風呂に入った直後に速攻寝落ちた翌朝、俺は筋肉痛に苦しんでいた。動く度に足と腕と尻が痛い。ハヤトを背負って獣道を歩いたのが相当きてたらしい。大人の体だったらあのくらい平気だったのによう……。
 詮無いことを考えながら荷物を抱えなおす。

「っしょっと……」

 筋肉痛の俺は部屋の掃除を免除された代わりに、同室のやつらの洗濯物を抱えてランドリーへと向かっていた。しっかしこれが結構重労働で、俺の筋肉痛はクライマックスを迎えていたりする。いてぇー。

 ポケモンセンターの無料宿泊施設は、青少年の家に似たシステムで運営されている。もしくは学生寮みたいな感じだ。
 部屋にキッチンなんかないし、バストイレも共同で、毎朝掃除の時間がある。シーツなんかの備品の洗濯は雇いの人がやってくれるけど、洗濯場に運ぶまでは宿泊者の仕事だ。シャンプーなんかはあるけど、バスタオルは持ち込みだし、服とか洗いたいものがある時はランドリーへ行って自分でやることになる。ランドリーは無料だからトレーナーはほぼ全員利用していて、いつ行っても混んでるのが困った所だ。
 22時を過ぎると使えなくなるし。

 だから大型の洗濯乾燥機が並ぶランドリーでは、シェアが当たり前になっている。知らない者同士で、例え空きがあろうとも一つの洗濯乾燥機に限界まで放り込み、次の人のためを考えて洗濯するのだ。
 さすがに女の子は女の子同士でしかシェアしないけどな。
 で、同室に泊まるとやはりそこで話が纏まるわけで。それはいいんだが、短パン小僧と虫取り少年、溜め込み過ぎだろ。俺やヒビキの2倍はあるぞ。軽装のくせにさぁ……あとパンツためるなよ! 一週間ぶんくらいあるとかさすがに汚えよ。お兄さん引くわあ。

 ちょうど空いていた洗濯乾燥機に片っ端から放り込む。満杯を少し越えてるけど、ちょっとくらいなら平気だろ。
洗剤と柔軟剤をセットして……ほい、あとは1時間待つだけだ。飯食いに行こう。
 部屋に戻ると虫取り少年たちは既に居なかった。

「あれ、ヒビキだけ? つうかもう掃除終わったんだ?」
「うん。食堂で席取りしてくれてるよ」
「そうか。連絡係りご苦労さん」
「どう致しまして」

 ランドリー行ってから15分くらいしかたってないっつうに。うっすら埃残ってんじゃん。まー、小学校の掃除の時間を思い出せば納得の時間ではある。

「うし、行くぞー」
「ひのー!」
「ぶーい!」
「ちっこ」

 ヒビキの頭上にポッポを残し、3匹が嬉しそうに飛び出して行く。特にヒノアラシとイーブイは早く早くと急かすように、振り向きながらも先へ先へと進んで行く。ヒノアラシも食いしん坊だったのか。

「僕たちねー、バイキングにするんだ! リョウくんは?」
「俺は和食A」

 言いながらぴっと食券を取り出して見せる。定食の食券は前日の21時までに買っておくと、少しだけ安くなる上に9時までは絶対確保されるので、のんびりしたい人や混雑を避けたい人にはお勧めだ。

「準備万端だね」
「食券買うのに並んで受け取りでもう一回並ぶの、朝からだとめんどくて」
「……賢い。僕も買っておけば良かった」

 どうやら手間を考えていなかったようで、ヒビキは真顔で言った。

「いや、夜の内に並ぶか朝並ぶかの違いだし、そんな深く考えなくてもいいんじゃね?」
「そうだよね。うーん、でもやっぱ朝から並ぶより夜の方が良かったなー。朝とか、なんかだるい」

 ヒビキには穏やかながら元気なイメージを抱いていたので、意外な発言に軽く吹き出した。

「だるいって、ヒビキくんもそんなこと言うんだ」
「え? 言うよ。僕めんどくさがりだもん」
「そうは見えないけど。洗濯だって溜めてないし」
「それはさ、溜めた方が面倒だから。旅に出る前、母さんが1人で何でもできるようにしなさいって家事を任せてきたんだけど、洗濯でも何でも溜めるとすっごい面倒になるんだもん」

 その時のことを思い出したらしく、ヒビキは思いっ切り顔を顰めた。わかるわ、俺も独り暮らし長いからすげーわかる。

「洗い物はこびり付くし、大量の洗濯物は畳むのに時間かかるし、たまった埃ははたきかけても雑巾で何度も拭かなきゃ綺麗にならないし?」
「そう! そうなんだよー! 任されてわかったけど、僕、母さんに頭上がらないよ」

 ヒビキの話しぶりからするに、ヒビキ母は本当に全部を息子に任せ、失敗から学ばせたようだ。そこまでしてくれる母親って凄いと思うし、失敗からちゃんと学ぶヒビキも偉いと思う。

「いいお母さんだな。ヒビキもいい息子だし」
「えへへ、ありがとう」

 はにかむヒビキは幸せそうだった。良い子に育った理由、少しだけわかった気がするよ。





 朝食の時の話の流れで、俺とヒビキはキキョウシティを散策することになった。と言うのもヒビキがジム以外オールスルーしてた事が判明して、俺が案内することになったのだ。
 始めて訪れた場所の案内とかおかしいだろ、という突っ込みは誰からも入らなかった。一晩同室で過ごしただけだと言うのに、少年たちにはすっかり変わり者と認定されていたようだ。
 なんつうか、子供の世界って結構厳しいよな……。

「――この近くだとアルフの遺跡で岩砕きすると欠片が手に入るわけ」
「へえー。見かけたらとにかく砕きまくってやればいいんだね」

 岩からたまにポケモンが飛び出してくる事とハートの鱗の事は言わなかった。あんまり教えすぎて冒険心を砕いちゃ可哀想だし(というのは建て前で反応が楽しみなだけだ)、ハートの鱗についてはやや廃人向けだ。初心者のヒビキに説明すると支障があるかもしれない。
 ハートの鱗っつうのはは、ポケモンの技の制約を緩和してくれる。ポケモンは4つしか技を覚えられないので、新しい技を覚えるには今までの技を忘れる必要がある。忘れてしまった技を思い出すにはハートの鱗が必要ってわけだ。
 一度忘れたら二度と思い出せないはずの技を思い出させてくれる便利なアイテムだけど、忘れた技も後で思い出せるから取り敢えず新しい技を覚えさせて試そう、なんて考えてしまったら、この世界では確実に詰む。つうかそれで詰みかけたのは俺です。ゲームだったからリセットしてなんとかなったけどなー。

「片っ端からやってやれ。たしか欠片一つにつき、木の実3種詰め合わせで各5個づつくらいくれるはずだし、コガネまで行けばフラワーショップでプランター買えるから増やせるようになるよ」
「コガネかあ……ワカバに居た時はすっごく遠いって思ってたけど、ヒワダを越えたら着いちゃうんだよね」
「だな」
「なんかどきどきする! 都会すぎて迷ったらどうしよう」
「いいじゃん、そのまま探検すれば」
「それもそっか。わくわくするね、ヒノノ!」
「ひのー! ひののー」
「ちーこちこ、ちっこ」

 石畳を踏みしめながらきょろきょろしていたヒノアラシが楽しそうに同意して、チコリータに向かって何かを話す。チコリータも楽しそうに受け答えをしている。こう言うやり取りは昨晩からよく交わされていた。
 やはり同じ研究所にいたせいか、2匹は気安くじゃれついて良く話す。気の強いところのあるチコリータに、ヒビキと同じく気性の穏やかなヒノアラシは合っているようで、2匹の仲はすごく良さそうだった。

「可愛いね」
「ああ。なんか、2匹とも電池で動いてそうだよね」
「ぶっ! あっははは、僕も同じ事考えてた! ぬいぐるみみたいだよね」

 トイプードルとかティーカッププードルとかと一緒で、まるで愛らしいぬいぐるみみたいな容姿のポケモンがちまちま動くところを見ているとそう思ってしまう。
 実際のところは俺らよりずーっと逞しくて強い生き物なんだけどな。

「ひのー?」
「ちっこ?」

 何がつぼったのか爆笑するヒビキを、2匹が不思議そうに見上げた。

「何でもないよ。ただヒノノとワカナが可愛いって話」
「ひっの」
「ちこー!」
「痛っ」

 照れたらしいヒノアラシの背から、ぽんっと炎が噴出される。と同時に俺は足をチコリータの頭の葉っぱに叩かれていた。褒めたのに。

「ワカナ、可愛いって言われるの嫌か? 痛いっ」

 無言で叩かれた。それを見ていたヒビキはまた隣で吹き出した。

「ぶっくく、り、りょうくんって、以外と天然だね」
「え? そう? 割とわかりやすい天然だと思うけど」
「あははははは! 自覚あるの!? あははははは!」

 いや、だってたまに言われるからさ……少し天ボケな部分があるの、自分でも知ってはいるわけよ。他人から見た時、どんな所がボケてみえるかはわからないけども。

「ヒビキ先輩にゃ負けるけどなー」
「えー? そうかな。僕、そんなに天然ボケじゃないと思うけど」
「知ってるか? 本当に天然ボケの人ってそう言うんだぞ。酔っ払いが酔ってないって言うのと同じだな」
「えっ、まじで? じゃあ僕天然ボケ! 天然ボケです! ……やっぱやだ」

 天然ボケを否定するために慌てて天然ボケ宣言をかますヒビキは間違いなく天然ボケだろう。笑わずにはいられない。
 しかもやだってなんだよ。素直すぎて面白いぞ。

「ヒビキくんはそのままでいいと思うよ」
「えー」
「そんな不満そうにされても、どうにもなんないから」
「えー」

 1度目は心底不満そうに、次はふざけて不満を装ったヒビキは、すぐに相好を崩した。

「まあいいや。嫌われるわけじゃないもんね」
「そうそう。ヒビキの天然っぷりは素直な証拠だから美徳だよ」
「ありがとー」
「ひのっ」

 何故かヒノアラシがチコリータに叩かれていた。

「どうしたんだろ?」
「八つ当たりでしょ?」
「八つ当たりって、何かあったか?」
「ん? うんー。ほら、リョウくんが僕を褒めたから」
「え、それってもしかして……痛い! 痛いワカナさん!」

 嫉妬してんの!? と言おうとしたらめっちゃ足を叩かれた。痛いよ、地味に痛いんだって。図星だったらしくいつもより力が籠もってて痛い。

「あははははは。幸せの痛みだねー」
「ひのー」
「痛い痛い、そんな叩くなって。ヒビキくんも煽るようなこと言わないでくれよ」
「あはははは」

 笑ってないで助けてください。あとドMみたいに言わないでくれ!


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閑話 性格補正と努力値の話
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