058.Tシャツ【学園的な100題】



色褪せヨレたお前は、未だ鮮やかな思い出に染められている。

腕を通して感じた、だいぶ柔らかくなった心地はあの人を思わせるようだ。

この襟がまだ伸びる前、お前とあの人と色んなところに行った。





肌寒さが残る海辺では、たゆたう桜の花びらを見つけ、はしゃいだ。

歩き疲れた体に薫風を感じながら、天突く青竹の合間から陽を浴びた。

街路を黄色く染めた、朝露に湿る葉を踏みしめ、パンケーキを食べに行った。

コートのポケットの中で冷えた手を温めてもらいながら、浅草寺を見上げた。





振り返ればすぐそこに在る、遠い日の鮮明な記憶。

尚も褪せぬ記憶に反し、歳月の中で古びたのは私達とお前だけか。

よそ行き用だったお前は、もうその役目を果たすこともないだろう。





着潰されボロボロになったお前が、あの日の色を留めていなくとも、

きっと私は、いつの日もお前を捨てることなんてできないんだろう。





使い古されていく私達の行方を、お前に見ていて欲しいから。

新たに始まる未来の中で、古びたお前が艶やかに日常を飾るだろうから。





未だ鮮やかな色褪せたお前が、柔らかく私を迎え入れるように。

これからずっと、その先も

甘い花の香りの洗剤で優しく洗って行こうと思う。





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