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1 ヨシノシティへ

 
 チコリータは意気揚々と進む。時折立ち止まっては段差を飛び降りてみたり、草むらでごろごろしたり、木に止まった虫を眺めたりと興味の赴くままに行動している。立ち止まったチコリータの隣に立てば、そこには必ず発見があった。

「どうした、ワカナ?」
「ちこ」

 道の端、木々の合間を覗いていたチコリータは、視線の先へ首もとから蔓を伸ばした。緑の葉と赤茶の蔦が絡む茂みから出てきた蔓の先には、明るい朱色の小さな木の実がある。

「いいもん見つけたな〜木苺かな?」
「ちこー」

 ふんふん匂いをかいだチコリータはそれを俺に差し出してきた。

「え? くれるの?」
「ちこっ」

 あれ? 物くれるようになるのって、もっと懐き度が上がってからじゃなかったっけ? しかも木苺なんてなかったよな。つうかまず木苺の存在にびっくりだ。苺モチーフの木の実あるから、てっきり存在しないのかと思ってた。

「ちこー」
「ありがとう、ワカナ」
「ちこっ」

 頷いたチコリータから木苺を受け取り感謝のつもりで頭をなでると、チコリータはむず痒そうにしてからまた蔓を伸ばした。
 別に急ぎの旅じゃない。それに現在地の29番道路は迷うような場所じゃないし、トレーナーも居ないからのんびりしても問題ないな。そう思ってチコリータの隣にしゃがんでいたら、両手に小山ができるほど集まった。大収穫だ。今日のおやつだな。
 ホクホクした気分で木苺の小山を見ていると、チコリータは物言いたげな視線を寄越してきた。

「なに? どうかしたか?」
「ちーちこ」

 何を訴えているのかさっぱりわからない。疑問符ばかり浮かべる俺に向かってチコリータは何度か鳴いて、通じないとわかるとむっとした顔でずんずん進み始めてしまった。って待ってくれ、両手が塞がってちゃ歩き辛いだろ!

「ワカナ、ちょっとまって……ってうわっ!?」

 やせいの ポッポが とびだしてきた!
 リョウは きいちごを おとしそうに なった!

 少し離れた草むらから飛び上がってホバリングするポッポに、思わず脳内でテロップが流れた。アッブネ、せっかくチコリータがくれたものを落っことすとこだったよ。ってこのままバトルに入るのかよ!?

「ぽっぽお!」
「ちこっ」
「ワカナ!」

 こちらが驚いて硬直していてもポッポは待っちゃくれない。体当たりされたチコリータはころりと転がった。
 わああまずいまずい! 苦手な飛行タイプとかやばい! ウチのチコリータさんは若葉マークピッカピカの5レベルですよ! うっかりで死ねる!

「大丈夫か、ワカナ!?」
「ちこっ」

 すぐに立ち上がったチコリータの頭の葉が、気合いを入れるように一回転した。よし、大丈夫だな?

「体当たり仕返してやれ!」
「ちーこっ!」

 草むらを揺らしながら低空をホバリングするポッポに、チコリータは勢い良く突っ込んで行く。レベル5では一撃で仕留められる筈もなく、空中で体制を立て直したポッポがまた突っ込んでくる。
 両手が塞がってるせいで相手のレベルもHPも確認できないのが怖い。素早く立ち上がったチコリータの様子からするに、こちらにはあまりダメージ入ってないと思うけど。

「もう一度体当たり!」
「ちこっ」

 バシッと軽快な音が響いてポッポが地に墜落する。草むらの合間で立ち上がり、翼を広げながらこちらを睨みつけてる。荒ぶる鷹のポーズ、だと……!? と冗談は置いといて、やる気に満ちているみたいだが襲ってくる様子はない。
 何だろう? ポッポって気合い溜めとか覚えないよな?
 指示を仰ぐようにチコリータが少しだけこちらに視線を寄越したけど、襲ってくるでもない相手を倒すのはなあ……いや、そんなこと言ってたらレベル上げできないか?

 考え事をしている内に、草むらからポッポがもう一体でてきた。すわダブルバトルか!? と焦ったものの、入れ替わりで最初のポッポが下がって行く。
 なにこれ、無限沸き? ポケモンはそういうシステムじゃないだろー? わけわかんねえ。

「よし。ワカナ、逃げるぞ!」
「ちこっ!?」
「行くぞー」

 とりあえず今は逃走しとけ!





 ポッポとエンカウントした場所から少し離れた草むら。ばさばさという羽音に振り向いたら、さっきの個体らしいポッポが1羽、近くの木に向かって飛んで行くところだった。追撃してくる様子もないので立ち止まり、しゃがんでチコリータを覗き込む。

「お疲れさま、ワカナ。痛いとこないか?」
「ちこー」

 少し不満そうなチコリータがぶんぶんと頭の葉を振り回す。ジーンズ越しにぺちぺち当たって痛い。元気そうでなによりです。

「怪我なくて良かったよ。でもな、1人で先に行っちゃだめだぞー。この辺はさっきみたいに飛行タイプが出るし、素早いやつもいるから危ないよ」
「ちこっ」

 むっとしたチコリータは、自分はそんなに弱くないとでも言いたそうだ。

「心配なんだよ、だから一緒に行こう? な?」
「……ちこ」

 ちょっとまだご機嫌斜めだけど、とりあえず納得してくれたようでお兄さんは安心しました。

「よし、じゃあこの木苺しまっちゃうから。ちょっと待っててな」
「ちこ!?」
「ん? どうした? 今食べたいのか?」
「ちーちこちこちー」

 ごめん、さっぱりわからない。

「この辺は草むら多くて危険そうだし、食べるならせめて草むらが無くて見晴らしの良いトコにしよう?」
「ちっこ」

 ようやく頷いてくれたので、ビニール袋に入れてから鞄にしまう。ついでにポケギアでステータス確認だ。

「あれ? 経験値入ってる」
「ちー?」

 わからないとは思うけど、首を傾げるチコリータにポケギアを見せて説明してあげることにする。

「ここの、この青くなってるバー、経験値バーって言ってお前がポケモンを倒すたびに増えるんだ。さっきのポッポ、気絶はしてなかったけど倒してたみたいだ」

 チコリータは説明がわからなかったのか、首を傾げた。

「んーとなあ、これはワカナが頑張ったって証拠なんだよ。有り難うな」
「ちー」

 ぱっと顔を輝かせたチコリータを撫でる。拒まれなかったので抱き上げてみようとしたら、ぱん! と頭の葉で手を払われた。痛いです。
 羽音が聞こえて顔をあげると、さっきエンカウントした場所からまたポッポが飛び立ったところだった。先に飛んで行ったポッポと同じ木の影に入って行く。
 ふと、もしかしたらあそこに巣があって、俺たちが近付いたから襲ってきたのかな、と思った。

「だとしたら、倒したはずなのに睨みつけてきた理由もわかるな」
「ちこ?」

 終わった事だし事実はわかないから、考えても仕方ないことだ。首を傾げたチコリータになんでもないと言って、俺たちは再びヨシノシティへ向かって歩き出した。





 ヨシノシティのポケモンセンター。回復が終わったチコリータはご機嫌だ。草タイプのさがなのか、町中から花が香るヨシノシティをお気に召したらしい。
 それに加え、連続エンカウントのポッポから逃げた以外は連戦連勝、レベルも上がって葉っぱカッターを覚えた。気分は上々ってとこだろう。

「お疲れさま、ワカナ。遅くなったけどご飯にしようか」
「ちこ!」

 ポケモンは基本的にポケモンフードを食べる。人間の飯も食べられるけど、味付けが濃すぎてあまり体に良くないらしい。その辺は動物と変わらないんだな。
 ウツギ博士が研究所であげていたフードをくれたので、しばらくはそれを食べさせるつもりだ。

 ポケモンセンターはゲームで見るよりずっと広くて、アニメみたいに無料の宿泊施設が併設されてる。
 ちらりと覗いた食堂は昼時を過ぎたのにまだ混んでいた。まあ今日はウツギ夫人が持たせてくれたバゲットがある。談話室で空いてるソファを見繕いますか。

「ちょっと待っててな」

 席に鞄を置いて、まずはチコリータの前へフードと水を用意してやる。さらにもうひと組準備したフードと水は、借り物のピジョンの分だ。

「おいで、ピジョン」
「ピジョー」

 ばさりと伸びをするように翼を広げたピジョンは、さっそくフードをつつき始める。チコリータは気丈に振る舞っているが、苦手なタイプのためか少し緊張してるみたいだ。昨夜も今朝もこんな調子だった。
 苦笑しながらチコリータを撫でる。

「大丈夫、ピジョンはいいやつだよ」
「ちこっ」

 ぷるぷる首を振って手を払いのけたチコリータは、気にしてなんかない! と言ってるらしかったが、明らかにピジョンを意識していた。ピジョンは本当に気にしてないようだが、なんだか双方が気の毒に思える。
 セラピスト先生から借りたピジョンはすごく大人しいんだけど、レベル差やタイプ相性が心理的圧迫になっているみたいだ。もうすぐ返すから、問題って程じゃないんだけどさ。
 考えたって仕方ない事を頭から追いやってバゲットを取り出す。俺の肩掛け鞄はトレーナー御用達の、なんと自転車まで入る四次元鞄だ。おかげでバゲットもふっくらそのまま持ち運べた。
 談話室の端に設置してあるレンジを操作して、持参したコップに水を注ぐ。温めたバゲットを手に席へ戻ると待て状態のチコリータがそわそわしていた。

「よし、じゃあいただきます」
「ちこりー」

 俺の後に続いてチコリータもいただきますをした。ポケモンの言語なんてわからないけど、この意訳は間違ってないと思う。

「おいしいか?」
「ちこっ」

 頭の葉を嬉しげに揺らしながらチコリータは応える。こういう、会話が成り立ってるような返事をするところがとても人間くさい。猫や犬だと食べるのに夢中で、返答はあまり期待できないからなあ。
 俺も具沢山のバゲットを頬張る。鶏肉とチーズがやや重たいけど、トマトの酸味が利いていて食欲が刺激された。
 お腹もすいてたし、あっと言う間に2本のバゲットを平らげてしまった。

「満足したか?」
「ちこー」

 口の周りを舐めとっているチコリータもご満悦の様子で、体力気力ともに十分のようだ。一足先にピジョンを戻したこともあってくつろいでる。休憩を挟んだらすぐにでも出発できそうだな。
 とはいえ今日中に30番道路を突破するのは難しいだろうなあ。ジョーイさんに聞いた限り、距離的には問題ない。でもあそこはポッポに加えて虫タイプが出るし、トレーナーも待ち構えてるはずだ。もたついて夜にさしかかれば危険はさらに増す。夜は視界が利き辛くなると教わったし、体力だって無限にあるわけじゃない。
 どの道この先は草タイプのチコリータには少々荷が重い場所だ、慎重に行かなきゃだめだろう。2倍以上のレベル差があれば危なげなく行けるんだけど、あいにくチコリータのレベルは6。まだまだ心許ない。

 うーん、最初のジムは飛行タイプだし、戦力を強化した方がいいんだよな。でもむやみに増やしたくない。
 一応チコリータの他にも手持ちが居るにはいるけど借り物だ。セラピスト先生に無断でバトルするわけには行かない。っていうかそれ以前にまず言うこと聞かないしな。
 片付けをしながら今後について考えるが答えはでない。ま、そういう時は出来ることから片付けるべきだよな。

「ワカナ、午後はちょっと街で寄り道するよ」
「ちこ?」

 首を傾げたチコリータを撫でる。今朝のヒビキとのバトルからチコリータは俺を受け入れ始めてくれてるようだ。むざむざ瀕死にさせるようなことは避けたいな。

「今から次の町はちょっと辛いから、フレンドリィショップともう一件行って、今日はここにお泊まりしような」

 わかっているのかいないのか。首を傾げたチコリータを連れて俺はポケモンセンターを後にした。





 フレンドリィショップへ向かう途中、問答無用で案内爺さんに捕まった。ゲームではランニングシューズをくれるありがたい爺さんなんだけど、すっかり忘れていたからすごく驚いた。しかももうランニングシューズ持ってるし。

「付き合ってくれたお礼にランニングシューズをあげよう。わしのぬぎたてホヤホヤじゃ」
「わーありがとうございまーす! ほんのり生暖かくて微妙な気分になれますね!」
「む、なかなかやるな少年。そんな少年にはこれもおまけじゃ」

 ボケにボケを被せたらなんかの木の実くれた。チコリータが興味津々なのでしゃがんで見せてやると、ふんふん匂いを嗅ぐ。食べたりすんなよー?

「有り難うございます。じゃ、おまけだけありがたく」
「ほっほっほ、ちゃんと新品のランニングシューズも用意してあるよ」
「すみません、実はもう持ってるんです」
「なんと! ただで爺に付き合うとは良い心がけじゃ。どれ、ランニングシューズの代わりになるかはわからんが、これも持っておゆきなさい」
「有り難うございます、助かります」

 さらに木の実を貰ったけど何かはわからない。さすがに木の実の外見なんて少ししか覚えてないよ。うーん、スターとかカムラじゃないのは確かなんだけど、どっかで調べないとなあ。

 ポケモン大事に頑張れよ〜と見送ってくれた案内じいさんに手を振り返し、今度こそフレンドリィショップへ。ポケモンセンターに入った時もだったけど、初めての場所に興奮気味のチコリータはきょろきょろしてる。

「ワカナはフレンドリィショップ初めてか?」

 こくこく頷くものの視線は棚に釘付けだ。聞こえてるかわからないが一応説明はしとくか。

「ここはお金と物を交換するところだから、買わないものは触っちゃだめだよ」
「ちこ」

 首を傾げたチコリータに言い聞かせる。

「今日は美味しい水と手土産を見に来ただけだから、それ以外は手に取っちゃだめ。わかった?」
「ちこー」

 生活雑貨も自分で賄わなきゃいけないから財政は厳しい。傷薬はいくつか博士に貰ったけど、回復量20で300円の傷薬と50で200円の美味しい水(人間も飲用可)だったら、後者を求めるのは当たり前だろう。

「ワカナ、はぐれないように手を繋ごうか」
「ちこ?」
「蔓だして」
「ちー?」

 首を傾げながらチコリータは、首の両端から蔓を伸ばす。

「片方だけでいいよ、右だけ」

 右首から伸びる蔓を軽く握る。手を繋ぐっていうか、犬のリードみたいになってしまった。

「こうしてたら、お互い迷子にならないだろ?」
「……ちー」
「あいてっ」

 べしんっと蔓で手を叩かれた。手加減されても蔓の鞭は痛いよ。縄跳びに失敗してすねとかにぶつけたみたいな痛さがある。

「手繋ぐの嫌なら、はぐれないよう気を付けような」
「ちこっ」

 フレンドリィショップが初めてなのは俺も一緒。2人でひとしきり店内を回って、最後にポケモン印の菓子棚の前で足を止めた。

「24枚入りでいいかなぁ」

 大きめの箱を手に取ると、チコリータが蔓でつんと手を引いてきた。

「なんだ?」
「ちこー」

 クッキーを持つ手を軽く引かれて、ようやく見せてくれと言ってることに気付いた。

「見たいのか?」
「ちこっ!」
「いいけどお前、好みは辛いやつだろ? これ甘いやつだよ」

 意地っ張りな性格のポケモンは辛い味を好む。そこはゲームと変わりない。実際、わけてもらったフードも辛い味だ。
 一応、しゃがんでクッキーのパッケージを差し出してやると、匂いを嗅いで首を傾げた。

「はは、パッケージの上からじゃ匂いなんてわかんないだろー」
「ちー」

 まだ首を傾げてるチコリータに棚から違う菓子を取ってあげる。100円くらいなら無駄使いしてもいいだろう。

「ワカナはこっち、辛いやつな」
「ちこ?」
「これはお前のおやつってこと。ほれ、持ってくれ」

 首の両端から伸びる蔓で抱えたのを確認してレジへ向かう。レジ打ちの店員の後ろに見える壁掛け時計は、すでに3時半を回ってる。ゆっくりしすぎたみたいだ。急いで行きますかね。


次話 お世話になった人の元へ
前話 初めてのバトルは主人公と

空っ風とウインディ

 びょおおうびょおおう。泣き叫ぶような空っ風に、びりびりと窓が震える。
 遠雷のように空高く鳴いて地上を乱暴にかき回す季節風は、冬の間中ほぼずっと山から吹き下ろしている。

 がちゃりと扉が開く音と強風が窓をビリビリ震わせたのは同時で、それに続いたおおおーうという呻きは、がちゃりと閉じた扉に遮られ遠ざかった。
 ウインディが首だけ回すと、玄関の扉に白い布の端がはさまっている。この家の主人が帰ってきたのだが、どうにもタイミングが悪かったらしい。
 扉を開いたと同時に一際強い風が吹き、なすすべもなく閉じられてコートを挟まれてしまったのだ。この季節には良くある事だった。
 風が収まるのを待って扉が開かれる。うひぃーさむいさむいー、と首をちぢこめて、今度こそ人間が帰宅した。

 ウインディは身じろぎ、丸まった体制から手足を伸ばす。ついでにあくびと伸びをする。人間はカウンターキッチンの向こう、冷蔵庫へ食品を収めてからリビングへ来た。
 その道すがらにある篭へマイバックを放り、後は一直線。耳と頬を寒さに赤くしてコートを着たまま、ただいまーとウインディの腹に抱き付き、わしわしと背や腹を撫でる。
「あったかー」
 腹に顔をうずめた人間の顔を、ウインディは目を細めて舐めあげた。

紅葉とデンリュウ

 夜風に巻き上げられ、紅葉が2階のベランダに届く。それを捕まえようと人間が手を伸ばし、デンリュウも真似をしたが、のらりくらりとかわされて、ベランダに敷かれた簀の子へと落ちた。
 なにがおかしいのかけらけら笑う合間に、人間は銀と硝子で美しく細工されたグラスを煽る。グラスが揺れるたび、湛えられたプラチナゴールドに細かな沫が生じてゆらゆら昇る。

 デンリュウはグラスを見つめて小首を傾げる。すると尾に灯る光りが瞬いた。それを見た人間は意味もなく笑った。
 明滅する灯りに、色付いた木々が浮かび上がる。その秋の絶景を眺めている人間は、にこにこと上機嫌な笑顔を浮かべていた。
 びゅうと風が吹き上がり、色とりどりの葉がベランダへ舞い上がってきた。今度こそ葉を捕まえようと人間はグラスを置き、デンリュウはぴんと尾を立てた。
 あっちへひらり、こっちへひらり。後一歩のところで葉は手を逃れてしまう。

「あーあ捕まえられなかった」
 笑いながらデンリュウと顔を見合わせた人間は、あーと大声で叫びながらデンリュウを指差した。
 小首を傾げた拍子にデンリュウの視界へ赤い葉が舞い落ちてきた。
 風もないのにどこから来たのか。さらに首を傾げたデンリュウに、人間はにこにこと笑って言った。

「額の紅玉んとこに乗ってたんだよ。デンリュウが紅葉と同じ色だから仲間だと思ったのかなぁ」

 なんだかポエマーなことを口にした人間は、唐突にデンリュウに抱き付いて、イタッと飛び上がった。左手首にアースを付けているくせに、すっかり帯電を失念していたようだ。
 それさえも酔っ払った人間には面白かったらしく、けらけらと笑いながらデンリュウに抱き付く。そして、
「秋はいいな、デンリュウの季節だ、綺麗だし楽しい〜」
 と酒臭い息で意味の解らない事を言った。
 デンリュウの尾の紅玉が明滅する。その度に人間は笑って、デンリュウは夜更けまで明滅を繰り返した。

夏とシャワーズとグレイシア

 二枚重ねの遮光カーテンの更に奥、壁と扉に遮られた風呂場は青系の涼やかな色で溢れていた。
 換気口からは涼しい風が吹き、半分ほど水で満たされた浴槽にシャワーズとグレイシアが遊ぶ。水の張られた金盥には果物と凍ったペットボトルが浮かび、よく冷やされている。

 水色の水着をまとい、空色の簡易椅子に腰掛けた人間の手には、クリアブルーの小さな水鉄砲があった。
 水の中でじゃれあう二匹は、はしゃいで冷気を吐き出し合う。威力の削がれた冷気は互いに極薄い霜を張るが一瞬のことだ。
 不意に二匹はその冷気を人間へ吹きかけた。霜が降るほどではなかったが、それは真冬の風よりも冷たい。

 人間は少しだけ身震いしてから、やったなーと笑って水鉄砲を発射した。
 シャワーズが喜んでぴゅうと水を吹き返す。グレイシアが弱い吹雪を降らせ、壁の一部に霜が張る。余波で壁に張られた青い星がこちりと凍り、粘着力を失って落ちた。
 水の掛け合いの間に冷気が吹く。二匹と一人は冷えた飲み物で喉を潤しながら、飽きることなく遊んだ。





 ──りぃんりぃんと涼やかな虫の音が聞こえる。狭い浴室とはいえ、涼しい場所で存分にはしゃいだ二匹は、腹がくちくなると一足先に寝室へ行き、設置された冷却シートの上で眠りについた。
 リビングのクーラーはすでに切ってあり、開いた窓からぬるい空気が部屋へ入り込んでいる。食事の後片付けを済ませた人間は浴室へ向かった。

 浴室の壁は小さな水色の星が剥がれかけ、大きな透明のハートが床に引っ付き、一枚しかない氷色のジュゴンは湯船に沈んでいる。
 その湯船は少しばかり濁り、すっかりぬるくなった金盥には細かな果物の破片が浮かび、辛うじて網の袋で纏められたごみはびしょびしょで、そのままでは捨てられない。
 それを見やって欠伸ひとつ、人間は楽しげな鼻歌だけをお供に片付けをはじめた。

春とイーブイ

 日当たりの良いソファに小さな茶色のポケモンが寝そべっていた。だらりと手足を投げ出して、安心しきった様子でぴぃぴぃと寝息をたてている。
 畳んだ洗濯物を片手に、人間は起こさないようにそっと移動する。しかしうさぎのように長い耳はぴくりと震え、うっすらと焦げ茶の瞳がのぞいた。くありと大口を開けてあくびを一つ。

 片付けを終わらせた人間がイーブイに手を伸ばすと、寝ぼけ眼のまま頭を手にすり寄せた。甘えるイーブイを膝に抱き上げて、人間はソファへ腰を降ろす。膝をころころと転がり前足で腕を掴む姿に、人間の頬が思わずゆるんだ。
 このイーブイはペットでもコンテスト向けでもなく、バトルのために育成されている。レベルも技も性格も心意気も申し分ないが、強気故に甘える姿は珍しかった。

 掴まれた右手をそのままに、左手で背を撫でる。イーブイはうっとり瞳を閉じた。
 細く開けた窓からは暖かな日差しと、揺れる木々のさざめきと鳥たちのさえずりが入ってくる。
 いつしか喉の鳴る音は穏やかな寝息に変わり、撫でる手は静かに止まり、やがて人間の首が緩やかに倒れた。
 後はもう麗らかな微睡みが残るだけだった。
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