ウツギ博士から連絡が来た。俺にじゃない、ヒビキにだ。ヒビキがお使いの時に研究所へ持ち帰ったポケモンのタマゴ、それを持ち歩って欲しいとの事だ。トゲピーのタマゴイベントに他ならない。
 いきなりファイヤーやロケット団に遭遇するもんだから、ストーリーがずれてるんじゃないかと内心ヒヤヒヤしていたけど、ヒビキは順調みたいだ。
 もしかしたらヒビキに同行すればゲームと同じ進行をするのかもしれない。一緒に行こうなんて言ったらそれこそストーリーを変えてしまいそうだから言わないけど、たまに確認していこう。

「またね、ワカナ」
「ちこー」

 立ち止まりしゃがんで手を伸ばしたヒビキに、チコリータは気持ちよさそうに撫でられていた。

「……ヒビキくん相手だと大人しいな」
「あはは」
「ま、いいや。ヒノノ、またな」
「ひーにょー」
「……ワカナさん、俺の足踏んでますよ」

 ヒノアラシに手を振った俺の足にチコリータが前足を乗っけて来た。知らん顔してるけど、頭の葉がぴくりと動いた。嫉妬ですかー? 可愛いことしちゃって。
 指摘したらぶたれるから言わないでおくけど、懐いてきてくれてるようで嬉しいね。

「じゃ、ばいばーい」
「おー、またなー」
「ひのっ」
「ちっこー」

 キキョウジムのすぐ近く、フレンドリィショップの前でヒビキと別れた。タマゴは助手に持たせたからキキョウシティのフレンドリィショップで受け取って欲しい、と指定があったのだ。
 タマゴを見たい気もしたが、コンビニのように狭いフレンドリィショップで男3人顔を突き合わせるなんてむさくて寒い。

「さて、じゃあポケセンにもどろうか」
「ちこ」

 俺はとあるアイテムを回収しようとポケモンセンターへ引き返した。





 ポケモンセンターの地下、Wi-Fiルーム前。

「すみません、初めて利用する者ですが」
「はい! ではご説明させて頂きますね。こちらのパンフレットをご覧ください」

 俺は通信相手もいないくせに、はきはき喋るお姉さんから通信システムの説明を受けていた。カウンターに乗っけたチコリータは一緒になってカラフルなパンフレットを覗き込んでいるが、文字だらけのそれを理解できないようで、始終首を傾げていた。

「――それではこちらがリョウ様の友達手帳になります。いってらっしゃいませ!」
「有り難うございます。ワカナ、有り難うって」
「ちーちこっ」

 よし、友達手帳ゲット! 使う機会あるかはわからないけど、覚えてる限りアイテムは回収してこう。
 挨拶したチコリータにも微笑ましそうに手を振ってくれるお姉さんの横を通り過ぎてWi-Fiルームに入る。

「ちこっ!?」
「ん? びっくりしちゃったか? 大丈夫、あれも人だよ」
「ちー?」
「遠くから通信してる人の姿なんだよ。だから大丈夫」

 向こうが透けて見える半透明の人が部屋に沢山居るのを見てびっくりしたチコリータを宥めるため説明する。幽霊なんかじゃなくて全部ホログラムだそうだ。
 ホログラムの種類はもはや見慣れてきた虫取り少年や短パン小僧はもちろん、エリートトレーナーやスキンヘッズ、ジェントルマンなど大人の姿もあった(女の子は残念ながらいないみたいだ)。ついでに頭上にトレーナーの情報が出ていて、それを見る限りホログラムの見かけとトレーナーの年齢はあまり一致していないようだった。
 半透明のホログラムを使用している人はここではないポケモンセンターから通信しているはずの誰かで、透けてない生身の数名はこのキキョウシティから通信している奴らだ。
 それにしても結構人が多いな。壁際の案内係のお姉さんも他のやつに説明してて、ぼっちの俺はやることがない。

「座ろうか」
「ちこ」

 壁際に並ぶソファに身を沈める。ふかふかのそれに飛び乗ったチコリータはご満悦で踏みしめた。
 そのまま何をするでもなくぼんやりと寛いでいると、ホログラムの一つ、空手王っぽい胴着の人がこちらに向かってきた。ナイスガチムチ。

『待ち合わせかい?』
「いえ、使ったことないから説明だけ受けに……あなたは?」
『僕はジョウトに交換相手が居てくれたらな、と思って交流しに来たんだ。隣いいかい?』

 ホログラムと声はちぐはぐだった。逞しい兄貴から聞こえるのは、幼いほどに若い、まだ少年の声。
 頭上を見上げて人物の情報を確認すると、そこには「エリートトレーナーのユウキ」と称号と名前だけがあって、他の情報は伏せてあった。

「すみません、俺じゃお役に立てないかと思います」
『なんでだい?』
「俺、ポケモンを捕獲する気がないので」
『え? どういうことか聞いてもいいかな?』

 あれ、なんか逆に興味を引いてしまったか? 空手王はチコリータを挟んで隣の席に座ってしまった。
 んー、個人の事情話してもしょうがないし、適当にごまかすか。

「多くのポケモンを育てられるような財力がなくて。2匹が限界だから、捕獲も交換もする気はないんです」

 えっ、そんなに貧乏なの!? とびっくりしたらしいチコリータが見上げてくる。安心しろ、この場を適当に切り抜ける嘘だから。そこまで貧窮してないし飯をけちるつもりはないから。本当の事情話したくなくて、適当に言ったごまかしだ。

『ふぅん、大変なんだね』
「いえ、好きでトレーナーになりましたから」

 こっちは割と本音だったりする。子供の頃、本気でポケモントレーナーに憧れていたんだよな。不思議な生き物と冒険の旅に出て、最強のトレーナーになるなんて凄くわくわくしたし、ウインディとかギャロップとかカイリューとかラプラスとか、乗れたら楽しいだろうと思っていた。

『そうか。なんだか君には好感が持てるな』
「そうですか?」
『ポケモンのこと、ちゃんと考えてるんだね』
「あはは、自分の身の程を知ってるだけですよ」

 本当にポケモンの事を思うなら、俺はレンジャーになるか里親の元に行くべきだった。
 もし俺が元の世界へ帰る事になれば、その別れはポケモンたちを傷付けることになる。一緒に頑張ってくれた仲間を捨てる、そういう事になるのだから。

『お近付きの印にこれをどうぞ』
「へ? え? なに? なんで?」

 どぅ、どぅ、どぅ、どぅ、と例の音楽が流れて勝手に交換(?)が始まってしまった。マシンを使ったわけじゃないのに何故? と慌てる俺の手元に天井(?)から何かが降ってきた。が、咄嗟にキャッチなんかできるはずもなく、跳ねて床に落ちてしまう。

『あははははは』

 さもおかしいと笑う空手王を一旦放置して、転がって行ってしまった何かを拾う。それはパチンコ玉くらいの、金色に輝く玉だった。

「……うぇっ!?」
『あはははは! いい反応するね!』
「こ、これって」
『本物だよ』

 金の玉!? 換金アイテム(5000円也)じゃねーか!!

「いやいやいやむりむりむり。頂けませんから、こんな高価なもの」
『駆け出しだと高価に思えるよな。でも大丈夫、段々はした金に見えてくるから』

 その言葉に相手のトレーナー歴の長さを感じた。
 タウリンとかリゾチウムとか、ポケモンを育てる使い切りのアイテムは1つ9800円だ。そのくせ1匹につき20個くらい使う。だから新しく育成しようとなると、スゲー金がかかる。
 トレーナー歴が長くきちんと育成をしていればいるほど、金銭感覚麻痺してくるんだよな。

「エリートて言うか、廃人……」
『んー? なんだって?』
「なんでもありませんよー」

 空手王のごっつい顔で睨まれて反射的に顔が引きつる。中身は少年だと分かっていても、ガチムチに睨まれると身構えちまう。チコリータが呆れたようにため息をついた。仕方ないじゃん、怖いもんは怖い。

「それより、どうやって通信したんです?」
『道具の通信は部屋に居ればどこでもできるよ。ポケナビ……じゃないか。ジョウトだとポケギアだっけ? それにツールをインストールすれば出来るはず』

 返そうとポケギアを確認するが、それらしき項目はない。やっぱデータカード買ってインストールしなきゃだめか。

『余らせてるから持っていってよ』

 さらっと男前なこと言う相手に、あまり遠慮したら失礼な気がした。厚意は有り難く受け取るべきだろう。ふと、もしや相手は未来の金の玉おじさんかな、と思った。
 それにしても、友達手帳回収しに来ただけなのにスゲーもん入手しちまった。

「……じゃあ、有り難く頂いておきます。でも俺は誉めて貰えるような人間じゃ……」
『誰しも隠したいことの1つや2つ、持ってるものじゃないか?』

 なんか見透かされてる!? と固まった俺に、たたみかけるように金の玉少年は言った。

『やっぱりそうかー』

 かまかけたのかよ。

「……はぁー。お人がお悪い」
『あはは、悪い。新人らしくないから、ちょっかいかけたくなっちゃったんだ』

 悪びれもせずに笑う様子に、今更ながら変な人に捕まったと感じた。

『さて、ID交換しようか』
「えっ」
『別に邪魔にはならないだろ? 登録しとけよ』

 そうだけど、態度もだけど、最初と口調変わってない? なんかあんまり関わらない方が良い様な気がすんだけど。
 内心突っ込んだり面倒な予感にどう断ろうかと迷って居る間に、金の玉少年は部屋に何台も設置してあるゲーセンのゲーム機みたいな通信マシンに着席した。そこまでされてしまうと大した理由も無く頑なに断るのもどうだろうかと思い、手招きされるまま俺も席に着く。通帳みたいな友達手帳を機械に入れると、暫くして相手の情報が書き込まれて出てきた。

「へえ、フレンドリストってこんな風に……はぁー?」
『そうそう、その顔が見たかったんだよ』

 いつの間にか隣に立ち、にやーっと口角を上げて笑う空手王のホログラムと、フレンドリストの情報の間を視線が往復してしまう。
 非公開になっていた情報はフレンドリストに登録する事で開示されていた。ホウエン地方在住、12才、男。ついでに称号も変化していた。ホウエンリーグチャンピオン、ユウキ、と。

「……抹消しておきます」
『あ? いい度胸だな』
「むしろあなたを登録しておく方が度胸いりそう」
『意味わかんねーつーの。――あれ、2コ上だ』

 被っていた猫をかなぐり捨てたらしい金の玉少年、もといユウキは俺の情報を見て驚いていた。

『以外と年近かったか』
「いくつだと思ってたんですか」
『もっと上。16くらい』
「はぁ。俺も彼のユウキさんが変人だとは思いませんでした」
『変人って、失礼だな!』

 ユウキってのは確か、ポケモンシリーズの3作目、ルビー・サファイア・エメラルドの男主人公のデフォルトネームだったはずだ。姿は確認出来ないけど、たぶんその人に違いないだろう。
 話しながら通信マシンから離れ、再びソファーに腰掛ける。

「だってそうでしょ。こんなとこで油売ってないで仕事してください」
『いいんだよ、挑戦者こなきゃ仕事ないんだから。リーグの外じゃ俺、普通のトレーナーだもーん』

 もーんじゃねーよチャンピオン。人からかって遊んでる場合か。なんかこう、やることないのかよ!

「バトフロでも行けばいいのに」
『行ってるよ。ここへは全国図鑑完成のために来たんだ』
「ああ、なるほど。だったら友達紹介しましょうか」
『お前の友達?』
「はい。ヒビキって言って、ウツギ博士からヒノアラシを譲り受けて旅を始めた子です。図鑑を持っているから、交換に応じてくれると思いますよ」
『へえ、アンタは? チコリータは御三家の1匹だろ?』
「よくご存知で」
『そりゃあな。博士からポケモンを貰うって、今は一種のステータスだから』
「ステータス?」

 なんじゃそりゃ、と目を見張ってしまった。ステータスって、つまり自慢出来るような事って意味だよな?

『知らないで貰ったのかよ。あー、でも先入観ない方がいいか』

 勝手に1人で納得してからユウキは説明してくれた。

『カントー、ホウエンって立て続けに旅立ったばかりの子供がチャンピオンになっただろ? で、その子供はどちらも各地方の有名な博士から御三家の1匹を貰って旅立った。だから今の新人トレーナーにとって、博士から御三家を貰って旅立つのは憧れなんだ』
「なるほど」

 それもそうかと納得した。ポケモンシリーズは毎回その流れなもんだから、当たり前になりすぎててそれが傍目から見た時どういう風に映るかなんて考えてなかった。

『先入観のないお前みたいなのだから、博士も御三家渡したんだろ』

 微笑ましそうに笑われて微妙な気持ちになる。絶対に勘違いされてると思うんだけど、訂正するには「ゲームのポケモン世界では当たり前の事だったので云々〜」と身の上話をしなきゃいけない。つまり訂正は不可能ってことだ。

「ユウキさん、わかってますか? それって、博士からしたらあなたも俺みたいに思われてるかもしれないって」
『……あの博士なら有り得る……』

 せめてもの反撃の言葉だったが、お互い微妙な顔を突き合わせる事になっただけだった。


次話 ハヤトが言う事には
前話 ヒビキと一緒





* * * * *



道具の交換は部屋のどこからでも、ポケモンの交換はマシンを使わないと出来ないようになっています。生き物の遣り取りは慎重に、という方針と、マシンの台数の少なさからこうなっております。

追記
複数の方からご質問頂いたので少々説明を入れさせて頂きます。
この話でリョウが「手持ちを増やさない(意訳)」というようなことを言っておりますが、2匹だけで旅を続けるわけではございません。

リョウは野生の捕獲はしませんが、チコリータとイーブイを譲って頂いたように一方的に貰い受けることは致します。
それから作中で金銭的に2匹が限界と申しておりますが、これは嘘です。実際のところはそこまで財政が逼迫している訳ではなく、捕獲しないことへの言い訳です。

リョウには捕獲をしたくない理由があり、更に今の手持ちを手放す気もございません(従って交換には応じられません)。
しかしそれらの理由は出会って間もない人間に話すような物ではないので、ユウキに対してもっともらしい嘘をつきました。

図らずも読者さまを混乱させてしまい申し訳ありませんが、リョウは隠し事をしたり嘘を付くことを躊躇わない性格なのだ、とご理解下さると幸いです。
なお捕獲しない理由につきましては、後々作中で説明が入りますので、もう暫くお待ちください。

最後になりましたが、ご指摘有り難うございました! 分かりやすいよう、作中に少々説明を付けさせて頂きました。どうにも独りよがりな文になりがちなので、ご指摘頂けて助かりました。今度はわかりやすくなっている、と思います。思い込みかもしれません(倒)