【管轄外です】
イーク「おい、カミラ。頼みがあるんだが」
カミラ「何?」
イーク「こないだの調練で外套を引っかけてな。縫えばまだ使えると思うんだが、時間のあるときに手直しを頼んでもいいか?」
カミラ「あー、いいわよ。ちょうど私も裾がほつれちゃった服があって、次の休暇に直そうと思ってたのよね。そのときでよければ一緒に縫ったげるわ」
イーク「悪いな。じゃああとでお前の部屋に届けに行くから……」
カイル「ハイハイハイハイハイ!! オレもオレもオレも!! こないださ!! ターシャに切り刻まれたときにボロボロになっちゃった服があってさ!! ぜひともカミラに縫ってほしいんですけど!!」
カミラ「は? なんであんたの服まで私が縫ってあげなきゃなんないのよ?」
カイル「いやいやじゃあ逆に聞くけども!? なんでイークのはよくてオレのはダメなわけ!? それって差別だよね!? いけないことだよね!? だって救世軍は差別とか迫害とか、そーゆーのをなくすために戦ってる組織なわけだし!? というわけでオレの服も預けるからぜひともぎゅうっと抱き締めてカミラのにおいを──」
アンドリア「おやおやカイル、あんたまた服をダメにしたのかい? そういうことなら母ちゃんがたっぷり愛情込めて手直ししてやるからさあ出しな」
カイル「ギャアアアアアアアアア!? か、母ちゃん!? ヤメテ!? 出ちゃうよ!? 服より先にカワイイ息子の脳ミソが頭から出ちゃうよ!? ああああああああカミラ助けて……!!」(フェードアウト)
カミラ「……………」
イーク「おい。お前、そろそろ本気で副隊長の人事考え直した方がいいぞ」
カミラ「うん……そうするわ……」
【愛さえあれば】
ジェロディ「さっき船着き場でジュリアーノさんを見かけたよ」
オーウェン「あー、そりゃまたライリーの悲鳴が聞こえそうだな」
ケリー「仲睦まじくて結構なことじゃないか。男同士が乳繰り合うところを見せられるこっちの身にもなってほしいってのはあるけどね」
メイベル「そう言えば前から気になってたんだけど、黄皇国には同性婚の制度があるの?」
マリステア「同性婚?」
メイベル「うん。異性だけじゃなくて同性との結婚を認める法律だよ」
オーウェン「はあ!? そ、それってつまり男と男が結婚できる法律ってことかよ!?」
メイベル「そうだけど……あ、もちろん女同士だって結婚できるよ。ジュリアーノはライリーに本気で恋してるみたいだから、黄皇国にもそういう制度があるのかなーと思って」
ジェロディ「黄皇国にも=c…ってことは、アビエス連合国では同性婚が認められてるってこと?」
メイベル「うん。そもそもうちの国では人間と獣人が結婚するのだって法的に認められてるし。あ、あとロンみたいな対物性愛者も、正式な手続きさえ踏めば特定のモノと結婚できるよ。実際、自分の創った彫像と結婚した彫刻家もいるし」
オーウェン「な、なんだそりゃ……獣人はともかく同性だとかモノだとか、そんなもんと結婚してどうすんだよ!? それじゃ子供もできないし、家庭を持ったって言えないだろ!?」
メイベル「子供がほしければ養子を迎えればいいじゃん。連合国じゃ血のつながらない他人の子供と養子縁組をするのなんて普通だよ? うちは初代宗主ユニウス様の教えが生活の基盤になってるから、そこに両者の同意と愛があれば大抵のことは許されるし……むしろ同性だろうがモノだろうが、愛し合ってるのにイレギュラーだから認めないなんてかわいそうじゃん。異性同士の結婚だって愛する人と引き離されたら悲しいでしょ?」
マリステア「た、確かにそれは一理ありますが……同性同士の結婚なんて考えてみたこともなかったので、驚きです」
ケリー「さすがは博愛の国と謳われるだけのことはある、か……その話が本当なら、連合国はジュリアーノやロンにとって理想郷だね」
ジェロディ「だけど同性婚が認められるのは両者の同意と愛がある場合≠セろ? ジュリアーノさんの場合は、ライリーが全面的に拒絶してるわけだから難しいんじゃないかな……」
オーウェン「そもそも相手がモノだった場合、どうすれば両者の同意≠得たことになるのか謎ですしね……」
【傭兵のお仕事】
アルド「はあ……ウォルドさん、聞いて下さいよ……」
ウォルド「何だよ、辛気臭え声出して」
アルド「実は……この間、カミラさんが言ってたんですけどね。何でもカミラさんと付き合いたい男は、イークさんと一騎討ちをして勝たないといけないらしいんです……」
ウォルド「はあ? まさかお前、ついに告ったのか?」
アルド「違いますよ! ただ、たまたまそういう話題になったときに聞いてしまって……おれ、どうしたらいいんでしょう……」
ウォルド「どうするって、お前にその気があるなら戦ればいいんじゃねえのか、イークと」
アルド「か、簡単に言わないで下さいよ! おれがイークさんと戦って勝てるわけないじゃないですか!」
ウォルド「自信満々に断言することなのか、それは? まあ、確かに正面切って戦っても、今のお前じゃイークにゃ勝てねえだろうけどよ」
アルド「や……やっぱりそうですよね……はあ……だけどどれだけ修行を積んだところで、おれがイークさんに勝つなんて夢のまた夢……」
ウォルド「いや、そうでもねえぜ。本気で野郎に勝ってカミラと付き合いてえと思ってんなら、方法を考えりゃいい」
アルド「方法……ですか?」
ウォルド「ああ。たとえば決闘当日のイークの朝メシに下剤を混ぜておくとか、弱味を握ってうまく工作するとか。そうすりゃ今のお前でも多少は勝率が上がるだろ」
アルド「ウォルドさんの辞書に正々堂々って言葉はないんですか!? だ、第一そんなやり方で勝てたところで全然嬉しくないですし、カミラさんにも軽蔑されておしまいですよ!」
ウォルド「ばーか。だからバレねえようにやるんだよ。目的のために手段を選んでるようじゃ、傭兵は務まんねえからな」
アルド「い、いや、そんなさも当たり前みたいに言われても……傭兵ってみんなこうなんですか、ヴィルヘルムさん?」
ヴィルヘルム「まあ、自分が食うためならば手段を選んでいられない、という実情が傭兵という職業の根底にあることは否定できんな。傭兵業は受けた依頼を確実にこなさねば実入りがない。そのためなら多少手を汚すことも厭わない、という覚悟がなければ生きていけないのが実情だ」
アルド「じ、じゃあひょっとして、ヴィルヘルムさんも勝つために仕方なく汚い手段を使ったことが……?」
ヴィルヘルム「いや。俺の場合は相手が誰であれ、負ける方が難しいからな。そういう小細工は使った試しがない」
アルド「さ……さすが、第一級傭兵殿は言うことが違いますね……」
ウォルド「まったくイヤミな野郎だぜ」
【傭兵斡旋協会】
メイベル「ねえねえ。前から気になってたんだけど、傭兵の世界って強さで格づけとかがあるの? 黄皇国ではよく傭兵さんを第何級傭兵≠チて呼び方するでしょ? その格づけってどんな基準で選ばれてるわけ?」
カミラ「ああ、あれは別に黄皇国に限った話じゃないわ。世界中で傭兵に仕事の紹介をしてる傭兵斡旋協会ってところが、協会に登録のある傭兵を、実績を見て格づけしてるの。格づけは第一級から第二十二級まであって、数字が小さくなるほど格上の傭兵ってことね。これは単純な強さだけじゃなくて、協会が斡旋した仕事をどれだけ確実にこなしたかとか、難易度の高い依頼を成功させることで評価されるのよ。私も救世軍に入る前は傭兵斡旋協会に登録してたから……」
メイベル「へえ……! じゃあカミラやイークさんは何級傭兵だったの?」
イーク「俺は確か、二十級に上がったところで協会の仕事を受けるのをやめたな。個人から協会を通さずに護衛の仕事を頼まれて……そのあとはすぐ指名手配犯にされちまったから、協会の登録は抹消されたはずだ」
カミラ「私も似たようなもんね。隊商の護衛としてラムルバハル砂漠を渡りたかったから協会に登録したんだけど、砂漠越えの依頼を受けられるのは最低でも十八級以上の傭兵だけって言われちゃって。で、しょうがないから雑用みたいな依頼をコツコツこなして、十八級まで上げてもらってから黄皇国を出たの。そのあとは依頼を受けてないから、十八級止まりのままね」
メイベル「なるほど……何級以上じゃないと受けられない依頼とか、そういう決まりもあるんだね。ちなみにウォルドさんは?」
ウォルド「俺は十級だから銀組≠セな」
メイベル「銀組?」
ウォルド「ああ。斡旋協会の登録証は級が上がれば上がるほど素材が上等になる決まりでな。二十二級から十五級までは銅の登録証、十四級から七級までは銀の登録証、六級から二級までは金の登録証ってな具合だ。で、世界にもほんの数人しかいないと言われる第一級傭兵には白金の登録証が配られるとか何とか……」
メイベル「えっ!? は、白金って金よりも稀少で、王侯貴族でもなきゃ滅多に手に入れられないって言われてる金属じゃ……!?」
ウォルド「ああ。高位の登録証は傭兵が引退を決めたとき、協会に売り戻せば退職金代わりのまとまった金になるようにって意図も込められてるからな。そいつを知ったパオロがこないだ、ヴィルヘルムの登録証を掠めようとして半殺しにされてたぜ」
カミラ「命知らずにもほどがあるわね……」
ウォルド「ま、お前らみたいな下っ端の登録証にはわざわざ盗むほどの価値もねえからな。そこは安心していいと思うぜ」
イーク「お前は俺たちより断然傭兵歴が長いってだけだろうが。偉そうにするな!」
【商人の血】
デュラン「
其許。確か名をカルロッタといったか」
カルロッタ「ああ、そうだけど? なんか用かよ、ワン公」
テレシア「海賊風情が……翼佐を侮辱するか……!」
デュラン「待て、晶佐。聞きたいことがある。其許が所有しているというあの希術砲……あれは我が国の海軍から略奪したものだな? 連合国軍の軍備が不正な経路で国外へ流出している事実を黙認することはできん。救世軍総帥たるジェロディ殿のご尊顔に免じて処罰は見送るゆえ、其許が奪った砲はすべて返してもらおうか」
カルロッタ「はあ? 寝ぼけたこと言ってんじゃねーよ。アレの詳細な出処は知らねーが、少なくともアタシらがアンタらの国の軍に手を出して奪ってきたモンじゃねえ。アタシらはな、高い金を払って別の海賊からアレを買い取ったんだよ。つまり売り手にちゃんと対価を支払ったんだから、コイツは正当な取引だ。アンタらにタダで譲ってやる義理はねーよ」
デュラン「そのような理屈が通ると思うか。我が国では、宗主の認可なき希術兵器の国外への持ち出しは禁忌とされている。手に入れた経路がどうであれ、その兵器を其許のような海賊が所持している時点で違法なのだ。どうしても拒むと申すなら力づくで……」
ライリー「おいおい。そいつァいくら何でも横暴だろうがよ、連合国のお犬様よ。違法も何もここは連合国の法なんざ届かねえ異国の地だ。そこでてめえの国の法律を持ち出して武力行使の理由にするなんざ、クソエレツエル人どもとやってることが変わんねえぜ?」
テレシア「何だと……貴様……!」
ライリー「少なくともトラモント黄皇国の商法じゃ、国が取引を禁止してるもん以外は自由に金で売り買いしてもいいと認められてる。で、少なくともてめえらの国のなんちゃら兵器とかいうよく分からねえ代物は、取引禁止対象物にゃ含まれてねえ。つまり黄皇国の法では売買が許可されてるモンを、こいつは自腹を切って正当に手に入れたってこった。その所有権を放棄させてえなら、そちらさんもこいつと商談して相応の対価を支払うべきだろうが。そいつを腕づくでぶん盗るなんざ博愛の国≠ェ聞いて呆れるね。もういっぺん交渉の基本っつーもんを学んで出直してこいや」
テレシア「黙っていれば……!」
デュラン「やめよ、晶佐。……まったく厚顔の至りではあるが、かの御仁の言うとおりだ。ここは連合国の法が及ばぬ異国の地。とすれば海賊行為を法で裁くには、我が国の領海で当該船舶を拿捕する必要がある。それが叶わぬのならライリー殿の申されるとおり、その土地の法と流儀に倣った手続きを踏むのが当然というもの。小官としたことが……考えの至らなかった軽挙をお許し願いたい」
ライリー「分かりゃいーんだよ、分かりゃ。で、どうする? てめえらにゃ今すぐこいつの魔砲を全門買い取れるだけの手持ちがあんのか?」
デュラン「否。商談の席に就く用意こそあれ、即座に買い取りを確約できるだけの元手はござらぬ。もし本気で砲を買い戻すとならば、本国に委細を報告、申請し、宗主殿の了解を得ねばならぬであろう。しかし本国が海賊との金銭的取引に容易に応じるとも思えぬ。ゆえに本件は一度保留と致そう。騒がせてかたじけなかった」
テレシア「翼佐……」
ライリー「だとよ、赤服。よかったなあ、ご自慢の魔砲をこれ以上失うことにならなくてよ。アレがなきゃてめえらの船なんざ、ただ図体がでけえだけの牛みてえなもんだからな」
カルロッタ「あんだと!? てめえらが乗り回してる雑魚みてえな小舟より百倍マシだろうが! ……しっかしてめえ、見かけによらず商人みてえなやり方であいつらを納得させちまったな。てっきり暴力以外能のねえ脳筋クソ野郎かと思ってたぜ」
ライリー「てめえにだきゃ言われたくねえよ。こう見えて俺ァ元商人だからな。いざとなりゃ口八丁手八丁、あらゆる交渉術を駆使して相手を黙らせるなんざお手のもんよ。ま、んなまどろっこしくてめんどくせえ方法を選ぶくらいなら、拳でぶん殴って黙らせた方が早えから結局そっちを選ぶんだけどな」
カルロッタ「だろうな。一瞬でも見直したアタシがバカだったわ」
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カルロッタはそもそもトラモント人じゃないからトラモント黄皇国の法は適用外なんだけどね、という事実を黙ってるあたりがいかにも商売人のやりそうな手口です(笑)
傭兵斡旋協会の細かい決まりについては途中で上のように変更があったので、本編の当該箇所もこっそり修正しておきました。ちなみに白金と銀では、素人には見分けがつかないので、第一級傭兵の登録証には小さい宝石までくっついてたりします。
傭兵として腕を上げて、最後まで生き残ることができれば老後は安泰……かも?