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ハロウィンとルカリオとゲンガー

 ぱたぱたと軽い足音が近付いて来て、ルカリオは耳を扉に向けた。自宅の出入り口付近、扉に一番近い場所へ陣取ったゲンガーがにふわりと浮かび、実にゲンガーらしい何か企む様な笑顔になると、勢いを付けて扉から上半身を突き出した。
 閉まったままの扉の外からきゃっきゃっと幼いポケモンの楽しそうな声が聞こえた。ゲンガーは歓声に応えて、扉をすり抜け廊下へと出て行く。それを見ていた人間がにこにこ笑いながら籠をルカリオに渡して立ち上がる。ルカリオもそれに続いた。

 人間が扉を開けると、向こうには小さなポケモン達と2人のトレーナーが居た。既に今日何度か見た光景だ、何をすれば良いか解っている。
 仮装して小さな籠を持って、わくわくと体いっぱいで期待を表す年若いポケモン達。ルカリオはしゃがんで丁寧にお菓子を渡してあげた。
 次に行きたくてうずうずしているちびたちをトレーナーが引き止め、全員が漏れなく貰ったのを確認してからお礼言うんだよと促した。それぞれ元気いっぱい鳴いて、嬉しそうに次の部屋へ駆け出す。その背中に手を振って、それに気付いた何匹かが手を振り返してくれて、和やかに見送って扉を閉めた。
 出入り口付近に設置された座布団に座り直して、減ったお菓子を補充する。始終嬉しそうな顔の人間が可愛かったねと笑って、それからゲンガーを「お化け役有り難う」と撫でた。ゲンガーがむず痒いような顔をして首を竦める。ゲンガーはそれで満足な様子だったが、ルカリオは籠に目が行ってしまう。
 後でパンプキンパイがあるから、今は我慢、と頭を撫でられても浮かない顔。人間は苦笑して、魔法瓶に用意していたゆず茶を一杯、ルカリオとゲンガーに渡した。





 その晩。昼間は家々(と言ってもアパート内だけ)を回りはしゃいだちびたちは、夕飯の後にパンプキンパイを食べると早々と眠りに付いた。寝静まった面々を2匹に任せて出掛けた人間は、それ程せずに戻ってきた。起こしてしまわないようそっと扉を開けて慎重な足取りで戻ってきた人間の腕に、薄い布で出来た小さめの袋が2つある。
 首を傾げた2匹の元へやってきて「ハッピーハロウィン」と、人間は笑顔で袋を手渡した。「解いてみて」と言われるままリボンを解いて、ルカリオはピンと尾を立てた。ルカリオの好きなお菓子が詰まっていたからだ。
 無意識に尾が振られる。ぺちぺちと床を叩いてしまって、ルカリオは慌てて立ち上がった。せっかく寝たちびたちが起きてしまうかもしれない。
 ゲンガーを見遣れば、中身は同じく好物の菓子だったようで、困ったような顔をしながら袋をきゅっと握って、ふわりと中に浮かんでいた。おちびちゃんたちには内緒よと笑いながら撫でてくれる去年と変わらない優しい手に、ルカリオはリオルのような声で小さくきゅうんと鳴いた。






* * * * *




 ハッピーハロウィン!
 トレーナーばっかりでルームシェアしたらこんな行事も有りじゃないか、がコンセプトでした。何グループかに別れて部屋を回ってます。ルカリオとゲンガーは大人枠なので始終お手伝いしてました。
 ゲンガーが脅かし役やってるのはちびさんたちが喜ぶからです。正しいハロウィンなんか知ったこっちゃない、楽しければそれでいい、って感じです。ハロウィンの本分からずれてますが蔑ろにしてるのではなく、祭りじゃー楽しめー! なノリだからです。

5 VSライバル戦?

 ファイアのまさかのM宣言で黙り込んだ雫は、トキワまで黙々と野生のポケモンを倒して行った。ポケセンに到着してもまだ無言の雫をボールにしまい、ぐったり気味のヒトカゲと共にジョーイさんに預ける。
 戻ってきたボールから勝手に飛び出した雫は、極めて真面目な顔でファイアを見上げ、すぐさま口を開いた。あの表情、極めて嫌な予感しかしない。

「言ってくれればいつでも踏むから」
「雫……その命、神に返しなさい」

 某平成ライダー(妖怪ボタンむしり)のキメ台詞を言つと、雫がびくっとした。

「ちょ、そこまで!? 献上するボタンむしり取ってくるのでそれでご勘弁ください妖怪ボタンむしりさま!」
「それはいいからボールに戻れ」

 今にも近場の人へ襲いかかりそうな雫。咄嗟に足払いしたがさっと避けられてしまう。

「あ、あぶなー! 今のはひどいよ碧さん!」
「夢だから良いのよ」

 夢なんだから非常識な事したって大丈夫。
 ふと、私の夢の登場人物である雫も同じなんだろうと気付いた。すなわち『夢を見てる状態だと理解してる』って設定。性格はそのままなのにいつもよりムチャな面が強いのはそのせいだろう。
 そんなのを放置したらまずい。間違ってもボタンをむしりに行かないようにボールに戻しとこ。

 どしゅう、サッ
 イラッ☆

 ボールから出た赤い光線を、雫はさっとよけた。

「今イラッ☆とした?」
「わかってんなら戻りなさいよ」
 どしゅう、サッ
「だが断る!」
 ばっ、だだだだだ
「おいこら雫!」
「追いかけよう」

 走り出した雫を追って私たちもポケセンを飛び出すと、トキワの西側へ走り去る甲羅が見えた。
 街はすごく狭いからすぐ郊外へ出られる。先に草むらへ突っ込んだ雫は、出てきた野生のポケモンを体当たりで弾き飛ばしながら突き進んで行く。あいつが何かにタックルする姿なんざライブ会場でしか見た事がないよ。

「あの子、なんか野生化してない……?」
「なに言ってるの? アオイの手持ちでしょ?」
「いや、野生味あふれる行動だと伝えたかったんであってな?」
「野生味……? シズクはたくさん喋るし、すごく人間っぽいと思うよ」
「ああ……うん……そうなんだけど、違くてさ」
「?」
「いや、まあ人間っぽいね」
「だよね」

 私はニュアンスの違いを伝えるのを諦めた。なんとなくわかってたけど、ファイアって天ボケだわ。
 草むらを抜けて曲がり角を曲がると、人の背ほどもある段差から雫が勢いよく飛び立つところだった。見事な飛び膝蹴りの姿勢が勇ましい。

「アイキャンフラーイ!」
「うわ!?」
「オルァ!!」
 げし! どさ、がこんっこんこん……

 あー、なんかやらかした。しかも悲鳴に聞き覚えあるし。
 慌てても無駄だと、スピードを緩め、段差の上にしゃがんで見下ろす。
 巻き舌を披露した雫は下にいたグリーンを蹴りつけて転ばせ、自分は殻にこもって無事に着地(?)したらしい。やり過ぎだって注意したのに、まったくもう。
 ファイアは段差からひらりと身軽に飛び降りてグリーンに駆け寄った。

「いてて……」
「大丈夫?」
「あったりまえだろ、怪我なんかねえよ。それよりリーフ、アレお前のダメガメだろ! ちゃんとしつけておけよ!!」
 ひょこ、ぴょん
「ダメガメとは聞き捨てならん! あたしはただ民家から盗みだされた物をそっと自分の鞄に入れレベル上げのために草むらでポケモン狩りをして屍の山を築き上げ何度もリーグに挑戦し四天王から金を巻き上げるポケモンの主人公に従うしがない下僕! つまりあたしの罪は碧の罪!」
「そんなワケねーだろ、お前の罪を数えろ」
「すみません、カウントとか無理なくらいあると思います」

 引っ込めていた首と手足を出すなりやおら立ち上がり、一息に人でなしなセリフを言い切ったアホへ冷静に突っ込みを入れる。と、雫の勢いに圧倒されていたグリーンが息を吹き返した。

「なんなんだよ、お前!」

 あ、そのセリフはだめだ。
 そう思った時にはすでに遅く、キラキラと目を輝かせた雫がばっとよくわからないポーズを決めた。きっとロケット団のポーズなんだろうけど、記憶が遠すぎて合ってるかわからない。
 私は手に持ちっぱなしになっていたボールを雫に向けた。

「なんだかんだと聞かれたら! 答えてあげるが世のなさ」
 どしゅう、サッ
「今のタイミングで邪魔するとは、さすがドS」
「うっさいわ、突っ込み待ちだろうから突っ込んでやったのよ、感謝なさい。つうかさっさと戻りなさい、アンタがいると話がこんがらがるのよ」
 どしゅう、サッ
「カオスを呼び込む事こそあたしの存在意義!」
「……ファイア」
「なに?」
「お前のポケモン、少しは強くなったかよ?」

 呆然と眺めていたグリーンはなにかを諦める目になって、そして雫から目をそらすとファイアに勝負を挑んだ。
 そんなライバル対決とは別に白熱していく、私たちのボール戻し合戦。

 どしゅう、サッ
「ロケット団なんか目にならないほど世界を混乱させてやるわ!!」
 どしゅう、サッ
「うーわー、厨二病ー」
「すみません、さすがにそんな残念な子を見る目されると心が痛みます」
 どしゅう、サッ、どしゅう、サッ、どしゅう、サッ……

 何度やっても戻らない雫に苛立ちが積もる。

「はやく戻れやダメガメ」
「はぁ、はぁ、ふ、ふふ、ちょうど体が暖まってきたトコロよ。まだまだ今から……」

 赤い光線を避け続けて息を切らしながらも全く戦意を失わない様子。しつっこい雫に本気でイラッ☆とする。腹立つわぁ、浦島太郎の亀みたいにリンチでフルボッコにしてやろうか、などと考え始めたとき、ライバル対決の方は決着を迎えた。グリーンの勝ち誇った声に気付いた雫がそちらに目をやる。よそに気を取られて隙だらけだ。
 ふっ、どうやら私らの膠着かつ不毛なバトルにも決着のときが来たようね。

「ヒトカゲ!」
「やっぱ俺って天才?」
「バカなことしてる間にファイ」
 どしゅう

 ファイアに気を取られた雫はあっさりボールに戻すことができた。私は架空の汗を拭う。一歩たりとも動いてないけど、かなり消耗したわ。主に精神を。

「はー、ようやく戻せたわ」
「……リーフ」
「なによ、グリーン」
「いや……うん……うん、お前らいいコンビだと思うよ」
「アオイとシズクって仲良しだよね」
「ああ、うん……そうだな」

 あ、なんかグリーンにシンパシーを感じる。ファイアってずれてるよね。

 ぼんっ
「ふんもっふ!」

 謎のかけ声と共に雫が出てきた。

「チッ、ガムテでぐるぐる巻きにしてやればよかった」
「やめて、本気でやめて。ボールの中って暇なのよ。せめて暇つぶしに本とか持たせてからにして」
「本持たせたら閉じ込めていいんだな?」
「うっ……ヤダって」
「言わせねーよ?」
「碧さん、目が怖いです。じゃ、じゃあ、1時間に1度、トイレ行かせてください」
「言質とーった☆」
「碧さんの秘められしドS開眼しすぎだろjk……」
 がくっ

 リアルでorzになってる雫に、グリーンが若干憐れみを含んだ視線を向けた。

「うう……碧が現実よりドSなのもファイアたんとヒトカゲちゃんが負けたのもあたしがいまいち碧に逆らいきれないのも全部全部グリーンのせいだ!!」
「なっ」
「勝負を申し込む!」
 ずびしぃっ!
「た、ただの私怨だろ!しかもお門違いの」
「お門違い? バカなこと言わないで。あたしが殴りたいからアナタを殴る、ただそれだけのシンプルなコトよ」
「だからそれがお門違いの私怨だって言ってるんだよ」
「問答無用! おらおらおらあ!」
 たたたたた、だんっ、ひゅんっ

 走り出した雫がひときわ強く地面を蹴りつけると、ありえない勢いで、まるでロケットのように斜めに飛んで行った。
 明後日の方向に行ったから良かったものの、あたってたら危なかったと思うんだけど!

 ぼさっ
「な……」
 ぎぎぎぎぎ……

 グリーンは色を無くした顔で、油の切れた機械みたいにぎこちなく振り返る。その視線の先には失速して草むらに落ちた雫。の、驚いた顔。

「……今のはごめん。予想外。あたしもびびったわ」
「ば、バッキャロー! 俺が一番びびったわ!」
「だよねー、ごめんねー」

 雫は苦笑いしながら軽く頭を下げた。

「お前、全然悪いと思ってないだろう」
「思ってるって、ごめんなさい」
「ふぅん? 本当に思ってるならそれなりの態度があるだろう?」
「……当たったらごめんね?」

 大人しくしていた雫が唐突に水の奔流を吐き出した。元々当たるような軌道ではなかったけれど、素晴らしい反射神経を見せたグリーンは一滴も濡れず回避したようだった。

「やっぱり謝る気なんて」
「すぐ調子に乗る生意気な子供は嫌いよ。とりあえず泣かす。教育的指導する」

 歪んだ表情で詰ろうとしたグリーンを、雫は無表情に遮って喧嘩の宣言をした。


前話 予想外でした by雫

花火とモココとイーブイ

 
 どん、と大きな音がした時、驚いたイーブイは飛び上がってすぐさまテレビの裏に逃げ込んだ。それをキルリアが追って優しく声をかける。
 ソファーで眠っていたもう一匹のイーブイは目を開けて大あくびをして、そのふさふさの尾に顔を埋めていたロコンは顔を上げてきょろきょろしている。
 モココはのんびりと壁を見遣った。お隣の部屋の壁に誰かがぶつかった時の音と良く似ていたからだ。

 音が消えて暫く、テレビ裏からそっと顔を出したイーブイは辺りを伺う。それに近付いたキルリアが優しく鳴いて、自分から出て来るに任せるべく側に座った。特に臆病な性格である事はみんな知っていたし、安全を確認するまでは出て来ないのも解っていたからだ。

 ポケモンたちの様子にも音にも構わず、人間はキッチンカウンターでタッパーに焼きそばを盛っている。たまにしか身に着けない浴衣のせいで動きづらそうに、少々慌てながら紅生姜を添えていた。
 またどんと大きな音がして、モココは何事かときょろきょろした。音の出所が解らず床に座っているリオルに視線を送るが、リオルも落ち着かない様子で耳と房をぴくぴくさせている。この中で誰よりも耳が良いリオルにも解らないらしい。

 出来た、急いで出るよーとタッパーを閉めた人間が漸く顔を上げて、それから可笑しそうに笑った。戸惑っている理由を知っていて笑っているのだから人間も大概意地悪だ、とモココは呆れた視線を送る。そんな視線などどこ吹く風、人間はこれお願いねと、楽しそうな声音でリオルとキルリアとモココにそれぞれタッパーと水筒とレジャーシートを手渡し、テレビ裏に隠れたイーブイを迎えに行った。





 怯えたイーブイにしがみつかれながら、人間はアパートの扉を開けた。モココたちが通路に出るとそこには見知ったアパートの住人たちが居て、レジャーシートや簡易椅子に座っている。その顔は皆一様にわくわくとしていた。
 ぱっと、空が明るくなって、アパートの皆が空を見上げた。モココたちも驚いて見上げると、夜空で光の花がきらきらと散って行くところだった。少し遅れてどんと音がするが、原因はあの綺麗な物だともうわかった。もう気にする者は……ふと見上げてみると、イーブイが人間にしがみついて、ぎゅっと顔を伏せていた。せっかくの綺麗な空を見れないイーブイを、人間が優しく撫でながら「大丈夫」と宥めている。
 モココはふっと笑ってレジャーシートを広げてあげる事にした。

海とマリルリとシャワーズ

 
 遠く水平線を見やれば澄んだセルリアンブルーの海が穏やかに広がり、強い日差しに振り仰げば抜けるようなスカイブルーと巨大で真っ白な入道雲の対比が鮮やかな空がどこまでも続く。そんな夏真っ盛りの海岸沿いだが、混雑とは無縁で人と言えばトレーナーしかいない。広々とした砂浜の浅瀬で、マリルリとシャワーズが遊んでいた。
 周りを気にすることなくのびのびと、威力の無い水鉄砲や泡を吐きながら楽しそうにじゃれ合う。けれど追いかけっこを始めて、やがて白熱して遠くへ遠くへ泳いで行く。

 日光浴をするフシギバナの日陰でミズゴロウとクラブと砂遊びしていた人間は、海から触手を伸ばしたメノクラゲにトントンと呼ばれ、漸くそれに気付いてメノクラゲに飛びついた。意を察したメノクラゲは人を落とさないよう、それでも最速で泳ぎだす。ミズゴロウとクラブも喜んで後に続いた。

「マリルリー、シャワーズー、止まりなさーい!」
 どの位進んだだろう。叫びに2匹が応じたのは、陽光を照り返して輝く砂浜がずいぶん遠くなった頃だった。水上に頭を出した2匹が軽く叱られているところへミズゴロウが追い付いて来る。が、いつまで経ってもクラブが来ない。
「クラブは浜に残ったの?」
 ミズゴロウは水中を指さした。
「もしかして、一匹で海底を歩いてるのかしら」
 慌てた気配を読んだメノクラゲはマリルリに人間を託してたぷんと沈んだ。

 力を抜いてぷかぷかと波間に揺れるマリルリと人間に、シャワーズが前足をかけて便乗する。悪戯に体重をかけてくるものだから時折たぷんと沈んでしまって、その度に浮上しなおさなければならない。
 追いかけっこで疲れていたマリルリは迷惑そうに鳴いたが、シャワーズは堪えた風もなくのんびりしたものだ。それで遊んでると思ったのか、ミズゴロウまで掴まってしまう。
「マリルリが疲れちゃう。ほら、自分で泳げるでしょう」

 シャワーズは注意されてもどこ吹く風。マリルリは愛らしい外見に見合わない低いうなり声で抗議し出したが、マイペースで言うことを聞かないシャワーズに遊んでるつもりのミズゴロウ、そして泳げるもののこんな沖で放っておくには不安が残る人間を掴まらせていては、反抗どころかろくに身動きが取れない。
 マリルリはままならない現状にぷぅっと膨れて、おもむろに海中へ潜った。慌てた人間の周りには空気が纏わり付いて巨大な泡が包み込んでいだ。ダイビングを使ったのだと気付いて礼を述べた人間の手を掴み、マリルリはすぅっと沈んで行く。

 いつの間にか共に潜水をしていたシャワーズの背中にはミズゴロウが掴まって、イルカの親子の様に泳いでいた。青い光の中、色とりどりの南国の魚が翻り踊る。人に慣れた魚やラブカスの群の間をすり抜け、戯れに寄り添っては離れるマンタやマンタインたちと、深く深く潜って行く。

 やがて赤く点滅する丸い光が見え始めると、一行は3匹と1人に戻った。岩場に無数のメノクラゲやドククラゲが張り付いて、目玉のような赤いものが規則的に点滅する。地上では見る事の叶わない光景。
 興味津々にミズゴロウが近寄ろうとして、慌ててシャワーズが首筋をかぷりとくわえた。マリルリが体を揺らして笑った。近寄りたがるミズゴロウをシャワーズが必死に制止しながらその場に止まる。

 人間が見上げた視界は青い光がゆらゆらと差し込んで美しく、頭上を優雅に翻るマンタインが目を楽しませた。マリルリと手をつなぐために空気の膜から出ている肌をさらう海水はひんやり心地よく、繋いだマリルリは冷えた体に暖かさを伝えて、それがまた気持ち良い。
 水中に留まる事をマリルリに任せて海中を楽しむ人間の視界を、不意にシャワーズがアクロバティックに横切った。ミズゴロウの気をメノクラゲたちから逸らそうと必死な様子だ。
 繋いだ手から振動が伝わって、見なくてもマリルリが笑っている事がわかった。つられて人間も笑顔になる。
 たった1人の人間の他にはポケモンしか居ない、青く透明な海域。そこはとてもゆったりとしていて、時間さえも緩やかに過ぎてゆくようだった。

 どのくらいそうしていたのか。不意に手を引かれてマリルリを見遣れば、ドククラゲとメノクラゲたちの住処を見るように促される。丁度一体のドククラゲがゆったり上がって来るところで、触手の一本に赤く小さなクラブを抱えている。
 今度は群でなくその一体へ、真っ直ぐ突撃しそうになったミズゴロウをシャワーズがまた慌てて捕まえた。

 無事クラブを見つけて海面へと戻ると、ドククラゲが頭上に人間とミズゴロウとクラブを押し上げた。地上の生物である人間と、初めての海ではしゃぎまわってしまうミズゴロウ、そして泳げないクラブへの気遣いだった。
 それで好奇心の塊の子守から漸く解放されたシャワーズはぐったりとマリルリに掴まる。マリルリは笑って、何も言わずにぷかぷかと浮かんでいた。

4 予想外でした by雫

 マサラタウンからトキワシティへ続く平和な1番道路を驀進するゼニガメは、ひょっこり顔を出した野生のコラッタに向かって叫んだ。

「どらあ! 食らえ必殺のエターナルフォースハイドロポンプ!」
「らっ!?」
 どはばばばばば!

 雫の口から吐き出されたハイドロポンプで景気よくコラッタが吹っ飛んでいく。
 雫は強いのだから経験地はヒトカゲにあげたほうが良いと最初は譲っていたのだけれど、先刻ポッポにやられて瀕死間際になってしまったのでポケモンセンターまで休憩だ。最初のポケモンって、普通はこうよね。

「すごいね」

 無表情ながらファイアが感嘆すると、素早く戻ってきた雫が犬みたいにぶんぶん尻尾を振った。明らかに気に入ってる。

「ファイアたんが誉めてくれるならおねーさん何回でもドロポン撃つわ! とりあえずご褒美に抱っこして下さい!」
 ひょい

 ハイテンションなまま欲望に忠実なことをほざいた変態をファイアは抱き上げた。
 要望が通ると思ってなかったのだろう。雫は呆気にとられて固まったが、我に返ると迷いなくファイアにしがみついた。

 くんかくんかくんかすはすはぎゅっぎゅっ
「…… …… ……」
「…… …… ……」
「しあわせすぎてこわい」
 すりすりむにむに
「だまれ、くされショタコンが!」

 小学生男子の匂いを嗅ぎほおずりして頬や二の腕の触り心地を堪能するド変態をつまみ上げて放り投げる。

「碧さん碧さん、さすがに今のはどうかな」

 甲羅にこもりながら生い茂る草むらに落ちた変態は、まったく堪えた様子なく喋りながら歩いて戻ってきた。

「あたしがゼニガメだったから甲羅にこもって事なきを得たけども、人を放り投げるとか危ないと思うのよ」
「ちっ」
「舌打ち!?」
「頭か小指ぶつけて痛い目見ればよかったのに……」
「やめてくれませんか、その本気っぽい目をやめてくれませんか」

 へたれお馬鹿な変態は放置してファイアに向き直る。

「ファイア、あれはあんまり構わなくていいのよ。図に乗ってセクハラしかけてくるから、何か要求されたら蹴りつけてやるのが正しい対処法よ」
「ひでえよ、流石にその言い方はひでえよ」
「だまれクソムシが」
「く、クソムシ、だと!? 夢の中の碧さんてばいつもよりドSで、わたくしは涙を禁じ得ません」
「アンタだっていつもより自分を解放してるじゃない。まるで酔っ払ってる時みたい」
「…… …… …… 碧さん」
「だまれクソガメ」
「速攻で拒否るなよ、聞けよ、割と真面目な話だから」
「…… …… ……」
「…… …… ……」
「……話したら?」

 数秒見つめ合っても不振な様子はない。どうやら本当にまじめな話らしいので促した。

「なんかね、夢の中なのに碧がすっげー碧なんだけど」
「奇遇ね、雫も歪みない雫だわ」

 夢を見てる自覚がある私は当然として、目の前の雫まで完璧にいつも通りってのはなかなか凄い事なんじゃないかしら。夢の中って友人の姿をしていても、中身が完璧に投影される事はほぼないと思う。

「夢なのに不思議だよ」
「いつも通りすぎて起きた時に現実と混同しちゃいそう」
「ほんとね」

 性格も遣り取りも本当にいつも通りで、姿が違うことを除けば現実と変わりがない。つか人間姿の私はまだしも、ポケモンになってる雫はもっと慌てるべきよね。

「こんな夢見るなんて、最近一緒に居すぎたのが原因かなあ。教祖様のデビュー決まってから、ウチらなんかしら理由つけては集まってたじゃん」
「そんな中お前はポケモンにはまったとか言って布教し始めたワケだが」
「まさか軽い気持ちで布教して本当に購入者が出るとは、あんなに広まるとは思わなんだ……」

 ライブ仲間の間でにわかにポケモンブームが来ている。ライブ前にDS出してハウス内で通信してるもんだから、ゲーム好きの教祖さまがなんのソフトやってるのかとトーク中に聞いてくるくらいには、ポケモン人口が増えていた。

「まあでも、そのおかげでファイアたんに会えるなら……踏みつけられても本望です!」
「……踏みつけてほしいの?」

 無表情に首を傾げたファイアに、ドSファイアたんktkrー! と叫んで身悶える雫。

「キモイからやめて」
「おま、だって碧、おま、もう、ファイアたんになら何されても良いですいや寧ろして欲しい」

 KI ☆ MO ☆ I
 まじきめぇ。今だかつてないほどスルー力を試されていると感じるわ。

「……くっ……殴りつけたい……これがスルー検定1級の難問か」
「ごめん碧さん、ほんとごめんね。でもこのほとばしる熱いパトスは自分でも止められないの魂からの叫びなのもえええええ!!」
「…… …… …… そうですか」

 殴りたいって言ったけど、訂正。触れたくないです。
 思わず心理的距離を取るために敬語になってしまった上に生暖かく見守る姿勢に入った私などお構いなしで、雫はとどまることを知らない。本当に縛って海にぽいしちゃおうかしら……。

 ばっ、ごろん
「さあファイアたん踏んで下さい!!」
「えっと……じゃあ」
「いいから、ファイアも付き合ってやんなくていいから」

 でーんと仰向けに寝転がった雫をファイアが恐る恐る踏もうとしたところでストップをかけた。いくら人気がないからって外でSMプレイ始めんな。
 てゆーか、私の中の雫像どうなってんの。このキモさ含めて凄くしっくりくるのが複雑なトコロだわ。

「ええと、じゃあ」
 ひょいっ
「え?」

 抱き上げられた雫が腕の中で、目をまんまるにしてきょとんとファイアを見上げる。くっ、中身はショタコン変態だと言うのに、不覚にも可愛いと思ってしまった……! ゼニガメが可愛いのがいけないんだ。

「踏むのは抵抗あるから、抱っこでいい?」
「……ピュアすぎてもうお姉さん顔上げられません。変なコトゆってごめんね」

 頭を下げた雫にファイアは首を振った。

「ううん、シズクのそういうとこ、おもしろくて好き」
「ファイアさん天使ですか。それともあたしの心がヨコシマなだけでしょうか」
「確実にお前がヨゴレってだけだよ」
「ですよねー」
「……僕」
「ん?」

 ようやく落ち着いた雫にファイアが告げた。

「踏むより踏まれる方が好きなんだ」
「…… …… ……」

 雫を黙らせるとは、ファイア、恐ろしい子……!


次話 VSライバル戦?
前話 グリーン(´・ω・`)カワイソス
▼追記
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