消滅




ケイタが目を覚ましたのは、ふわふわとした浮遊感だった。
その正体はアミのサイコキネシスだ。

「あ、起きた?」

「ここ…マルシー、だっけ」

アミに地面へ降ろされると、寝惚け眼を擦りながらケイタはぼんやりと見回した。

「人、たくさんいるな」

「渋谷は、色んな人がたくさん集まる街だからね」

「ma(でも)怖いぞ?このbattaglione(大人数)がみんな別のこと考えてるんだから」

「みんな同じこと考えてる方が怖ぇだろ。それに、誰も俺たちに気づかねぇことも」

サラが言った一言に、アミは頷いた。


「だから   は、」


「ん?」

「な、何でもない!…ほら、ミッションきたよ!!」

何かを呟きかけたアミは、着メロが鳴ったのに託つけて話を逸らした。

『トワレコにたどり着いて下さい。
 制限時間はありません。
 失敗したら消滅です。
 死神より』


「…制限時間がないのに、失敗なんてあり得るのか?」

真っ先に口を開いたのは、ケイタだった。

「しかもここから歩いて10分くらいしかねーしな。…どっちのペアが早く着くか勝負しねーか?」

ケイタに続いて、ヨクがそんなことを言った。

「なっ!おいヨク…」

「じゃあpartenza(スタート)!」

そのまま誰の返事も聞かず、ヨクはサラの腕を掴んで走り出した。

「パワフルだねーヨクくん」

「だな。別に勝負受けるとか言ってねーし、のんびり行くか?」

ケイタのその言葉に、アミは酷く驚いたようだった。
そして、ケイタに聞き返す。

「のんびりで良いの!?」

「お前さっきからマルシーばっかり見てたし、行きたいんじゃねーの?」

「うんっ!行きたい!!」

そう言うのが早いか動くのが早いか、アミはケイタの手を握ってマルシーへと入っていった。
アミに引っ張られながら、ヨクとアミって似てるな…と密かにケイタは思っていた。



「うわっなんだよこの人だかり…」

マルシービル内に入ったケイタの第一声はそれだった。
何だこれ、イベントでもやってるのか?…と。

「プッ‥ケイタ前とおんなじこと言ってる」

「ん?」

「ケイタも前に私の荷物持ちで来たことあるんだけど、マルシーはこれがフツーなの。…あ、あの服かわい〜っ」


「きゃあぁああぁあぁっ」


その時、はしゃいだアミの声を掻き消すような黄色い声が聞こえた。

「あ、王子!!」

「…誰だ?」

「王子英二(オウジ エイジ)。アンニュイな魅力で最近ブレイクしてるタレントだよ。投げやりテイストのブログは1日10万ヒットしてるんだって」


「おや‥そこの少年。キミ、マルシーにいるわりにはキミのそのファッション…実にチュウトハンパだね〜。渋谷のトレンド意識してないでしょ?」


黄色い声を背にしながら、突然王子がケイタに話しかけてきた。
胡散臭さを感じたが、アミが肘でつついてくるので仕方なく返事を返す。

「はぁ…トレンド、ですか」

「ブランドの人気ランキングのことっ」

アミがボソリとケイタに耳打ちした。

「キミは中々詳しそうだね。ちゃんとトレンドも押さえているしね」

「ふふっ…ありがとうございます」

王子に誉められて満更でもないのだろうか、アミはどこか嬉しそうだった。

「トレンドを意識したコーディネートをしていると、ブタ小屋も美しい花園に変わっていくんだ。…まぁキミみたいなカッコウだと、せっかくのバラもスパイシーツナロールになるってことさ」

ケイタに向かってそう言うと、王子は去っていった。

「なんだよアイツ、偉そうに…。それに何で俺が見えるんだ?」

「あれ、話してなかったっけ?」

ケイタの言葉にアミが首を傾げた。
そして、店内の隅に貼ってあるステッカーを指差した。

「ほらアレ。あのステッカーが貼ってあるところは何か私たちの姿が見えるようになるみたい」

「へー。買い物できるのは便利かもな」

「だよね!…ついでにケイタもトレンドにのってみる?」

「いや、俺は良い。そもそもトレンドが何か分からねーし」

ケイタのその言葉で、アミの表情は更に明るくなった。
どうやら、ケイタがこの話題に食い付いたと思っているようだ。

「トレンドっていうのは流行の動向のことだよ。トレンドの変化は、自分にも街の人にも色々な変化を起こせるの。…だからトレンドを押さえておくと、自分にとって良い変化があるってワケ」

「へー」

「ちなみに、何でか分かんないけどトレンドは私たちのバッジと服によって変わるみたい。姿が見えない私たちがRGに影響を与えてるってのも変な話だけどね」

「へー」

やはり機嫌が良いのだろうか。
今日のアミはいつもより饒舌な気がする…とケイタは思った。

「…ってことで、そろそろトワレコ行く?サラとヨクくんが待ってるだろうし」

「そーだな」


こうして二人はやっとトワレコへと向かった。
歩きながらポツリポツリと雑談ができる程に、パートナー契約をしたばかりの頃と比べて二人はだいぶ打ち解けている。


「あ、いたいた!サラ!ヨクくん!」


トワレコの前。
カドイに差し掛かったところでアミはサラとヨクの姿を発見した。

「essere tardi(遅い)!遅ぇぞお前ら!勝負する気あんのか?」

「お前だって、勝負する気ならここにいる必要ないだろ」

「コイツさぁ‥自分で勝手に突っ走ったクセに、お前らが遅いって心配してたんだよ」

サラはそう言ってクックッと笑った。

「優しいねーヨクくん」

「まぁbeninteso(当然)だな。俺、意外とgentiluomo(紳士)だし」

「調子乗るなって」

ケイタがそう言うと、ヨクは少しムスッとした表情をした。

「でも、俺らの方が先に来たんだからな。俺らの勝ちだ」

「好きにしろよ」

ヨクはニヤリと笑うと、先頭に立ってトワレコへと歩き出した。
そして、四人は1分も掛からずにトワレコに着いた。

「…わっ」

その時、何かに躓いたらしいアミが転んだ。
赤くなった膝を擦るアミの元へ、背後からノイズが忍び寄る。


「アミ!」


アミを庇うように、ヨクは一目散に飛び出した。
ヨクに突き飛ばされたアミの体は、サラとケイタの近くへと投げ出される。

ぐるりと回転したアミの視界に映ったのは、赤い液体ではなくノイズの体の青色だった。

「ヨクく…っ」

呆然とするアミの目の前で、


「ヨクくんっ!!!」


ヨクの体は一瞬でノイズに呑み込まれてしまった。