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20日 思いがけない再会(下)

下山を考え出して、はたと思い出した。そもそもここへは警備員の落し物を探しに来たのだ。長らく会ってなかった従兄弟との再会に気を取られてすっかり忘れていたが、約束は果たさなければならない。

「……カンちゃん」

「ん?」

「祠の場所、知ってる?」

「祠? 無かったはずだけど……」

「そんなはずないよ」

「いや、確かだって。そもそも、なんで祠を探してるんだ?」

「前、山に入った人が、その時に大事なものを落としたんだ。それを拾ってきてほしい、って」

無表情に、祠、と呟いたカンジュの瞳が焦点を失った。同時に表情も抜け落ちる。まただ、と思う。まるでスイッチが切れたように切り替わった唐突さと異様な様子に、レッドは言葉もなくただ様子を伺うしか出来なかった。

「……カン、ちゃん?」

「……あ、ごめん、ちょっと、なんかぼうっとしちゃって……ええと、祠についてだったよな?」

「うん。……具合、悪い?」

不意に見せるぼんやりとした様子を心配して問えば、いや、と否定された。

「ああでも、長いこと修行で篭(こも)ってたから、さすがに疲労が溜まってんのかも」

「いつから居るの」

「ん? 春から」

「長すぎるよ!?」

あははと誤魔化すように笑うカンジュに、レッドは顔を顰めた。

「その前はどこにいたの?」

「あちこちで修行を。ごめんな、ずっと帰れなくて」

本当に心配していた、その言葉は飲み込んだ。口下手なレッド一人で叱るより、レッドと母親と父親、揃っている時に叱られた方が身に沁みるだろうと思ったのだ。

「……いいよ、無事だって分かったから。降りれないの?」

「うーん、期間が過ぎるまでは」

「こんなところで倒れたら危ないよ」

「大丈夫、いざって時は仲間たちが運んでくれるし、オカガミ神社の人も来てくれるからさ」

「……そう、言うなら」

「ごめんな、心配してくれたのに頑固で」

首を振ったレッドにカンジュはよい子、と嬉しそうに笑った。

「祠についてなんだけど、基本的にシロガネ山にはない」

「基本的、ってどういうこと?」

「うん。うーんと、オカルトな話になるんだけど、聞く?」

オカルト。たっぷりとした沈黙の中で、レッドはポケモンタワーのガラガラを思い出していた。

「……幽霊、とかの話?」

「うん、そう」

「…………関係あるなら、聞く」

「嫌なら聞かなくても……」

「知らないのも嫌だ」

「わかった、じゃあ簡単にな。シロガネ山にはたまーに悪霊が現れるって言われてる。それが人に危害を加えるような危ないやつで、すっごく強かった場合、祠を作ってそこに閉じ込めるんだ」

警備員の青年の言葉が思い出された。大事な物が落ちているとしたら、祠の付近。もしかしたら、中かも。確かにそう言っていた。

「その祠って、開けて掃除とかは」

「普通の神様の祠ならするけど、悪霊閉じ込めてるからね。絶対に開けちゃだめなんだよ。開ける時は、その悪霊を祓う時だ」

ぶるりと体が震えた。二つの意味で表情が強ばった。攻撃してくる霊が居ると知っている、だから身の危険があった、と理解できた。もうひとつ、友好的に接してきた警備員の、笑顔の下に隠されていた悪意。そのどちらもが怖かった。

「どうした、レッド? 元気なくなったな」

「……なんでもない」

「そうは見えないぞ。……どんな話でも笑わないから、話してみないか」

俯(うつむ)いたレッドの顔を覗きこんで、な、と暖かい声をかけてくる。そのオレンジの瞳に浮かぶ色は昔と変わらず、弟分を心配している。

レッドは迷った。かつて一度だけガラガラの霊を見たことがあったので霊の存在は信じているが、それを口にしたくはなかった。世の多くの人々は霊が見えず、信じてない人も一定数いる。霊なんて頭の可笑しい人が見るものだ、と言う人もいる。

カンジュは神社や山に籠って修行する人なので頭ごなしに否定してくるとは思わなかったが、もし霊が見えることを信じて貰えなかったら……。不安が言葉に蓋をしてしまう。それでもレッドは、恐れたものをひとつだけ吐き出す。

「……探し物を頼んできた人、初めて会ったけど、フレンドリーだったんだ。その人が、笑顔で、落し物したのが祠の近くだって。もしかしたら、祠の中にあるかもって……」

「……それ……そうか、その人がレッドを危ないところに行かせようとしたんじゃないか、悪意を持ってたんじゃないかって思ったのか?」

こく、と頷いたレッドに真剣な顔をしたカンジュが問いかける。

「それを頼んできたのは誰? どういう人か覚えてる?」

「え? えっと、警備員の人で、確か名前は、ツグ」

「それ、その人のこと、下山したら調べて貰った方が良い。俺は下山できないから、神社、はだめか、行ってないんだもんな。……リーグの警備員に、サブチーフのタカシさんって人が居る。その人を、俺の名前で呼び出して貰うんだ。タカシさんに会えたら、オカガミ神社のシンか、トシオさんを呼び出して貰って。カンジュから紹介されました、って。それで来てくれるはずだから」

「う、うん」

「三人の内一人にでも今の話すれば、レッドにそんなこと吹き込んだ人探してくれる、解決してくれるよ」

頷いたものの、許可もなくここへ訪れているのだから、とてもじゃないがカンジュの指示に従うことは出来なかった。ツグは問い詰められれば、内緒でレッドを山に入れた、と白状するだろう。無許可で山へ入ったことがばれてしまえば、ここへ来られなくなる。

「脅すようだけど……繰り返すけど、シロガネ山に登れる人は限られてる。許可が降りても、普通の登山客は祠のことを教えられないんだ。悪霊が出た時にしか祠はないし、祓い終わったら壊される。一般の登山客の目に触れない、普段はない祠の存在を知ってるやつは限られる」

「え……」

ぞう、と背筋が震えた。

「……あの人は、祠がどういうものが知ってて……?」

「気持ち悪い話してごめん。リーグの職員の中には説明を受けてる人もいるから、どっかから漏れたのかもしれない。それに普通は祠って悪霊を封じるんじゃなく神様を祀るためのものだから、神様が祭られてるものだと思っていたのかもしれない。縁起物があるなら欲しい、とかね。その人の真意はわからないよ」

チャンピオンを撃破してからというもの、幾度も笑顔の下に隠された悪意を見てきた。祠へ行かせようとした動機などさして良いものでは無いだろうという思いが過ぎったが、カンジュの慰めには素直に頷く。

「そんな顔しなくても大丈夫。そうだ、お守り持ってるか」

唐突な話題の転換に一瞬なんのことか把握できなかったが、すぐに思い出す。毎年カンジュが送ってくれるお守りは、彼が音信不通になっていた間も母親の手を介してレッドの手元に届いている。

「リュックの中に入ってる」

「それは並大抵の悪霊が寄って来れないって評判のお守りだから、ちゃんと持っとけ」

「わかった」

頷いたレッドは表情を緩めていた。昔、カンジュが旅立つ時に誓った言葉は今でも有効だろうか、とレッドは疑問を感じた。

「カンちゃん、なんで、音信普通になったの」

「……ごめん。修行の間は、ここから動けなくて……長い間、悪かったよ」

「これからは、大丈夫?」

「いや、修行を終えるまでは下山できないから」

「じゃあ、僕がここへ来るよ」

「それは嬉しいけど、大変だろう? それに危ないよ」

「大丈夫、僕だってもうトレーナーだ。いっぱいは来れないけど……」

「ありがとう。……なんのもてなしもしてやれなくて悪いけど、待ってる」

嬉しそうに笑ったカンジュは、またレッドの帽子を取ってくしゃくしゃに頭を撫でた。

「あー、やっぱ家族っていいなあ」

「……ん」

ふへへ、と嬉しそうに笑うカンジュに、レッドもにこりと笑った。

幼いレッドにカンジュが誓った言葉は、今も二人の間にあった。どんなに離れてもレッドたちのことを大切に思ってる。今思えば陳腐で臭いセリフだ。しかし彼はその言葉通り、電話も手紙も良くくれたし、長い休みには帰って来て遊んでくれた。二年前までは。手紙を最後に音信不通になっていたが、その間でも彼の心根(こころね)は変わっていなかったらしい。

「長々と話し込んでごめんな。そろそろ限界だろ」

「そうかも」

髪を整えられ、帽子を被せられながら答える。長い間寒さに晒されていたせいでいまいち感覚が麻痺していたが、話もひと段落した今がタイミングとしても良い。まだ聞きたい事はあったが、明日がある。

「風邪なんか惹かせたらハナコ母さんに二人揃って怒られちゃうからな。下山したらさっさと風呂入って暖かくして、できれば早く寝ろよ」

「……おせっかい……」

「心配なんだよ」

「自分まで怒られるのが?」

無表情にさらりと言えば、カンジュは呆気にとられた。が、すぐにくしゃくしゃな笑顔を見せる。

「ははは、なまいき言うようになったなー!」

「う、わ、やめ、ははっ」

帽子の上からわしわしと、頭がぐらつくほど撫でられて吹き出した。

こうして仲の良い兄弟のように振る舞いながらも、二人は本当の兄弟にはなれなかった。カンジュの優しさの裏にはいつだって遠慮が潜んでいて、感情的に怒鳴り合う兄弟喧嘩に発展したことなど一度もない。レッドも、カンジュが本当の兄ではないと知ってからは遠慮が生まれた。従兄弟だ、と言う思いが二人を兄弟にさせなかった。家族であるのは間違いないのに、どこかで踏み込みきれない。

それをもどかしく思ったこともあるが、今では十分だと思っている。彼はいつだって本気でレッドの心配をしてくれる。今回だって、心霊関係も含めて思いやってくれるのが、気恥ずかしくもくすぐったく、どうしようもなく暖かかった。

「はっぶしゅ!」

「大丈夫か、鼻水たれてないか?」

「もう子供じゃないんだから」

「あはは、ごめん、ついなー。じゃあま、そろそろお帰りの時間だ」

苦笑したカンジュに肩を叩いて帰宅を促され、レッドはストールを外そうとした。

「これ返すよ」

「いいよいいよ、巻いてって。俺長袖だから、今の時期はあんまり寒くないからさ。必要になったらマヒルに取ってきてもらうから、レッドが巻いて帰りなよ」

「でも」

「心配だから巻いてって欲しいんだよ。穴抜け使ったって山の麓にでるだけで、そこからリーグまで距離あるだろ」

「……わかった、ありがとう」

「どういたしまして。気をつけて帰るんだぞ、あと、くれぐれも体調崩さないように」

「心配性」

「え、なんだって、もっと小言聞きたいって?」

「なんでもないです、カンちゃんの言う通りにします」

「あははは」

ごそごそとリュックの中から穴抜けの紐を取り出していると、カンジュの仲間が見送りに集まってきた。別れを告げようと顔ぶれを見回して、レッドは疑問を感じた。ムウマージのキン、名前を知らないヨノワール。ゲンガーのマヒルに、影に潜んでしまったゴースト。一匹足りない。彼が幼い頃からすーっと一緒で、旅に出てからは相棒とまで称したゲンガーが。

「カンちゃん」

「ん?」

「クロは?」

「ああ、クロは用事頼んでるから居ないよ。と、そうだ、紹介してなかったよな。こっち、シンオウで会ったヨノワールのヨル」

「ヨノ〜」

一つ目を細め、腹の模様がにんまりと笑みを描く。他の地方へ行っている、その事実が羨ましいと思った。

「マヒルとキンは紹介するまでもないよな。あとは、あれ、ユカリどこいった?」

「ごっ」

「ああ、そこか」

カンジュの影からひょこりと半分顔を出したゴーストが、上目遣いにレッドとリザードンを見上げた。

「ユカリ、出ておいで」

首を振ってユカリと呼ばれたゴーストは影の中に戻ってしまう。

「あ、こら! ユカリ、ユカリ?」

「いいよ、カンちゃん。無理させないで」

「悪い、普段は人見知りしないんだけど……今のがこっちに戻ってからシオンタウンで仲間になったユカリだよ。その内あたらめて紹介させてくれ」

「う……くしゅん!」

「あああ、本格的にまずいな。じゃあ、気をつけて」

「カンちゃんこそ、ちゃんと休んで」

「うん、そーするよ、ありがとう。久しぶりに会えて嬉しかったよ」

嬉しさを隠しもしない心からの笑顔にレッドも笑って頷いた。

「また来る」

「今度は長袖と、できれば足元も整えておいで」

「うん」

「あ、待った、ストールの巻きが甘い」

言うなりカンジュはストールを解いた。

「ついでだから、怖がりのレッドの為にお祈りしとこうな」

「は?」

「祓い給い、清め給え」

唱えながらストールを巻きつけ、手際よく結び目を作ってゆく。

「神ながら、奇しみたま」

最後に全体を見て形を整え、満足げにぽんと肩にタッチして笑いながら言葉を閉めた。

「幸え給え」

怖がりと言うからかいに反論するのも忘れてしまった。同じ言語を話しているとはわかったものの、古風で独特な節回しのために意味が汲み取れず、ぽかんとしてしまったのだ。けれど昔から神社へ修行に行っていた彼が唱えるのだから、本格的なお祈りなのだろうと察しが付く。

「……お祈り、本格的だね」

「霊験あらたかだぞ〜! 効果ありそうだろ?」

「うん。僕にもひぃっぶしゅん!」

「わかった。けど、今度な。ほら、今日はもう帰った帰った。もし少しでもおかしいと思ったら、無理しちゃだめだぞ」

「わかった。またね、カンちゃん」

「ああ、またな。元気で過ごすんだぞ〜」

満面の笑みで大きな動作で手を振り、その隣に並んだカンジュの仲間たちもそれぞれ手を振って見送ってくれた。穴抜けの紐が発動する間際、カンジュの影から顔を半分と片手だけ覗かせたユカリが手を振っていることに気づき、レッドの顔には自然と笑みが浮かんだ。
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