あれから、随分な時間私達は廃墟を探索した。


「…九龍君、少し、休憩にしよう」


肩で息を切らしながら、割れた歩道を進む。


「疲れましたか?シヅキさん」


振り向く彼はまだまだ元気そうに見える。
…知覚者の身体能力は一般人より遥かに高い…が、どうもそれだけでは無い様な気がしてしまう。


「…はぁ、老いは取りたく無いモノだね…」


心からの呟きが、つい口を突いて零れる。


「シヅキさん、そんな歳じゃ無いじゃないですか」


冗談に受け取られたのか、あはは…と笑われてしまった。
コレは喜ぶべきなのか、悩むところだ。


手頃な瓦礫に腰を下ろす。
人気無い静寂に風が木の葉の擦る音が響いている。

さわさわ、さわさわ…

九龍君も辺りを確認してから近くの場に座る。

危険な場所とは思えない、落ち着いた空気が流れている。


「九龍君は、廃墟が好きかい?」


風に身を任せながら、何気なしに尋ねてみた。


「どうですかね…?
嫌いじゃ無いですけど、やはり純粋に好きとは言えないです」


知覚者には、廃墟に巣くうモノが解ってしまう。
異形の存在、自身に迫る危険、恐怖…やはり知っている事で変わる認識も有るのだろう。


質問を投げ掛けておいて押し黙ってしまった私を、彼は気分を害する様子も無く窺っている。


「あの…シヅキさんは、医者か何かなんですか?」


間を繋ごうとしたのか、今度は彼から質問を向けられた。
恐らく、この容姿から推考したのだと思われる内容。


「医学知識は多少有るが、私は医者では無いよ」

「え、じゃあ…科学者みたいな感じですか?」

「そう見て貰って構わない…どうかしたのかい?」


『科学者』と言う単語が出た後、九龍君は一瞬視線を落とした。


「いえ…チョット思い出したんです…ユートン教授の事を…」


そう言って苦笑を浮かべるが、その表情には何処か遣り切れない感情が見える。


「ユートン教授、と言うと保全機構の科学者だったね?
頭の良い人だと伺ったが…惜しい人を亡くしたモノだよ…」

「シヅキさん、知ってるんですか?」


そう言って彼は、驚いた様子で私を見る。


「直接会った事は無いが、様々な噂を聴いた事は有るんだ
武器工学等に秀でた人だったらしいけど…一度会ってみたかったと思うね」

「……済みません…」


何の意図も無い話だったのだが、九龍君は視線を落として頭を垂れ、謝罪の言葉を呟いた。

握り締められた手が、微かに震えているのが解る。


「何故、君が謝るのかな?
彼は確か、廃墟の戦闘に巻き込まれて亡くなったと聞くが…」

「あの時…教授の護衛を務めていたのは、俺達なんです」


その日、を思い出しているのか、彼は遠くを見る様な目をしていた。

学園からの任務でユートン教授の護衛を任された九龍君達は、教団の恐るべき陰謀を打ち破る事に成功する。

しかし、代償にユートン教授は息を引き取ったのだ…。


「そうだったのか…」


語られた真実に、私も想いを馳せる。


「教授は、死ぬ事を覚悟して廃墟に赴き、教団を止めたんだと思います」


九龍君は毅然とした口調で私を見詰めた。


時々思うのだ。

この荒廃した世界で、年端の行かぬ子供達は苛酷な現実の中を、生きて行く。

それが乗り越え、癒えるならば良いが…中には深い心の傷を産み、それがその子を蝕むケースも少なくは無い。

この様な世界にしてしまったのは、言うまでもなく過去を作り上げてきた、我々大人である。

ならば…、この現在を少しでもより良く戻すのも、罪を犯してきた我々の全うすべき事に違いない。

恐らく、ユートン教授も己が犯した罪を清算しようとした一人のだろう…。


「彼は、成すべき事を成した
それは選択の末の結果なんだろうね」


九龍君は黙って聴いていた。
彼は彼なりにその結果を受け止めて行くのだろう。

時に、他者の選択が他人に大きな影響を与える事が有る。

だからこそ、選択は慎重に、しかし実直であるべきなのかも知れない。


「…そういえば、シヅキさん」


話題を変えたかったのか、九龍君が再び質問をして来た。


「シヅキさん、ナノマシンは大丈夫なんですか?」


廃墟にはナノマシン、ウィルスに近い媒体が蔓延しており、耐性が無い者は身体に変調を来たす事が有る。

それを彼は心配したのだろう。


「問題無いよ、既に抗ナノマシンワクチンプログラムは投与済みさ」


掌大の小型携帯端末を取り出して見せる。

彼はそれに見覚えが有るのか、すんなりと納得した。


「シヅキさんって、ひょっとして機構の人なんですか?」
「ん?どうしてだい?」

「いや、そう思っただけなんですけど…」


彼が自信が無い様子で口ごもる。


「私が機構の人間ならば、君達の味方かも知れないね?」

「…え、そんな、まさか教団の?」


多少動揺した彼に、思わず苦笑した。


「私は強いて言うなれば国に属する者だ、争い事は好まないし、中立的な立場に居る」

「つまり…?」

「私は君達の味方でも敵でも無い
それを決めるのは、君達自身だ」


意図を掴めていないのか、眉を寄せる九龍君を横目に私は腰を上げ、白衣の埃を軽く払う。


「さぁ、日が沈んでしまう前には合流したい
もう一頑張りと行こうか!」


歩き出した私の後を慌てて立ち上がった彼が追い駆けて来た。

鍔鳴りの金属音と足音がやがて一定に保たれる。


日が確実に陰り始めた廃墟は、何かの気配を孕みつつ、静まり返っていた。