元就さま。
replica(misama)ntに続き二作めですが…。
やっぱりむつかしいなぁ。
色々思いつきすぎて、逆にまとめられなくなっちゃうんだよね。
そういう意味でむつかしい。
でも割と気に入っておりまする。
私が書く女の子はどれもこれも気の強い弱虫ばかりだけれど、私自身はそうというわけでもなく。
なぜなんでしょう。
こんな女の子が可愛いなぁと思ってるのかな。
書いてる時は完全に男目線やな。
つまり私の創作ポイントはリリーに言わせた一言に尽きるんです。
「可愛くないところがなんて可愛いのかしらと思ったの。」
「殺してくださいませ。」
「殺して。」
「殺、して。」
喚く私をどうして殺さないのか、今はただそれが不思議で仕方がありませぬ。
元就さまに毒を盛りました。
それはわたくしの意志でした。
誰にそそのかされたのでもありませぬ。
最初、ここへ嫁いで参ったときからの意志でございました。
亡き父の仇、亡き母の仇、兄の仇。
元就さまは大変に聡明な殿方でございますが、こと女子に関しては疎いことが多うございます。
わたくしには全く不思議なことなのですが、両親を虫けらのように殺されて愛すべき国を奪われて憎き仇である元就さまの元へと嫁がされて、それでどうして命を狙われぬなどという考えが思い浮かぶのでございましょう。
わたくし含め女子をよほどの阿呆うつけと思うておるのやもしれませぬ。
大事にされれば憎悪も忘れる生き物だと。
もしくは、はなからそのような感情を抱かぬ生き物だと思うておるのやもしれませぬ。
ただ生かされ、ただ産まされ、ただ流されて死ぬ生き物だと。
わたくしは違います。
明確に国を愛しておりましたし、明確に両親を慕っておりました。兄を、慕っておりました。わたくしの心全てを持ってして。明確な志で日々を生きておりました。
愛を奪われて憎みました。情を奪われて恨みました。
奪った相手を憎悪いたしました。
そうしない理由がどこにあるのか分からぬのです。
「お主。」
「殺してくださいませ。」
元就さまは今日も今日とてわたくしの部屋へと参ります。
そうです、お命を狙ったにも関わらず、わたくしは座敷牢すら入れられず、ただ城の一室に軟禁されるにとどめられております。
まったくもって分かりませぬ。
さっさと殺せばよろしかろう。
ややを孕んでいるわけでなし。
むしろ元就さまにはもうすでにご立派なご子息が何人かいらっしゃいます。
余計に分かりませぬ。
このような女ひとり殺すことに躊躇う元就さまではないでしょう。
わたくしの両親を殺したように、何の感情も抱かずに蟻を踏みつぶすみたいにうっかりと殺せば良いのです。
「殺してくださいませ。」
「ならぬ。」
「では自害をお許しくださいませ。」
「ならぬ。」
「周には流感で死んだとおっしゃってくださいませ。」
「ならぬと言っている!」
分かりませぬ。
ならぬ理由を述べてくださいませ。
わたくしには推し量れませぬ。
察せぬのです。
分かりませぬ、分かりませぬ。
「幾度も申し上げまするが、元就さま。ならぬわけが分からぬのです。女子にとて、わけを教えて下さいませ。怒鳴る前に筋を通して話して下さいませ。元就さまとて、いい加減にお分かりでしょう。いくらそのようなお顔で叫ばれましても、わたくし、そんなものに絆されるようなおんなではありませぬ。」
「…立派に察しておるではないか。」
分かりませぬ、分かりませぬ。
「生かしておいたとして、この先わたくしが情に流されるとお思いですか。毎日馳走を喰わせ、綺麗なべべをやっておれば、いつかは元就さまをお慕いするようになると?あなたさま、いい加減に気付くべきです。」
「…そうだな。そうでないお主であるからして、我の目に止まったというのに。我ながらなんという矛盾であろうな。」
元就さまは珍しく饒舌でございました。
こんなに一度にたくさんのことを話す元就さまを、わたくしははじめて見ました。
珍しく、素直そうなお言葉です。
でも、これも作戦かもしれませぬ。
わたくしを押し流そうとする作戦やもしれませぬ。
全てに対して疑ってかからねば。
この仇の国で、わたくしにもはや安息や信頼などありはしないのです。
「そんな顔をするな。これこそ我の本心というに。」
わたくしが、どのような顔をしていると言うのでしょう。
「こうして口にしても信じてもらえぬとしたら、我はもう万策尽きた。」
「戦国一の策士が何をおっしゃいますやら。わたくしの強情勝ちといったところでしょうか。」
ああ、ようやく死ねる。
そう思ったら、途端に死ぬのが恐ろしくなるのが人の不思議というもの。
生き物は生に執着するから生き物と言うのであって、生を諦めてしまえばそれは屍に同じこと。
もはや人ではないのです。
人ではないものに、なるのです。
「…それでも、気が変わるやも知れぬと望みを繋いでおられるのですか。」
「うむ。」
「…でしたら、なぜ父上を、兄上を、母上まで、殺めなさったのです。」
そんなこと、分かっております。
殺す他なかった、それだけの話。
馬鹿はわたくしなのです。
わたくしだけでも生かしていただいて本当なら感謝こそすれお恨み申し上げる道理はないのです。
姫としてお迎えいただいて。わたくしは感謝を極め、殿を唯一の妹背としてお慕い申し上げなければならないのです。
だけど、どうしても、できない。
できないのです。
一緒に殺してくれた方が愛にございましたと、そのようにしか考えられないのです。
「…分かれ。」
「元就さま。」
分からない、分かりたくない、分かりたく、ない。
乳母やは言いました。
この憎むべき毛利にわたくしの血を残すことこそを復讐と思いなされ、と。
殿の寵を盾に、この安芸の跡取りにわたくしの子をと。
なるほど、そんな考え方もあるやもしれぬ、と思ったのも事実です。
別の女房は言いました。
殿の腕の中で、全てを忘れてお生き下さい、と。
殿に守られ愛されて、なんの憂いをも忘れ去り静かに余生を楽しめと。
なるほど、そんな考え方もあるやもしれぬ、と思ったのも事実です。
でもわたくしは殿に毒を盛りました。
自害を望みました。
どれも受け入れることのできぬわたくしこそ、万策尽きたと申し上げましょう。
死しか望めぬわたくしこそ、本当に本当の、
「我とて、許すことはできぬ。今度断食など試みたら、口に無理矢理押し込むからな。」
「まぁ断食。その手がございましたか。」
とぼけて申せば呆れる殿。
わたくしは戯れに、殿が方々探して用意して下さった南蛮のお菓子に手を伸ばします。
いっそどなたかこれに毒を仕込んで下されば…とっさにそう考えましたが、殿の御眼差しの柔らかく真っ直ぐなことに気が逸れてしまって長く考えることが出来ませんでした。
そうして殿の美しいお顔を眺めながら、口に含んだお菓子のなんと甘く美味しいこと。
わたくしを生かす、にっくきものであるにも関わらず、わたくしの躯は貪欲にこの優しさに溢れた甘みを吸収していきまする。
ああ殿、ああ元就さま。
このような形でなければ、心よりお慕い申し上げたことでしょう。
ですが、このような形でなければ、わたくしがあなた様のお心にとまるような女でないことも、わたくし自身十分に知っております。
この世のなんとままならぬこと!
恨みも辛みも情も立場も何もかもが、全てがこの唐菓子のように、とろけてしまえばよいのに。
【流れる血潮は甘露のお味】
BGM【なし】 なし
救いがないのは、それでも愛いと思う我とて同じことだ。