毎年この時期、ヨシノ・キキョウ・ヒワダのポケモンセンターの無料宿泊施設は、春に旅立った新人トレーナーで混み合っているのが通例だそうだ。
だからキキョウシティの宿泊施設も、2段ベッドが2個づつ設置された狭い部屋に相部屋で泊まるのが普通だ。広い和室だと10人くらいが布団を並べて修学旅行状態になっている。
食事を済ませて割り当てられた部屋に向かった俺たちは、驚いた事にも見知った顔を見つけた。
「失礼しまーす……あれ、ヒビキくん?」
「あー、リョウくんだ!」
「なに、お前らも知り合い?」
うん、そうだよ。とベッドに腰掛けたヒビキが答えると、正面に腰掛けた短パン小僧と虫取り少年がよかったな、とはしゃぐように笑った。トレーナーたちに釣られるように、ヒノアラシ、ポッポ、コンパンにビードルがどこか嬉しそうな顔をする。コクーンだけは表情を伺えなかったけど。
「ここまで来るの早かったねー。もう追い付かれちゃった。ジムは行った?」
「いや、今日着いたばっかだから。ヒビキは?」
隠しきれない喜びの笑顔を浮かべてヒビキがバックを漁る。手のひらサイズのケースを開くと、そこには翼を模したウイングバッジが納められていた。
ヒビキとヒノアラシとポッポは得意そうに胸を張り、イーブイがおめでとうとでも言うように鳴いて、チコリータはぽかんと2人を見つめていた。バッジの意味がわからないのかな?
「おー、おめでとう!」
「えへへ、有り難うー」
「早いなあ、すごいよ。ヒノアラシだけで突破したの?」
「ううん。ポッポも頑張ってくれたよ。でも、ごめんな」
肩に止まっているポッポの首をかいてやるヒビキは苦笑いだ。瀕死にしちゃったのだろうか。
「相手はジムリだろ。しゃーないよ。――ヒビキは下段使うのか?」
「うん。上だと落ちちゃいそうだから」
「あはは、よっぽど寝相悪くなきゃ落ちないって」
下段のベッドに荷物があるのを見て問えば、なんとも可愛い答え。俺は笑いながら短い梯子を半分ほど昇り、自分の荷物を上段に置いて、中から風呂セットを取り出した。
「来たばっかで悪いけど、風呂行ってくる」
「え? もうそんな時間?」
「いや、まだ20分はあるけど」
ヒビキと虫取り少年のやりとりに、自分が知らない決まりがあることに気付いた。
「なに? 風呂の時間って決まってるの?」
「ん? うん、そうだよ。泊まる人が多いから、部屋ごとに入れる時間決まってるんだ」
「へええ、知らなかった。教えてくれて有り難うな」
「えへへ、どう致しまして。リョウくんも一緒に話そうよ」
「んー、じゃ、お言葉に甘えて」
本当に修学旅行のようだ。なんか懐かしくて楽しくなっちゃうな。
鞄から予備のバスタオルを取り出しヒビキの隣に敷く。外で寝転んだり(つうか倒されたんだけどさ)森を探索したから汚さないようにと考えてだ。
その上に腰をおろすと、イーブイが膝に飛び乗ってきて喉を鳴らした。未だ床にいるチコリータを手招いて、近付いたところを抱き上げて俺の隣に下ろした。その際、嫌がるように叩かれたのは言うまでもないだろう。お兄さんはちょっと寂しいです、ワカナさん……。
柔らかなバスタオルの上に乗ったチコリータへ、ヒビキの膝の上からヒノアラシが首を伸ばして挨拶するように鳴いた。嬉しそうにチコリータが答えてイーブイも鳴くと、ポッポやコンパンたちも短く鳴いた。それぞれ挨拶をしたらしい。
「挨拶できたか?」
「ぶいー」
「そうか、偉いぞ」
こう、和気あいあいとした雰囲気は凄く好きだ。猫の集会だとかドッグランを駆け回る犬たちとか、見てるだけで和む。
初対面でもきちんと挨拶を交わせるよい子たちを褒めるつもりで撫でると、案の定チコリータには叩かれた。いつか届くといいね、俺の愛情。
「……お前、ポケモン大好きクラブ?」
「え?」
「あはははは、確かに見えるかも」
「マジで言ってる?」
虫取り少年の言葉に笑ったヒビキは、ちょっとだけ、とまた笑った。えええええ……あれと一緒にされるの嫌なんだけど!
「別に語ったりしないから安心していいよ」
「あ、うん」
やべえ、なんか引かれてる? 自分とポケモンのやりとりを反芻しながら何が悪かったか考えていると、ヒビキがいいと思うよ、と切り出した。
「ポケモン好きだからそんな風にするんでしょ」
「え、ああ、うん? そんな風って?」
撫でるのは普通じゃね? 叩かれても構うのが普通じゃなかったってこと? もしかして、チコリータは心底俺を嫌がってるように見えるんだろうか?
いやいや、でもほら、俺のこと心配してくれるし木イチゴもくれたし、たまには普通に撫でさせてくれる時もあるし、そんな、大嫌いとか……ない、と……信じたい気持ちで一杯です……。
あっという間にネガティブな方へ加速していく思考。それにストップをかけてくれたのはヒビキだった。
「悪いわけじゃないと思うよ? タオル敷くの」
「へっ? ……あー、これはポケモンのためじゃなくて、ヒビキの布団汚さないようにって。俺たち結構汚れてるからさ」
部屋に入るなり風呂へ行こうとしたのもそこに起因している。一応、宿泊施設の玄関でチコリータたちの足は拭いてやったけど、人様のベッドに乗っかる格好じゃないかな、と思って。
「そうだったの? ありがとー」
「……細けぇ……」
「うっ。細かいのはわかってるよ! 性分なんだから仕方ないだろ」
「しょうぶんて?」
「性格のこと」
少年たちの飾らない言葉がちょーっとだけ心に刺さった。これがジェネレーションギャップか?
「いいじゃん。僕はリョウくんのそういうとこ好きだよ?」
「ありがとう。ハグしてキスしてやりたい気分だよ。悪魔のキッス」
「あ、それはいいや。死にそう」
「そう嫌がられると、ほんとにぶちかましたくなるな」
「え、じゃあしていいよ」
逃げられると追いたくなる。なら逃げなければいいんだ! そんな単純な思考のヒビキに笑ってしまう。可愛いね。
「おっしゃわかった! 存分に味わえ!」
「ええ!? やるの? わー、やめて、死んじゃうー!」
慰めてくれるヒビキに大丈夫だと言う気持ちを込めてふざけて返せば、打てば鳴るような答えが返ってくる。からかわれてもヒビキは楽しそうに笑った。無邪気だなー。
「お前ら仲良すぎだろ」
「兄弟、とか?」
呆れたような突っ込みと、自分でも半信半疑に思ってるような口調の問いに面食らってしまう。
「いや、会ったの3日前だけど」
「マジで!?」
「うん、ワカバタウンで会ったんだよね」
「ね」
小首を傾げて同意を求めてきたヒビキに、同じ様に俺も首を傾げてやると嬉しそうに笑った。やっぱ子犬っぽいなあ。
しかし たんぱんこぞうと むしとりしょうねんは ひいている!
そんなテロップが頭に浮かぶような沈黙に耐えられず、今度は俺から問いかけた。
「兄弟っぽいか?」
「うーん……」
「ブラコンぽい」
「それだ!」
「まじでか」
こくこく頷かれて、またもや俺は自分の行動を反芻してみる。んー、じゃれ合う範囲としては普通だと思うんだけど。本気でキスとかハグとか言ってるわけじゃないし。
「僕は嬉しいけど」
「ん?」
「兄弟とか年の近い友達が居なかったから、嬉しいよ」
「……ヒビキくんは本当に良い子だなあ」
「もっと誉めていいよ?」
「よーしよしよしわしゃしゃしゃしゃ」
「あはははは! ポケモン扱いじゃん!」
ヒビキの頭をクシャクシャに撫で回すとけらけらと笑い声をあげた。いつの間にかうとうとしていたヒノアラシとチコリータがびくっとして辺りを見回す中、イーブイは爆睡している。
「ほんと仲いいな」
「……恋人みてぇ……」
「こいびとぉ!? 今のは聞き捨てならない!」
「僕、女の子がいい」
ゲイ疑惑は全力で否定させて貰う。つうかこんくらいで疑ってたら社会人の飲み会なんぞ行ってられんわ。
「俺も女の子がいい。柔らかくて良い匂いがして、優しいし」
「すけべっ!」
「すけべがいるぞっ!」
「わー、リョウくん、さすが年上……」
この夜、俺はエロス男爵の爵位を賜ることになった。10歳児のエロの基準とかもう遙か彼方だもの、えろえろでも仕方ないじゃねーか!
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