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5 コガネはけつまずく運命

 
 使用済みティッシュを隔離してメリープを抱えなおしてもまだ列は長い。つーか珍しく、ちょっとづつしか進んでない。どうせ時間があるなら、と俺は一昨日から気になっていた事を聞くべく、とりあえず前置きを口にした。

「なあ、コガネってやっぱ遠い?」
「え? うん、遠いよ」
「波乗りできればもうちょっと早くウバメの森抜けられるんだけどねー」
「そっか。わざわざこっちに来てくれてありがとうな、色々助かった」
「どう致しまして」
「えっと、そんな畏まって言われる事じゃないよ! 私たちがしたくてしたんだし!」
「本当に助かったんだ。それに3人で行動すんの楽しかったし。でもさ、ちょっと不思議で」
「なにが?」

 気遣ってくれた友人に「見舞いのためだけに戻ってきたんじゃないんだろ」なんて不躾には聞けない。前置きとオブラートでなるべく柔らかくした言葉を口に乗せる。

「ずっと一緒にいるけど、コガネジムとかいいのか?」
「あー、うーん、良くは無い。けど、ちょっと行き詰っちゃって。できればリョウくんに相談したかったんだ」

 苦笑ながらに言ったヒビキは、たぶん俺の快癒を待って、けれど間を置かずにメリープとピチューの事があったんで遠慮していたんだろう。つーかそんくらいの事、同室なんだし夜寝る前に言ってくれれば……無理か。ヒビキものっそい寝つきがいい、っつか風呂上がるともう眠くて仕方ないからさっさと布団に入る、ってのがパターンだもんな。

「そうだったんだ。悪いな、こっちの用事にばっか付き合わせちゃって。聞かせてくれよ、って、ここでいい?」
「ん。コガネジムで負けちゃって、どうしたらいいかな。格闘タイプ入れたほうがいい?」
「アカネちゃんのミルタンクか?」
「うん。って、よくわかったね」

 そりゃー俺もそこで苦労したからな。金銀よりは倒しやすくなってるらしいけど、回復技+連続で当たると攻撃力があがる技+怯み効果のある技でさんっざん! 長期戦にされた挙句、いい傷薬で全回復された時には笑いしか出なかったもんだ。はっはっは、忘れようがねーよ。後で調べたらみんなのトラウマとか呼ばれてるしな、アカネのミルタンク。
 とはいえ弱点を突ければそうそう苦労もない。でもノーマルタイプの弱点は格闘だけで、ここまでの道のりを普通に草むら歩いてるだけじゃ格闘タイプは入手できない。コガネシティのデパートでワンリキーを交換して貰うか、ポケモンに木へ頭突きしてもらってヘラクロスが落ちてくるのを祈るしかない。
 が、それは最終手段だろう。だいたいワンリキーに関してはなんでそんなこと知ってるんだってなるから教えられないし、そもそもポケモンだってメシを食う世界で安易に手持増やせとは言いたくない。

「ヒノノの主砲ってなに?」
「しゅほう?」
「メインウェポン、ええっと、ヒノノが使える技で一番威力があるやつ」
「んっと、火炎車かな」

 ポケギアでステータスを確認して、「やっぱ火炎車ー」と報告が来た。んー、威力いくつだったかなあ、たぶん50くらい?

「威力は?」
「わかんない」
「ポケギアで見れるよ、貸してみて」

 コトネが操作して技の項目を詳細に出すと「レベルアップの時にしか見れないと思ってた」とヒビキは笑った。つくづく感で生きてる子だと思う。
 いい加減重くなってきたメリープを下ろし、気を取り直して確認した火炎車の威力は60。

「これじゃ……」

 突破できねーだろうな、と言おうとしてヒノアラシが見上げている事に気付いた。「ヒノアラシなんか使えねーぜ」なんて意味で「これじゃ突破できねーだろうな」と言うつもりはないけれど、否定的な言葉はヒノアラシを傷付けるかもしれない。威力不足、もダメだ、ヒノアラシのレベル考えたらこの技が最高威力なのが当たり前なわけだし。えーっと。

「厳しいかな。回復技持ってる相手に攻撃する時は、一撃で沈めるか、回復力を大幅に上回る攻撃をしなきゃいけない」
「あー、そうだよねえ。でも弱点突ける技ないよ」
「ねえ、他に攻撃力の高い技はないの?」
「だね。うーんとー」

 全員のステータスを見てココドラの頭突きが威力70だと発見したけれど、タイプ不一致だし弱点じゃないしってことでいまいち。なんてやってる間に列が動いて店の暖簾が見えてきた。店に入ったら後ろに並んでる人のためにもさっさと食って出なきゃならない。立案は今のうちに終わらせておきたいところだな。

「ああ、泥かけあるじゃん」
「命中立ダウン狙うの?」
「そうそう。どんな攻撃も当たらなきゃ意味がない」
「上手くいくかしら」
「念入りに6回かけたらそうそう技当たらなくなるよ。俺はそれで泣きそうになったことがあるから保障する」

 ええ、と驚きつつも2人は笑った。ゲーム中の事とはいえ、当事者の俺にしたら笑い事じゃないんですけどねー。

「それにココはミルタンクの攻撃が半減か4分の1になるから、レベル上げればごり押しできると思う。でも長期戦は覚悟しとけよー」
「うん、わかった。……タマゴからすっごく強いポケモン孵ったりしないかなあ」
「なにゆってんの、孵ったばかりのポケモンはレベル1よ。育てる方が時間かかるでしょ」

 暖簾を目前にして真剣な顔でアホな事を言い出したヒビキに、コトネの言うとおりだと頷いた。大体ヒビキが持ってるタマゴはトゲピーだ。最終的には白い悪魔と呼ばれる凶悪なポケモンに育つ可能性を秘めているけど、初期は足を引っ張ること請け合いだったはず。進化条件も懐かせてレベルアップと少々ややこしいもんだから、すぐに実戦投入とはいかないだろう。つーか、

「まだ孵ってなかったんだなあ」

 トゲピーのタマゴの存在、俺はすっかり忘れてた。タマゴって持ってる本人と手持以外には存在感0なんだな。

「うん、時々動いてるからもうすぐだと思うんだけど」
「楽しみね、どんな子が生まれるのかなあ」
「わかんない。模様からじゃぜんぜん予想つかないよ」
「その方がいいじゃん。お楽しみだよ」
「まあね。そうだ、リョウくんのは?」

 俺の方のタマゴは孵る時が恐い。ボールの表示ではそろそろ孵るっぽいんだけど。石膏で塞がれているけど、万が一罅が広がってしまったらと思うと恐くてボールから出せないから、生きてるのか不安になるときがある。ボールの中身は外から見れないし。無事に孵ってくれと祈るばかりだ。

「リョウくんもタマゴ持ってるの? どこで手に入れたの?」

 コトネが唐突に勢い込んで問いかけてきた。が、その強すぎる勢いにちょっとばかり驚いて、一瞬言葉に詰まってしまった。

「っ、ああ、繋がりの洞窟でラプラスのタマゴを、罅が入ってるのを見つけて。それでポケセンに持って行ったら、俺が孵す事になったんだ。なんか、安静にしてるよりトレーナーが連れ歩った方が早く孵るってんで」

 あからさまにほっとした様子でコトネは「そっか……」と笑った。なんだろう?
 順番が来たので店内に入る。ご家族でやっているというこの店は宿泊施設の食堂と比べるまでもなく狭いが、ポケモンも一緒に食べられるようにとテーブルとテーブルの間隔は大きく取ってある。そのお陰で一度に入れる人数は少ないんだが、手持全員を心置きなく出せるのは有り難い。
 手持を出して、帽子やストールを取って、注文(つっても日替わりお任せ定食一択なんだけど)を済ませて、先ほどの続きを話す。

「もしかして俺がラプラスから奪い取ったとか思った?」

 冗談めかして問うと、コトネは慌てて首を振った。

「違うの! あの、リョウくんたまに凄いことやらかすから、野生のポケモンのタマゴは取っちゃいけないって知らずに持ってきたのかと思っちゃって。勘違いしてごめんね」
「いや。実際タマゴ持ってきちゃいけないって知らなかったし」
「え、ちょ、覚えておいてね」
「はーい」

 軽い返事にコトネは「絶対だからね」と念押ししてきたが、元々やる気はない。そもそも野生のポケモンのタマゴを取るって発想がなかった。ゲームじゃ育て屋でしか見つからないもんだからさ。

「念押しされなくても、新しいポケモン入れる金がないよ」
「ええ!? そんな貧乏なの?」
「ここ奢ろうか」
「いや、それは大丈夫。気持ちだけ貰っておくな、有り難う」

 どう致しまして、困った時は連絡してね、少しなら力になれるよと笑ってから、ヒビキはふと思いついたように口を開いた。

「もしかして、ポケモン保険のせい?」
「あー、そっか、こないだユウキと話してたの聞いてたんだ」
「うん、ごめんね、わざとじゃなかったんだけど、近くで話してたから聞こえてた」
「リョウくん、保険に入れてるの?」
「うん。俺、身寄りないから」
「え」
「そう、なんだ」

 しまった、ちょっと空気を凍らせちまった。レッドやユウキやジョーイなんかに説明した時はさらっと流してもらえたから今もするっと言ってしまったけど、このくらいの年の子だったらどう反応したらいいか分からなくなるのが普通だよな。すっかり失念してた。

「悪い、うっかりエターナルフォースブリザードを放っちゃったな。俺自身は納得してるから気にしないで欲しい」
「う、んと……うん。わかった」
「……」

 エターナルフォースブリザード発言は無視された。滑ってしまってお兄さんちょっと恥ずかしいです。なんて思ってたら、隣に座っていたヒビキが無言のまま唐突によしよしと頭を撫でてきて、まさかの行動に俺は思わず噴出してしまった。

「ぶくく、ふっふっ、くくく。ありがとう、ヒビキ」
「ううん。本当に頼ってね。僕、力になるよ」
「あ、私も、出来る限りするから言ってね?」
「うん、有り難う。もしなにかあったら頼むわ」

 頼り過ぎるのも情けないからなるべく頼らない方向で行こうと思っているけれど、2人の気持ちが嬉しかった。ああ、俺、ヒビキたちと同じ時期に旅立ててよかった。正直、なんで俺がこんな目にと思う事もあるけど、同じくらい恵まれていると思える。

「ポケモン保険かあ、あれ高いのよね」
「そう、初期費用4万円也」
「うわー、それは、街頭に立って募金募ってみる?」
「俺のために小銭をお願いします、あ、そこの人ちょっとジャンプしてみてください、ああ今小銭の音がしましたよ、ってか」
「えええ、それ、カツアゲ!」
「短パン小僧や虫取り少年は見逃してあげようね」
「いやいや、そもそもやっちゃダメだから」

 結構ノリの良いヒビキも、常識的な突っ込みを入れるコトネも冗談に笑ってくれた。これで湿っぽい空気は一掃できただろう。

「ね、ウツギ博士に頼めないかな」
「何を?」
「あのね、オーキド博士なんかはトレーナーに頼んでポケモンを捕獲してきてもらう代わりに面倒みてたんだって。ウツギ博士にも、そういうのお願いできないかな」
「どうだろ。俺じゃ博士の望むポケモン捕獲できるかわかんないし、第一俺が頼みたいのは、もし俺がトレーナーやめる事になった時、ポケモンの面倒みてくれって事なんだよ」
「そうなの? それなら私んちが役に立てるかも」
「え?」
「うち、おじいちゃんとおばあちゃんが育て屋さんしてるの。そこでね、たまに里親募集することがあるのよ。そこに混ぜてもらう事できないか聞いてみるね」

 なんと。救世主がこんなところに存在していたとは。

「有り難う、さっそく有り難う。頼って悪いけど、お願いします」
「やだ、頭下げたりしないで! 私もリョウくんにはお世話になったし」
「なんもした覚えがないんだけど」
「怪我した時、助けてくれたじゃない」

 んー? コトネがシルバーに突き飛ばされて足くじいた時に背負った事かな。

「大したことじゃないだろー。女の子が困ってたら手を貸すのは当たり前じゃん」
「そう、か、な? って、え、え、女の子って、えっと」
「あはは、なに慌ててるの〜」
「や、なによヒビキ!」

 コトネは腰を浮かせると手を伸ばして、照れ隠しのようにべちっとヒビキを叩いた。ヒビキもそれを避けずにしっかり受け止めてる。仲良しだなあ。

「リョウくんもなにニヤニヤしてんの!」
「いいや、仲良くていいなって。俺も入れてー」
「よーしよしよしよし」
「ちょ、頭が、ぐらぐらしてるから!」
「よしよしよしよし」
「コトネちゃん、首もげる、もげる」

 ふざけて言ったらヒビキが笑いながら容赦なく頭を撫でてきた。それを見たコトネも手を伸ばして、ニヤニヤした罰とばかりに激しく撫でて来て、しばらくの間俺は強制的にヘドバンをやらされたのだった。首鞭打ちになるかと思ったっつーの。


前話 ヤドンと人情の町

4 ヤドンと人情の町

 
 コウキの現在地はコトブキシティだった。バトルにはあまり興味がないらしいけれど、コンテスト会場のある町まではジムにも挑戦するそうだ。ジムバッジが無いと移動に必要な技が使えず、回り道や公共機関を利用しなくちゃいけなくなって不便な思いをする。そもそもコンテストにしても、良い成績を残すにはそれなりのレベルが必要なはずだ。高レベルで覚える技を使ったほうが高得点を得られる、はず、たぶん。コンテストの事はよくわかんないけどさ。
 話がずれた。とにかく、次に目指す町への道中に短い洞窟があるってんで、早速メリープとピチューを交換した。メリープは問題なく送り出したけれど、俺とピチューの方はと言えば、Wi-Fiルームを出てもまだボール越しの対面となっている。どうやら相当怯えているらしい。出そうとしても断固出てこないので、仕方なく今日も休日だ。
 寝込んでいた期間と懐具合を考えれば賞金貰いに行くために、もといジムバッジ獲得に向けてレベルアップを図りたいところなんだけど、今回主戦力にしたいメリープが居ないんじゃいつになることやら。

「どーすっかなあ」
「コトネ、なんかできる事ある?」

 ポケモンセンターのロビーに設置されているソファ。人見知りピチューを預かるってんで幼少期からポケモンと触れ合っているコトネとも合流し、ピチューのボールを眺めながら唸る様に呟くと、ヒビキがコトネに話を振った。

「うーん、そうね。とにかくピチューが警戒ゆるめるのを待つしかないよ。ボールから出たくなったら出られるように、人の少ない落ち着いた部屋で、お水と乾燥フード部屋の端っこにおいて、取りあえずリョウくんに慣れるのを待つの」

 貰ってきた猫にする対応みたいだな。新しい環境に慣れるのを待ってあげるのが最優先なわけだ。

「まずはボールから安心して出てこれる環境を作るんだな?」
「うん、そう」

 いい案を貰ったけれど。

「つっても、この時間じゃまだ部屋借りれないな」
「あ、そっか。うーん、じゃあ、どうしよう」
「ちょっと待ってて、心当たりがあるから相談してみる」

 ポケモンセンターの宿泊施設の開放は夕方からだ。外でもいいから静かなところを探そうかと考えたところで、ヒビキがポケギアを取り出した。

「この町に親戚でもいんのかな」
「さあ? 聞いた事ないよ」

 少しして話が付いたらしく、にっこり笑ってヒビキは立ち上がった。

「OKだって。ガンテツさんのお家にお邪魔させてもらおう」

 わーお。ヒビキってばあの頑固そうな爺さん宅に突撃かます気か! 屈託がないというか、物怖じしないと言うか。





 ガンテツさんは思ったとおりちょっと気難しい人だった。とはいえ、それはポケモンを思う気持ちは人一倍だからで、ピチューの境遇に同情して怒ってくれた。その説教の行き先が俺だったのがちょっと納得行かなかったけども。慣れない正座で足が大分痛かった。
 それはさておき、結果から言えばピチューは出てきてくれた。見慣れない人間たちのことは警戒しているようだったけれど、面倒見の良さを発揮したマリルとイーブイがなにくれと世話を焼き、ミミロルとコトネのピチューが積極的に誘って打ち解けたようだった。じゃあ俺も、と近付こうとしたら逃げられてしまい、チコリータに「余計なことすんな」とばかりに睨まれたんだけどな。
 それで少し安心して宿泊施設に戻ったらまたボールに篭っちゃって、ご飯時もでてこない。しょうがないのでコウキに連絡して泊まりは延期にした。ひとまずはボールから出てきてくれただけでも良しとせねばなるまい。

 一方、コウキの方も芳しくなかった。違う洞窟ならもしかして大丈夫かもと思ったんだけど、メリープは恐がって入るのを断固拒否したそうで。元の町のポケモンセンターから通信してきたコウキに申し訳なくて謝ったら、お互い様なので気にしないでほしいと笑っていた。そりゃそうなんだけど、分かっていても謝ったりなんだり、気持ちを表すのが礼儀だと思ってるのでお礼も言っておいた。明日からも世話になるしな。

 そんなこんなで俺たちもコウキもまだ先に進めておらず、しばらくはこの町を拠点にすることになりそうだった。俺の理由としては、ヒワダタウンはヒビキがロケット団を追い返しておいてくれたお陰で町はゆったりているし、次は大都市のコガネシティだ、そんなとこではピチューも落ち着かないだろうと考えての事だった。それに、虫タイプのジムをどうやって攻略するかってのも思いついてないしな。電気タイプに頼りたいけど、ピチューじゃ無理だろうなあ。
 チコリータは苦手なタイプで、イーブイもイーブイも決定打を持っていない。それにジムリーダーのツクシの手持であるストライクは、先手で攻撃してすぐボールに戻って違うポケモンと交代するという、とんぼ返りって技を持っていたはずだ。あれ、結構面倒なんだよな。チコリータを出す度にやられたら何もさせてもらえないまま落とされる危険がある。うーん、とりあえずレベル上げて、進化も視野に入れて……ああ、攻略本や攻略サイトがほしい。





 ピチューとメリープのトラウマ克服2日目、ヒワダではちょっとした問題が起こっていた。尻尾を切られてポケモンセンターで保護された野生のヤドンたちが生臭いって事だ。事件発生後にトレーナーたちの手を借りて一度丸洗いされたらしいけど、時間がたったせいか臭う臭う。宿泊施設で世話になっているトレーナーの発案で丸洗いすることになった。
 ヒワダタウンポケモンセンンター、その宿泊施設にある大浴場。水浴びには早すぎると言うのに、結構な数のトレーナーが短パン姿で集まった。そこここからじゃぶじゃぶと水音と遊んでいるような歓声が聞こえるけど、着々とヤドンは丸洗いされていく。

「ほおら、逃げんなよヤドンー。綺麗にしてやるから、おいこら」
「やぁーん」
「わー、あははは、ヤドンってあんな早く動くんだね、あはは」
「そりゃあバトルすんだし、ある程度はスピード出るだろ」

 石鹸で滑るのをいい事に手を掻い潜って逃げ出したヤドンを、けらけら楽しそうに笑いながらヒビキとチコリータとマリルが追う。因みに他の手持はガンテツ宅で遊ばせて貰っている。ふわもこのイーブイとミミロルは乾かすのが面倒だし、ピチューたちはうっかり電気を出したら皆が効果抜群になってしまうし、ヒノアラシとココドラに至っては水が苦手だ。

「そっか、なんか町でのんびりしての見てるとバトルするなんて思」

 もう少しでヤドンに手が届くというところで、マリルがヤドンに水鉄砲をびしゃーっとお見舞いした。攻撃目的ではないので手加減はしたのだろうが、余波でヒビキとチコリータもずぶ濡れになっている。とどめにヤドンが身震いして、俺を含め結構広範囲のやつらが冷たいと悲鳴をあげ、もしくは身を竦めた。マリルのトレーナーであるコトネが周囲に謝って、それから呆れた視線を本人に向ける。

「マリルぅ……」
「りる……」

 以心伝心、反省している様子のマリルに周囲が「大丈夫!」「どーせ最初からぬれてたし」とフォローを入れたけれど、頭からびしょ濡れなやつもいる。

「盛大にやられたな、ヒビキ。そのまんまじゃ風邪引いちまうぞ、一旦着替えてこいよ」
「んー、僕は大丈夫。どーせこの後お風呂だし、ぶっくしゅ!」
「大丈夫じゃねーじゃん」
「む、鼻かんでくるー」

 ヒビキはマリルの一撃で洗い流せたヤドンを連れて脱衣所に向かう。水浴びは好きな癖に洗われるのは嫌がっているヤドンたちが、暢気で間抜けた顔に似合わない敏感さでドアの方へ視線を向けた。

「こちらリョウ、ヒビキ、急げ、そこにはヤドンの大群が向かっている!」
「了解! エクストリーム!」

 脱走するべく出口に向かうヤドンたちをそれぞれが引き止めている内に、ヒビキは無事に脱衣所へ抜けた。続きが気になるエクストリームの一言を残して。続きがうかばなかったのか、エクストリームをエスケープと勘違いしてるのかはヒビキにしか分からないだろう。





 ヤドンを洗い終わって全員で風呂掃除をして、使ったタオルをランドリーに突っ込む頃には大浴場に火が入る時間になっていた。それを見計らったようにガンテツの孫娘がヤドンと連れ立って俺たちの手持を送りに来てくれて、孫娘をコトネが風呂に連れて行く事になった。普段ガンテツと2人暮らしの孫娘は、ここ2日でコトネに随分懐いていた。

 風呂から上がると一番星が見える時間になっていた。ヤドンが付いているとはいえ薄暗い中を幼い子で1人は不安だったので、コトネとヒビキが送りに出た。
 俺はユニオンルームに向かってコウキと通信し、ピチューとメリープを交換しがてら今日の成果を報告しあう。特に進展はなかったが、のんびり行こうと決めているので問題はない。いや、財布は相変わらず大問題を抱えているんだけどな。でも天涯孤独ってことになっている俺んとこには、来月になれば生活保護の一環でいくらか金が入ってくる。取りあえずそこまで節約して生き延びねば。

 通信を終えてポケモンセンターの外に出ると日はすっかり沈んでいた。4月後半に入ったからか、おとといくらいから寒さが和らいできている。夜の風はまだ冷えるけれど、歩いている分には気にならない。

「さって、メシ行こうか」
「めえええええー」
「今日はなんだろうなあ、楽しみだな」
「めえええええりいいいいいいー」

 昨日から俺たちはガンテツに教わったリーズナブルな食堂へ行っている。ちょっと怪しい路地裏にあって店内は狭いが、ポケモンセンターよりも安くて日替わり定食を出してくれるので俺は大助かりだ。
 店に着くと結構な行列が出来ていた。つっても立ち食い蕎麦なみに回転が速いのでそんなに時間はかからないだろう。ポケギアでヒビキたちに先に並ぶとメールしながら行列に加わる。
 立ち止まると夜風が身に沁みた。少し重いのろ覚悟して、もふもふ暖かいメリープを抱えあげる。そうしていくらも進まない内に2人は姿を見せた。

「早かったな、お帰り」
「めりいいいいいいい」
「りるう!」
「ただいまー」
「ただいま。あんまり急ぐ必要なかった?」
「そうだね」

 走ったのか少し頬が上気していたが、息は切らしていない。マリルっつうかポケモンは人間より身体能力が高いから息切れするはずもなく、ヒビキの頭に陣取っているポッポはそもそも動いていないから元気……じゃないようだ。寒いらしくもっふりと毛を膨らませている。

「クルル寒そうだなあ」
「え?」
「わ、まんまるにふくれてる」

 ヒビキはそっと帽子を取ってそこに乗っている寒そうなポッポを確認すると体温の高いヒノアラシを出した。ポッポは元野生らしく人間の常識に縛られないというか、本能のままに動いて、人間の下で育ったヒノアラシを困らせている事が多い。けれど今のようにヒノアラシにポッポがぴったりくっついてまったりぬくぬくしている姿は結構頻繁に見られる。結局のところ仲良しのようだ。

「めりいー」
「こらこら、クルルが警戒してるだろ」

 そこに加わろうと飛び降りたメリープを引き止める。ついでに腕がしびれてきていたので背中へおんぶしてみた。少し腕が楽になった。それに身を乗り出して嬉しそうに頬擦りされると文句なんか引っ込むってもんだ。が、代わりにくしゃみは出た。

「はっぶしゅ!」
「ぷうっ! めりいいー」
「わ、わ、待て、鼻水が! いや舐めようとすんな!」
「だめよ、メリープ」
「ティッシュ、ティッシュ!」

 コトネがメリープを抱えて、ヒビキが俺にポケットティッシュを差し出してくれた。周囲からちょっと笑い声が聞こえたけど気にせず鼻をかむ。行列に並んでいる人の多くはポケモンを連れていて、その笑いには嘲笑なんて含まれて居なかったからだ。子供とポケモンが戯れているのが微笑ましかったのか、もしかしたら同じような事を経験しているからこそ共感して笑ったのかもしれない。


次話 コガネはけつまずく運命
前話 見慣れたくないのに見慣れていく

3 見慣れたくないのに見慣れていく

 
 ヒビキがコウキに連絡して、俺が金の無心メールした事でユウキから説明を求められ(事件やら風邪やらで後回しになっていた)、メリープの事は交換つっても一時的な交換でトラウマから遠ざけるとか案が出て、ユウキはユウキでシンオウ地方に知り合いがほしいってんで、ならもうまとめてWi-Fiルームに集合しようぜ! と言う流れになった。コトネは交換に興味がないらしく不参加だ。ハーレムだったのにと言ったら怒られてちょっと叩かれた。思い返せば結構な確率で女性に叩かれている。俺は失言が多いんだろうか。

「やー、コウキ。来てくれてありがとう」
『そんな、いいえ。僕も色んな人に会えて嬉しいですから。――初めまして、フタバタウンのコウキと言います! よろしくお願いします』
「初めまして、リョウです。今日はよろしくな」
『俺はミシロタウンのユウキ。よろしく』
『はいっ! リョウさんは虫取り少年さんなんですねー』

 初々しい態度で丁寧に挨拶してくれた空手王がコウキで、無愛想に見える空手王がユウキ。今回ヒビキは同じ場所からアクセスしてるから第2回春のマッスル祭りは回避できたが、前回同様マッスルが2人も居るのであまり救いにはなってない。なんなんだよお前ら示し合わせたように、知り合いでもなかったくせに。どんだけ空手王好きなんだよ。
 人の趣味にどうこう言うのもなんなので突っ込みは胸のうちに仕舞い、長話になっても問題ないように部屋の隅っこの方へ移動する。空いてる椅子を動かして車座に座って、俺は早速メリープを出した。

「こいつがメリープ。メリープ、この人がコウキくんだよ」
「めええええ!」
『わあああ、すごく可愛いっ! 初めまして、メリープ。僕はコウキです』
「めええ」

 よう! と手を上げたメリープに、コウキは骨抜きのようだった。姿も仕草も可愛いと、まるで女の子のような感想を漏らす。いや、メリープを形容するなら誰でも可愛いかもふもふ、が一番に口を付いて出るか。

『リョウさん、僕はメリープすごく気に入ってしまいました。メリープ、僕と一緒にコンテストへ出てみませんか?』
「…………」

 メリープは俺とコウキの顔を見比べて困っているようだった。

「すぐ決めなくて良いよ。とりあえずコウキくんとお話してみな?」
「……めえ」
『そうだ、僕の仲間も紹介しますね。ポッチャマのペンペン、ムックルのムクムク、それからピチュー』

 ポッチャマは澄まし顔で胸を張り、ムックルは興味津々といった感じで周りを見上げ、最後に出てきたピチューはきょろきょろと落ち着きなく周りを見回した。

「……ん? あれ? なんか、コトネのと違うような」
「……あっ、色違いじゃん!」
『ちゅぴっ』
「えっ?」

 まさかの色違いに思わず叫ぶと、ピチューは慌てた様子でコウキの背中に隠れてしまった。

『すみません、ピチューは少し恐がりなところがあって』
「そうなのか、ごめんな、驚かせちゃって」
『いいえ。……たぶん、ピチューにとってもいい機会なので』
「どう言う事か聞いても?」
『はい。ピチューは、多くのトレーナーの下を転々としてきたみたいなんです。その間に色々あったみたいで、少し人間不信というか……ポケモンは平気なんですけど。だから、人間だって酷い人ばかりじゃないよって教えてあげたくて』

 こうしている事でピチューのなにかが変わるのか、つーかそもそも本当に人間不信なのかって所からして、俺には判断が付かない。それにさ、

「見る限り、コウキくんはピチューに信用されてるように思うけど」
『懐いてきてくれるのは分かってます。でも、僕の目標はコンテストなので……』
「ああ、ステージに立つのに、人に怯えてちゃ話にならないか。で、人を恐がる理由が人間不信から来るから、根本から治そうって事?」
『あ、えっと、はい。そうです』
「ほへー、リョウくん良く分かったね。コウキも、そんな事考えてたんだー」

 なんだよ、事情知ってて紹介したんじゃないのかよ。

「メリープの方は、ヒビキくんから聞いてると思うけど、洞窟を恐がっちゃってダメなんだ」
『はい、だから原因を作ってしまったリョウさんとは離れて、ちょっとずつ洞窟に慣らしてみようって話ですよね』
「うん、慣らすのが可能なら、ってトコではあるけど」
『ピチューも、慣らせるなら人に慣らしたいんです。たぶん、慣れてくれると思うんです』
「なんか根拠ありそうだな?」
『はい。元々はこうじゃなかったと思うんです。図鑑によると性格は陽気なので』

 元が陽気って、そりゃあ随分痛ましい姿だ。いったい何があったんだか、根は深そうだな。向き合うには根気が必要なんじゃないか、ピチューにもコウキにも。
 ……って、ん? 色違いピチュー? しかも陽気? もしかしてダイパプラチナに配布されたピカチュウカラーのピチューじゃないか? 最初に捕まえたのが誰か確かめたいけど、今は図鑑見せてくださいって言える雰囲気じゃないなあ。

『なにかあって、後天的に臆病になったって事か』
『はい』
『元が陽気とはいえ、一度人間不信になるとなかなか懐く事はない。幸いコウキには懐いているようだし、そのままにした方がいいと思うけど?』
『そうかもしれません。でも、このままだと、僕には懐いても、人間を恐がったままだと思うんです。――ピチューは色違いです、なにもしてなくても人の注意を引きます。バトルでは傷付くばっかりで、ポケセンの宿泊施設でもくつろげないのが可哀想で……』

 ああ、基本相部屋だもんなあ。

「傷付くばっかりって、それじゃ今は自衛もまともに出来ないのか?」
『はい……モンスターボールの中は安全ですが、ずっとそこに居るわけにもいかないでしょう? 今のピチューは、対人戦も恐がってしまいます。勝たせて自信をつけさせてあげたいのに、僕にはどうしてあげる事もできないんです。だから、リョウさんに預けたいと思って』

 おおい、なんでそこに着地した?

「ちょちょちょ、まて。なんで? 俺も新人なんだぞ、ド素人、ド素人。何もしてやれないと思うけど」
『リョウさんは相性が悪くても勝たせてあげられると聞きました』
「それは、ユウキさんとかもそうだろ。少しバトルに慣れればそういう事もできるよ。そもそもジムリだって、工夫すれば倒せるように調整してくれてるわけだし」
『でも、僕の知り合いには今のところリョウさんしかいません』

 そ、それはそうかもしれないけど。人間不信な子を預かるとか責任重大すぎだろ。いや、トラウマ持ちメリープを預けるのも、責任転嫁っつうか、負担かけるけど。ピチュー預かる自信ないですよ、俺は。

『だから、まずは一晩おとまりから、ってのはどうでしょう?』
「へ?」
『いきなり交換してはピチューも、メリープも困っちゃうと思うんです。でも一晩おとまりくらいなら、楽しく過ごせると思うんです。幸いポケモンならピチューも恐がりませんし、メリープも人懐っこそうですから、それはストレスにはならないでしょう。そうやって僕と顔見知りの間をいったりきたりすれば、少しずつ人なれしていくと思うんです。もしバトルになっても、リョウさんならピチューがひどい事にならないようにしてくれると思いますし。メリープの洞窟嫌いにしても、これから行く場所に短い洞窟がありますから、少しずつならしていって……あの、すみません、一人でぺらぺらと……』
「いや、いや」
「ふへー、良く考えたねー! 僕はいいと思うよ。なんだったら僕も協力するし。こっちは連れ歩きキャンペーンしてるから、人に会う機会も多いけど、そのぶん色んなポケモンもいるから、もしかしたらポケモンが仲裁に入ってくれて人慣れもしやすいかも!」
『そういうのなら良いんじゃないか。問題はレベルだな。コウキ、リョウ、レベルの確認しとけよ、いざって時に言うこと聞かないんじゃあ勝てるものも勝てない』

 ユウキのアドバイスに頷いてお互いの手持のレベルを確認しながら、俺は内心のた打ち回っていた。
 うあー、コウキ、超良い子だった。俺、責任とか無理とか、自分の事しか考えてなくて恥ずかしい。そっかそっか、交換っつっても、ゲームと現実じゃ全然違うのな。そっか、一時的な交換って、おとまりなんてーのもありな訳だ。はー、目から鱗だ。

『リョウさん、どうでしょう?』
「ああ、それでいいよ。メリープ、まずは一泊、コウキくんとこに遊びに行かないか?」
『めりいいいい』

 今までの話を理解していないのか、それとも交換ではなく遊びと言ったせいか、メリープは一も二もなく目を輝かせて嬉しそうに鳴いた。

『ピチュー、どうでしょう? 少しあちらにお邪魔してみませんか』
「ああ、そうだ。俺んとこのも紹介しないと、ピチューも困っちゃうよな」
「じゃあ僕んとこもー」

 ヒビキはピチューがこっちに来るなら自分に会う機会も多いだろうと考えたのかボールを放った。ポッチャマ、ムックル、メリープに加え、チコリータ、イーブイ、ヒノアラシ、ポッポ、ココドラの計8匹が床に現れる。いくらみんなチビとは言え流石に狭い。
 椅子を動かして場所を広げている間に、懐っこいメリープとイーブイがピチューの近くに寄っていった。ポッポは興味がないのかはたまた電気タイプが嫌なのか、出て早々にヒビキの頭上へ。ヒノアラシは久しぶりにテレ屋な性格が出てヒビキの腰掛ける椅子の後ろへ。チコリータはポッチャマとムックルを凝視していた。人間不信のピチューは懐こい組にまかせて、俺はチコリータに話しかける。

「どうした、ワカナ?」

 応えずじーっポッチャマたちを見つめるチコリータ。ポッチャマはつんと澄まし顔で、ムックルはピチューの方へ意識を向けているようだ。そしてお兄さんは無視されてちょっと寂しいですよ。

『警戒してるんだろう、ポケモンの姿をしているのに匂いがないから』
「あー、なるほど。大丈夫だよ、ワカナ。ポッチャマたちも人間と同じで、遠くから通信してるんだ。ホログラムだから。警戒しなくても大丈夫」
「…………」

 よくわからないらしく警戒を残した緊張の面持ちのまま、チコリータは俺を見上げた。一方でメリープとイーブイは何も気にせずピチューに話しかけている。なんだろうね、この違い。性格だけでこんな違いが出るもんなのかねー?


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2 再会は突然に(下)

 
 結局コトネはおにぎり5個にサンドイッチのパック2つ、5個入り唐揚げ2袋を平らげ、デザートにゼリーの封を切った。

「健康的なたべっぷりだなあ」
「はっきり言っていいよ? 大食いだって」
「食べる事は悪い事じゃないだろ。お財布にはちょっと厳しそうだけど」
「うー、そうなの。でも最低でもこれくらい食べないとお腹空いちゃって」
「前はもっと食べてたよね。オードブル5人前とか」
「ヒービーキーっ」
「いたっ!」

 さすがに恥ずかしかったらしく、コトネはヒビキを抓った。

「いいじゃん、本当に美味しそうに食べるから、見てるこっちも気持ちが良いよ。っいたっ、ワカナさん痛い、なんで叩くんだよ?」
「ちっちこー!」
「ぴちゅぴちゅぴ」
「みみろー」

 チコリータにピチューとミミロルがうんうんと同意して、他のポケモンは我関せずと視線をそらした。なんで俺が悪いみたいな雰囲気になってんだ。コトネをフォローしたつもりだったんだけど、無神経だったかなあ?

「あれ? ワカナ怪我してる?」
「ああ、それ私も気になってたの。ツルの先、どうしちゃったの?」
「あー、ちょっと強いポケモンに会っちゃって。痛くはないみたいなんだけど」

 ドククラゲに千切られた蔓は無残な姿のままだ。トカゲの尾のような感じで、しばらくすれば元通りになるとジョーイは言ってた。それでも初日は気遣っていたが、チコリータがいつも通り蔓でピシパシ叩いてくるので、今はあまり気にしていない。

「そんな怪我するなんて、もしかして、入っちゃいけないとこに入った?」
「いや、そうじゃなくて、波乗りできる人がいたからちょっと地底湖渡って……」
「なんでそんな事したの!?」

 大声に驚いて言葉を継げずにいると、コトネは少し気まずげに威勢を落とし、けれど複雑そうな目を向けてきた。

「大声出してごめんなさい。でもね、波乗りじゃないと入れない場所って、それ相応の理由があるの。波乗りってジムバッジがないと使えないでしょ? あれはトレーナーの能力に合わせてって配慮されてるからなんだよ。だからね、誰かに連れてって貰うのは危ないの。無茶しないで」
「……わかった」
「……本当に、だめだよ」
「うん。今回の事で、理解したつもり。本当に気を付けるよ」

 地下に降りるにはレベルが足りていないのは分かっていた。だけど一切心配なんかしてなかった。レッドがいるから大丈夫だと思っていた。ゲームを知ってるからって油断してたんだ。
 本来ならあそこでレッドに遭遇するのはシナリオ上では有り得ない。ヒビキのような安全性はまったくないってのに、俺は認識が甘かった。その事、今は後悔している。だいたい32番道路の森も繋がりの洞窟も、俺が横道に逸れたから手持ちを傷付けてしまったんだ。俺が危ない目に合うとチコリータは飛び出してしまう。イーブイもそうだ。
 メリープは洞窟がトラウマになったらしく、繋がりの洞窟へ入るのを酷く嫌がった。だからヒワダに到着するまでパソコンに預ける事になってしまった。前日までは一緒に行くのを楽しみにしていてくれたっつうのにだ。
 俺は俺のためだけじゃなく手持ちの為にも無茶をしてはいけないんだと、身の丈にあった行動をしなければと痛感していた。

「リョウくんってしっかりしてそうで抜けてるよね」

 沈みかけた空気を入れ換えるように、ヒビキが朗らかに俺を貶めた。

「ヒビキにだけは言われたくないんじゃない?」
「うん、さすがにヒビキくんには言われたくないな。ボケてるようでしっかりしてて、でもやっぱボケてる奴にさ」
「えー? そんな事ないよ、僕けっこうなんでもできるよ! 意外と大人だよ!」
「繋がりの洞窟抜けられたの偶然のくせに」
「運も実力の内だもん」
「ヒビキは運ばっかじゃない」
「ふふん、羨ましいだろー」

 得意げに胸を張ったヒビキに笑ってしまう。誇る事かよ。

「運がいいと言えば、俺、アカネちゃんと1日同行したぜ」
「ええ!? ほんと!? ジムリの?」
「ほんとほんと、本物のアカネちゃんだよ」

 和やかな雰囲気が戻って来て、しばし近況報告を兼ねた雑談タイムが続いた。ポケモンたちはそれぞれ思い思いに寛いだり、遊んで親睦を深めたりしている。

「――じゃあヒビキはユニオンルームとかWi-Fi、結構利用してんだ」
「うん。なんか色々面白いよ、まだ利用してないのも多いけど。こないだはね、シンオウの人にパチリス交換して貰ったんだ」
「えー、パチリス見たかったー! どうして連れてないのよ」
「え? ごめん、図鑑埋めるだけだから逃がしちゃった」
「ふぅん。特性物拾いじゃなかったのか?」
「ものひろいって?」
「やだ、知らないで交換したの? 物拾いって、たまに道具を拾ってくるのよ。花とかじゃなくて、傷薬とかモンスターボールとか、本当にたまにだけど金の玉とか」
「…………僕、もったいない事しちゃった?」
「わかんないな、もしかしたら逃げ足の方だったかもだし。まあ気を落とすなよ」

 励ますと微妙な顔ながらもヒビキは頷いた。交換相手の性格や知識にも寄るけど、さして珍しくも強くもないポケモンを交換に出したって事は、特性は選んだんじゃないかと思う。がっかりさせるだけだから言わないけど。

 ふと話題が途切れて、俺は部屋中を駆け回るチコリータたちに視線を移した。イーブイはいつの間にか俺の近くで丸まっていたが、懐こくて元気なメリープは元気なマリル・ピチューと気が合ったようで、微妙に嫌がっているチコリータを楽しそうに追いかけ回していた。道連れでヒノアラシまで追いかけられてるのが少しばかり涙を誘う。
 あんなに楽しそうな様子を見ていると、ボールから出てまで洞窟に入るのを怖がったのをことさら可哀想に思う。

「……メリープ、ちょっとおいで」
「めえー?」

 素直なメリープはぴょんとベッドへ飛び乗ってきた。撫でてやると気持ちよさそうに目を細める。

「なあ、ヒビキくんかコトネちゃんさ、メリープ連れて行かないか?」
「めえ?」
「え? なんで?」
「いいけど、なんで? メリープも驚いてるよ」
「メリープ、繋がりの洞窟がトラウマになっちゃって、入りたがらないんだ。原因を作ったのは俺だ。だから俺と居ると、いつまでも忘れられないかもしれない」

 告げた言葉だけが全てではない。トラウマを作ったのが俺の軽率な行動ならば、人に預けるのではなく側に居てトラウマ克服の手助けをする方が償いになるだろう。けれど、そうするには幸先に不安が多かった。
 俺は何故だか凶悪なやつに遭遇する機会が多い。この先はもしかしたら何事も無く過ごせるかもしれないが、保証は全くない。なにが起こるかわからない俺と居るより、ゲーム通りに旅してるらしいヒビキや、危機管理がきちんと出来ているコトネの手持ちになる方が安全は確保されるだろう。

「それは、うーん、そうかもしれないけど……リョウくんとメリープはそれでいいの?」
「俺はいいよ、メリープを傷つけるよりはずっといい。メリープは、どうかな。この2人は優しいよ」
「…………」

 メリープはヒビキとコトネと俺をきょろきょろと見て、困ったように黙りこんでしまった。

「メリープ、答えは今すぐじゃなくていい」
「めぇ」
「ただ、俺といる限りは、また怖い目に合うかもしれない事を考えて欲しい」
「めぇ?」
「リョウくん、気を付けるって言ったじゃない」
「気をつけるけど、でも……ヒビキくん、ロケット団を見かけただろ?」
「うん。もしかして、リョウくんも?」
「ああ。たぶんさ、俺が望まなくても、巻き込まれる事だってあると思うし、それに俺はどうも運がないから」

 うつむき気味のメリープに申し訳無くて、撫でながら言葉を付け足す。

「追い出したいわけじゃない。でも、良く考え……メリ、っくしゅっ」

 メリープに頬擦りされてくしゃみが出た。鼻水ついちゃうぞ、こら。

「めええ、めえ、めりいいいいい」
「ぶーい、ぶいぶい、ぶいぶー」
「……ちこり」
「ひのー」
「りるる、りる、りるる!」
「ぴちゅぴ、ぴちゅぅ」

 メリープとイーブイがなにやら話しかけてくれるがわからん。チコリータは複雑そうな顔でメリープを見て、それを気遣うようにヒノアラシが穏やかに鳴いた。マリルとピチューは笑顔でメリープを引っ張る。

「マリルとピチューは歓迎してるみたい」

 メリープは黙り込んで迷っているようだった。
 こいつは、突飛で強引なところはあるがわがままを言わない。共に過ごしたのはたった数日だけど、洞窟に入るのを拒否した以外はすごく従順だった。ポケセンに居るだけで退屈なはずのこの2日間だって楽しそうにしていた。
 それはたぶん、念願の手持ちになれたからだと思う。上手くやれるよう、我がままを言わないんだと思う。……俺、本当に馬鹿だな。余計な事しなきゃよかった。そしたら、メリープにこんな話しなくて良かったのに。

「うーんと、……メリープは、誰でもいいの? リョウくんじゃなくて、いいの?」
「…………」
「このメリープ、とにかく人間が好きで、誰かの手持ちになりたかったんだって。たまたま俺の手持ちになっただけなんだ」
「そっかぁ」

 メリープはヒビキの手を心地良さそうに受け止める。本当に全く人見知りしないんだよな。

「メリープはコンテストって興味ない?」
「……めぇ?」

 首を傾げたメリープに、ヒビキはシンオウ式のコンテストをざっと説明した。

「って感じでさ。コンテストなら洞窟に潜る機会もそうないし、紹介するトレーナーは可愛いポケモン好きだからメリープの事とっても可愛がってくれると思うんだ。コウキならさ」

 危うく吹き出しそうになった。シンオウのコウキって聞いたら俺の脳裏に浮かぶのは1人。ダイパプラチナの男主人公だ。ヒビキ、レッドに会ったら完璧だな!


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前話 再会は突然に(上)

1 再会は突然に(上)

 
 繋がりの洞窟での一悶着から4日、俺はヒワダタウンにあるポケモンセンターの救護室(人間用)で寝込んでいた。何故なら風邪でぶっ倒れたからだ。
 ポケモン捜索隊を騙ったトレーナーの集団とやりあった、っつうかレッドの足手まといになったあの日、ジョーイさんの通報で警察が来た。通報した時間がすでに夕方だったのもあって、日をまたぐ事になった事情聴取と現場検証に立ち会い、キキョウシティでも会った刑事やポケモンレンジャーのお姉さんに「また君か」と言われ、ついでに証言にならない証言をするレッドのフォローをした。
 その時に判明したんだけれど、怪しい男たちは違法なモンスターボールを使っていたらしい。モンスターボールから青い光で出されたポケモンは逃がす事が出来るが、これは必ずPCを経由しなければいけない。何故なら捕獲と言う行為は『トレーナーの命令に従わなければいけない』と洗脳する行為でもあるからだ。その洗脳を解いてやるには一手間必要だそうで、だから捕まえてすぐ逃がす、と言うのは通常出来ないようになっている。違法に逃がされたラプラス達はポケモン協会が追跡してどうにかするらしい。
 あいつら何だったんだろう。特に名乗っては居なかったけど、やっぱりロケット団だったのかなぁ。

 そうそう、うやむやなまま俺に同行していたレッドだけど、事件の翌日の昼前にあっさり別れた。レッドの目的は『俺にファイヤーの話を聞く』ってのだったからだ。ハヤトの言ってたファイヤーの元トレーナーはレッドで、事件を聞きつけ気になったから俺んとこまで聞き込みに来たそうで。とはいえレッドは事件の関係者じゃないから口外できないんだけど、警察の人から「こっそり教えるならいいよ(意訳)」とまさかのOKが出た。
 はっきり言われたわけじゃないけど、警察の人のニュアンス的には、バトルの腕前的にはレッドを頼っている、って感じだった。ゲームではロケット団のアジトへ破壊光線しにいったチャンピオンもいたし、プラチナじゃあ一般トレーナーに強力を求めたコードネームはハンサムな刑事もいたし、レッドへ協力の要請をするってのはありえる話なんだろうな。

 ま、レッドに対して俺が話せる事なんて殆どなかったんだけど。
 全部終わってようやく当初の目的だったヒワダへと向かったんだけど、繋がりの洞窟内ではくしゃみ連発、なんとか洞窟を抜けたところで立って居られないほど気分が悪くなり、そのまま病院へと担ぎ込まれた。診察結果はなんてことのない風邪。原因は明らかに前日の地底湖水泳だった。
 なっちまったもんは仕方ない。でも入院すると金がかかるから、薬だけ貰ってポケモンセンターの救護室で寝かせて貰い、今にいたる、と。

 倒れた時に居合わせた山男のツトムが親切に世話を焼いてくれたり、ポケモンセンターの宿泊施設を利用してるやつらが俺の手持ちの面倒まで見てくれるので病院より快適だと思う。
 けれど退屈からは逃れられないわけで。熱はすっかり下がったのに『大事をとって』と救護室から出して貰えず、ヒマを持て余した俺は持ってきてもらった雑誌の気になるページを切り抜く、っつうわけにはいかないので、地道にポケギアへメモしていた。

 換気のために開けた窓辺でカーテンがはためく度に暖かい風が届く。同時に俺のベット以外は空っぽで寂しい白い室内へと喧騒も運んでいた。一昨日から腐る程眠っているのに、メモを取るという単純作業にまた眠気を感じ始めた頃、廊下の方から複数の足音が聞こえて、俺はベットから出てポケギアと雑誌をサイドテーブルに避けた。間をおかず、思ったとおりにドアからリズミカルにノックが響く。

「はい、起きてますよ」
「具合はどうだ?」
「だいぶ良いです。熱はすっかり下がってます、ぶり返すそぶりもないです」

 返事を待たずに開かれたドアから、土鍋のトレーを片手にした山男のツトムが現れた。ドアの足元からチコリータ、メリープ、イーブイが飛び込んでくる。身軽にベッドへ飛び乗った面々は俺の膝の上へ、それぞれが口に咥えていたお土産を載せた。チコリータは小さく可愛い黄色の花を、メリープはどこで見つけてきたのか蜜を吸える花を。

「ありがとうな」
「ちこちー」
「めぇぇぇ」
「ぶいー」
「モチヅキ、お前は、気持ちは嬉しいんだけどさ……」

 イーブイの捕ってきたモンシロチョウがひらひらと病室を舞う。昨日のバッタよりはずっと良いけど、なんで毎度虫捕ってくるんだこいつは。また口んとこが鱗粉で白くなってんぞ。病院にいた頃はこんな趣味なかったのに、外に出て変わったんだろうか。
 そんな事を考えながら指で拭ってやると少し嫌そうに顔をしかめた。しかめっ面も病院じゃ見なかったなあ。もしかして、今までイーブイにも遠慮があったんだろうか。
 何時までも自分の思考に耽っているわけにはいかない。もう一度礼を言ってからお土産をサイドテーブルに置いて、ベットに設置できる組み立て式のテーブルを壁際へ取りに行く。何故がドアのところから動かずにやり取りを見ていたツトムが、やーさんのような強面にしわを作って笑った。

「慕われてて結構なことだ。どうだ、お昼はたべられそうか?」
「はい、大丈夫です。親切に有り難うございます」
「いいさいいさ、困ってるやつに手を貸すのが山男。旅のトレーナーもそういうもんだろう。なあ!」

 ドアを押さえたままツトムが一歩退くと、その後ろからひょっこりヒビキとコトネが顔を出した。なんだか久しぶりに会ったような気がするが、ワカバから旅立ってまだ2週間もたっていない。色々ありすぎて、感覚がちょっと麻痺してるようだ。

「や、リョウくん」
「具合は大丈夫?」
「ヒビキくん、コトネちゃん!」

 ビニール袋を持った2人に続いてヒノアラシとマリルが入ってくる。

「りるるりるる〜」
「ひの」
「マリルににヒノノも、久しぶり。こんな格好でごめんね」
「ううん、起きてて大丈夫?」
「ああ、もう熱は下がってるんだ。大事をとって、ってことで隔離されてるけど、起きてても全然平気」
「直り際が大事よ、ほら、ベットに戻って」
「ありがとう、でも本当に大丈夫だから。ところで、なんでここに?」

 ビニール袋をベッドの足元に置いてからヒビキは簡易イスを出し、コトネはテーブルの設置を手伝ってくれた。ベッドに這い上がったマリルとヒノアラシがそれぞれ木の実と黄色い花を俺に差しす。驚いて「俺に?」と聞いたら2匹とも元気なお返事で手渡してくれて、くすぐったくて笑ってしまった。風邪引いただけでこんなに見舞って貰ったの初めてだよ。

「風邪引いたって聞いたから、お見舞いに来たんだ」

 なんでもないように微笑んで言ったけど、ヒビキは一足先にコガネへ進んでいたし、コトネも同じはず。そしてヒワダとコガネを繋ぐ道の途中には木深い森があって、片道1日かかるはずだ。そこをわざわざ戻ってきて見舞ってくれるとは、他にもなにか用事あるのかなあ。

「私たちの気持ちでーす」

 コトネがにこにこと笑いながらビニール袋の中身を出して見せてくれる。中に桃らしきものが入ったピンク色のゼリーだ。イーブイが嬉しそうに鳴いてコトネの足元へすり寄っていった。コトネは食いしん坊を抱き上げて、やだー可愛いふわふわー、と撫でる。イーブイと戯れる女の子、可愛いなあ。

「ヒビキに聞いてはいたけど、見事に可愛い子ばっかりだね」
「狙ったわけじゃないんだけどな」
「さてと、おじさんは退散しようかね。食べ終わった土鍋は食堂に持って行ってくれ」
「「はーい」」
「ありがとうございました、ツトムさん」
「なんの。きみたちも体調には気を付けるんだぞ」
「私たちは全然平気!」
「元気が取り柄だから!」

 俺たちのやり取りを穏和な笑顔で眺めながら簡易テーブルに土鍋のお盆を置いたツトムは、「子供は元気が一番、山登りして体を鍛えろよ」とヒビキとコトネの頭をわしわしと撫でてから部屋を出て行った。

「いい人に拾って貰えて良かったね」
「本当に助かったよ。33番道路っていつも雨だろ? あんなところで倒れてたらマジで死ぬもんな」
「穴抜けの紐で洞窟のポケセンへ戻っちゃえば良かったのに」
「あー、一応持ってたんだけど、すっかり失念しちゃってて」
「しっかりしてるかと思ったのに……」

 コトネの呆れた視線に苦笑いするしかない。後から気付いたんだけど、洞窟で揉めた時も穴抜けの紐を使えばレッドの足を引っ張る事もなかったんだよな。使い慣れてないせいですっかり失念してたっつう。

「体調悪いなら無理せず、繋がりの洞窟のポケセンで一泊すれば良かったね」
「言い訳に聞こえるかもだけど、ポケセン出た時は少しくしゃみが出るくらいだったんだよ」
「でもツトムさんに聞いたよ、倒れたんでしょ。すっごく酷かったんじゃない」
「いや、うん……まさかあんな急に具合悪くなるとは思わなくってさ」

 風邪の初期症状から高熱が出るまで、半日ちょいだった。子供の体って弱いんだとつくづく思い知ったよ。

「ぶいぶー」
「ひのの、ひのー」
「りるるりるる!」
「はいはい、ご飯ね。もう、食いしん坊なんだから」
「リョウくん、一緒に食べていい?」
「大歓迎!」

 イーブイ、ヒノアラシ、マリルの催促でお喋りを中断し、ご飯を用意する。俺が寝込んでしまったせいでイーブイとメリープも昨日からポケモンフードだ。おかげで俺の具合とは反比例して財布が大風邪だ。よ、4万には手をつけないぞ、絶対だ。フラグじゃないぞ。
 2人が手持を出す。ヒビキの手持ちはヒノアラシとポッポ、それからユウキに交換してもらったと言うココドラだ。ボスゴドラいいよ、強いし格好良い。
コトネの手持ちはマリル、ミミロル、ピチューだ。見事に懐き進化ばっかり。オタチは逃がしたんだろうか?

「コトネちゃん、ピチューとミミロル持ってたんだ」
「あー、うん。やっぱり気になる?」
「そうだなあ、今まで見かけなかったから、新鮮な感じ」

 ミミロルもピチューもジョウトで入手するには一手間必要な種だ。珍しいのに会うと無条件でわくわくする。

「可愛いな、女の子のポケモンって感じがする」
「ふふ、自慢の子たちなんだー」
「コトネは親ばかだから」
「なによー、可愛いんだから仕方ないじゃない!」
「りるるっ!」
「いたっ、ごめん、マリル。そろそろ食べよっか」

 マリルから再度の催促を受けてようやく昼食に手を付け始めた。ココドラがポケモンフードの他に土塊っぽいものを食ってるのが不思議で、ついつい視線が吸い寄せられた。

「ごちそーさん」
「あれ、リョウくん、もう食べないの?」
「これ以上食べたらやばそうだから」
「ぶいぶいぶーいっ」
「はいはい、わかってるって。モチヅキ、明日からはいっぱい運動してもらうからな」

 半分以上残った俺の土鍋を見て、サンドイッチを食べていたヒビキが不思議そうに首を傾げ、イーブイがくれくれとジャンプした。救護室の片隅で体重計見つけたから後で計ってやろう。できればこれから先も定期的に計らないと、コイツまんまるになってしまいそうだ。
 おにぎり3個めを食べていたコトネがぐっと拳を握り、力強く言った。

「しっかり食べなきゃだめだよ! ただでさえリョウくん細いんだから」
「普段はしっかり食ってるって。ただ、今年の風邪は胃に来るんだ。食えなくなる。まじで気を付けた方がいい。なあ、ヒノノとマリルに分けてやってもいい?」
「いいよ」
「うーん、残したらもったいないもんね」
「ひのの?」
「りるっ!」

 物欲しそうにしてた2匹にも分けてやると、目を輝かせて頬張り始めた。ヒノアラシは鼻を突っ込むように食べるから、口や鼻の周りに米粒が付いてしまっている。チコリータの呆れた視線にも気付かず食べ続ける姿があまりに必死でつい笑いがこぼれた。

「相変わらず食いしん坊だな」
「あはは、いくら言ってもがっつくんだよね。でものんびりしてるとクルルに横取りされるから、それくらいでいいんじゃないかな」

 ポッポはすでに食べ終わってヒノアラシにぴったりとくっ付いていた。暖をとってるのかと思ったら、おじや狙ってたのか。

「クルルにも分けてやった方が良かったかな」
「ううん、クルルはただヒノノにちょっかいだしたいだけだから」
「構ってちゃんか」
「構ってちゃんだね」
「距離の取り方がまだわからないだけよ」

 4つめのおにぎりを頬張りながらコトネが笑った。ってゆーかどんだけ食う気だコトネ。


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前話 タマゴの行方





* * * *



クルルはヒビキのポッポのニックネームです。かえるっぽい宇宙人ではありません(笑)
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