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5 金があればなんでもできる(涙)

 イーブイに付き添われたチコリータが、目を赤くしたまま戻って来た。
 その時、俺はソファに腰掛け、はしゃぐメリープにのしかかられていた。

「…………ちっ」
「ぶいぃ……」
「ええと、色々説明したいから、そんな冷たい目しないで聞いて下さい、ワカナさん、モチヅキさん」

 デリカシー無い仲間のモチヅキにも呆れたような顔をされてしまった。
 いやわかってるよ? 真面目な話をしてチコリータが泣きながら飛び出していったのに、なにメリープはべらせて遊んでるんだって事だよね。
 でもちゃんと理由はあるんだって。

「メリープ、連れてく事にしたから」
「めりいいいい」
「……ちこっ!?」
「……ぶいっ!?」

 俺と嬉しそうに鳴くメリープにぎょっとしてから、2匹は理解できないんだけど!? という風に鳴いた。

「今から説明するから、とりあえず落ち着いてソファに……痛い痛い痛い、ワカナさん前足めり込んでます」

 勧めるまでもなく俺の右隣へ上がって来たチコリータは、前足を俺の太ももに乗せるとグリグリめり込ませて来た。すんげー痛くて思わず前傾姿勢になる。

「めりいいい」
「……ちっ」
「さ、さんきゅー」
「りーいいい」
「だっ」

 チコリータを止めてくれたメリープに礼を言うと、メリープは嬉しそうに俺の顔に頬擦りをした。それを見たチコリータは膨れっ面で蔓の鞭を俺の二の腕にかましてきた。
 痛いよ、ミミズ腫れになるからやめてくれ。

「らっきー」
「ぶいぶー」

 そっぽを向いて膨れるチコリータだったが、まあまあと言うようにラッキーとイーブイが仲裁してくれて、ようやく俺に向き直ってくれた。

「ワカナ、モチヅキ、メリープもちゃんと聞いておいてくれな。ジョーイさんが教えてくれたんだけど、ポケモン保険ってのがあるんだと」

 チコリータ達が戻るより先に顔を出したジョーイは、俺にメリープを頼みたいと言ってポケモン保険のパンフレットを差し出して来た。ポケモンは人間の文字が読めないからわからないと思うけど、パンフレットを広げ、ジョーイから聞いた話を伝える。

「俺が死んだり居なくなったりした時」
「ちこっ」
「え、なに?」
「ちこち、ちこ、ちこりー」
「ぶい」

 チコリータが何かを言って、イーブイが頷く。メリープと俺は首を傾げた。

「ごめん、わからない」
「ちこ。ちこちー」

 叩かれる覚悟で告げた言葉だったが、チコリータはぷるぷると首を振ると俺の手に頭を擦り付けてきた。……うわあ、初めてだ、ワカナから甘えて来てくれたの。やばい、すげー嬉しい。

「よくわかんないけど、有り難うな、ワカナ」
「ちこー」
「いたいっ」

 撫でたら気安く触るんじゃないわよとばかりに叩かれた。幻のように儚く一瞬のデレ期でした。

「モチヅキも有り難うな。ワカナ慰めてくれたんだろ?」
「ぶいー」
「よしよし。……いたっ」

 撫でるといつも通り甘えてくれたのに、不意に前足で俺の手を掴んでかぷりと甘噛みをしてきた。痛みより驚きの余り叫んでしまったよ。

「お前らそろって反抗期なの?」
「ちこ?」
「ぶいー」

 反抗期がわからないらしいチコリータは首を傾げ、イーブイは答えずに俺の膝に前足と顔を乗せてだらりとくつろぎだした。

「こらこらモチヅキ、きちんとした話だからだらだらしない」
「ぶいぶ、ぶーい」
「めーえ?」
「ちこち、ちっこりー」
「めえ」

 だらりとしたまま首を傾げてイーブイが何事か言うと、メリープが首を傾げ、2匹を見ていたチコリータが頷きながら何かを告げた。コクリと頷きながら良い返事をしたメリープが俺の膝を降り、俺の左側に座る。
 どうやら、真面目な話だから真面目に聞く姿勢を取れ、と2匹から新入りメリープに注意が入ったようだ。

「イーブイ、お前もきちんとする」
「ちこっ」
「ぶいー」

 チコリータが同意してくれて、イーブイはちょっと不満そうに姿勢を正した。
 ようやく本題に入れるよ。

「ポケモン保険の話な。トレーナーを辞めた人のポケモンを預かって新しいトレーナーを探してくれたり、野生に返すまで一定期間預かってくれる機関があるんだと」

 ポケモンはPCからしか逃がせない。PCで逃がすを選んだポケモンは、預かりシステムを司るパソコンとは別の、集積地と呼ばれるパソコンに集められる。そしてボールに記載されてる出会った場所に逃がされる。他の地方のポケモンは各地方の集積地に送られ、育て屋出身とおぼしきポケモンはそのポケモンの生息地に逃がされる。チコリータとイーブイは貴重な種だから、特別な措置として元の持ち主の下に送られる。
 これは非常に事務的で、ポケモンの意志は全く尊重されない。
 そこでポケモン保険の出番だ。加入していると専門のトレーナーの元に送られ、そこで新しいトレーナーを探してくれたり、心に傷を抱えていればカウンセリングしてくれたりするらしい。

「ちこ?」
「ぶい?」
「めえ?」

 よくわからないらしい3匹に首を傾げられたけど、どんな風に説明したらいいもんかね。

「んーとなあ、つまり、ワカナやモチヅキにとっての博士や先生みたいに、メリープにも帰る場所が出来るって事」

 へえ、とでも言うようにイーブイが頷く。

「ワカナ、メリープ、わかるか?」
「ちこっ」
「めえ?」

 チコリータは頷いてくれたがメリープはわからないみたいだ。まあずっと野生だったし、そもそもなんで帰る場所がなきゃいけないのか、そこから理解してないだろう。
 でも俺の手持ちになるからには、これまでみたいに短期間で手持ちから離れる事はないだろう。そうして長く共にいれば、別れた後のケアが必要なのも追々理解するだろう。

「このポケモン保険に入ればメリープを連れてくのも安心だ。じゃ、改めて。メリープ、これからよろしくな」
「ちこち、ちこっ!」
「ぶいーぃ、ぶーい」
「め……めーりいいいいい」

 歓迎するように2匹が鳴いて、メリープは嬉しそうに目を細め、俺の膝を乗り越えて2匹に懐きに行った。すりすりされてチコリータが嫌そうに押し返してる。静電気のせいでイーブイの首回りの長毛が毛羽立っていた。
 うんうん、素直な性格だけあってすぐに馴染めそうだな。それにメリープは特攻が高い。物理攻撃が主体の2匹をうまく補ってくれるだろう。戦力の増強を図れて俺も満足だ。

「ただ1つ、問題があるとすれば……」

 パンフレットに書かれた料金。
 保険の期間は1年、前払いで4万。更新料は2万。俺の全財産は5000円弱。金の玉を売っても1万弱。
 今、かつてないほど早急な金策が求められていた。バイトを探すか、誰かに金の無心をするかの瀬戸際だ。
 ……大人だったら、このくらいすぐ払えたのにね(現実逃避)。


次話 洞窟クエスト、そして伝説へ ……
前話 わがままと事情

4 わがままと事情

「まてーい!」

 ルパンを追いかける銭形のとっつぁんごっこをしてる訳じゃない。俺は今、メリープを連れて逃走するイーブイとチコリータを追いかけていた。
 昼飯が終わっても名残惜しそうにする3匹をボールに戻したものの、イーブイとチコリータが勝手にでてきたと思ったらメリープを出してしまった。そしてチコリータが蔓で俺を拘束し、その場に転がした。動けない隙に3匹は3つのボールを奪って、拘束を解くなり、俺が立ち上がるまでの僅かな時間を利用して逃走し始めたのだ。

 3匹は本気で走ってるらしくめちゃくちゃ早い。足音に釣られて出てきた野生のポケモンはチコリータとメリープが片っ端からなぎ倒して、足止めどころか障害物にもなっていない。
 つうか努力値! せっかく考えながら集めてたのに、あいつらと来たらっ!!
 最初はわけがわからなくてただ追いかけてたけど、だんだん怒りが湧き上がって来た。

「こんの……待てっつってんだよ! ワガママトリオっ!!」

 叫び声に辺りのトレーナーがぎょっとこちらを見たのも気にせず、俺は全力でランニングシューズを走らせた。





 ポケモンセンターが見えるとチコリータが蔓を伸ばしてタッチ式の自動ドアを開け、後の2匹が飛び込む。そして扉前で反転したチコリータは俺を阻むように蔓をぴしぱしとしならせた。
 開きっぱなしのドアの向こう、カウンターに飛び乗った2匹に、カウンターに居たジョーイが驚いていた。

「きゃっ? あら、あなたたち……」
「ぢーぃぃぃっ」
「…………」

 何事かとトレーナーたちが集まってくる中、ジョーイがカウンターの中から出てくる。

「何があったの? 喧嘩?」
「いえ、なんでもありません」
「ぢっごお!」
「……はぁー」

 イーブイの背に庇われたメリープが、俺のため息にびくりと体を震わせた。逃走し始めた時もちらりと俺を見ていたから、あまり乗り気ではなかったのかもしれない。
 イーブイとチコリータは相変わらず俺を威嚇している。

「何もないわけないでしょう? こっちへいらっしゃい。ラッキー、その子たちをお願い。ハピナスはカウンターに居てね」

 口をはさむ間もなくテキパキと指示を出したジョーイに、その細腕からは想像つかない力強さで手を引かれ、カウンターの奥へ連れていかれる。
 治療室のさらに奥、スタッフルームらしき場所でプリン座布団の敷かれたパイプ椅子を勧められた。

「とりあえず落ち着いて、これでも飲んで」
「すみません、有り難うございます」

 お礼を言ってグラスを受け取ったが、冷たいそれを煽る気は起きなかった。

「らっきー」
「ご苦労さま。そっちに座って貰って」

 ラッキーに連れられた3匹がドアのそばにあるソファーへ上がり、扉を閉めたラッキーがすぐ近くに立った。

「怪我はない?」

 ジョーイさんは3匹を覗き込みながら優しく問いかけ、それぞれが咥えたり蔓で持っていたモンスターボールを受け取る。

「あなたは、いつものメリープね」
「いつもの?」

 振り向いたジョーイさんは俺と3匹の間に座ると、困り気味に微笑みながら説明してくれた。

「このメリープは人間が好きで、勝手に付いて来ちゃうのよ。あなたが投げたボールに自分から入ったんじゃないかしら?」
「いえ、昼飯食ってたら鞄ぶちまけられて、勝手にボールに入りました」
「あら、それは初めてね。よほどあなた達の仲間になりたかったのかしら」

 つまりなんだ、このメリープは他のトレーナーに捕まった事があって、ボールに入れば手持ちになれる事を知っていた。人間の手持ちになりたくて、目に止まった俺の手持ちに入ったと?
 サトシの友情ゲットより有り得ない話じゃねーか。つっても実際起こっちゃってるんだけどさあ。

「ねえあなた、良かったら……」
「ダメです。メリープは連れて行けません」
「どうしてもダメかしら?」
「ぢーぃぃぃ! ちーちこ、ちっこりー!」
「ぶいぶー」

 2匹は不満そうだ。なんだよ、ワカナなんてモチヅキ連れてくって決めた時イヤそうだったじゃん。なんでそんなにメリープ気に入ってるワケ?
 仕方ない、この話はもう少し信用を得てからって思ってたけど、納得して貰わなきゃならないし話しておこう。

「ジョーイさん、席を外して貰えますか」
「心配だわ」
「じゃあ聞かなかった事にして下さい」
「――わかったわ」

 俺の顔を数秒見つめたジョーイは、真剣な顔で頷いてくれた。医療従事者という責任ある仕事に就いている人だ、口は堅いだろう。
 テーブルにグラスを置いてソファの3匹に向き直る。

「モチヅキは知ってると思うけど、俺は身寄りがない。わかるか? 家族がいないってことだ」

 いきなりの話にチコリータとメリープはぽかんとしてしまった。ジョーイもだ。
 この話は前置きだから同情される前にさっさと進めてしまおう。

「だからもし俺が死んだりしたら、ワカナは博士のところに、モチヅキは先生のところに戻る事になる」

 目を見開いて固まってるチコリータをメリープが心配そうに見やる。
 俺は死ぬつもりはないが、元の世界に帰れるとなれば迷わず帰るつもりだ。そうなれば多分二度と会えないだろう。永遠の別れは死に別れに似てると思う。

 ――病院でイーブイと過ごすうちに、俺の中に1つの疑問が浮かんだ。それはチコリータやヒノアラシと、ポケモンたちと触れ合う内に確信に変わって、今は事実として認識している。
 それは、ポケモンが人間と同じように心を持ってると言うこと。
 ポケモンは動物よりずっと人に近い心を持つ生き物だ。犬猫どころか、森の人と呼ばれるチンパンジーより人間に近いと、俺は思う。
だから永遠の別れは、きっと心に傷を残す思う。

「メリープはまた1人で野生に戻ることになる。それって、今連れて行かないよりずっと辛い事だと思わないか?」

 病院で退院する患者を見送って別れを経験しているイーブイはしゅんと耳を垂らし、今まで誰にも連れて行って貰えずやはり別れを経験しているメリープもしょんぼりと尻尾を寝かせている。
 チコリータだけは目を見開いたまま固まっていた。

「だから、メリープは連れて行けない。今すぐ理解しろとは言わないけど、これからも野生や戻るところを持たないポケモンは連れて行かない。覚えておいてくれ」
「ちこ……」

 譲れない一線なのだと感じ取ったのか、チコリータも視線を落として黙り込む。
 沈黙が痛い。

 ユウキと初めて会った日に言われた、ポケモンのことちゃんと考えてるんだね、という言葉が頭をよぎった。
 俺はポケモンを思いやってなんかいない。ただ、自分が元の世界に帰りたくて、その手段を探すために色んな場所を探索できるトレーナーになった。
 バッジを16個集めればシロガネ山へ入れるように、チャンピオンには色々特典がある。それを使えば俺はジョウトからも出られるようになる。GPSの監視と通院は外せないだろうが、とにかく帰る道を探す手段は多い方がいい。
 そして帰る時が来たら、俺は迷わずこいつらを置いて帰る。

「……別れは必ず来る。その時までは、俺は俺なりにお前たちを大事にするよ。でもその後、会えなくなった後まで責任は持てない。誰かに託すぐらいしかできない。だからメリープは連れて行かない。わかって欲しい」

 言葉を重ねる内にチコリータの目が潤んでいく。
 映画のミュウツーの逆襲でポケモンは人間みたいに感情で涙を流さないと言っていたけど、そんな事はないんだな。
 ぽろぽろ涙を零しながらチコリータがソファを飛び降り、ドアに向かった。ラッキーが開けてやった隙間から飛び出してゆく。今俺が追っても傷付けるだけだろう。チコリータが自分の感情に決着を付けるまで、俺は寄り添うことは出来ない。

「ぶいー」
「行ってくれるか?」

 こくんと頷いたイーブイが追っていく。
 ジョーイさんとメリープとラッキー、こんな修羅場に巻き込んで申し訳ない。

「すみません、ジョーイさん。こんな個人的な事で喧嘩し始めて」
「――あら、なんのこと?」

 最初に頼んだ通り、ジョーイはとぼける事で聞かなかった事にすると答えてくれた。

「有り難うございます」
「いいの、頭を上げて。あなたみたいにポケモンと向き合うのは大変な事だわ。その気持ちを大切にね」

 向き合う、か。都合よく利用してるに過ぎないんだけどなあ。
 曖昧に苦笑した俺に、ジョーイは微笑んで言葉を続けた。

「どんなに親しくてもポケモンと人間は寿命が違うわ、別れは必ずぶつかる問題なの。それを考えるのは悪い事じゃない。だからこそ、それを考えられるあなたにお願いと提案があるの」

 その時調度、びぃ、びぃ、びぃ、とブザーが鳴った。

「ごめんなさい、お仕事だわ。少しここで待っててくれるかしら」
「はい。俺としてもあいつらが帰ってくるまでは居させて貰えると助かります」

 後をお願いね、とラッキーに告げたジョーイさんは小走りに部屋を出て行った。たぶんカウンターに客が来てるのだろう。
 ジョーイの出て行った部屋で、そっとため息を逃がした。提案はなんだか分からないが、お願いはメリープの事だろう。
 ぺちんとソファから降りたメリープが俺の方へやってくる。しゃがんで待ってると、目の前に来たメリープは人間くさい仕草で頭を下げた。

「りー」
「……もしかして、謝ってる?」
「めえ」

 こくんと頷いたメリープは賢くて良い子だ。野生のポケモンだってのに、どうしたら人間に自分の意志を伝えられるか知ってる。
 チコリータやイーブイはずっと人間と暮らしてきたから当然のように意志疎通が出来る。けど、野生のポケモンはそうは行かないものだと、宿泊施設で同室になった奴らから聞いていた。ヒビキもポッポ相手に手こずってると言ってた。
 だからこのメリープは本当に人間が好きで、一緒に生きたくて頑張ってるんだと感じる。

「ごめんな、ひどい事言った上に喧嘩に巻き込んで」
「めりいいい」

 頭を撫でると気持ちよさそうに目を細め、手に頭をこすりつけるようにしてきた。その人懐こい仕草に少しイーブイがダブって見えた。

「お前なからきっと優しい人に出会えるよ。がんばっぷ」

 頑張って、と言おうとしたら、膝に乗り上げて来たメリープが頭を顔に擦り付けて来て、もこもこに口元を覆われてしまった。やっぱ懐っこい。

「めりいいい」
「うん、わかった。お前が懐っこいのはわかったから。鼻がむずむずするし口に毛が入るから、やっぶしょーい!」
「ぷっ」
「いだっ。し、しびれひゃ?」

 咄嗟に顔を背けてくしゃみした俺にびっくりしたらしく、メリープがぱちりと青い火花を散らし、俺は初めての麻痺を味わうことになった。



次話 金があればなんでもできる!(涙)
前話 32番道路で夢見る電気羊

3 32番道路で夢見る電気羊

 アルフの遺跡は2つの道路に面し、それぞれ出入り口としてゲートが設置してある。キキョウから西に伸びコガネへと続く36番道路側の北ゲートと、キキョウから南に伸びヒワダへと続く32番道路側の東ゲートだ。
 東ゲートから出た32番道路を少し行くと、道が細くなっているところに和服姿のおっさんが立っている。なぜかウィングバッジがないと通してくれない。
 この世界の法律とか仕組みってよくわかってないんだけど、道路塞ぐのって犯罪じゃね?

「かーっ! 待たれい!」

 ばっと手を広げたおっちゃんの芝居がかった台詞に俺は硬直してしまった。アカネは隣で目をぱちくりしばたかせている。そんな俺たちに構うことなくおっちゃんは俺の足元、ぽかんと口を開けているチコリータに目をやって満足そうに微笑んだ。

「うむ、いいポケモンを連れておる。それもこれもキキョウで色々鍛えたからだろう。特にポケモンジムでの修行はためになったはず」

 いやまあ、そうだけど、見ただけでわかるもんか? 俺、ウィングバッジ鞄の中に仕舞ってるんだけど。

「よし! キキョウに来た記念だ、これを持って行きなさい」
「え、あ、有り難うございます」

 勢いに呑まれて手を差し出すと、4つ折りのチラシと小さな黄色っぽい植物の種を乗せられた。あれ、これって……。

「それは奇跡のタネ! ポケモンに持たせると草タイプの技の威力が上がるという代物だ!」

 ああ、ここで貰うんだっけか! すっかり忘れてた。
 ポケモンの技の威力を上げるアイテムは基本的に1.2にしかならない。微々たるもんだけど、レベルが拮抗してるとそれが勝敗の分かれ目になることがあるから馬鹿にできない。
 しっかし、アイテム入手は嬉しいけどさ。犯罪者から貰うってどうなんだろう。

「あの、失礼ですがなぜここでとうせんぼを? ここって私道なんですか?」

 私道なら問題ない、つうかむしろ無断で通ったら通行人の方が咎められる。
 そう考えて口にした問いに、おっさんは僅かに目を見開いて驚いた様子を見せた。けれど人の良さそうな笑みを浮かべると、懐から取り出した手帳を見せて説明してくれた。
「キキョウ自警団?」
「おっちゃんの仕事はここを通る駆け出しトレーナーを諫めることなんだよ」

 犯罪者とか思ってごめんなさい。早とちりでした。

「この先は街まで距離があるし、野生のポケモンも手ごわくなる。しっかり準備をしたトレーナーしか通さないよう、街の条例で決められているんだ」
「おじさんの口調は?」
「町おこしの一環だ! ハヤトくんも和服だっただろう? ジムや寺院があるとはいえ、同じ様な特徴のエンジュに観光客は流れてしまいがちだからね。色々企画しているんだ。ちなみにその奇跡のタネはヨシノの名産品で、同じく町おこしをする目的で配っているんだよ」
「「へえ〜」」

 キキョウとヨシノの宣伝よろしく、とおっさんは下手なウィンクを飛ばしてきた。見た目は30後半くらいだがおちゃめなおっさんだ。
 ふと手元を見ると、アイテムの使い方の説明書かと思ったチラシにはヨシノがどうちゃらと書かれている。観光案内らしい。ヨシノはともかくキキョウはかなり開けてると思ってたけど、努力の賜物なんだなぁ。
 口調まで変えてご苦労様です。

「ってアカネ、なに感心してんだよ」
「せやかて、ウチ知らんかってん。コガネはそないなコトしとらんし」
「大都市は町おこしする必要がないからね。それにトレーナーもこの辺りと比べて慣れたもんだから、大人が気を付けてやるべき所も少ない」

 ああ、そうか。ヨシノ・キキョウ・ヒワダは駆け出しトレーナーの巣窟なんだよな。
 トレーナーは満10才からなれるから、駆け出しは子供が多い。それはこの一週間ちょっとのポケモンセンター暮らしで良く知っていた。
 ついでにやっぱり年相応なのも良く理解できた。無茶しないよう手助けする存在は必要だろう。

「貴重なお話を有り難うございました。お仕事頑張って下さい」
「今時珍しい、礼儀正しい子だ。君も頑張りたまえ」

 笑顔で手を振り見送ってくれるおっちゃんに手を振り返しながら歩き出す。

「おっちゃん頑張ってなー。ほな行こか」

ってまだ付いて来るつもりかい。

「アカネちゃん、もう午後だけどジムほったらかしでいいの?」
「休みやもん」

 結局アカネは繋がりの洞窟の手前まで着いてきて、バトル相手を片っ端から驚かせてから「寒うなって来たから帰るわーほななー」と飛び去って行った。
 最後まで何しに来たのかわからなかった。ジムリってそんな暇な職業なのか? そんなワケないだろ?
 同じくジムリーダーであるハヤトとの違いに首を傾げつつ、洞窟手前のポケモンセンターで一泊した翌日。俺たちは洞窟には入らず、水辺の草むらで努力値集めとレベル上げをしていた。

「じたばた!」

 イーブイが手足をむちゃくちゃに振り回す。ばし、ばし、ばしばしばし! と何度も当たって、ウパーはあえなく倒れ込んだ。ポケギアを確認すればちょうど経験バーが振り切れる所で、レベルアップとともにステータスの上昇置が表示される。+4されたHPに俺は笑顔で頷いた。

「うん、良い感じだな。お疲れ、モチヅキ」
「ぶいー」
「そろそろご飯にしようか」
「ぶいー!」

 歓声を上げてくれたところに悪いんだけど、今日からは野菜中心ダイエットメニューだよ。

 リニアの高架下の草むらを抜け、青空の下でレジャーシートを広げる。春の暖かい風が太陽と草木の清々しい香りを運んで気持ちいい。

「じゃ、頂きまーす」
「ぶいー」
「ちこー」

 今日はちゃんとチコリータの分も作ってきたので、最初からフードを減らして取り分けてやっている。川の流れに釣り糸を垂らす釣り人たちを眺めながら食べていると、不意にイーブイが目をまん丸にした。

「……ぶいっ!?」
「ん? へっ!?」

 振り向くとすぐ近くに青い顔にレモン色のフワフワモコモコ。電気タイプのポケモン、メリープが俺の鞄を倒そうとしていた。ファスナーを開けっ放しにしていたのが災いして中身が飛び出す。

「お、わ、わ、ワカナ、葉っぱカッター」
「むぐ、むっ」

 もぐもぐと口を動かしながらチコリータが技を発動させようとするが、それより早くメリープは散らばった荷物の1つ、モンスターボールに触れてしまう。ぽん、と白い網が出てメリープが吸い込まれる。


 ってええ!? 勝手に入っちゃったよ!?


 信じがたい光景を前に唖然とする俺たちの前で、ボールが3度揺れてしんと静まり返る。

「………………」

 思わず某最強のトレーナーのように無言になってしまった。
 暫し思考停止による沈黙を挟んで、恐る恐るボールを取り上げて小窓を表示させる。メリープ♀、レベル12、性格は素直、個性は好奇心が強い、親、俺。

「えええ……どういうことなんだよ。つーかどーすんの、これ」

 問いに答えるようにボールが揺れて、中から勝手にメリープが出てきた。

「めぇぇぇぇ」

 器用に後ろ足だけで立って見せたメリープは「いよう!」とでも言うように人間臭い仕草で片手を上げ、それから散らばった荷物の一つをくわえた。

「あ、ちょっと!」

 どこに持ち去る気だ!? と伸ばした俺の手に、ぽすんと道具が乗せられる。

「えーと……ありがとう?」
「めぇぇぇぇ」

 元気に鳴いたメリープは次々と道具を集めてくれた。それを見ていたチコリータとイーブイも手伝ってくれて、どんどん片付いてく。

「んー」
「まだ残ってたか。ありがと……ん?」

 メリープは見覚えのない木の実をくわえ、俺に渡して来た。

「これ、俺のじゃないよ」
「めぇぇぇぇ」
「わ、なに? いたっ」

 木の実を押し付けて来た時にメリープの口が俺に触れて、そこからぱちんと青い火花が散った。そういや特性は静電気だったっけ。

「ぷぅっ!」
「大丈夫か? お前も痛かった?」

 びくっと身を竦ませたメリープの顔を覗き込むと、まん丸に見開いた目が細められた。そうすると笑ってるみたいな顔になる。

「めぇぇぇぇ」
「うおっ? え、ちょっと」

 膝に足をかけ、首を伸ばしたメリープが俺の顔を舐めてきた。なに、なんでこんな人懐っこいわけ? イーブイ並なんだけど。

「ぶーいー」
「めー?」
「ちっちこ、ちこー」
「めーりぃぃぃぃぃ」

 イーブイが引き剥がしにかかるとメリープはすぐに離れて、何やら3匹で話し合いを始めた。俺にはわからないがめえめえちこちこぶいぶいと鳴き声で話してる。
 それをどうしたもんかと眺めてる内にメリープが頭を下げて、そこで話が纏まってしまったらしくレジャーシートに3匹が乗っかる。

「ってオイ。なに普通に混ざってるんだよ」
「ぶいー、ぶいぶーい」
「ちこりー」

 イーブイが弁当箱の蓋をメリープの前に引きずって、その上にチコリータが弁当を分けてやる。

「もしかして一緒に食いたいの?」
「めぇぇぇぇ」
「だめだ」
「めっ?」
「ちーこちこちー!」
「ぶいぶい、ぶいー!」

 元気なお返事をしたメリープを素気なく切り捨てると、何故か本人ではなく周りからブーイングが上がった。

「だめなもんはダメ。野生は捕まえないって決めてるんだよ、俺は」
「ぶいぶー」
「あ、こらモチヅキ! いってぇ!」

 イーブイが自分の餌皿から分けるのを止めようとしたらチコリータに蔓の鞭された。前から気になってたんだけど、蔓の鞭は遺伝技だ。
お前覚えてないだろ!

「お前らな、野生のポケモンに無闇に餌やっちゃいけないんだぞ。いや今は手持ちだけど、そのメリープを連れてく気はないからな!」
「ぶーうううう」
「ぢーぃぃぃぃ」

 なにその鳴き声と怖い顔。一丁前に威嚇してんのか?
 しょぼんとしたメリープを庇うように2匹は俺に牙を向いて威嚇する。イーブイは犬歯があるから痛そうだけど、チコリータの歯は草食動物のそれだ。まだ蔓の鞭の方が攻撃力ありそう。
 しばしの睨み合いの末、折れたのは俺だった。

「……今だけだぞ」
「ちこっ」
「ぶいっ」
「めえ?」

 いつまでもこうしてては時間の無駄だ。飯食ってさっさと逃がそう。

「飯食ったら、ポケセンでさよならだぞ。わかったな?」
「ぶー」
「ちっ」

 不満そうながらも頷いた2匹だったが、その鳴き声の可愛くないこと! 揃いも揃って反抗期かお前ら!



次話 わがままと事情
前話 アルフの遺跡(下)

2 アルフの遺跡(下)

 新たに現れた部屋へは入れて貰えなかった。当たり前っちゃ当たり前なんだけど、奥の部屋のアイテム欲しかったなあ。
 一応、調べ終わったら奥に入れて貰えることにはなってる。って言うか新たに展示室にするつもりらしい。入場料無料だし、また来るかね。
 アカネにパシられ、イーブイと2人して研究所の隣の売店で弁当を買いに行った。屋外に点々と設置してあるベンチの1つに戻ると、アカネとピクシーとチコリータは興奮した様子でお喋りしていた。

「ごっついもん見れたなぁ!」
「ぴっくしー」
「ちーちこ?」
「ぴい」
「ぶいー」

 女子の群にも臆せずイーブイが飛び込んでいく。あいつの性格、のんきっつうか図太いなんじゃないかって気がする最近だ。

「お待たせ」
「ご苦労さん。なんや、弁当一個しか買うてこなかったん? お姉さんがサイフ渡してあげたやろ」

 弁当の袋とプリンの形をした丸い財布(と言うか小銭入れ)を渡すと俺は手ぶらになった。
 ベンチの空いた所に腰掛け、鞄を漁って大きな包みを出す。
「俺、弁当持ち」
「自分で作ったん? 細かい男やのう」

 節約術と言って欲しい。出来合いのは買うと高いんだよ。その点手作りは安上がりだ。四次元鞄のおかげで食材が余っても持ち歩けるしな。手間はかかるが、金欠病を患ってるから当然の選択だ。
 手持ちポケモンたちにフードを配ると、アカネは唐揚げ弁当とコールスローサラダをぱくつき始めた。

「んーまい〜!」
「そりゃ何より。お前はどうだ、味濃くないか?」
「ぶいー」

 イーブイは俺の飯やおやつまで狙ってくるような食いしん坊だ。おかげでイーブイのポケモンフードは一昨日で無くなっていた。けれど先生に聞いた銘柄は高くて手を出す気になれず手作りに切り替えたんだけど、今のところ不満はないようだ。

「ぶーい」
「もっとか?」
「ぶいっ」
「……」
「チコリータも食べてみる?」

 自分の分を食べ終えたと言うのにまだ欲しがるイーブイに、苦笑しながら手元の弁当箱から分けてやる。それを無言で見つめていたチコリータに問うと、答えはなかったもののぴくりと葉をそよがせた。興味あるみたいだから少し餌皿に分けてやる。

「食べれそうか?」
「ちこ」
「――えいっ」
「あ、こらアカネ!」
「ケチケチすんなや〜」
「違う。行儀悪いって……あ、ごめん」

 俺の手元からピーマンの肉詰めをかっさらって行ったアカネに、ついイーブイにするような注意をしてしまった。
 きょとんとしたアカネはピーマンの肉詰めとご飯を飲み込み、何でもないように言った。

「なんやおかんみたいやわ」
「おかん……」

 確かにと思ってしまった俺の負けだろう。

「呼び捨て」
「ああ、それもごめん」
「ええよ。そっちの方が。自分作らんと、自然のままでええやんか」

 にっこり笑いながら勧められてもそれは難しい。作っていてもうっかりボロを出すのに、それを止めたらきっと思考垂れ流しになる。ゲームで得た知識を披露し過ぎては、病院に戻ることになりそうだからなあ。

「なんでそこで黙るん? 自分、難儀そうやなぁ」
「難しいお年頃だからね」
「うっわ、そんなん自分で言う時点で終わっとるで! 語るに落ちる、や」

 アカネは明るく笑い飛ばしてまた弁当をつつき始めた。
 俺の弁当を気に入ったらしいアカネは自分のそっちのけで食べた挙げ句に、お腹いっぱいやー、と唐揚げ弁当の残りを押し付けてきた。自由すぎだろ。
 まあ食べかけを平らげたけどね。だって足りないよ。弁当ほとんど持ってかれたから。

「さて、そろそろ行くか」
「いやや、眠いわー」
「こんなとこで昼寝するなよ? いくら春だからってその格好じゃ冷えるぞ」
「ええもん。チコリータとイーブイ抱っこしとったらあったかいから」
「それじゃあ俺、1人旅になっちゃうんだけど」
「ちこっ!? ちーちこちこりー!?」
「え、なに?」
「大丈夫だいじょーぶ、冗談やから、な、リョウ」

 アカネに同意を求められてようやく察しがついた。チコリータは俺が本気で置いてくと思ったらしい。……そんな風に思われるとか、ちょっと悲しい。出会ってから1週間ちょい、信頼関係が育つにはまだまだ時間がかかりそうだ。

「冗談だよ。こんなとこに置いてくわけないだろ?」
「ちこーっ」

 苦笑しながら手を伸ばす。
 わかってた。撫でたら叩かれるって。もういいよ、それがお前の愛情表現なら甘んじて受け入れるさ。

「ぶいー」
「はいはい、お前もな。……モチヅキ、なんかお前……」

 構え、とぐりぐりと頭を手に押し付けて主張してきたイーブイを、撫でるついでに抱き上げてひっくり返す。されるがままの腹をなでる。命一杯詰め込んだらしい昼飯で腹がぱんぱんになっている。いつものことだ。
 もふもふとあちこち撫でまくる。

「あれ? 出発するんやないの? なにじゃれてるん?」
「ちょっと待って……なんか、モチヅキが丸まるとしたような気がして」
「ぶい?」

 きょとんとした顔はぬいぐるみみたいに愛らしいが、肉付きよくなってるような。

「どれ、貸してみい。ああホンマや、みっちみちやな」

 やっぱり? いつも見てるから気付かなかったけど、どうやらちょっと肥えたみたいだ。運動はかなりしてるから、飯やりすぎなんだな。
 頬やら足やら腹やら肉球をむにむにされたイーブイは、むずがるようにアカネの膝で体をよじった。

「ご飯食べたばっかりだから、だけじゃないよな?」
「せやな。せやけどでぶいのもかわええわープニプニして触り心地ええやん」

 頬擦りされたイーブイはアカネの顔に前足を置いた。

「そない嫌がらんくてもええやろ。モチモチ堪能させてぇな。な?」
「ぶーいー」

 何が嫌だったのか、前足を突っ張ってアカネの顔を押しのける。へー、モチヅキってあんな風に嫌がるのかあ。
 けちーとごねるアカネの手から抜け出し、イーブイは俺の膝に登った。

「なんやねん。可愛い女の子より男選ぶんか。男同士でやらしー話でもすんのか」
「しねーよ」
「ぴくし」

 発言が自由すぎるアカネについ素で突っ込んでしまった。ピクシーもたしなめるようにアカネの胸元へ裏拳で軽く突っ込みを入れた。
 すげぇ、裏拳とかテレビの中でしか見たことないよ!


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前話 アルフの遺跡(上)

1 アルフの遺跡(上)

 キキョウシティを西へ抜けて36番道路へ。そこで貰えるはずの岩砕きの秘伝マシンはヒビキに回収されていて既に無かった。落胆はない。予想済みだし、秘伝技って一度覚えさせると普通の方法じゃ忘れらさせられないから、2匹しか居ない現状で使うかと言えば微妙なところでもあったからな。
 岩砕きで出来ないから化石掘りはできないけど、俺は今アルフの遺跡で胸を踊らせていた。遺跡にはロマンがつまってると思う。特に知識があるわけじゃないが遺跡ってだけでテンションマックスだ。

「うおー、テンションあがる!」
「ちー」

 チコリータは興味ないのか呆れたような目を向けてきた。無駄にはしゃぐ俺に呆れてるだけかもしれない。
 まあどっちでも構わない、とにかく遺跡に満ちるロマンについて語ってやろう。

「いいか、ワカナ。この遺跡はかつて人とポケモンが仲良く暮らしていた証拠だと言われてる」

 しゃがみ込み、遺跡のゲートで貰ったパンフレットを見せながら説明を試みた。が、興味ないわ、とばかりに視線が俺を通り過ぎて背後へと向けられている。

「聞けよー聞いてくれよ、ワカナー」
「あっはっは、情けない声だすなや」

 一気に恥ずかしさが振り切れて、飛び跳ねるような勢いで振り向く。いつの間にやら背後に、ピンク色の髪を2つ縛りにした少女と綺麗な薄ピンク色の愛らしいピクシーが立っていた。

「きゃっ! なんや、そんなびっくりされたら、こっちも驚いてまうやん」
「ごめん。人がいるとは思ってなかったから、驚いて」

 立ち上がりながら謝る。羞恥にちょっとばかし混乱していたが取り繕う事は忘れない。
 しっかし、またポケモンに話しかけてるとこ見られたよ……恥ずかしい。外で野良猫に話しかけてるの見られちゃった気分なんだよな。
ヨシノからここまで気を付けてたのに、ちょっと油断したらこれだよ。
 救いは不意打ちかましてきた相手が可愛い女の子ってコトだろうか。

 うっすら化粧をした可愛い顔立ち。白の長袖の上着と青いデニムのショートパンツにしましま靴下。非常にボディラインが出やすい格好をしている。体つきは服の上からでも肉感的だとわかるが太い印象なんかなくて、膝や指先に淡く血色が透けて綺麗だ。
 なにより丸みのある胸とお尻。うんうん、いいね。ここまで来るのにちびっ子ばかりだったから、出るとこ出た女の子に会えたのが嬉しい。
 よし、調子戻ってきた。

「初めまして、俺は」
「リョウやろ? 知り合いから聞いとるわ。ウチはコガネシティのアカネ! よろしゅうな」
「よろしく、アカネちゃん」

 俺を遮って元気に自己紹介をしたアカネ――コガネシティのジムリーダーは、俺の手を取るとぶんぶん振り回した。無駄に元気だ。隣のピクシーは軽く頭を下げながら鳴く。礼儀正しい子だ。

「ぴくし」
「ちこりー」
「チコリータ可愛いなあ! ワカナちゃんって言うん?」

 パッとしゃがんだアカネは、勢いに呑まれたのかきょとんとしているチコリータを抱き寄せた。

「あ、ワカナは結構照れ屋で……」
「かーわいーい」
「……ちこー」

 ハートマークを飛ばしまくるアカネにされるがままのチコリータは、むず痒そうだが嫌がる素振りはない。そういやヒビキに撫でられた時も普通だったなあ……俺にだけツンツンですか。
 ピクシーがチコリータの顔を覗いて何事かお喋りを始めた。たしかアカネの手持ちって全員メスなんだよな。なにこれ、女子会始まっちゃった感じ?
 ひどい疎外感を感じつつも見守っていると、撫で回して満足したらしいアカネが立ち上がった。チコリータを抱いたままだ。
ワカナは平均より小柄だけど6キロ近くある。それを平気で持ち上げるとはなかなかどうして……。

「こないなトコで何しとるん?」
「遺跡見学しようと思って。アカネちゃんこそジムはいいの?」
「なんや、バレてんかー。ハヤトの見舞いの帰りやからええねん」

 ゲームしてた時からジムリーダー同士横の繋がりってないのか疑問だったが、隣町まで見舞いに行くなんて結構気安い関係みたいだな。

「36番道路の木を迂回して帰るのか?」

 今、キキョウからコガネに続く道は、初見殺しと名高いウソッキーがとうせんぼしている。コガネへはヒワダ側から回り道しなきゃ行けない。
 ウソッキーはゲームのグラフィックでは一本の細い木だったけど、俺が見に行ったら2本の巨大樹になっていた。理由は知らない。けど1つわかることがあった。
 俺には倒せる気がしないという事だ。
 一応は退かすための準備はして行ったんだ。でも迂闊に手を出したらそのまま倒れてきて押しつぶされそうな大きさだったから、大人しく退散してきた。
 あれは主人公補正入ってるヒビキに任せるが吉だと思う。

「んーん、ウチは空飛べるさかい」
「じゃあ寄り道だ」
「そそ。アンタに会うてみたくて」

 なんの用事か知らないけど、可愛い女の子にこう言われるのはやぶさかじゃない。

「嬉しいね。こんな可愛い子に会いに来て貰えるなんて」
「いやん、可愛いなんてホンマのこと言うても何も出ないで?」
「残念、デートとまではいかなくても食事くらいは誘えるかと思ったのに」
「あははは、なんや口うまいなあ、自分。聞いてたのと全然ちゃうわー」

 おふざけをからから笑って終わらせたアカネは機嫌良さそうにチコリータを撫でながら言った。もちろんその間チコリータを抱える手は片手だ。逞しいねえ。

「どんな風に聞いてたの?」
「なんやお堅くて変な子やって」

 あっはっはっはっ、ハーヤトくんはなっかなかシツレイな男だねーえ。そんな人の紹介の仕方があるか! 俺に悪意持ってんのか。
 もしハヤトと再戦があるなら、どうにか電気か氷か岩タイプを加入させて完膚なきまでにしてやろう。決めた、今決めた。

「普通の子ぉやんか」

 首を傾げながら言ったアカネは、悪戯っ子の表情でにんまり口の端を上げた。くるくる表情の変わる子だ。

「子供のクセにハヤトよりずーっと女の子の扱い心得てるみたいやし? こんのたらしめ」
「女性には優しくがモットーですから」
「胡散くっさいわー」

 笑いながら鼻をつまんで、臭うというジェスチャーをする。明るくて気安い雰囲気の女の子っていいね、こういう子と居るのはすごく楽だ。

「ほな行こか」
「どこに?」

 アカネが俺の左手首を掴んだおかげで、引きずられるように歩き出すはめになった。

「遺跡探索するんやろ? ちょーっと辛気くさいけどデートしたるわ。有り難く思うとき?」
「それなら喜んで」

 少しだけ振り返って悪戯っぽく笑うアカネ。一瞬面食らったけど、嫌なわけがない。

「昼は奢ってえな」
「新人トレーナーの金欠病舐めんな」
「甲斐性の問題やろー」

 上機嫌なたかり宣言はばっさり斬り伏せさせて貰う。キキョウで稼がせてもらったけどまだまだ心許ないんだ。
 ずんずん進むアカネにされるがままだった俺が声をかけたのは、遺跡をスルーしようとしたからだった。

「アカネちゃん」
「なんや?」
「ここ見たいんだけど」
「ええけど、ココ、なんもあらへんやん」
「こっち」

 最初に入った遺跡はただの通路で、別の出入り口から出た先、更にもう一つ部屋を通過したところが目的地だ。

「お? パズルや」
「展示品の中で唯一俺らが触れるものだよ。解いてもいい?」
「ウチもやるー!」

 騒がしい俺たちを見て、展示品の案内係のお姉さんがくすくすと笑った。あれ、ゲームでこんな人いたっけ? 思い出せない。まあいいや。軽く会釈をして早々にパズルへ向き直る。

「なんや結構出来とるやん。楽勝やで」

 半分以上できている石版パズルに残りをがこがことはめてくアカネだったが、なんつうか適当すぎる。微妙に柄が合ってない。

「ん? んー? これおかしゅうない? なんやこれ、あまり?」
「パズルは余らないだろ」
「ふふ、少し間違えてますわ」

 楽しそうに笑って、お姉さんは間違えた箇所を外す。

「おかしいわ。ほとんどはずれとるやんか」
「削れて模様見にくくなってるから、難易度あがってるんだよ。やらしてー」
「やったれリョウ! バッチリ決めたれ!」

 2つしか当たらなかった事が不満らしく、「行け! リョウ!」とまるでポケモンに指示するようにびしっと指をさされた。
 俺は意気揚々とパズルをスルーして奥の壁、一枚のプレートがかけられた場所へ向かう。

「任しとけ!」
「まてぃ、どこ行く気やねん」
「いや、あそこの壁になんか書いてあるからヒントかなって」

 嘘ではない。あそこにはヒントがある。ただしパズルじゃなく隠し扉を開けるヒントだけど。
 実のところ、パズル解くより隠し部屋のアイテム欲しかったんだよな。

「なにぃ? そういうことは早よ言うてえな!」
「あれはヒントではありませんわ。アンノーン文字で“あなぬけ”と書いてありますの」
「なんや期待させおって」
「いてっ」

 がっかりついでにばしっと背中を叩かれた。チコリータといいアカネといい、なんですぐ叩くかなー。

「ほら、さっさとしいよ」
「はーい」

 アカネにパズルの前へと戻された。まあいいや、先に解くか。
 時間の経過のせいか、展示中に人の手に触れたせいか、そのどちらともだろうか。絵を掘られた石版はゲームで見るよりずっとボロボロだ。しかも細かい。
 矯めつ眇めつ、よくよく観察しながらそれらをはめていく。だんだん丸いポケモンの絵が出来上がっていく。
 ……えらく簡単だけど、今まで完成させた人はいないんだろうか?

「……お姉さん」
「はい、なんでしょうか」
「遺跡の中ってポケモン出る?」
「水辺ではウパーやヌオー、ニョロモにコイキングが釣れることがあります。草むらにはネイティとドーブル、それから岩砕きをしますとたまにイシツブテが出現しますよ」

 ふうん、アンノーンは出ないのか。じゃあやっぱり、誰もパズル完成させてないって事だよな。俺がアンノーン出現させるのかあ……やべ、わくわくしてきた。
 これ終わったら地下の広間にアンノーン見に行こう。

「あら、短時間ですごいですわ」
「なんやの、これ。ヒゲ親父? ハゲの方か?」

 完成間近のパズルを見てせっかくお姉さんが誉めてくれようとしたのに、アカネの無限大な発想力でお姉さんは吹き出した。

「なにその発想力」
「なんやねん、発想力て。どう見てもツルピカヒゲオヤジやん」
「合体してるぞ」

 石版パズルの絵柄は簡略化されたカブトだ。球体のつるりとしたフォルムは簡略化された輪郭線、顔にかかる甲羅との境界線のゆるいM時は眉毛、一組しか描かれてない短い足が髭ってトコか?

「そう言われたらツルピカヒゲオヤジのような気がしてきた……」
「せやろ」

 ふふんと得意気に笑うアカネ。お姉さんはくすくす笑いながら説明してくれる。

「それはポケモンのカブトだと言われてますの。この辺りの岩を砕くと稀に化石も見られますし、間違いないと言われておりますわ」
「なんやカブトか。わっかりづらいわあ」
「もう一組、足が描いてあったら分かり易かっただろうにね。……お姉さん、パズル足りないみたいなんだけど」

 ピース2個分くらい欠けたスペースがある。なぜアンノーンが出現してないかなんとなくわかってしまったが、聞かずにはいられない。

「元から欠けておりますの。残念ですが、完成はしないんですのよ」

 マージーでー?
 俺のわくわくが、液体窒素で冷やされた風船のように一瞬でしぼんだ。ゲットできなくても見たかったなあ……あれ、これじゃジョウト図鑑完成できないじゃん。ヒビキどうすんの?
 そんな事を口にできる訳もない。疑問を胸の内に仕舞い、もう一個の方を試してみることにした。

「どこ行くん」

 パズルを完成させたからてっきり退室すると思ってたんだろう。奥の壁へ向かった俺にアカネが首を傾げる。それにちらりと笑って見せ、鞄を漁りながらあなぬけと書かれたプレートの前に立ち、マダツボミの塔で拾っていたアイテムを取り出す。

「テーテッテレー」
「うまい! って何やねんいきなり。穴抜けの紐?」

 追い付いて来たアカネが乗ってくれた。さすがコガネっ子、ノリがいい。って、練れば練るほど美味いあの駄菓子こっちにもあるのかよ。

「そうそう。これを使う」
「あなぬけやから穴抜けの紐て。単純すぎやろ」
「んじゃーアカネちゃんは他に何か良い案あるの?」
「無茶ブリやで。考古学なんて専門外やわ」
「とりあえず試してみようぜ。……アカネちゃん、これどうやって使うの?」
「知らんわ。古代人か古代ポケモンに聞きぃよ」
「いや、遺跡じゃなくて穴抜けの紐」
「はあ? 知らんの? あんたトレーナーやろ」
「使った事ない」
「取説読めや」
「拾い物だから取説ない」
「えー」

 じと目で見られても知らないものは知らない。

「確かにヘンな子やわあ。帰りたい、ここから出たいって思えばええんよ」
「……へええ、帰りたい、か」

 変は余計だよ、という突っ込みは言葉にする前に喉に引っかかった。
 咄嗟にずいぶん帰宅してない、住み慣れた自分のワンルームを思い出してしまったからだ。冷蔵庫の生タラコは間違いなく腐ってるだろう。あ、なんか魚介類食べたくなってきた。

「ちこっ!?」
「ぴ!?」
「なに、地鳴り!?」

 突然地鳴りがして壁に長方形の亀裂が走り、それはゆっくり上へとずれといった。チコリータが手に蔦を絡めて強く引いてきた。握り返して数歩下がる。
 石室の奥に隠されていた短い通路と部屋が現れるのを見届けてから振り返ると、ポカンとした顔が並んでいた。

「……開いてもうた」
「っ、あ、ただいま係員を呼んで参りますっ!」

 お姉さんがかこかこヒールを響かせて走り去って行った。


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