アルフの遺跡は2つの道路に面し、それぞれ出入り口としてゲートが設置してある。キキョウから西に伸びコガネへと続く36番道路側の北ゲートと、キキョウから南に伸びヒワダへと続く32番道路側の東ゲートだ。
 東ゲートから出た32番道路を少し行くと、道が細くなっているところに和服姿のおっさんが立っている。なぜかウィングバッジがないと通してくれない。
 この世界の法律とか仕組みってよくわかってないんだけど、道路塞ぐのって犯罪じゃね?

「かーっ! 待たれい!」

 ばっと手を広げたおっちゃんの芝居がかった台詞に俺は硬直してしまった。アカネは隣で目をぱちくりしばたかせている。そんな俺たちに構うことなくおっちゃんは俺の足元、ぽかんと口を開けているチコリータに目をやって満足そうに微笑んだ。

「うむ、いいポケモンを連れておる。それもこれもキキョウで色々鍛えたからだろう。特にポケモンジムでの修行はためになったはず」

 いやまあ、そうだけど、見ただけでわかるもんか? 俺、ウィングバッジ鞄の中に仕舞ってるんだけど。

「よし! キキョウに来た記念だ、これを持って行きなさい」
「え、あ、有り難うございます」

 勢いに呑まれて手を差し出すと、4つ折りのチラシと小さな黄色っぽい植物の種を乗せられた。あれ、これって……。

「それは奇跡のタネ! ポケモンに持たせると草タイプの技の威力が上がるという代物だ!」

 ああ、ここで貰うんだっけか! すっかり忘れてた。
 ポケモンの技の威力を上げるアイテムは基本的に1.2にしかならない。微々たるもんだけど、レベルが拮抗してるとそれが勝敗の分かれ目になることがあるから馬鹿にできない。
 しっかし、アイテム入手は嬉しいけどさ。犯罪者から貰うってどうなんだろう。

「あの、失礼ですがなぜここでとうせんぼを? ここって私道なんですか?」

 私道なら問題ない、つうかむしろ無断で通ったら通行人の方が咎められる。
 そう考えて口にした問いに、おっさんは僅かに目を見開いて驚いた様子を見せた。けれど人の良さそうな笑みを浮かべると、懐から取り出した手帳を見せて説明してくれた。
「キキョウ自警団?」
「おっちゃんの仕事はここを通る駆け出しトレーナーを諫めることなんだよ」

 犯罪者とか思ってごめんなさい。早とちりでした。

「この先は街まで距離があるし、野生のポケモンも手ごわくなる。しっかり準備をしたトレーナーしか通さないよう、街の条例で決められているんだ」
「おじさんの口調は?」
「町おこしの一環だ! ハヤトくんも和服だっただろう? ジムや寺院があるとはいえ、同じ様な特徴のエンジュに観光客は流れてしまいがちだからね。色々企画しているんだ。ちなみにその奇跡のタネはヨシノの名産品で、同じく町おこしをする目的で配っているんだよ」
「「へえ〜」」

 キキョウとヨシノの宣伝よろしく、とおっさんは下手なウィンクを飛ばしてきた。見た目は30後半くらいだがおちゃめなおっさんだ。
 ふと手元を見ると、アイテムの使い方の説明書かと思ったチラシにはヨシノがどうちゃらと書かれている。観光案内らしい。ヨシノはともかくキキョウはかなり開けてると思ってたけど、努力の賜物なんだなぁ。
 口調まで変えてご苦労様です。

「ってアカネ、なに感心してんだよ」
「せやかて、ウチ知らんかってん。コガネはそないなコトしとらんし」
「大都市は町おこしする必要がないからね。それにトレーナーもこの辺りと比べて慣れたもんだから、大人が気を付けてやるべき所も少ない」

 ああ、そうか。ヨシノ・キキョウ・ヒワダは駆け出しトレーナーの巣窟なんだよな。
 トレーナーは満10才からなれるから、駆け出しは子供が多い。それはこの一週間ちょっとのポケモンセンター暮らしで良く知っていた。
 ついでにやっぱり年相応なのも良く理解できた。無茶しないよう手助けする存在は必要だろう。

「貴重なお話を有り難うございました。お仕事頑張って下さい」
「今時珍しい、礼儀正しい子だ。君も頑張りたまえ」

 笑顔で手を振り見送ってくれるおっちゃんに手を振り返しながら歩き出す。

「おっちゃん頑張ってなー。ほな行こか」

ってまだ付いて来るつもりかい。

「アカネちゃん、もう午後だけどジムほったらかしでいいの?」
「休みやもん」

 結局アカネは繋がりの洞窟の手前まで着いてきて、バトル相手を片っ端から驚かせてから「寒うなって来たから帰るわーほななー」と飛び去って行った。
 最後まで何しに来たのかわからなかった。ジムリってそんな暇な職業なのか? そんなワケないだろ?
 同じくジムリーダーであるハヤトとの違いに首を傾げつつ、洞窟手前のポケモンセンターで一泊した翌日。俺たちは洞窟には入らず、水辺の草むらで努力値集めとレベル上げをしていた。

「じたばた!」

 イーブイが手足をむちゃくちゃに振り回す。ばし、ばし、ばしばしばし! と何度も当たって、ウパーはあえなく倒れ込んだ。ポケギアを確認すればちょうど経験バーが振り切れる所で、レベルアップとともにステータスの上昇置が表示される。+4されたHPに俺は笑顔で頷いた。

「うん、良い感じだな。お疲れ、モチヅキ」
「ぶいー」
「そろそろご飯にしようか」
「ぶいー!」

 歓声を上げてくれたところに悪いんだけど、今日からは野菜中心ダイエットメニューだよ。

 リニアの高架下の草むらを抜け、青空の下でレジャーシートを広げる。春の暖かい風が太陽と草木の清々しい香りを運んで気持ちいい。

「じゃ、頂きまーす」
「ぶいー」
「ちこー」

 今日はちゃんとチコリータの分も作ってきたので、最初からフードを減らして取り分けてやっている。川の流れに釣り糸を垂らす釣り人たちを眺めながら食べていると、不意にイーブイが目をまん丸にした。

「……ぶいっ!?」
「ん? へっ!?」

 振り向くとすぐ近くに青い顔にレモン色のフワフワモコモコ。電気タイプのポケモン、メリープが俺の鞄を倒そうとしていた。ファスナーを開けっ放しにしていたのが災いして中身が飛び出す。

「お、わ、わ、ワカナ、葉っぱカッター」
「むぐ、むっ」

 もぐもぐと口を動かしながらチコリータが技を発動させようとするが、それより早くメリープは散らばった荷物の1つ、モンスターボールに触れてしまう。ぽん、と白い網が出てメリープが吸い込まれる。


 ってええ!? 勝手に入っちゃったよ!?


 信じがたい光景を前に唖然とする俺たちの前で、ボールが3度揺れてしんと静まり返る。

「………………」

 思わず某最強のトレーナーのように無言になってしまった。
 暫し思考停止による沈黙を挟んで、恐る恐るボールを取り上げて小窓を表示させる。メリープ♀、レベル12、性格は素直、個性は好奇心が強い、親、俺。

「えええ……どういうことなんだよ。つーかどーすんの、これ」

 問いに答えるようにボールが揺れて、中から勝手にメリープが出てきた。

「めぇぇぇぇ」

 器用に後ろ足だけで立って見せたメリープは「いよう!」とでも言うように人間臭い仕草で片手を上げ、それから散らばった荷物の一つをくわえた。

「あ、ちょっと!」

 どこに持ち去る気だ!? と伸ばした俺の手に、ぽすんと道具が乗せられる。

「えーと……ありがとう?」
「めぇぇぇぇ」

 元気に鳴いたメリープは次々と道具を集めてくれた。それを見ていたチコリータとイーブイも手伝ってくれて、どんどん片付いてく。

「んー」
「まだ残ってたか。ありがと……ん?」

 メリープは見覚えのない木の実をくわえ、俺に渡して来た。

「これ、俺のじゃないよ」
「めぇぇぇぇ」
「わ、なに? いたっ」

 木の実を押し付けて来た時にメリープの口が俺に触れて、そこからぱちんと青い火花が散った。そういや特性は静電気だったっけ。

「ぷぅっ!」
「大丈夫か? お前も痛かった?」

 びくっと身を竦ませたメリープの顔を覗き込むと、まん丸に見開いた目が細められた。そうすると笑ってるみたいな顔になる。

「めぇぇぇぇ」
「うおっ? え、ちょっと」

 膝に足をかけ、首を伸ばしたメリープが俺の顔を舐めてきた。なに、なんでこんな人懐っこいわけ? イーブイ並なんだけど。

「ぶーいー」
「めー?」
「ちっちこ、ちこー」
「めーりぃぃぃぃぃ」

 イーブイが引き剥がしにかかるとメリープはすぐに離れて、何やら3匹で話し合いを始めた。俺にはわからないがめえめえちこちこぶいぶいと鳴き声で話してる。
 それをどうしたもんかと眺めてる内にメリープが頭を下げて、そこで話が纏まってしまったらしくレジャーシートに3匹が乗っかる。

「ってオイ。なに普通に混ざってるんだよ」
「ぶいー、ぶいぶーい」
「ちこりー」

 イーブイが弁当箱の蓋をメリープの前に引きずって、その上にチコリータが弁当を分けてやる。

「もしかして一緒に食いたいの?」
「めぇぇぇぇ」
「だめだ」
「めっ?」
「ちーこちこちー!」
「ぶいぶい、ぶいー!」

 元気なお返事をしたメリープを素気なく切り捨てると、何故か本人ではなく周りからブーイングが上がった。

「だめなもんはダメ。野生は捕まえないって決めてるんだよ、俺は」
「ぶいぶー」
「あ、こらモチヅキ! いってぇ!」

 イーブイが自分の餌皿から分けるのを止めようとしたらチコリータに蔓の鞭された。前から気になってたんだけど、蔓の鞭は遺伝技だ。
お前覚えてないだろ!

「お前らな、野生のポケモンに無闇に餌やっちゃいけないんだぞ。いや今は手持ちだけど、そのメリープを連れてく気はないからな!」
「ぶーうううう」
「ぢーぃぃぃぃ」

 なにその鳴き声と怖い顔。一丁前に威嚇してんのか?
 しょぼんとしたメリープを庇うように2匹は俺に牙を向いて威嚇する。イーブイは犬歯があるから痛そうだけど、チコリータの歯は草食動物のそれだ。まだ蔓の鞭の方が攻撃力ありそう。
 しばしの睨み合いの末、折れたのは俺だった。

「……今だけだぞ」
「ちこっ」
「ぶいっ」
「めえ?」

 いつまでもこうしてては時間の無駄だ。飯食ってさっさと逃がそう。

「飯食ったら、ポケセンでさよならだぞ。わかったな?」
「ぶー」
「ちっ」

 不満そうながらも頷いた2匹だったが、その鳴き声の可愛くないこと! 揃いも揃って反抗期かお前ら!



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