仲直りを終えて新しい仲間を迎えた俺たちはやる気溢れるメリープに引っ張られ、レベル上げと言う名のレクリエーションに夜まで引っ張り回された。
メリープはとにかく元気で、野生のポケモン倒す度にどう? どう? って顔で俺のところに戻ってくる。羊なのに犬みたいな性格をしていた。
それに引きずられたのかチコリータとイーブイも頑張ってくれて、いつもより遅く21時近くになってからポケモンセンターに戻ったら、昼間のやり取りを見ていた奴らに根ほり葉ほり事情を聞かれる羽目になった。
なんとか誤魔化して抜け出す頃には22時近くて、俺たちは慌てて風呂へ向かった。
風呂を済ませ、冷えたペットボトル片手に部屋で一息つきながらポケギアを開く。
悩みながらメールを打って、ユウキと博士に送信。金の無心メールなんて流石に呆れられるだろうか。でもなあ
「……背に腹は変えられない」
「めえ?」
ポケギアを閉じて、髪を拭きながらベッドに座る。ドライヤーしなくて良いほど短いから楽だ。手持ちの3匹はイーブイとメリープのすりすりからチコリータが逃げ回るというじゃれ合いをしていたが、独り言に反応したメリープが近寄ってきて首を傾げた。
つぶらなくりくりの目にレモン色のもふもふは縫いぐるみのように愛らしい。そしてイーブイの首周りとはまた違ったもふもふで、メリープは撫でられるのが好きだ。
「……よしよし」
「めえええ」
「よい子よい子。お手!」
「めっ!」
冗談だったんだけど、しゅたっと右手を差し出して来た。メリープと遊んだ、もしくはメリープで遊んだトレーナーが仕込んだんだろう。
素直すぎるさまに悪戯心が疼いてしまった。
「おかわり!」
「めえ?」
「おかわりは左手だよ、たぶん」
犬飼った事ないからわからないけど、お手が右ならおかわりは左だろ。
メリープに色々仕込んでる内に消灯時間が来てしまった。翌朝になってもメールは返ってこなくて、俺は金欠に頭を抱えながら取りあえず出立する事にした。
洞窟でトレーナーから賞金を頂こうという腹だ。どう足掻いても目標金額より少ないけど。
「うし、じゃー気合い入れて行くぜ、初洞窟!」
「ちこっ!」
洞窟の入り口手前。チコリータは臆する事なくたしたしと足を踏みしめた。頼もしい限りだ。
「メリープもよろしくな」
3つに増えた腰のボールに触れれば、かたん、と軽く振動が伝わってきた。ズバットは任せたぜ。
いざ洞窟に入らんとした時、ぽん、と肩に手を置かれた。
振り向くとそこにはピカチュウを連れた茶髪の少年がいた。赤い細身のジャケットとブルーのストレートジーンズ、モンスターボールがデザインされた白と赤のアメリカンキャップを目深に被っている。
この人には見覚えがあった。ゲームで何度も会った。何度も負けた。
「レッドさん!?」
「知ってるの」
そりゃー存じてますよ。赤緑以来にHGSSやり始めて、右も左もわからないままリーグ挑んで、カントー踏破して、強化版のジムリも四天王もチャンピオンも倒したのにアンタに負けましたからね!
必中吹雪はトラウマだ。まさかラプラスにデンリュウ沈められるとは思わなかったぜ。思えば、あのあたりから俺の廃人化が加速したんだよなあ……。
HGSSの旅の終点であるシロガネ山とトレーナーの頂点に立つ少年を前にして、様々な思い出が去来してゆく。なんたって目の前の少年には小学生の俺の思い出が詰まってる。懐かしい、すごく懐かしい。
初代ポケモンの主人公、レッド。
容姿はFRLGだけど、思い出のキャラに違いない。
「……きみ」
「はい」
「………………」
「………………」
「………………」
「レッドさん?」
「…………なに」
真顔で見つめ合うこと数十秒、一切の表情を変えず、レッドは平坦な声で聞き返してきた。
なにってこっちが聞いてるんだよ。声かけといてその態度とはどういうつもりだ。あ、レッドって無口キャラなんだっけか。ゲームでは無口なんて気にならなかったけど、実際会うとなんだかなあ。
「なんでもないです。じゃあ俺は行きますね」
「用事」
「え?」
「ある」
俺を指差してカタコトで喋るレッドに、なんなんだお前は! っと突っ込みそうになった俺は悪くない。
レッドはとにかく無口で、喋ってもカタコトだからなかなか話が進まなかった。しばらく洞窟の入り口に突っ立ったままなんとかコミュニケーションを取ろうとしていたら、キンと耳なりがして、辺りを見回したらいきなり間近に人が現れて俺は驚いてしまった。
「あら、ごめんなさい。驚かせちゃったかしら」
髪をきっちり団子に纏め赤い服を着たお姉さんは一目でわかるエリートトレーナーだった。
「いえ、大丈夫です。穴抜けの紐ですか?」
「ええ。あなたは新人ね? この洞窟は初めて?」
「はい」
「そう。入るなら地下には行かないようになさい」
「なんでです?」
「今朝方の地震で崩落があったんですって。さっきもまたあったし、今は危ないわ」
「地震あったんですか?」
「ええ」
気付かなかった。っておかしくないか。ポケセンで誰も話してなかったぞ?
「どのくらいだったんですか?」
「1回目は4くらい、2回目は2くらいじゃないかしら」
2だと立ってると気付かないレベルだ。4は結構でかいけど、早朝だから誰も気付かなかったのかな。
「そうですか、有り難うございます」
「ちこりー」
「ちゃー!」
レッドが軽く頭を下げたところでお姉さんは行ってしまった。
邪魔になるとようやく気付いた俺は少し離た場所にレジャーシートを広げた。レッドが用事あるって言うから、長丁場を覚悟しての事だ。
魔法瓶から紙コップにと紙皿に冷たい紅茶を注ぎ、それぞれレッドとピカチュウに渡してやる。
「どうぞ」
「……」
「ちゃー!」
かくんと頷いて茶を受け取ったレッドとは違い、ピカチュウは嬉しそうに鳴いて紙皿に口を付けた。表情豊かだ。
「ほら、お前たちも」
「ちこっ」
「ぶいー」
「めーえええ」
チコリータはもちろん、レジャーシートを広げるなり勝手に飛び出して来た2匹にもお茶をやる。なんだろうね、レジャーシート=お茶の時間って刷り込み出来てるのかなあ。
「じゃ、改めて。俺は新人トレーナーのリョウ。こいつらはワカナ、モチヅキ、メリープ」
3匹がそれぞれ挨拶するとピカチュウが元気に鳴いた。レッドは相変わらずかくんと頷くだけだ。
「で、レッドさんたちはなぜ俺たちを探していたんです?」
少しの立ち話で得られた情報はすごく少ない。少年がマサラタウンのレッドであること、ピカチュウが相棒であること、用事があって俺たちを探してたこと。あとはレッドが無口+不思議ちゃんの二重苦だって事くらいしかわからなかった。
信じがたいことに、これ聞き出すのに5分くらいかかったんだぜ……割と長く接客業してきたけど、これだけ無口で意志の疎通できない奴には初めてお目にかかった。
「ファイヤー」
レッドはそれきり黙ってしまう。説明になってねーよ。
「ファイヤーって伝説ポケモンの事ですか?」
かくんと頷く。無口はしゃーないとして、頷くだけなのに何故そんなにぎこちないのかね。お兄さんは不思議でしょうがないよ。
「ファイヤーがどうしたんです」
「会った」
「会ったって……ああ、シロガネ山で?」
キキョウ近くの森で会ったファイヤーはシロガネ山が根城だから、根城を同じくするレッドが会っててもおかしくない。
しかしレッドは首を振って否定し、俺を指差した。
「きみ」
「……俺、確かにファイヤー見かけましたけど」
話したらまずいだろ。ロケット団の事は情報規制が敷かれてるのかニュースになってないし、ハヤトもここだけの話って言ってたし。そう思い、どうにか誤魔化す方向に持ってく事に決めた。
「聞かせて」
「聞かせるもなにも…遠くからちらっと見ただけですよ」
「………………」
「………………」
「「………………」」
……なにこの沈黙の嵐。もう旅に戻っていい?
「ええと、話はそれだけでしょーか?」
「………………」
「ぴっかー、ぴかぴ、ぴかちゅ」
なにやら俺を指差しながらレッドに訴えかけるピカチュウにレッドはかっくんと頷く。そしてピカチュウに手を取られるまま、右手を俺に差し出してきた。
「……お茶のおかわりですか?」
求められてるのはそんなコトじゃないってわかってるさ。でもだってイヤな予感しかしなかったんだ!
「ぴっかー」
「ぶいぶ、ぶいー」
「ちこ」
ピカチュウに話しかけられて、イーブイがチコリータを促す。チコリータが俺の左手に蔓を絡ませて差し出させる。
握手なら逆じゃね? と突っ込む暇もなく、チコリータは俺の左手をレッドの右手に乗せた。それは紛れもなくおかわりの形だった。あああ、メリープに仕込んでたの覚えちゃったのかあああああ!
「……よろしく?」
「……よろしくです」
不思議そうに首を傾げながら疑問系の挨拶に俺は力なく返し、そしてまさかの旅の連れ合いを、非常に疲れそうな相方を得てしまった。
なんなんだよ、もう。昨日に引き続き、有名人遭遇率高すぎやしませんか。
次話 繋がりの洞窟
前話 金があればなんでもできる!(涙)