2012-3-21 07:54
058.Tシャツ【学園的な100題】
色褪せヨレたお前は、未だ鮮やかな思い出に染められている。
腕を通して感じた、だいぶ柔らかくなった心地はあの人を思わせるようだ。
この襟がまだ伸びる前、お前とあの人と色んなところに行った。
肌寒さが残る海辺では、たゆたう桜の花びらを見つけ、はしゃいだ。
歩き疲れた体に薫風を感じながら、天突く青竹の合間から陽を浴びた。
街路を黄色く染めた、朝露に湿る葉を踏みしめ、パンケーキを食べに行った。
コートのポケットの中で冷えた手を温めてもらいながら、浅草寺を見上げた。
振り返ればすぐそこに在る、遠い日の鮮明な記憶。
尚も褪せぬ記憶に反し、歳月の中で古びたのは私達とお前だけか。
よそ行き用だったお前は、もうその役目を果たすこともないだろう。
着潰されボロボロになったお前が、あの日の色を留めていなくとも、
きっと私は、いつの日もお前を捨てることなんてできないんだろう。
使い古されていく私達の行方を、お前に見ていて欲しいから。
新たに始まる未来の中で、古びたお前が艶やかに日常を飾るだろうから。
未だ鮮やかな色褪せたお前が、柔らかく私を迎え入れるように。
これからずっと、その先も
甘い花の香りの洗剤で優しく洗って行こうと思う。