プライドと劣等感
「ここって確か…スクランブル交差点、だよな」
目が覚めるとケイタはスクランブル交差点にいた。
何やら薄く丸い形のものを握りながら。
「俺、何でこんなバッジ持ってるんだ?」
ケイタが握っていたのは、参加者バッジと色違いの赤いバッジだった。
しかし、ただ似ているだけでスキャンはできないようだ。
「はぁ…」
まだ眠っているアミの顔を見ると、ケイタはため息を吐いた。
ロゼという死神の言葉や、アミの言葉が頭の中を回る。
―UGにいる私たちがどうなっても、周りには見えないし聞こえない―
―参加者はみんな共通の理由でRGからUGに来てるから、ね―
この意味深な言葉の答えは、ロゼの言葉に繋がっているのだろうか。
それに、死神のゲームとは何なのか‥という答えに。
―死神のゲームは、生き返りの座を狙った死者…まぁ参加者を選別する審査なんだよ―
その時、今日のミッションが届いた。『15時にスクランブル交差点の
視界を支配して下さい。
制限時間は180分。
失敗したら消滅です。
死神より』
「‥おい、そろそろ起きろ」
「…………」
ケイタが声を掛けると、アミはすぐに起き上がった。
「おはよう」と挨拶もなく、ただ無表情でアミはケイタを見上げる。
「今日のミッション、時間と場所が指定されてるんだ」
「視界を支配?…あの死神の言うこと、意味分かんない」
ミッションの内容を確認すると、アミは投げやりにそう呟いた。
…ったくやりづらいな、とケイタは頭を掻く。
「手掛かりは15時とスクランブル交差点、それとこのバッジ。15時にここで何か起きるのか、何か起こすのか。…まずはミッションの真意を突き止めねーとな」
今日は珍しく、ケイタの方が多く話をしていた。
逆にアミはぼんやりとして、小さく頷きながらケイタの話しを聞いているだけだ。
「はぁ…絶対ムリだよ‥」
あと3時間。
やっぱり俺はクビか。
そんなことをブツブツと呟く男が二人の横を通り過ぎた。
その時、男が呟いた言葉にケイタが反応する。
「そーいえば今12時だし、あと3時間で15時。…アイツ、何か関係あるのかな?」
ケイタに話しを振られても、アミは何も答えなかった。
「とりあえずスキャンしてみよーぜ」
(はぁ‥社長は一体何を考えてるんだ。大金かけてQフロアにCM流すなんて…。一瞬しか映らないのに、誰の目にも入らないよ…)
「15時にCM、それと目に入るって…今日のミッションってこれか!?」
「………へぇ、そーなの?」
「まず15時って時間が同じ。目も、視界って意味でとってもいいだろ?…Qフロアってのが分かんねーけど」
アミはやっと自分から動き、大きなスクリーンを指差した。
「あれ。あそこにあるスクリーンがQフロアだよ」
Qフロアには、D+BというブランドのCMが流れていた。
「CMが流れてる…ってことは、」
「スクランブルにいる人たちに、15時のCMを見てもらうってこと?…ムリに決まってるじゃん」
「それを何とかするのがミッションだろ。とにかくCMを見てもらえるようにするしかねーよ」
「だいたい何のCM?さっきの赤いバッジ?」
そう言われて、ケイタは言葉に詰まった。
そこまでの情報もなかったし、考えていなかったのだ。
だが、先程の男をスキャンしようとしても、男の周囲にノイズが集まっている。
「とりあえず、アイツの周りのノイズを倒すぞ」
昨日の少女達もそうだったが、この男も周囲のノイズを倒すと態度が一変した。
「‥いやいや!落ち込んでてもしょうがない。こんなバッジブームになる気配は全然ない!…でも、それをブームに仕立てあげるのが俺の仕事!!」
そう言った男が持っていたのは、ケイタが持っているのと同じバッジだった。
「そんなバッジのCM、誰も見ないよ」
「まぁ確かにな…でも、アイツにとっては仕事だろ?作戦くらいは用意してるんじゃねーのか」
「よし!まずは渋谷の人にバッジを配って広告塔になってもらおう。声のかけ方は前に本で読んだ通りにフレンドリーな感じで…」
「…なぁ、アイツに期待した俺がバカだったのか?」
「あれじゃ変な勧誘に間違われて終わっちゃうね」
ケイタは頭を抱え、アミは冷めた目で男を見ていた。
その時、ケイタはあることを思い出した。
―何でか分かんないけどトレンドは私たちのバッジと服によって変わるみたい―
「そうだ!…アイツはバッジの宣伝で、俺たちはトレンド自体を変えれば良いんじゃねーか?」
「どーいうこと?」
「俺たちのバッジと服でトレンドが変わる、って言ってたのはお前だろ。俺たちがこのバッジを着けてれば、バッジも流行るんじゃないか?」
そして二人はそれぞれバッジを持ち、男の行く先々でバトルをしながらトレンドを変えようとした。
「ふぅ…これだけやれば充分か?」
「かもね」
男の後を追ってスクランブルへと戻る途中、ケイタがアミに聞く。
「なぁ‥今日のお前、何か変だぞ?」
「うん。そーだね」
「どーしたんだ?昨日の死神のせいか?」
「もしかしたら、そーかもね」
アミはあくまでも淡々とした様子で答えを返す。
「ねぇケイタ。どーしたら良い?私ね‥あの死神の言う通り、生き返ってもきっと今と変われないもん」
「って言われても、」
「皆のことが大好きだけど、綺麗な感情じゃないみたい。つい皆に甘えちゃうから。…私は、依存心の塊なんだって」
依存心。
ロゼも同じことを言っていた。
ケイタにはそれが何を指しているのか分からなかったが。
「ケイタは気にならない?昨日の死神が言ってた、私が友達を殺したって話。
…私はね、ある意味ケイタとサラを殺したんだよ」
ケイタは目を見開いた。
昨日まで俺を引っ張ってきたコイツが、俺を殺したなんて。
俺とサラのことを、親友だって言ってたのに。
「サラとケイタをエントリー料として取られたの。だから、二人は死神のゲームに巻き込まれてるんだよ」
「…………」
「軽蔑した?‥まぁそれがフツーだよね。私はケイタたちが大好きで、大切で、いつの間にか依存してた。だから二人がエントリー料になったの」
「それは…」
「なのに今も皆に依存してる。変わりたいけど上手く変われないの!」
アミはケイタを置いて、スクランブルへと走り出した。
そしてスクランブルに着き、ケイタが追い付いくとアミは泣いていた。
「 は大丈夫って言ってくれたけど、こんなの全然大丈夫じゃないもん!!」
その時、突然二人の周囲がざわめいた。
時計を見るともう15時になっていて、恐らくCMが始まったのだろう‥とケイタは思った。
恐る恐る手のひらを見ると、タイマーは既に消えている。
「私なんか、消えちゃえば良かった…っ!」
アミはケイタから逃げるように、再び走り出した。