって有り難うございました!

3.5 閑話4、実践

 
実践しつつ知識の確認していきます。


* * * * *






 ジョバンニ先生の提案で、俺はヒビキと組んで、塾生は眼鏡の女子と組んでのマルチバトルとなった。こんな時ばかり口だすんじゃねーよ、口出すなら場を収めてくれよ。と言いたかったが、周りが盛り上がってしまって拒否できるような状態じゃなかった。いいように流されてるよな、俺。
 使用ポケモンは各1匹づつ、レベルと種族を見せ合うバトル形式。相手は早々に決めてきた。オタチ(Lv11)とポッポ(Lv10)だ。即断というよりは、それぞれ1匹しか持ってないらしかった。
 俺たちはと言えば、まだお互いのポケモンのステータスを確認しあってるところだった。

「クルルは9、ヒノノは13か。火の粉・電光石火・煙幕・体当たりね」

 ヒノアラシのステータスは特攻と素早さが抜きん出ていて、攻撃・防御・特防は普通、HPはちょっと低めだが、まあレベル上がってるからカバーできるはず。

「ワカナは6、体当たり・鳴き声・葉っぱカッターかあ」
「悪いな、上げてなくて。モチヅキ出してもいいけど、遺伝技ばっかだから狡いってだだこねられたら面倒だな」

 禁止はされてないけど、新人トレーナーが持つポケモンとしては破格の技構成となってる。

「レベル10、じたばた、堪える、願い事、欠伸……ってなに?」
「じたばたはHPが減るほど攻撃力があがる技。堪えるはどんな攻撃も必ずHPを1残して耐える。願い事は次のターンに最大HPの半分を回復するんだけど、交代もしくは自分が倒れて次のポケモンが場に出ていたらそのポケモンを回復する。欠伸は使った次のターンに100%相手を眠らせる」
「……なにそれ、強いって言うか……」

 うん、序盤ではチート気味なんだよ。もしくは催眠厨と言うか。特性が逃げ足(野生のポケモンから必ず逃げられる)だから攻撃力はそこまで無いし、素早さが下がる性格補正のせいで先手も取りづらいけど、眠らせたらこっちのもんだからなあ。

「う〜ん、禁止されてはないけど……」
「ワカナで行った方が無難そう、だよな?」

 計ったようなタイミングで、2人同時に相手方を見やる。いかにも優等生です真面目ですといった風で、あまり融通は利きそうにない。ましてまだ子供だ、妥協を知らなさそうというか。なるべく公平な条件じゃないと後が面倒そうだなあ。

「……最初に謝っておく。負けたらめんご」
「ううん、それで良いと思うよ。めんごはどうかと思うけど」

 ヒビキが律儀に突っ込むのと同時に、腰のボールが負けるだなんて失礼なこと言わないでよ! とばかりに揺れた。





「ルールは2対2、どちらかが全滅するまででーす。持ち物は禁止、トレーナーのアイテム使用もいけませーん。――では、始めてくださーい」
「行け、ヒノノ!」
「頼むぜ、ワカナ!」
「行け、オタチ!」
「行ってちょうだい、ポッポ!」

 ヒビキと俺はヒノアラシ(Lv13)とチコリータ(Lv6)、相手の塾生♂はオタチ(Lv11)、塾生♀はポッポ(Lv10)を繰り出した。チコリータ以外はみなレベル10以上だ。風おこし超怖い。

「オタチ、チコリータに電光石火!」
「ポッポに葉っぱカッター!」
「煙幕だ、ヒノノ!」
「そんな相性の悪い技利かないわ! チコリータに風おこしよ、ポッポ!」

 レベルの低いチコリータに攻撃が集中するのは予想通りだ。簡単に落とせる方から落とし、2対1にもってく。この中で一番レベルが高いのはヒノアラシだけど、2体同時に相手にして勝てるかっつーと無理があるだろう。
 ――最初に決まったのはオタチの電光石火だった。技には優先度があり、優先度が高い技は素早さに関係なく先に出すことができるからだ。優先度で勝る電光石火を最大HPの1/5ほど残してチコリータが耐えると、素早さが秀でているヒノアラシの煙幕が相手の視界を奪い、見事風おこしはそらされた。
 助かった! 相手のポッポの特性が千鳥足で良かった! 鋭い目だったら命中率下げられなくて、今ので決まってた。そんなの出落ちもいいところだ。
 こちらの視界は良好なので、チコリータは難なく葉っぱカッターを相手に当てる。一気に1/3ほどポッポの体力が削られた。たぶん急所きたなっ!

「ナイスだワカナ!」

 タイプ一致で急所に当たると技の威力は3倍になる。ただし飛行タイプは草技を半減するので、実質は1.5倍だ。けれども草タイプのチコリータがノーマルタイプの体当たりを出した時の威力は35で、葉っぱカッターはタイプ一致補正と元の威力が高いために41となる。葉っぱカッターの元の威力が55なのを考えると下がってるが、体当たりよりかマシだ。それに急所に当たる確率が通常の1/16じゃなく、葉っぱカッターは1/8なのが美味しい。上手い具合に引き当てたしな!
 煙幕が薄れていく。しかし効果が消えたわけじゃない。相手のポケモンは目をしばたかせている。煙幕ってこういう効果なのか。

「電光石火だヒノノ!」
「オタチ、電光石火!」
「ポッポに葉っぱカッター!」
「っかわして風おこしよっ! ポッポ! きゃあっ」

 優先度が同じ技を出した時は素早さが高い方が優先される。ヒノアラシの電光石火が一番に決まり、ポッポはあえなく倒れてボールに戻された。
 この中でチコリータが一番足が遅く、優先度の高い技も持っていない。だからこのターンでチコリータも落とされるかと半ば諦めつつ、一応は落としやすいポッポへの攻撃を指示していた。けれどオタチはなぜかヒノアラシに電光石火を決めている。なら標的変更だ!

「オタチに当てろ!」

 チコリータの周りに浮いていた葉がオタチに向かう。が、急な目標変更だったせいか、それとも命中率95%の罠か、はたまた一発目に急所引き当てたツケか。なんにせよ外してしまった。くっそー。


「ヒノノ、火の粉!」
「捨て身タックル!」
「なっ、葉っぱカッターだっ」

 遺伝技持ちのオタチかよっ! 余計な気い回しただけだったー!
 俺の後悔とは関係なく火の粉が当たり、オタチのHPが2/3ほどになる。耐えるなー。
 煙幕のおかげで捨て身タックルの命中率は100%から75%に下がっていたが、威力120のそれはヒノアラシに当たってしまった。タイプ一致のおかげで火力はインフレをおこしていて、防御とHPの低いヒノアラシはあえなく倒れた。しかしこの手の技にはリスクがつき物。高い命中率と高威力を両立させる代わりに、反動として相手に与えたダメージの1/3がオタチに跳ね返る。ポケギアを見ればオタチのHPはレッドゾーン、1/3を下回っていた。

「ヒノノ! 戻って!」
「当てろよワカナ!」
「ちぃっこー!」
「よけろっ!」

 反動によろめく僅かな硬直を狙ったかのように、立ち止まったオタチへ葉っぱカッターが決まる。ポケギアに表示されたオタチのHPは綺麗に削りきられた。

「ワカナっ」
「ちこっ」

 勝った勝った! 嬉しくて思わずチコリータに駆け寄る俺の耳にジョバンニ先生の声が聞こえてきた。

「そこまででーす! この勝負、リョウ・ヒビキチームの勝ちでーす!」

 わ、とギャラリーの非塾生側が沸いて、俺とヒビキは取り囲まれた。恥ずかしいぞ。年甲斐もなくはしゃいだとこ見られた。衆人環視の中ってこと一瞬吹っ飛んでたんだよチクショウ顔が熱い!


次話 閑話 バトルの後
前話 閑話 基礎の授業

3.5 閑話3、基礎の授業

 
タイプ相性と効果バツグンや半減の話です。


* * * * *






 マダツボミの塔を目印に住宅地という迷路をなんとか抜け、ようやく辿り付いたポケモン塾はなかなか大きな施設だった。

「お邪魔しまーす」
「失礼しまーす」
「ひのー」
「ちこー」

 観音開きの扉を開けるとそこはすぐに教室で、数人がかけられる長机と長椅子たちが並び、10歳くらいの子供たちがお喋りをしていた。押さえた扉をヒビキたちがくぐると、教卓で準備をしていた先生らしき人がこちらに向かってきた。人好きのする笑顔で出迎えてくれる。

「キミは一昨日の! ジム戦は勝てましたかー?」

 エセ外国人口調で太めというゲームのドットの特徴を体現したジョバンニ先生だが、その顔の彫りの深いこと。外国人だったのか。

「はい、おかげさまで」

 話よくわかんなかった、と言ったヒビキのお礼は、教えてくれたっていう好意に対するお礼なんだろうな。

「今日は俺もお話を伺いたくてお邪魔させて頂きました」
「オーウ! 礼儀正しい子でーす。今から授業なので席に着くといいでーす」
「え、あの、入塾してませんけど……」
「この講義は塾生向けではありませーん。遠慮せずに聞いていってくださーい!」

 そういうことなら。基礎は大切だからな。つうかゲームとこの世界の差異を確認したいし、是非とも拝聴させて貰いますかね。

「俺は受講してくけど、ヒビキはどうする?」
「僕も聞いてくよ」
「2人とも熱心ねー! いいトレーナーなれまーす」

 にこにこ人が良さそうなジョバンニ先生は一際嬉しそうに笑った。





 講義が終わり、授業中はボールに入っててもらった2匹を確認する。状態異常で眠りになってやんの。相当退屈だったんだなあ。しばらくそっとしておこう。

「リョウくん、わかった?」
「んー、だいたいは」

 基礎の基礎しかやらなかったから、情報はあまり得られなかった。質疑応答タイムもあったから上等な部類に入るんだろうけど、圧倒的に時間が足りなかったなあ。
 ちなみにヒビキはノートを取りながらぽかんとしていた。これは俺が妙な質問を連発したからだと思う。他のやつもぽかんとしてたしな。

「わかる範囲で説明しようか?」
「うん、お願い」
「ねえ、私も聞いていい?」
「え? ああ、いいけど」

 声をかけてきた少女に答えれば、僕も私もと子供たちが集まってきてしまった。

「ええと、俺よりジョバンニ先生に聞いた方が……」
「ワタシもアナタの話に興味ありまーす。実際のトレーナーの話を聞くのはいいことでーす。フォローしまーすので、話してくださーい」

 人集りに近付いてきたジョバンニ先生がそう告げたせいで、俺が講義をするはめになってしまった。人に物教えた経験なんかないんだが。

「ええと、じゃあ授業の復習みたいな感じでいい? わからないところを解説するよ」

 いいよと頷かれて、いいのかよと内心突っ込んだ。つかそれなら先生に聞けばいいのに……そう思ってジョバンニ先生を見やると、実ににこやかに頷かれてしまった。俺がやれって事ですか。

「まずはバトルの時、ホルダーの右端や左端や一番上。――今、ジョウトでは連れ歩きキャンペーンを展開してるから、連れ歩いてるやつだな。そいつが一番最初にバトルへ出るのはいいよな?」

 これはみんな理解している。ゲームならメニューから設定するポケモンの並び順は、この世界ではホルダーの並び順をトレーナーカードが認識するようになってる。
 左利き用ホルダーやチェーン型のお洒落ホルダー、両脇に付けるタイプと様々なホルダーに対応するため、右端・左端・一番上の内のどれを最初に出すか、その設定は変えられるようになっている。とにかくトレーナーカードやポケギアのメニューで一番上に表示されたやつを出すのが鉄則だ。
 ちなみに一番上以外を出すこともできるが、対人戦ではその時点で負けとなるし、それを繰り返すとペナルティがあるので注意だ。
 それから連れ歩きキャンペーンってのは、ジョウトのトレーナー向けにポケモンリーグが展開しているキャンペーンだ。たぶんだけど、ウツギ博士が一枚噛んでると思う。だって博士の研究内容とキャンペーンが一致するなんて出来すぎだろう。

「勝負をすると経験値が入る。ポケモンを入れ替えると、一度でも戦闘に顔をだした奴にも経験値が入る。これもいいな?」
「はい!」
「なに?」
「トレーナー戦だと相手も複数手持ちがいるけど、1回だけ出せばいいの?」

 この1回だけってのは、たぶん相手の最初の1匹に対して出せば、相手の2匹目3匹目の経験値も分けて貰えるのか、って意味だろう。

「いや、1回ごとに出し直さないとだめだ。あと経験値は分割されるから、相手1匹に対してこちらが3匹も4匹も出すと、その分経験値は分散する。ちなみに2匹だして1匹が瀕死になると、瀕死になった方へ経験値は入らず、残った方へ全部振られる。――次いくぞ」
「待って! ノートとるから!」

 質問がないので次に行こうとしたら引き止められた。軽い気持ちで集まったらしく最初は聞いてるだけだったのに、いつの間にかノートをとり始めている子が増えていた。ヒビキは最初からそのつもりだったらしく、すでに書き留めている。
 あああ、なんだかちょっと大事になってきたような。

「そろそろいい?」

 止められなかったので続けるとしますか。

「次は上手なバトルの仕方だな。レベルに差があっても、タイプ相性によっては逆転する事もある。これはいいな?」

 ここにいるトレーナーは駆け出しではあるけど、基本は大丈夫そうだ。

「じゃあその理由とかを説明するな。まず、ポケモンがそれぞれタイプを持ってるのはわかるよな? 草とか炎とか水とか」

 みんな頷いたけど、一応説明しておく。

「草は火に弱く、火は水に弱く、水は草に弱い。これがタイプ相性。で、タイプ相性ってのは相手によって1/4から4倍にまで変動して、さらに効果がないのもある。効果がないのは、ゴーストタイプにノーマルタイプの技を使った時や、その逆。あと格闘タイプの技はゴーストに利かないけど、ゴーストタイプの技は格闘タイプに等倍――1倍というか、まあ普通に効果がある。あとは地面タイプに電気技も無効だし、飛行タイプに地面技も無効、鋼タイプに毒技も利かないな。次行っていいか?」
「待ってー」
「はいよ」

 かりかりとノートをとる音と、ひそひそ確認しあう声がする。手持ち無沙汰なので俺もノートを手に取り、次に説明するプランをなんとなく立て始めた。

「次、攻撃技の効果についていくぞ。通常、果抜群なら2倍、いまいちなら1/2だな。さっき言った、じゃんけんみたいに3すくみを描く草と炎と水は、それぞれタイプ相性が良ければ効果が2倍、悪ければ1/2になる。4倍や1/4は、複合タイプのポケモンにだけ起こる現象だな。例えば、ヒワダタウンへ向かう途中にいるウパーは水と地面の複合だ。水タイプも地面タイプも草に弱いから、草タイプの技は4倍になる。んで通常なら地面タイプは水タイプに弱いから2倍だけど、水タイプは水タイプを半減するだろ? だから複合タイプのウパーに水技で攻撃すると等倍になる。OK?」

 みんなが顔を上げたところで、俺は問題を出すことにした。教えると言った以上、一方的に説明しただけではだめだろう。説明を受けただけだと身に付かない。自分で考えて答えを出さなきゃ意味がない。

「んじゃここで問題。さっきの話を踏まえて考えてくれよ? まず、自分の手持ちに電気タイプがいるとしよう。で、相手はウパーだ。水タイプは電気タイプに弱いから電気技を出すとするが、地面タイプは電気技を無効にする。この場合のダメージはどうなると思う?」

 意見は3つ出た。
 1.等倍になる
 2.無効になる
 3.基礎となるタイプに依存する。
 正直、3の意見には驚かされた。発言した子は、進化すると複合タイプになるポケモンを知っていてその思考に至ったらしい。
 たとえ話だが、コイキングの時は水タイプだから、ギャラドスに進化して水・飛行タイプになると、水が基本的なタイプになり、飛行は副次的なタイプになる。だから効果が弱くても地面技は利くんじゃないか。ウパーもどちらかが基礎タイプなんじゃないのか。
 なんつうか、目から鱗だった。ゲームシステムとして答えを知る俺なんかじゃ思い付かない、柔軟な思考だ。本当にここはゲームの世界なんかじゃなくてみんな生きてるんだなあ、と明後日な感想が浮かぶ。
 って、物思いに耽ってる場合じゃない。

「色んな意見が出たけど、答えは一つ。無効が正解になる」

 当たり外れを喜ぶ子供たちに言葉を重ねる。

「でも柔軟な思考は大切だよ。タイプ相性だけで判断すれば負けることもある。例えばノーマルタイプの嗅ぎ分けるや見破るって技は、本来なら効果のない技を相手に当てられるようにする。つまりゴーストタイプにノーマル技や格闘技が当たるようになる。タイプ相性だけを信じるんじゃなくて、相手が何を狙ってそのポケモンを出したか、どんな対策をするか。考えながらバトルするのは大事だと思う」

 つっても読み切れないのが当たり前だ。当たったら御の字ってとこなんだよなー。
 一応外れた子のフォローのつもりだったが、居残りするほど真面目な子ばかりだったせいか、俺の言葉を書き留めている子が多く見られた。
 やめろ、恥ずかしいからやめろ! とも言えずに、俺はひたすら耐えるしかない。先生役なんて簡単に請け負うもんじゃねーな!




「えーと、そろそろお終いでいい?」
「まって、授業中に言ってたダメージの計算式は?」

 そろそろ俺、限界です先生……。
 そう思ってジョバンニ先生を見ても、先生はにこにこ笑って頷くだけだった。あああ、まさか確認のために聞いた何気ない質問が自分の首を絞めるとは!

「計算式って言っても精密なもんじゃないんだけど……。そうだな、まずは、タイプ一致がわかる人いる?」
「そんなの基礎じゃないか」

 後ろからかけられた声に振り向くと、眼鏡をかけた塾生らしい男の子がいた。

「タイプ一致と言うのは、ポケモンのタイプと技のタイプが同じ時に威力が上がる現象だよ。わかったらさっさと出て行ってくれ。邪魔だよ」

 邪険にされても何も返せなかった。確かに金を払って塾に通うような子からしたら、いつまでもたむろしてる俺たちは邪魔で邪魔でしょうがないだろう。

「場所変え…・・・」
「なんだよ偉そうに! 頭でっかちのクセに!」
「基礎も知らないようなトレーナーにはなりたくないんでね」

 場所移動を提案しかけた俺を遮って短パン小僧が短気を起こしてしまう。元々ピリピリしていたらしい塾生は挑発するように切り返してきた。見事なまでに売り言葉に買い言葉だ。
 言い合いをどう止めようか迷ってる間に、姿を現し始めた塾生と非塾生の喧嘩になってしまった。つうか止めろよ、ジョバンニ先生!

「ちょうどいい! そこまで言うなら僕が知識の重要さを見せてあげるよ。そこの君」

 ヒートアップしていく雑言の応酬を呆然と見ていた俺にお声がかかる。

「君がお山の大将だね? その鼻っぱしら、僕が折ってあげるよ」

 至極偉そうな物言いで挑発してきた塾生に、俺の周囲は益々ヒートアップしてしまった。肝心なハズの俺といえば、リアルでは聞いたことのない言葉に面食らって目をしばたかせていた。だってなあ、鼻っぱしらって。普通に生きてたらそうそう言われる機会ないと思うぞ。お山の大将もな。

「なあ、俺そんなに偉そうだったか?」
「え? うーん……ちょっとだけ」
「まじか」

 視線が泳ぎ気味のヒビキの答えに驚いてしまった。そうか、俺、偉そうだったかあ。

「君も僕を舐めてるようだね?」
「え、いや、ごめん。そういうわけじゃ……」

 ただ事態に思考がついて行かないだけです、と言う言葉は発せられる事なく俺の喉に引っ掛かって消えた。塾生がみなまで言わせずに表へ向かい始めたからだ。そのまま出て行く事はせず、わざわざ扉の前でこちらを振り向いた。

「早くしなよ、ノロマ」
「望むとこだ! やっちまってくれよ兄貴!」
「頑張ってお兄さん!」

 分かり易い挑発に非塾生が爆発するような勢いで騒ぎ立てる。拒否権はなさそうだ。っていうかなんで俺が非塾生代表扱いされてんの?


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