先生は、死ぬのが怖くないの?
覚束ない手つきで包帯を巻くサクラがふと漏らした問いかけに、俺は言葉を失った。
そんなこと、考えたことが無かった。
オビトが死んで。リンが死んで。先生が死んでから。
ただ淡々と時は俺の傍らを流れてゆく。
木の葉のため、と敵を斬り。仲間のため、と命を張った。
何の疑問も抱かずに、そうすることは当然だ。これは俺にとって贖罪なのだから、恐怖など感じたことも無い。幾度となく死の淵に立ったけれど、『恐怖』などそんな些細なことを考えたことが無いのだ。
今際の際で、俺がいつも感じていたのは・・・。
「・・・ああ、怖くなんてないよ」
俺の返事は、サクラを酷く困惑させたようだった。包帯を巻く手を止めて、まじまじと俺の顔を疑いの眼で見つめている。居心地の悪さに「見惚れちゃった?」なんて戯れてみれば、小さな手がパチンと些か強く俺の腕を叩いた。
「いたっ」
「ふざけるなぁ!」
「別にふざけてはないんだが・・・」
「ふざけてるわよ!怖くない?嘘よ!私はとっても怖かったわ!サスケ君が死んじゃったと思った時も!先生が斬りつけられた時も!すごく怖かった!」
いっきに捲くし立て、叫び終えたサクラの表情を窺ってぎょっとした。
彼女は綺麗な翡翠色の目にいっぱいの涙を溜めて、憤怒の形相で俺を睨みつけていたからだ。怒っているのにどうして泣いているのだとぼんやり思ったが、問いかければ再び怒鳴られそうな予感がしてかろうじて喉の奥に留めた。
「・・・・・・泣くなよ、サスケも俺も、生きてるんだからいいじゃないか」
この年頃の少女相手では、どうも勝手が分からずに慰めるつもりがいつも怒りを買ってしまう。
そっと涙を拭ってやったのは正解だったようだが、サクラの涙は少しも止まる気配を見せなかった。
「よく、ないわよぉ」
「それじゃ、俺はサクラ達を置いて逃げたらよかったのか?」
「・・・・・それは困る・・・」
「だろ。それにね、忍ってもんに死は付き物でしょ。怖がってたらやってけないだろう」
「・・・・・なんなのよ先生のばかぁ!」
年齢よりずっと幼い口ぶりで、ポカポカと再び俺の腕を叩きだすので、もう好きなだけやらせてやろうかと黙って少女を見守った。
暫くして、サクラの動きが緩くなったところでもう一度名前を呼んでみる。
「サクラ」
すると、意外にも少女は毅然とした表情を浮かべており、手の甲で涙を拭い去ったその凛とした雰囲気に思わず息を呑んだ。
「分かってる。でも・・・先生はなんだか、違う気がしたの」
少女は何も知らない。俺の犯した過ちも、俺が失ったもののことも。
知るはずがないのに、どうしてだろう。
いたいけな少女のその翡翠の瞳は、まるで俺の罪をすべて見透かしているかのようだった。
そんなことあるわけがないのに。
「・・・変なこと言うんじゃないよ、サクラ」
「うん、ほんとね。自分でもわけわかんない」
なんか可笑しい。
そう言った次の瞬間には、サクラの表情はあどけない少女の顔に戻っていた。
そんなはずはない。そんな日が来るわけがない。
けれど、いつか、この少女には俺の心がすべて暴かれてしまう気がする。
そして俺は、一瞬だけ胸の内に浮かんだ“いつか来るその日”への期待を膨らませる。
ようやく赦される『喜び』に満たされ、皆の元へ逝けると躍るこの心が、暴かれるその日を。
「ああ、可笑しい」
酷く月の美しい、春の夜のできごとだった。
――――――
昔途中まで書いてたものなので、最近の展開踏まえつつ多少修正して加筆。
書いた当初は、皆の死んだ順番がオビトミナトリンという前提で書いていたし、まさかカカシがその手でリンを殺めていたとは微塵も思っていなかったので・・。
昔から死にたがりで死ぬことに躊躇いもなく、ペイン戦で死んだときもようやくそっちへ逝けると独白してたのを見ると、カカシの罪の意識は相当な物だったのかしらなんて今更ね・・・。