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7 繋がりの洞窟

 洞窟にランニングシューズの足音が反響して、音に釣られたらしい野生のイシツブテが姿を現した。レッドが指さすとピカチュウが飛び出して行く。

「ボルテッカー」
「ぴっかー!」

 ぱりり、と頬の真っ赤な電気袋から電気を放出し、それを全身に纏ったピカチュウが突っ込んでゆく。ばかん! と、破裂でもすんじゃないかって勢いでイシツブテが飛ばされた。
 ああ、なんかごめんな、イシツブテ。俺が供述拒否したばかりに最強のトレーナーの相手なんかさせて……。

 チコリータと俺は全てをレベル差で薙ぎ倒してゆくレッドたちの背中を、遠い目で眺めながらただひたすら追っていた。立ち止まるのはトレーナーから賞金を巻き上げる時ぐらいだが、水辺に当たるとカメックスの背中に乗るので、それが小休止になって息をきらすことはなかった。
 チャンピオン越えたらすげー金持ちのはずなのに、数百円の賞金を貰ってく姿にカツアゲって言葉が浮かんでしょうがない。ほらまだ持ってるんだろジャンプしてみろよ小銭の音がしたぜ、みたいな。
 迷いなくばく進していたレッドが振り返ったのは、洞窟の奥にいた怪獣マニアを倒した後だった。

「どうしました?」

 少しだけ口を開いたまま固まってしまったレッドは、しばらく遠い目で虚空を見つめた末、端的に告げた。

「どこ?」

 ………………どこって。

「もしや、迷子ですか」

 案の定、かっくんと頷きやがった。お前、ヒビキと同類かレッドおおおお! 迷いなく進んでくからわかってるとばっかり。俺を道連れに迷子とか勘弁しろよ。

「ちょっと待ってください」

 返事を待たずにカバンの大事な物ポケットを漁る。ヒビキが使わなかった繋がりの洞窟の地図を譲って貰ってたのだ。つうか山男に返す予定なんだけど、それまで使ったってバチは当たらないだろ。ヒビキを助ける心優しい山男の事だ、許してくれるさ。

「君たち、謎のポケモンを探しに来たんじゃなかったのか」
「俺はヒワダに向かうだけです。すみませんが、現在置ってわかりますか?」

 レッドは知らん。
 怪獣マニアは差し出した地図の左下を指差した。入り口が右上、出口が右下だからちょっと寄り道した事になるが、ピカチュウが一撃必殺でガンガン進んでくれたから予想外に早く出られそうだ。
 と言ってもまた俺は洞窟戻ってくるけどね。レッドのせいでトレーナーから賞金巻き上げそびれてるからな。

「じゃああっちが出口ですね。有り難うございます」
「どういたしまして」

 顔を上げ、地図で確認した現在地と怪獣マニアの後ろにある湖と謎のポケモンで思い出した。

「ああ、この湖を渡ったら……」

 ラプラスが居る場所に行ける。そう言いそうになって口を噤んだら、怪獣マニアは顔を輝かせて説明してくれた。

「なんだ、やっぱり興味あるんじゃないか! そう、あの先に地下へ続く階段があって、週に1度だけ現れるポケモンがいるんだ」

 狙ったワケじゃないが今日は金曜日、週に一回ラプラスが現れる日だ。

「いつもなら声が聞こえるんだけど、今朝の地震で崩落に巻き込まれたみたいで、ぱったりやんでるんだ」
「崩落って、救助は?」
「実は今朝早くからちょうどポケモン捜索隊が取材に来てて、今も救出作業中だよ。元ポケモンレンジャーも居るし安心だ」

 ポケモン捜索隊って、確かラジオ番組のヤツだよな。赤いギャラドス探したりする番組。

「ラジオ番組の捜索隊が救出ですか? 警察に連絡は?」
「それがどうも通信機器が使えなくてねえ。捜索隊の人がヒワダに向かったらしいけど、まだ来ないんだよね」

 不意にキキョウの森でのことが頭をよぎった。考えすぎかな。でも通信機器が使えないって偶然だろうか?
 地震にも違和感がある。早朝の出来事だとエリートトレーナーは言っていたから、俺は寝ていて気付かなかったのかと思った。しかし洞窟近くのポケセンに泊まっていたのに、崩落が起こる程の地震に気付かないなんて事があるんだろうか?

「地震が起こったの、何時頃かわかります?」
「6時くらいだったと聞いてるよ」

 ポケセンの起床時間はだいたい6時半から7時だ。早起きのヤツなら6時に起きてるのも居るし、眠りの浅い時間帯でもあるから地震があれば誰か気付くだろう。それに震度4なんてそこそこでかいし、通行に問題ないとは言え崩落があったなら朝食の時に話題になりそうなものだ。
 ああでもポケモンが地震起こしたら、局地的な地震と崩落もおかしくはないのかもしれない。……そんな強いポケモン、この辺りに生息してないよな。ファイヤーみたいにゲームとは違う動きをしてるヤツもいるけど、通信障害の事を考えると人災っぽい。
 となればとにかくラプラスの安否が気になる。ポケギアを見れば時刻は9時半を回ったところだ。

「救出作業は進んでるんでしょうか」
「うーん、波乗りできないから確かめる術がないんだよね」
「行く?」
「いいんですか?」
「心配」
「ぴっか!」

 表情が変わらないからわからなかったが、心配はレッドも同じだったらしい。湖に近付いてモンスターボールを放り投ると大きなカメックスが現れて、そのごついフォルムに怪獣マニアが歓声を上げた。
 レッドはカメックスに乗るだけだと言うのにチコリータを抱え上げて、俺たちは少し首を傾げてしまった。

「ちぃ?」
「レッドさん?」
「掴まって」
「あ、はい。ってうわあっ!!?」

 言うなりしゃがむ間もなくカメックスが勢いよく泳ぎだした。落ちかけた俺の腕をはっしと掴み、難なく引っ張り戻す。
 さっきのカタコトは、急いでくから落ちないように“掴まって”と伝えたかったんだな。チコリータを抱えたのも振り落とさないためだろう。ホンット言葉足らずな子だ。

「有り難うございます。もう放して貰って大丈夫ですよ」

 なんて言っておきながらカメックスが停止した時にもレッドに助けて貰った。波乗りしなれてない上にスピードが出ていたからよろけたんであって、運動神経が悪いワケじゃない。と、レッドの腕から冷たい視線を飛ばしてきたチコリータに言い訳したかったが、情けなさに変わりはないのでやめた。

 ピカチュウに先導され、レッド、カメックス、俺、チコリータの順に並び細い階段を降りる。地下1階は長細く続く湖にささやかな足場があるだけだ。そこにヘルメットにヘッドライト、ツナギにトレッキングシューズと絵に描いたような洞窟探検装備の男がいた。

「やあ、こんにちは。悪いけど今洞窟は崩落の危険があって、僕たちが封鎖してるんだ」

 ウツギ博士のような柔和な面差しで、申し訳無さそうに笑う人当たりの良い男。その背後の湖には、手持ちらしきドククラゲが居る。捜索隊の人だろう。
 むっつり押し黙ってしまった無口レッドに代わり俺が進み出る。

「こんにちは、お疲れ様です。ポケモンが巻き込まれたと聞きいて、何か手助けは出来ないかと来たんですが、救出は進んでいますか?」
「ああ、僕の仲間たちが助けている。子供は心配しなくて大丈夫、大人に任せておきなさい。さ、ここはまだ崩落の恐れがあるから、君たちは上に戻って」

 まだ終わってないのか。俺は役立たずだけど、レッドたちなら協力できると思うんだよなー。

「崩落の危険があるみたいですけど、どうします?」
「する」
「協力したいって事でいいですか?」

 かっくんと肯定を受けて向き直ると、捜索隊のお兄さんは困ったように眉尻を下げていた。

「気持ちは嬉しいが、君たちを危険な目にあわせられない」
「俺は足手まといかもしれませんが、レッドさんは強いですし」

 レッドを見て目を見張り驚いた様子を見せた事に、内心で苦笑した。思わぬところで有名人に会うとどう反応したらいいかわからなくて、思考停止しちゃうよな。

「レッドさんをご存知ですか?」
「あ、ああ……本物の、伝説のトレーナー?」

 でんせつ!!?

 最強のトレーナーだとは思ってたけど、伝説とまで言われてるのかよ!?

「伝説ですか?」
「……普通の、トレーナー」
「ぴかぴー」

 思わずアホみたいな質問をしたら首を振りながら否定し、ピカチュウは耳を後ろに寝かせて苦笑にしか見えない顔をした。伝説って言われるの嫌なのかな?

「普通のレッドさんだそうです。本人に違いないですけど」
「ぴっか」
「ほんもの……」

 頷いたピカチュウとレッドの顔を交互に見やって呆然と呟きを漏らす。お兄さんよ、そろそろ再起動したっていいんでないかい。

「崩落と地震、局地的だったんですよね?」
「えっ?」
「俺、洞窟近くのポケセンに泊まってたのに、洞窟に来るまで地震も崩落も知りませんでした。だから、洞窟内だけで起こった災害なんじゃないかと、ポケモンが起こしたんじゃないか思ったんです」
「あ、ああ、……どうだろうね、僕らはそんなポケモン見てないけど」
「そうですか。……地震を使えるポケモンなら、そこそこ強いですよね。もしもの時、レッドさんは心強いと思いますよ」

 ゲームだと地震の技マシン貴重だ。そんでもって、確か自力で地震を覚えるポケモンの習得レベルは軒並み30を越していたと思う。もしまだこの辺りにいるなら危ない。
 だから倍以上のレベルのポケモンを、トレーナーの手持ちとしては最高レベルばかりが揃ってる事を思えばこれ以上ないくらい心強いだろう。
 救助だって、普通のラジオスタッフが頑張ってるなら最強トレーナーが手伝った方がいいと思うんだけど、お兄さんはぎこちなく首を振った。

「しかし、子供を危険な目には……」
「子供でも、手持ちポケモンの強さには関係ないでしょう。レッドさん、崩落の危険があるみたいですけど、回避する自信は?」
「ある」
「だそうです。どうでしょう、俺はともかくレッドさんだけでも」
「……わかった。連絡するから待ってくれ」

 トランシーバーらしきものを取り出したお兄さんは、難なく連絡を取った。通信機器全部が使えないってワケじゃないんだなあ。


次話 金曜日はラプラスの日
前話 洞窟クエスト、そして伝説へ ……

6 洞窟クエスト、そして伝説へ ……

 仲直りを終えて新しい仲間を迎えた俺たちはやる気溢れるメリープに引っ張られ、レベル上げと言う名のレクリエーションに夜まで引っ張り回された。
 メリープはとにかく元気で、野生のポケモン倒す度にどう? どう? って顔で俺のところに戻ってくる。羊なのに犬みたいな性格をしていた。
 それに引きずられたのかチコリータとイーブイも頑張ってくれて、いつもより遅く21時近くになってからポケモンセンターに戻ったら、昼間のやり取りを見ていた奴らに根ほり葉ほり事情を聞かれる羽目になった。
 なんとか誤魔化して抜け出す頃には22時近くて、俺たちは慌てて風呂へ向かった。





 風呂を済ませ、冷えたペットボトル片手に部屋で一息つきながらポケギアを開く。
 悩みながらメールを打って、ユウキと博士に送信。金の無心メールなんて流石に呆れられるだろうか。でもなあ

「……背に腹は変えられない」
「めえ?」

 ポケギアを閉じて、髪を拭きながらベッドに座る。ドライヤーしなくて良いほど短いから楽だ。手持ちの3匹はイーブイとメリープのすりすりからチコリータが逃げ回るというじゃれ合いをしていたが、独り言に反応したメリープが近寄ってきて首を傾げた。
 つぶらなくりくりの目にレモン色のもふもふは縫いぐるみのように愛らしい。そしてイーブイの首周りとはまた違ったもふもふで、メリープは撫でられるのが好きだ。

「……よしよし」
「めえええ」
「よい子よい子。お手!」
「めっ!」

 冗談だったんだけど、しゅたっと右手を差し出して来た。メリープと遊んだ、もしくはメリープで遊んだトレーナーが仕込んだんだろう。
 素直すぎるさまに悪戯心が疼いてしまった。

「おかわり!」
「めえ?」
「おかわりは左手だよ、たぶん」

 犬飼った事ないからわからないけど、お手が右ならおかわりは左だろ。
 メリープに色々仕込んでる内に消灯時間が来てしまった。翌朝になってもメールは返ってこなくて、俺は金欠に頭を抱えながら取りあえず出立する事にした。
 洞窟でトレーナーから賞金を頂こうという腹だ。どう足掻いても目標金額より少ないけど。





「うし、じゃー気合い入れて行くぜ、初洞窟!」
「ちこっ!」

 洞窟の入り口手前。チコリータは臆する事なくたしたしと足を踏みしめた。頼もしい限りだ。

「メリープもよろしくな」

 3つに増えた腰のボールに触れれば、かたん、と軽く振動が伝わってきた。ズバットは任せたぜ。
 いざ洞窟に入らんとした時、ぽん、と肩に手を置かれた。
 振り向くとそこにはピカチュウを連れた茶髪の少年がいた。赤い細身のジャケットとブルーのストレートジーンズ、モンスターボールがデザインされた白と赤のアメリカンキャップを目深に被っている。
 この人には見覚えがあった。ゲームで何度も会った。何度も負けた。

「レッドさん!?」
「知ってるの」

 そりゃー存じてますよ。赤緑以来にHGSSやり始めて、右も左もわからないままリーグ挑んで、カントー踏破して、強化版のジムリも四天王もチャンピオンも倒したのにアンタに負けましたからね!
 必中吹雪はトラウマだ。まさかラプラスにデンリュウ沈められるとは思わなかったぜ。思えば、あのあたりから俺の廃人化が加速したんだよなあ……。

 HGSSの旅の終点であるシロガネ山とトレーナーの頂点に立つ少年を前にして、様々な思い出が去来してゆく。なんたって目の前の少年には小学生の俺の思い出が詰まってる。懐かしい、すごく懐かしい。
 初代ポケモンの主人公、レッド。
 容姿はFRLGだけど、思い出のキャラに違いない。

「……きみ」
「はい」
「………………」
「………………」
「………………」
「レッドさん?」
「…………なに」

 真顔で見つめ合うこと数十秒、一切の表情を変えず、レッドは平坦な声で聞き返してきた。
 なにってこっちが聞いてるんだよ。声かけといてその態度とはどういうつもりだ。あ、レッドって無口キャラなんだっけか。ゲームでは無口なんて気にならなかったけど、実際会うとなんだかなあ。

「なんでもないです。じゃあ俺は行きますね」
「用事」
「え?」
「ある」

 俺を指差してカタコトで喋るレッドに、なんなんだお前は! っと突っ込みそうになった俺は悪くない。





 レッドはとにかく無口で、喋ってもカタコトだからなかなか話が進まなかった。しばらく洞窟の入り口に突っ立ったままなんとかコミュニケーションを取ろうとしていたら、キンと耳なりがして、辺りを見回したらいきなり間近に人が現れて俺は驚いてしまった。

「あら、ごめんなさい。驚かせちゃったかしら」

 髪をきっちり団子に纏め赤い服を着たお姉さんは一目でわかるエリートトレーナーだった。

「いえ、大丈夫です。穴抜けの紐ですか?」
「ええ。あなたは新人ね? この洞窟は初めて?」
「はい」
「そう。入るなら地下には行かないようになさい」
「なんでです?」
「今朝方の地震で崩落があったんですって。さっきもまたあったし、今は危ないわ」
「地震あったんですか?」
「ええ」

 気付かなかった。っておかしくないか。ポケセンで誰も話してなかったぞ?

「どのくらいだったんですか?」
「1回目は4くらい、2回目は2くらいじゃないかしら」

 2だと立ってると気付かないレベルだ。4は結構でかいけど、早朝だから誰も気付かなかったのかな。

「そうですか、有り難うございます」
「ちこりー」
「ちゃー!」

 レッドが軽く頭を下げたところでお姉さんは行ってしまった。
 邪魔になるとようやく気付いた俺は少し離た場所にレジャーシートを広げた。レッドが用事あるって言うから、長丁場を覚悟しての事だ。
 魔法瓶から紙コップにと紙皿に冷たい紅茶を注ぎ、それぞれレッドとピカチュウに渡してやる。

「どうぞ」
「……」
「ちゃー!」

 かくんと頷いて茶を受け取ったレッドとは違い、ピカチュウは嬉しそうに鳴いて紙皿に口を付けた。表情豊かだ。

「ほら、お前たちも」
「ちこっ」
「ぶいー」
「めーえええ」

 チコリータはもちろん、レジャーシートを広げるなり勝手に飛び出して来た2匹にもお茶をやる。なんだろうね、レジャーシート=お茶の時間って刷り込み出来てるのかなあ。

「じゃ、改めて。俺は新人トレーナーのリョウ。こいつらはワカナ、モチヅキ、メリープ」

 3匹がそれぞれ挨拶するとピカチュウが元気に鳴いた。レッドは相変わらずかくんと頷くだけだ。

「で、レッドさんたちはなぜ俺たちを探していたんです?」

 少しの立ち話で得られた情報はすごく少ない。少年がマサラタウンのレッドであること、ピカチュウが相棒であること、用事があって俺たちを探してたこと。あとはレッドが無口+不思議ちゃんの二重苦だって事くらいしかわからなかった。
 信じがたいことに、これ聞き出すのに5分くらいかかったんだぜ……割と長く接客業してきたけど、これだけ無口で意志の疎通できない奴には初めてお目にかかった。

「ファイヤー」

 レッドはそれきり黙ってしまう。説明になってねーよ。

「ファイヤーって伝説ポケモンの事ですか?」

 かくんと頷く。無口はしゃーないとして、頷くだけなのに何故そんなにぎこちないのかね。お兄さんは不思議でしょうがないよ。

「ファイヤーがどうしたんです」
「会った」
「会ったって……ああ、シロガネ山で?」

 キキョウ近くの森で会ったファイヤーはシロガネ山が根城だから、根城を同じくするレッドが会っててもおかしくない。
 しかしレッドは首を振って否定し、俺を指差した。

「きみ」
「……俺、確かにファイヤー見かけましたけど」

 話したらまずいだろ。ロケット団の事は情報規制が敷かれてるのかニュースになってないし、ハヤトもここだけの話って言ってたし。そう思い、どうにか誤魔化す方向に持ってく事に決めた。

「聞かせて」
「聞かせるもなにも…遠くからちらっと見ただけですよ」
「………………」
「………………」
「「………………」」

 ……なにこの沈黙の嵐。もう旅に戻っていい?

「ええと、話はそれだけでしょーか?」
「………………」
「ぴっかー、ぴかぴ、ぴかちゅ」

 なにやら俺を指差しながらレッドに訴えかけるピカチュウにレッドはかっくんと頷く。そしてピカチュウに手を取られるまま、右手を俺に差し出してきた。

「……お茶のおかわりですか?」

 求められてるのはそんなコトじゃないってわかってるさ。でもだってイヤな予感しかしなかったんだ!

「ぴっかー」
「ぶいぶ、ぶいー」
「ちこ」

 ピカチュウに話しかけられて、イーブイがチコリータを促す。チコリータが俺の左手に蔓を絡ませて差し出させる。
 握手なら逆じゃね? と突っ込む暇もなく、チコリータは俺の左手をレッドの右手に乗せた。それは紛れもなくおかわりの形だった。あああ、メリープに仕込んでたの覚えちゃったのかあああああ!

「……よろしく?」
「……よろしくです」

 不思議そうに首を傾げながら疑問系の挨拶に俺は力なく返し、そしてまさかの旅の連れ合いを、非常に疲れそうな相方を得てしまった。
 なんなんだよ、もう。昨日に引き続き、有名人遭遇率高すぎやしませんか。


次話 繋がりの洞窟
前話 金があればなんでもできる!(涙)

梅の木とリオル

 白い息を後ろになびかせながらリオルが走る。それを追いかけて、舌を出したままポチエナが走ってゆく。
 不意にポチエナが速度を緩めた。それに気付いてリオルが立ち止まると、ポチエナはぅわうとリオルに向かって吠え、進行方向を変えた。その背中を今度はリオルが追いかける。
 曲がり角に消えた2匹を追ってウインディが駆ける。大きな体躯で2匹を見守るようにゆったりと追い掛けるウインディの背中、ふかふかのたてがみに埋もれていた人間が顔をのぞかせた。

 住宅街の曲がりくねった道を入り込んだところ、葉の落ちた垣根から濃い桃色の花が覗いていた。それを見上げてポチエナが鼻をひくつかせ、リオルもふんふんと匂いを嗅ぐ。
 追い付いてきたウインディの背から人間が降りて、綺麗ね、梅の花だわ、よく見つけたね。とポチエナを誉めた。嬉しさにポチエナの尻尾がぶんぶんと振られる。

 しゃがんだ人間に撫でられたポチエナは、きゃん! と吠えると人間の膝に前足をかけ、首を伸ばして人間の顔をべろべろと舐める。人間が嬉しそうな笑い声を上げた。
 それを人間の後ろから見ていたリオルは、不意に屈むと地面を蹴りつけ、高くジャンプをした。ウインディが吠える。驚いた人間が振り向いてもそこにリオルの姿はない。
 身軽なリオルの伸ばした手が梅の枝に届いて、ぱきりと音がした。
 たしん、と地面を踏みしめる軽い音に人間が顔を正面に向ける。ポチエナも振り返る。ウインディが困ったように首を傾げる。6対の目に手折られた梅の枝が映った。

「ちょ、ちょ、折っちゃったのっ?」
 声を裏返らせた人間にリオルは首を傾げた。ウインディは半目でため息をつく。ポチエナは興味深々に匂いを嗅ぎに行った。





 人間はリオルに、人の家の木を折っちゃだめ、って言うか木は折っちゃだめなのよ、と諭した。
 そしてポチエナとウインディをモンスターボールに戻すと、耳を伏せしゅんとしたリオルと共に梅の木を育てていた家の人に頭を下げに行った。

 早起きして庭の手入れをしていたお爺さんは、梅の枝を手に頭を下げた1人と1匹をしばし見つめた後、朗らかに笑って大きな骨ばった手でリオルをわしわしと撫でた。あんな高さまで跳べるなんて、ちっこいのに偉いなぁ、とにこにこ笑うお爺さんに、リオルは耳をピンと立てて尾を緩やかに振った。
 人間は申し訳なさそうに眉尻を下げながら、許して下さって有り難うございます、と頭を下げた。

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