キキョウシティを西へ抜けて36番道路へ。そこで貰えるはずの岩砕きの秘伝マシンはヒビキに回収されていて既に無かった。落胆はない。予想済みだし、秘伝技って一度覚えさせると普通の方法じゃ忘れらさせられないから、2匹しか居ない現状で使うかと言えば微妙なところでもあったからな。
 岩砕きで出来ないから化石掘りはできないけど、俺は今アルフの遺跡で胸を踊らせていた。遺跡にはロマンがつまってると思う。特に知識があるわけじゃないが遺跡ってだけでテンションマックスだ。

「うおー、テンションあがる!」
「ちー」

 チコリータは興味ないのか呆れたような目を向けてきた。無駄にはしゃぐ俺に呆れてるだけかもしれない。
 まあどっちでも構わない、とにかく遺跡に満ちるロマンについて語ってやろう。

「いいか、ワカナ。この遺跡はかつて人とポケモンが仲良く暮らしていた証拠だと言われてる」

 しゃがみ込み、遺跡のゲートで貰ったパンフレットを見せながら説明を試みた。が、興味ないわ、とばかりに視線が俺を通り過ぎて背後へと向けられている。

「聞けよー聞いてくれよ、ワカナー」
「あっはっは、情けない声だすなや」

 一気に恥ずかしさが振り切れて、飛び跳ねるような勢いで振り向く。いつの間にやら背後に、ピンク色の髪を2つ縛りにした少女と綺麗な薄ピンク色の愛らしいピクシーが立っていた。

「きゃっ! なんや、そんなびっくりされたら、こっちも驚いてまうやん」
「ごめん。人がいるとは思ってなかったから、驚いて」

 立ち上がりながら謝る。羞恥にちょっとばかし混乱していたが取り繕う事は忘れない。
 しっかし、またポケモンに話しかけてるとこ見られたよ……恥ずかしい。外で野良猫に話しかけてるの見られちゃった気分なんだよな。
ヨシノからここまで気を付けてたのに、ちょっと油断したらこれだよ。
 救いは不意打ちかましてきた相手が可愛い女の子ってコトだろうか。

 うっすら化粧をした可愛い顔立ち。白の長袖の上着と青いデニムのショートパンツにしましま靴下。非常にボディラインが出やすい格好をしている。体つきは服の上からでも肉感的だとわかるが太い印象なんかなくて、膝や指先に淡く血色が透けて綺麗だ。
 なにより丸みのある胸とお尻。うんうん、いいね。ここまで来るのにちびっ子ばかりだったから、出るとこ出た女の子に会えたのが嬉しい。
 よし、調子戻ってきた。

「初めまして、俺は」
「リョウやろ? 知り合いから聞いとるわ。ウチはコガネシティのアカネ! よろしゅうな」
「よろしく、アカネちゃん」

 俺を遮って元気に自己紹介をしたアカネ――コガネシティのジムリーダーは、俺の手を取るとぶんぶん振り回した。無駄に元気だ。隣のピクシーは軽く頭を下げながら鳴く。礼儀正しい子だ。

「ぴくし」
「ちこりー」
「チコリータ可愛いなあ! ワカナちゃんって言うん?」

 パッとしゃがんだアカネは、勢いに呑まれたのかきょとんとしているチコリータを抱き寄せた。

「あ、ワカナは結構照れ屋で……」
「かーわいーい」
「……ちこー」

 ハートマークを飛ばしまくるアカネにされるがままのチコリータは、むず痒そうだが嫌がる素振りはない。そういやヒビキに撫でられた時も普通だったなあ……俺にだけツンツンですか。
 ピクシーがチコリータの顔を覗いて何事かお喋りを始めた。たしかアカネの手持ちって全員メスなんだよな。なにこれ、女子会始まっちゃった感じ?
 ひどい疎外感を感じつつも見守っていると、撫で回して満足したらしいアカネが立ち上がった。チコリータを抱いたままだ。
ワカナは平均より小柄だけど6キロ近くある。それを平気で持ち上げるとはなかなかどうして……。

「こないなトコで何しとるん?」
「遺跡見学しようと思って。アカネちゃんこそジムはいいの?」
「なんや、バレてんかー。ハヤトの見舞いの帰りやからええねん」

 ゲームしてた時からジムリーダー同士横の繋がりってないのか疑問だったが、隣町まで見舞いに行くなんて結構気安い関係みたいだな。

「36番道路の木を迂回して帰るのか?」

 今、キキョウからコガネに続く道は、初見殺しと名高いウソッキーがとうせんぼしている。コガネへはヒワダ側から回り道しなきゃ行けない。
 ウソッキーはゲームのグラフィックでは一本の細い木だったけど、俺が見に行ったら2本の巨大樹になっていた。理由は知らない。けど1つわかることがあった。
 俺には倒せる気がしないという事だ。
 一応は退かすための準備はして行ったんだ。でも迂闊に手を出したらそのまま倒れてきて押しつぶされそうな大きさだったから、大人しく退散してきた。
 あれは主人公補正入ってるヒビキに任せるが吉だと思う。

「んーん、ウチは空飛べるさかい」
「じゃあ寄り道だ」
「そそ。アンタに会うてみたくて」

 なんの用事か知らないけど、可愛い女の子にこう言われるのはやぶさかじゃない。

「嬉しいね。こんな可愛い子に会いに来て貰えるなんて」
「いやん、可愛いなんてホンマのこと言うても何も出ないで?」
「残念、デートとまではいかなくても食事くらいは誘えるかと思ったのに」
「あははは、なんや口うまいなあ、自分。聞いてたのと全然ちゃうわー」

 おふざけをからから笑って終わらせたアカネは機嫌良さそうにチコリータを撫でながら言った。もちろんその間チコリータを抱える手は片手だ。逞しいねえ。

「どんな風に聞いてたの?」
「なんやお堅くて変な子やって」

 あっはっはっはっ、ハーヤトくんはなっかなかシツレイな男だねーえ。そんな人の紹介の仕方があるか! 俺に悪意持ってんのか。
 もしハヤトと再戦があるなら、どうにか電気か氷か岩タイプを加入させて完膚なきまでにしてやろう。決めた、今決めた。

「普通の子ぉやんか」

 首を傾げながら言ったアカネは、悪戯っ子の表情でにんまり口の端を上げた。くるくる表情の変わる子だ。

「子供のクセにハヤトよりずーっと女の子の扱い心得てるみたいやし? こんのたらしめ」
「女性には優しくがモットーですから」
「胡散くっさいわー」

 笑いながら鼻をつまんで、臭うというジェスチャーをする。明るくて気安い雰囲気の女の子っていいね、こういう子と居るのはすごく楽だ。

「ほな行こか」
「どこに?」

 アカネが俺の左手首を掴んだおかげで、引きずられるように歩き出すはめになった。

「遺跡探索するんやろ? ちょーっと辛気くさいけどデートしたるわ。有り難く思うとき?」
「それなら喜んで」

 少しだけ振り返って悪戯っぽく笑うアカネ。一瞬面食らったけど、嫌なわけがない。

「昼は奢ってえな」
「新人トレーナーの金欠病舐めんな」
「甲斐性の問題やろー」

 上機嫌なたかり宣言はばっさり斬り伏せさせて貰う。キキョウで稼がせてもらったけどまだまだ心許ないんだ。
 ずんずん進むアカネにされるがままだった俺が声をかけたのは、遺跡をスルーしようとしたからだった。

「アカネちゃん」
「なんや?」
「ここ見たいんだけど」
「ええけど、ココ、なんもあらへんやん」
「こっち」

 最初に入った遺跡はただの通路で、別の出入り口から出た先、更にもう一つ部屋を通過したところが目的地だ。

「お? パズルや」
「展示品の中で唯一俺らが触れるものだよ。解いてもいい?」
「ウチもやるー!」

 騒がしい俺たちを見て、展示品の案内係のお姉さんがくすくすと笑った。あれ、ゲームでこんな人いたっけ? 思い出せない。まあいいや。軽く会釈をして早々にパズルへ向き直る。

「なんや結構出来とるやん。楽勝やで」

 半分以上できている石版パズルに残りをがこがことはめてくアカネだったが、なんつうか適当すぎる。微妙に柄が合ってない。

「ん? んー? これおかしゅうない? なんやこれ、あまり?」
「パズルは余らないだろ」
「ふふ、少し間違えてますわ」

 楽しそうに笑って、お姉さんは間違えた箇所を外す。

「おかしいわ。ほとんどはずれとるやんか」
「削れて模様見にくくなってるから、難易度あがってるんだよ。やらしてー」
「やったれリョウ! バッチリ決めたれ!」

 2つしか当たらなかった事が不満らしく、「行け! リョウ!」とまるでポケモンに指示するようにびしっと指をさされた。
 俺は意気揚々とパズルをスルーして奥の壁、一枚のプレートがかけられた場所へ向かう。

「任しとけ!」
「まてぃ、どこ行く気やねん」
「いや、あそこの壁になんか書いてあるからヒントかなって」

 嘘ではない。あそこにはヒントがある。ただしパズルじゃなく隠し扉を開けるヒントだけど。
 実のところ、パズル解くより隠し部屋のアイテム欲しかったんだよな。

「なにぃ? そういうことは早よ言うてえな!」
「あれはヒントではありませんわ。アンノーン文字で“あなぬけ”と書いてありますの」
「なんや期待させおって」
「いてっ」

 がっかりついでにばしっと背中を叩かれた。チコリータといいアカネといい、なんですぐ叩くかなー。

「ほら、さっさとしいよ」
「はーい」

 アカネにパズルの前へと戻された。まあいいや、先に解くか。
 時間の経過のせいか、展示中に人の手に触れたせいか、そのどちらともだろうか。絵を掘られた石版はゲームで見るよりずっとボロボロだ。しかも細かい。
 矯めつ眇めつ、よくよく観察しながらそれらをはめていく。だんだん丸いポケモンの絵が出来上がっていく。
 ……えらく簡単だけど、今まで完成させた人はいないんだろうか?

「……お姉さん」
「はい、なんでしょうか」
「遺跡の中ってポケモン出る?」
「水辺ではウパーやヌオー、ニョロモにコイキングが釣れることがあります。草むらにはネイティとドーブル、それから岩砕きをしますとたまにイシツブテが出現しますよ」

 ふうん、アンノーンは出ないのか。じゃあやっぱり、誰もパズル完成させてないって事だよな。俺がアンノーン出現させるのかあ……やべ、わくわくしてきた。
 これ終わったら地下の広間にアンノーン見に行こう。

「あら、短時間ですごいですわ」
「なんやの、これ。ヒゲ親父? ハゲの方か?」

 完成間近のパズルを見てせっかくお姉さんが誉めてくれようとしたのに、アカネの無限大な発想力でお姉さんは吹き出した。

「なにその発想力」
「なんやねん、発想力て。どう見てもツルピカヒゲオヤジやん」
「合体してるぞ」

 石版パズルの絵柄は簡略化されたカブトだ。球体のつるりとしたフォルムは簡略化された輪郭線、顔にかかる甲羅との境界線のゆるいM時は眉毛、一組しか描かれてない短い足が髭ってトコか?

「そう言われたらツルピカヒゲオヤジのような気がしてきた……」
「せやろ」

 ふふんと得意気に笑うアカネ。お姉さんはくすくす笑いながら説明してくれる。

「それはポケモンのカブトだと言われてますの。この辺りの岩を砕くと稀に化石も見られますし、間違いないと言われておりますわ」
「なんやカブトか。わっかりづらいわあ」
「もう一組、足が描いてあったら分かり易かっただろうにね。……お姉さん、パズル足りないみたいなんだけど」

 ピース2個分くらい欠けたスペースがある。なぜアンノーンが出現してないかなんとなくわかってしまったが、聞かずにはいられない。

「元から欠けておりますの。残念ですが、完成はしないんですのよ」

 マージーでー?
 俺のわくわくが、液体窒素で冷やされた風船のように一瞬でしぼんだ。ゲットできなくても見たかったなあ……あれ、これじゃジョウト図鑑完成できないじゃん。ヒビキどうすんの?
 そんな事を口にできる訳もない。疑問を胸の内に仕舞い、もう一個の方を試してみることにした。

「どこ行くん」

 パズルを完成させたからてっきり退室すると思ってたんだろう。奥の壁へ向かった俺にアカネが首を傾げる。それにちらりと笑って見せ、鞄を漁りながらあなぬけと書かれたプレートの前に立ち、マダツボミの塔で拾っていたアイテムを取り出す。

「テーテッテレー」
「うまい! って何やねんいきなり。穴抜けの紐?」

 追い付いて来たアカネが乗ってくれた。さすがコガネっ子、ノリがいい。って、練れば練るほど美味いあの駄菓子こっちにもあるのかよ。

「そうそう。これを使う」
「あなぬけやから穴抜けの紐て。単純すぎやろ」
「んじゃーアカネちゃんは他に何か良い案あるの?」
「無茶ブリやで。考古学なんて専門外やわ」
「とりあえず試してみようぜ。……アカネちゃん、これどうやって使うの?」
「知らんわ。古代人か古代ポケモンに聞きぃよ」
「いや、遺跡じゃなくて穴抜けの紐」
「はあ? 知らんの? あんたトレーナーやろ」
「使った事ない」
「取説読めや」
「拾い物だから取説ない」
「えー」

 じと目で見られても知らないものは知らない。

「確かにヘンな子やわあ。帰りたい、ここから出たいって思えばええんよ」
「……へええ、帰りたい、か」

 変は余計だよ、という突っ込みは言葉にする前に喉に引っかかった。
 咄嗟にずいぶん帰宅してない、住み慣れた自分のワンルームを思い出してしまったからだ。冷蔵庫の生タラコは間違いなく腐ってるだろう。あ、なんか魚介類食べたくなってきた。

「ちこっ!?」
「ぴ!?」
「なに、地鳴り!?」

 突然地鳴りがして壁に長方形の亀裂が走り、それはゆっくり上へとずれといった。チコリータが手に蔦を絡めて強く引いてきた。握り返して数歩下がる。
 石室の奥に隠されていた短い通路と部屋が現れるのを見届けてから振り返ると、ポカンとした顔が並んでいた。

「……開いてもうた」
「っ、あ、ただいま係員を呼んで参りますっ!」

 お姉さんがかこかこヒールを響かせて走り去って行った。


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