ファイアのまさかのM宣言で黙り込んだ雫は、トキワまで黙々と野生のポケモンを倒して行った。ポケセンに到着してもまだ無言の雫をボールにしまい、ぐったり気味のヒトカゲと共にジョーイさんに預ける。
戻ってきたボールから勝手に飛び出した雫は、極めて真面目な顔でファイアを見上げ、すぐさま口を開いた。あの表情、極めて嫌な予感しかしない。
「言ってくれればいつでも踏むから」
「雫……その命、神に返しなさい」
某平成ライダー(妖怪ボタンむしり)のキメ台詞を言つと、雫がびくっとした。
「ちょ、そこまで!? 献上するボタンむしり取ってくるのでそれでご勘弁ください妖怪ボタンむしりさま!」
「それはいいからボールに戻れ」
今にも近場の人へ襲いかかりそうな雫。咄嗟に足払いしたがさっと避けられてしまう。
「あ、あぶなー! 今のはひどいよ碧さん!」
「夢だから良いのよ」
夢なんだから非常識な事したって大丈夫。
ふと、私の夢の登場人物である雫も同じなんだろうと気付いた。すなわち『夢を見てる状態だと理解してる』って設定。性格はそのままなのにいつもよりムチャな面が強いのはそのせいだろう。
そんなのを放置したらまずい。間違ってもボタンをむしりに行かないようにボールに戻しとこ。
どしゅう、サッ
イラッ☆
ボールから出た赤い光線を、雫はさっとよけた。
「今イラッ☆とした?」
「わかってんなら戻りなさいよ」
どしゅう、サッ
「だが断る!」
ばっ、だだだだだ
「おいこら雫!」
「追いかけよう」
走り出した雫を追って私たちもポケセンを飛び出すと、トキワの西側へ走り去る甲羅が見えた。
街はすごく狭いからすぐ郊外へ出られる。先に草むらへ突っ込んだ雫は、出てきた野生のポケモンを体当たりで弾き飛ばしながら突き進んで行く。あいつが何かにタックルする姿なんざライブ会場でしか見た事がないよ。
「あの子、なんか野生化してない……?」
「なに言ってるの? アオイの手持ちでしょ?」
「いや、野生味あふれる行動だと伝えたかったんであってな?」
「野生味……? シズクはたくさん喋るし、すごく人間っぽいと思うよ」
「ああ……うん……そうなんだけど、違くてさ」
「?」
「いや、まあ人間っぽいね」
「だよね」
私はニュアンスの違いを伝えるのを諦めた。なんとなくわかってたけど、ファイアって天ボケだわ。
草むらを抜けて曲がり角を曲がると、人の背ほどもある段差から雫が勢いよく飛び立つところだった。見事な飛び膝蹴りの姿勢が勇ましい。
「アイキャンフラーイ!」
「うわ!?」
「オルァ!!」
げし! どさ、がこんっこんこん……
あー、なんかやらかした。しかも悲鳴に聞き覚えあるし。
慌てても無駄だと、スピードを緩め、段差の上にしゃがんで見下ろす。
巻き舌を披露した雫は下にいたグリーンを蹴りつけて転ばせ、自分は殻にこもって無事に着地(?)したらしい。やり過ぎだって注意したのに、まったくもう。
ファイアは段差からひらりと身軽に飛び降りてグリーンに駆け寄った。
「いてて……」
「大丈夫?」
「あったりまえだろ、怪我なんかねえよ。それよりリーフ、アレお前のダメガメだろ! ちゃんとしつけておけよ!!」
ひょこ、ぴょん
「ダメガメとは聞き捨てならん! あたしはただ民家から盗みだされた物をそっと自分の鞄に入れレベル上げのために草むらでポケモン狩りをして屍の山を築き上げ何度もリーグに挑戦し四天王から金を巻き上げるポケモンの主人公に従うしがない下僕! つまりあたしの罪は碧の罪!」
「そんなワケねーだろ、お前の罪を数えろ」
「すみません、カウントとか無理なくらいあると思います」
引っ込めていた首と手足を出すなりやおら立ち上がり、一息に人でなしなセリフを言い切ったアホへ冷静に突っ込みを入れる。と、雫の勢いに圧倒されていたグリーンが息を吹き返した。
「なんなんだよ、お前!」
あ、そのセリフはだめだ。
そう思った時にはすでに遅く、キラキラと目を輝かせた雫がばっとよくわからないポーズを決めた。きっとロケット団のポーズなんだろうけど、記憶が遠すぎて合ってるかわからない。
私は手に持ちっぱなしになっていたボールを雫に向けた。
「なんだかんだと聞かれたら! 答えてあげるが世のなさ」
どしゅう、サッ
「今のタイミングで邪魔するとは、さすがドS」
「うっさいわ、突っ込み待ちだろうから突っ込んでやったのよ、感謝なさい。つうかさっさと戻りなさい、アンタがいると話がこんがらがるのよ」
どしゅう、サッ
「カオスを呼び込む事こそあたしの存在意義!」
「……ファイア」
「なに?」
「お前のポケモン、少しは強くなったかよ?」
呆然と眺めていたグリーンはなにかを諦める目になって、そして雫から目をそらすとファイアに勝負を挑んだ。
そんなライバル対決とは別に白熱していく、私たちのボール戻し合戦。
どしゅう、サッ
「ロケット団なんか目にならないほど世界を混乱させてやるわ!!」
どしゅう、サッ
「うーわー、厨二病ー」
「すみません、さすがにそんな残念な子を見る目されると心が痛みます」
どしゅう、サッ、どしゅう、サッ、どしゅう、サッ……
何度やっても戻らない雫に苛立ちが積もる。
「はやく戻れやダメガメ」
「はぁ、はぁ、ふ、ふふ、ちょうど体が暖まってきたトコロよ。まだまだ今から……」
赤い光線を避け続けて息を切らしながらも全く戦意を失わない様子。しつっこい雫に本気でイラッ☆とする。腹立つわぁ、浦島太郎の亀みたいにリンチでフルボッコにしてやろうか、などと考え始めたとき、ライバル対決の方は決着を迎えた。グリーンの勝ち誇った声に気付いた雫がそちらに目をやる。よそに気を取られて隙だらけだ。
ふっ、どうやら私らの膠着かつ不毛なバトルにも決着のときが来たようね。
「ヒトカゲ!」
「やっぱ俺って天才?」
「バカなことしてる間にファイ」
どしゅう
ファイアに気を取られた雫はあっさりボールに戻すことができた。私は架空の汗を拭う。一歩たりとも動いてないけど、かなり消耗したわ。主に精神を。
「はー、ようやく戻せたわ」
「……リーフ」
「なによ、グリーン」
「いや……うん……うん、お前らいいコンビだと思うよ」
「アオイとシズクって仲良しだよね」
「ああ、うん……そうだな」
あ、なんかグリーンにシンパシーを感じる。ファイアってずれてるよね。
ぼんっ
「ふんもっふ!」
謎のかけ声と共に雫が出てきた。
「チッ、ガムテでぐるぐる巻きにしてやればよかった」
「やめて、本気でやめて。ボールの中って暇なのよ。せめて暇つぶしに本とか持たせてからにして」
「本持たせたら閉じ込めていいんだな?」
「うっ……ヤダって」
「言わせねーよ?」
「碧さん、目が怖いです。じゃ、じゃあ、1時間に1度、トイレ行かせてください」
「言質とーった☆」
「碧さんの秘められしドS開眼しすぎだろjk……」
がくっ
リアルでorzになってる雫に、グリーンが若干憐れみを含んだ視線を向けた。
「うう……碧が現実よりドSなのもファイアたんとヒトカゲちゃんが負けたのもあたしがいまいち碧に逆らいきれないのも全部全部グリーンのせいだ!!」
「なっ」
「勝負を申し込む!」
ずびしぃっ!
「た、ただの私怨だろ!しかもお門違いの」
「お門違い? バカなこと言わないで。あたしが殴りたいからアナタを殴る、ただそれだけのシンプルなコトよ」
「だからそれがお門違いの私怨だって言ってるんだよ」
「問答無用! おらおらおらあ!」
たたたたた、だんっ、ひゅんっ
走り出した雫がひときわ強く地面を蹴りつけると、ありえない勢いで、まるでロケットのように斜めに飛んで行った。
明後日の方向に行ったから良かったものの、あたってたら危なかったと思うんだけど!
ぼさっ
「な……」
ぎぎぎぎぎ……
グリーンは色を無くした顔で、油の切れた機械みたいにぎこちなく振り返る。その視線の先には失速して草むらに落ちた雫。の、驚いた顔。
「……今のはごめん。予想外。あたしもびびったわ」
「ば、バッキャロー! 俺が一番びびったわ!」
「だよねー、ごめんねー」
雫は苦笑いしながら軽く頭を下げた。
「お前、全然悪いと思ってないだろう」
「思ってるって、ごめんなさい」
「ふぅん? 本当に思ってるならそれなりの態度があるだろう?」
「……当たったらごめんね?」
大人しくしていた雫が唐突に水の奔流を吐き出した。元々当たるような軌道ではなかったけれど、素晴らしい反射神経を見せたグリーンは一滴も濡れず回避したようだった。
「やっぱり謝る気なんて」
「すぐ調子に乗る生意気な子供は嫌いよ。とりあえず泣かす。教育的指導する」
歪んだ表情で詰ろうとしたグリーンを、雫は無表情に遮って喧嘩の宣言をした。
前話 予想外でした by雫