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ヒワダタウン編SS 談話室にて

 イーブイは茶色の短毛に覆われた四つ足の獣で、首回りは首が埋もれるほどふさふさとしたクリーム色の長毛が覆っており、兎のように長い耳と見るからにふわふわとした大きな尾が特徴的な種族だ。が、何より目を引くのは可愛らしい雰囲気だろう。
 幼さを思わせる30cm程度の小さな体躯で、ちょこんと行儀良くお座りし、縦長のぱっちりとした大きな瞳をきらめかせ、「おやつ頂戴」と期待いっぱいに見上げてくる姿はぬいぐるみのように愛くるしい。
 若く美しい女性がイーブイにジャーキーを差し出して、はぐはぐと食べる姿を愛おしげに見つめる。

「おやつなら、ポケモンジャーキー」

 ポケモンセンターに付属する無料宿泊施設の談話室で、遠目にテレビCMを眺めていたリョウは、テレビの中のイーブイと自分の膝でだらりと寛ぐイーブイを見比べた。目を閉じて幸せそうな顔で食後の休憩を堪能している。仰向けの腹を優しい手つきで撫でると、満腹まで食べたのだとわかるほど張り詰めた感触。思わず苦笑を零した。

「おんなじ種族なのになぁ」
「モチヅキだって可愛いじゃない。私好きよ、可愛く笑うし人懐こいし、触ると気持ちいいし」

 言いながら手を伸ばして、少々ふくよかな腹を軽くつつく。戦う生き物のはずなのに、モチヅキはぴくりとも反応しなかった。

「のんきなところも可愛い」
「そうなんだけど、理想と現実と言うか、肥満が心配と言うか」

 けぷ、と小さなゲップが聞こえて、2人は小さく笑った。その声に反応したのか長い耳をぷるりと震わせ、コロリと転がる。今度は横向きになったその背を撫でると、うっとりと身を任せて、その姿を2人は穏やかに見下ろしていた。

「まだまだ肥満じゃないよ。それにこんな風に懐いてくれてるのが可愛くない? 気を許してくれてる証拠でしょ?」
「まぁなぁ」
「タレントポケモンと比べたって仕方ないわ。あっちは毎日コンディションに気を使って愛想を振りまいて、なんて言うか……」
「――理想の可愛さ、ひいては夢を売ってる」
「そうそれ! 人間のタレントと変わらないわ、きっと大変よ」

 あ、だからって普通のイーブイが大変じゃないとは言ってないよ、と慌てて付け足すと、コトネちゃんがそんな風に言うわけ無いってわかってるってと笑った。コトネは次ぐ言葉を無くして、照れたように俯いた。
 イーブイが薄目を開けた時、リョウは穏やかな視線でコトネを見ていた。異性を見つめる目ではなく、それは普段チコリータやメリープを見つめるような、微笑ましげな視線。けれどそんなリョウに向かい、ひゅんと緑の細い蔓が振り上げられた。

「いたっ、ワカナさん、痛いって」
「……ワカナちゃんって、女の子よね」
「ああ、女の子だな」

 2人の言う女の子にはズレがあると知っていても、ポケモンであるモチヅキには伝える術がない。それにどうせそんなすれ違いはいつもの事だ。ぷりぷりしているワカナを横目にモチヅキは体を起こし、リョウからヒビキの膝へと移動し始める。
 ポケモンバトル番組を食い入るように見ているヒビキだが、膝に乗りあげると「いらっしゃい」と笑顔で迎えてくれた。しばらく体制をころころ変え、座りの良い場所で落ち着く。後ろからはリョウがワカナに謝る声が聞こえてくるが、仲裁に入る程じゃない。
 ワカナだってリョウが口説くつもりなんてないと知っていて、けれど誰にでも良い顔をするものだから、なんだかもやもやしてつい拗ねてしまう。それだけの事なんだから。
 ワカナのふくれっ面は、テレビ番組を見終えたヒビキが「あれ、なんかあったの?」と首を傾げるまで続いたのだった。

ワカバタウン編SS 夜と共に押し寄せる

 ワニノコが攫われてから研究所は慌ただしく、常に誰かがいた。それでも夜が近づけば人が減るのが当たり前で、ヒビキが去ってついに博士と2人っきりになった時、チコリータは心細く思っていた。無人の研究所は寂しいのだ。
 今までは、ボール越しとは言え友達2匹が一緒だったのに、ヒノアラシが居なくなって、ワニノコがあんな風に攫われて、その晩に1匹にされるのは嫌だった。ネガティブな気持ちは底なし沼で、浚われたワニノコはもちろん引っ込み思案なヒノアラシも心配になってしまう。
 博士に連れて行ってと頼みたかった。けれど切り出すタイミングが掴めず、もう自力でボールから出られると言うのにチコリータはボールの中で丸まっていた。
 チコリータが意地を張ってしまう時は、いつも2匹が手を引いてくれた。マイペースなところがあるワニノコは焦ることなんてなくて、居るだけで落ち着かせてくれた。気遣い屋なところのあるヒノアラシはチコリータの意地っ張りを察するのが上手だった。2匹ともチコリータの意地っ張りを許してくれる、優しい友達だ。
 どうしてるだろうと思うとたまらなかった。助けられなかった事を憤っているだろうか、それとも悲しんでいるだろうか? いや、きっと心配してる。ワニノコも、ヒノアラシも。

 チコリータは更にぎゅうう、と小さく丸まった。楽しかった今朝までを思い出せば出す程、悲しくてやりきれない。トレーナーに負けないくらい、皆旅立ちの日楽しみにしていたのに。
 がちゃりと扉が開いた時、いよいよ1匹になるんだと思った。けれど部屋に誰かが……聞き覚えのある声に顔を上げると、コトネを送りに出た少年が戻って来て居た。博士がボールを放って、その少年が自分のトレーナーなのだと理解した。
 緊張を強気で覆って見上げたチコリータに、人当たりの良い笑顔を見せて、嬉しそうに手を伸ばしてきた。その手は、今まで会った誰よりもぎこちなくて、全然心地良くなかった。

 少年はなんともおかしな人間だった。穏やかそうな笑顔を向けて来たかと思えば、変な名前を付けようとして、挙げ句博士の長話を肌寒い外などで聞き入るのだから。
 ずれた少年――リョウは、どうにもポケモンに慣れていないらしかった。ウツギ夫人に言われるままワカナの好物である野菜と乾燥フードを用意して、少々危なっかしい手つきでワカナの前に差し出すからハラハラしてしまう。

「はい、どうぞ」
「ちー」

 腹が減っていたので大人しく近寄ると、リョウはしゃがんだまま笑顔を向けてきた。細められた目は、笑みを押さえられないと言った風情だ。なんだか食べづらくて固まっていると、顔を覗き込むように少し首を傾げて「食べてみて、きっと美味しいよ」と笑顔で進めてくる。
 そうは言われても、一度気になった視線を無視するのは難しい。夕飯の準備を手伝っていた博士が笑った。

「そんなに見つめられたら食べづらいよ」
「ああ、そっか、そうですね。仕方ない、こっそり覗きます」

 リョウは立ち上がると夕飯の準備を手伝いに行った。なんとなくそれを視線で追って、ウツギ夫人が作った夕飯をテーブルに並べるのを眺める。笑顔を絶やさず、博士の息子とも楽しげに話している。
 ポケモンからすると人間の年齢は分かりづらいけれど、体の大きさはコトネより少し大きいくらいで、博士より小さく細い。きっとまだ子供と言っていい年齢なのに、息子に接する態度はまるで大人だった。
 ちくはぐだとワカナは首を傾げたが、良く知る人間の子供などコトネと息子くらいしか居ない。普通のことなのかもと結論付けた。

 ふと、リョウが腰のモンスターボールに手をかけた。出てきたのはシックな茶色と白の、飛行タイプのポケモン。苦手タイプである、しかも体が大きく目つきの鋭いピジョンの出現にワカナは固まってしまった。それに気付かず、リョウは鞄を漁って食器とフードを取り出し、さっさと準備をしてしまう。
 ワカナが固まっていると気付いた時はすでにピジョンが食事を始めており、困ってしまったリョウに博士が苦笑を浮かべた。

「ワカナ、大丈夫だよ、このピジョンはすごく温和しいから。君に危害を加えたりしないよ」
「こんな大きな飛行タイプは初めてだもんね。――おいで、チコリータ……っと、ワカナだったね。ワカナ、リョウくんの足元においで」

 リョウが立ち上がり、手付かずの食器を片手に取る。「大丈夫だから、おいで」と笑うリョウに大人しく着いて行くと、ぱっと本当に嬉しそうな笑顔を見せた。それで笑顔は愛想笑いの時もあるらしいと気付いたが、別段それを不快とは思わなかった。昼間の険しい顔をした少年を思えば、無愛想より笑顔のが良い。
 ふと、リョウが泥棒と同じく赤い髪で、つり目だと気付いた。けれど全然似ても似つかない。それは笑顔のせいなのか、自分を、ポケモンを見る目が笑み崩れるようなものだからか。分からなかった。

 食事の後もリョウは事ある毎にワカナを構った。それは構うと言うよりも、もうちょっかいを出すレベルで、博士が苦笑しているのを見た。叩いても懲りないし、ワカナが何もしてなくても嬉しそうに見つめてくるのだから鬱陶しいの一言に尽きる。
 変な少年だった。けれど少し感謝もしていた。リョウはワニノコを取り戻すと言ってくれた。それに心細い夜を過ごさなくて良いのだから、取りあえずはまあ、仲良くできそうだ。ただし、

「ワカナ、一緒に寝ない?」
「………………」
「そんな冷たい目しなくても……」

 ちょっかいをかけなくなってからだ、とワカナは鼻を鳴らした。

プロローグ編SS コンパニオンポケモン

 イーブイは最近、1人の男の子の元に居る。病院で多くの人と触れ合って来て、今までで一番気にかけていると言ってもいい。
 最初に会った時、彼は酷く憔悴して見えた。カーディガンの中で泳いでいる体は骨が浮き出て、顔には子供とは思えない疲れと暗さばかりが浮かんでいる。泣くことも喚くこともなく、とても静かで暗い口調。自分を抱く手は冷たく、力も感じられない。何かの拍子に傷付けてしまいそうで怖かった。いくら小柄とはいえ、イーブイはポケモンだ。やせ細った人間の子供よりずっと強い。
 隔離病棟から少しの間の散歩を許されたのだと教えて貰ったけれど、そういう患者にありがちな常軌を逸した雰囲気はなく、ただ痛ましく思ったのを良く覚えている。





 少年と2人きりになったイーブイは、屋外に連れ出すことにした。室内に籠もってばかりなんて良くない。庭は室内からでも見られるけれど、春の柔らかい風と暖かな日差しに包まれて眺める景色はとても素敵なのだと教えてあげたかった。
 庭に行く道のりを遠回りする。病棟からも素敵なものは見える。もしこの先屋外の散策を禁止されたとしても気分転換できるように教えてあげたのだ。
 森の中にある花畑を臨む窓、空が広く見える明るい通路、夏でも涼しい風が通って花壇も見える日陰。知る限りを案内したけれど、少年には伝わらなかった。ポケモンと意志疎通をする気がないのか、綺麗なものに感動する心を亡くしてしまったのか。ただセラピストに言われた「一緒に過ごしてみて」の言葉通り、自分を見失わないように見つめる暗い瞳が悲しかった。

 庭の木陰に着くと少年は座り込んでしまった。昼食の後の微睡むような心地よい時間なのに、うつむき気味でぼんやり自分を眺める少年は何も感じていないようだった。
 こう言ったなんの反応も返さない患者など今まで任されたことがないイーブイは困ってしまった。助けを求めて、実はこっそり見守っていたセラピストへ視線を送る。と、小さく手招きされた。1人で残していいのか迷って、さっさと戻れば良いと足早にその場を後にする。
 セラピストは「おいしい水」と書かれたペットボトルを差し出して来た。500mlのそれに穴を開けないようくわえるのは難しがったが「俺が渡したんじゃ、あの子警戒するから」と言われれば頑張るしかない。結局キャップの辺りを口に含み、引きずりながらバックで戻る事にした。
 イーブイが戻った事に気付いたのか、少年が立ち上がる気配がした。そのまま近付いて来たので立ち止まると、少年は少し離れた場所で立ち止まり訝しげな視線を寄越していた。その目がペットボトルを捕らえる。
 目をしばたかせ、少年が近付いてくる。その仕草が今までの疲れきったばかりのものではないと感じて、イーブイはその場にちょこんと座った。

「……。それ、水?」
「ぶい」

 しばしの逡巡の後、問う意味の無い質問をされたけれど、イーブイはこくんと頷いて答える。せっかく興味を持ってくれたのだから答えてあげたかったのだ。

「……あの……。もしかして、俺に、だろうか」
「ぶいっ」

 分かってくれたことが嬉しくてイーブイの尾が揺れた。立ち上がってもう一度キャップをくわえ、少年に手渡すべくまた引きずる。少年も自ら距離を縮めて、ペットボトルを拾い上げた。それに満足したイーブイの見ている前でぽろりと涙をこぼすものだから慌ててしまった。こんな風になったとき手助けしてくれるセラピストは、今日に限って見ているだけだ。気付いていないわけでもないだろうに。
 取りあえず落ち着ける場所へ、木陰に誘導しようと、後ろを窺いながら先導するべく歩き出す。少年はちゃんと着いて来た。ほっとしてお座りしたイーブイの隣、と言っても何故か少し離れたところに少年は腰を下ろす。自分で涙を拭う少年に何もしてあげられなくて、イーブイはただ膝に乗り上げた。何か辛い事や悲しい事があったとき、側に誰かが居てくれるだけで楽になる。セラピストの教えに従ったのだ。

 少年の涙はなかなか止まらない。カーディガンから取り出した緑のタオルハンカチで涙を拭いて、鼻水をすする。可哀想だと思う。が、昼食後に気持ちよい木陰で暖かい人の膝に座ってしまって、イーブイは次第に眠気に飲まれていった。





 目を覚ました時、イーブイは慌てて起き上がった。泣いてる子を放置してしまったと、起き抜けにも関わらず焦りから意識は完全に覚醒していた。少年を振り仰ぐ。自分が湯たんぽ替わりにしている少年は、木に凭れて眠っていた。
 イーブイは再びその場に落ち着いた。クマで真っ黒になっている目は、泣いたせいで痛々しく腫れていた。それは後で舐めてやろうと決める。久し振りに眠れた子を起こしてしまうのは忍びなかった。
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