空が、夕暮れに染まり出す。

コンクリートの瓦礫は赤を反射し、その中をただ私達の存在が響くだけ。

探し人にはまだ会えていない。
何度か通話も試みたが、不通で終わっている。

黙々と生命感の無いこの異様な空間を歩き続けていると、前方を行く九龍君が静止を促した。


「…ガーディアンかい?」


前方を注意深く見据える彼に問い掛ける。


「はい、シヅキさんは危ないので隠れて、なるべく動かないで居て下さい」


彼は得物である刀の柄に手を掛け、戦闘姿勢を取りながら答えた。


私は横に有った大きな瓦礫の陰に身を屈めて様子を窺う事にした。

一度、目を閉じて小さく息を整えている…アレは洗心と呼ばれる知覚者のスキルで、雑念を排除し敵に集中を促して居るのだろう。

ヒラリ、緑の布が靡くと同時に硬質な音を立てて白刃が空中で静止する。


ガキン、ガキンー…!!


そっと瓦礫から戦場を覗いているのだが、私にはやはりガーディアンを感知する事は出来ない。

虚無に対峙する九龍君の表情は真剣であり、ジワジワと損傷して行く様はあまり戦況が芳しく無い様子に思える。

出血したのか、白い服に赤が滲み出している。
痛みからか僅かに顔を顰めても尚、剣劇の様は止まらない。

このままでは不利だ。

そう感じた私は、そっと白衣の内側に手を忍ばせた。


「…はぁ、はぁ…」


彼が、肩で息を切らしながらも目の前の敵を排除する。

貫通、出血した肉体は着実にダメージを蓄積しているだろう。


果して、上手く行くかどうか…。


オレンジとも茶とも呼べるレンズをした眼鏡を身に着けた私は、素早く手先でキーを打ち続けている。

この眼鏡は半バーチャルプログラムを見せると同時に私の作ったメインコンピューターにアクセスをする端末でもある。

肉眼で九龍君の状態を見ながら、半仮想のキーボードを操作する、小さなウィンドウが増えては消えを繰り返した後、目的の画面が開かれた。


激しい音に顔を上げれば、攻撃を受けたであろう彼の体が先の立ち位置から脇の瓦礫へと打ち付けられていた。


「う…くっ…」


ガラガラと破片を退けながら、彼は握り続ける刀を構え直した。

起動プログラムのダウンロード表示に視線を向ければ、廃墟の電波障害の所為かいつもよりバーの充填速度が遅い。

しかし半分を越えては居る、このまま上手く起動してくれれば良い。

問題は…


「九龍君の体力が持ち堪えてくれるかどうか…」


私の呟きを掻き消し、横薙ぎした刃が風を斬る。


「一閃!!」


九龍君の少し前方、ひび割れた歩道が何かに当たり抉られる。

砂塵がバラバラと立ち上った。


「九龍君、大丈夫かい!?」


声を上げて安否を問うが、大丈夫な筈が無い事ぐらい私にも理解出来てはいる。


「シ、ヅキさん…済みません、硬くて、まだ倒せてない…んです」


だから、もう少し隠れて居て下さい
荒い呼吸の間に紡がれた言葉が耳に届いた。


回復薬を飲む間も無いのか、彼は自己を奮い立たせるが如く声を張り上げて敵へと挑み、駆け出す。


ダウンロード完了まで残り15%


待つ間がもどかしい。
無事に廃墟を出たら、通信速度を改良しようと頭の隅で決めた。

依然として止まない戦闘音と振動を体感していると
良い大人が隠れて、若い青年が傷を負い血を流す現実が滑稽に思えて来る。
思わず自嘲的な苦笑が込み上げてしまう。

プログラムのダウンロード完了を目視すると同時に展開させる。


「九龍君、悪いが君を借りるよ」


独り言と共に彼を捕測する。

やはり適合率は劣るが、計算上は発動可能な数値を確認した。


「これなら問題無い…[同調]!」


刹那の違和感が過ぎれば仮視覚がレンズに投影される。

肉眼で捕捉する事が出来なかった存在が、そこに居た。


「…やはり適合が不安定だな」


認知出来るに至るその姿は残念ながら鮮明度に欠けている。

私はデータベースから情報を検索した。

銃口を持ったその姿が機械型遠隔ガーディアンのものであると判別される。

成程、それで接近斬撃を得意とする九龍君が苦戦を強いられたのだろう。

視線を向ければ渾身の力で敵を弾き飛ばした九龍君が、頭を手を当てて不調の色を窺わせていた。


…やはり、オリジナルとの適合は不和が多過ぎる様だ…


眉を顰めて居ると、前方、猛攻の甲斐有ってか損傷したガーディアンが剥き出しになったコードから火花を散らしながらも、銃口を彼に向けているのが視界に入った。

まずい!!


「危ない!九龍君!!」


同調の反動なのか、疲弊を見せて動かない彼の横を、走り抜ける。
ふわり、と白衣が靡いた。


「!?…シヅキさん!駄目だ…ッ!!」


制止の声を無視し、銃口の前に踊り出る。

瞬間、けたたましい発砲音が反響した。


「[庇護]!!」


展開したスキルが半透明の膜の様な防壁を前方に形勢し、銃弾を制止させる。

阻まれた弾が音を立てて落下した。


「…え…?」


事態を飲み込めていない彼が、目を見開いて硬直している。


「状況把握は結構だが、そう何度も使えないんだ
戦闘は君に任せて居るんだよ?九龍君」


ハッ、と我に返った彼は刀を握り締めて脇を駆け抜けていく。

強く右足を踏み込んで刀を振り下ろした。


「砕岩!!!」


硬質な音と共に銃身が断ち切られる…が、本体への切り込みは浅かった。

機械音が続き、そのまま攻撃に転じようとガーディアンが振動する。


ふと、私は視界が鮮明に変わったのに気付き、声を上げた。


「横に跳ぶんだ、九龍君!!」


言うや否や、我が身も右へ翻す。

彼は声に従い、左へと跳んだ。

瞬間。


「セクサ・イリディエーション!」


凛とした声と共に放射された光線が迸しる。
それは我々の間を真っ直ぐに飛び、ガーディアンの胸部を貫いた。

穴を穿たれ火花を数回走らせた機械は、ガラガラと崩れ落ち、静止する。


「…上出来だ、東條君!」


私は眼鏡を外しながら、後方に視線を向けた。


「お怪我はありませんか?」


金の髪を揺らし、予想通りの女性が瓦礫の陰から姿を表した。


「問題無い、九龍君が私の護衛をしてくれたからね」


視線を呆気に取られている彼に向ければ、彼女がそちらに歩を進める。


「この度はご迷惑を掛け、申し訳ありませんでした…しかし、この方をお守り頂いた事、深く感謝します」

「は、はぁ…」


一礼をした彼女は手早く取り出した回復薬を彼に渡した。


「あの、この人は…?」


戦闘の疲労と理解不能な状況下に陥っているであろう九龍君が、戸惑いがちに私を見上げてきた。


「彼女は私が探していた護衛の人だよ」

「え、あ、そうなんですか…てっきり工作員みたいな人かと…」


彼の言う工作員とは、機構の護衛を務める特殊工作員の事であろう。


「さて、コレにて条件は満たされた!
九龍君、君の願いに応えよう」


私はにこり、と微笑みを浮かべ、端末を取り出す。

ポータルを起動させ、学園の近くへとリンクさせる。


「行こう、君を待つ人の元へ…!」


我々は瞬間的に光となり、廃墟から姿を消したー…



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些か離れた位置に、学園が見える。

無事に移転完了し、人気の無い路地へ降り立つ。


「あ…」


見覚えが有るのか、九龍君は辺りを見回して場を確認している。


「君の生体情報を到着と共に発信しておいた
直に学園の誰かが来るだろう」


端末を仕舞いながら、私は彼へと助言を渡す。
すると彼は嬉しそうに笑って、礼を述べてきた。

数分もすると、通りの向こうに数名の人影が現れる。


「颯刃!!」


黒髪の青年が九龍君を呼んだ、どうやら彼等が迎えの様である。


「シヅキさん、本当にありがとうございました!」


何度目かの謝礼を聴く。


「いや、コチラこそだ
そうそう、済まないのだが、我々の事は内密にしてくれ無いかい?」


機構の方でも騒ぎになられるのは苦手なんだ、と苦笑混じりに願えば、暫し思案した後で解りました、と返答が返る。

「ありがとう
さぁ、君が居るべき場へ戻りなさい?


私が促すと、彼は一礼の後に歩き出す…と、不意に振り替えり私の目を見据えて来た。


「シヅキさん、また何時か…逢えますか?」


私は問いに応えなかったが、変わりに淡く笑みを浮かべると彼は微笑み返し、今度こそ振り返らずに走って行った。


「無事だったのか?」
「うん、心配掛けてごめん」
「…えぇ…戻ったら治療しないと…」
「全く、オレ様を落っことすとは、トンデモ無いボンクラだぜ…?」


談笑の数と人影が合わない気がしたが、再会の喜びを遠目から見るに留める。


「…宜しかったのですか?」


隣に居る彼女が、彼等から私に視線を移し、問い掛ける。


「心配無いよ、彼は約束を守ってくれそうだ」

「…そうですか」


それ以上は彼女は口を開かなかった。

私は踵を返し、帰路へと歩み出す。
彼女がそれに続く。


『また…逢えますか?』


「…逢えるさ、君が選択した未来で…きっと…」


心に反芻した問いに私は小さな解答を返した。

その呟きは他者に届かず、世界へと霧散する。



今日も、何処かで、世界が変わった…ー